22話 恥ずかしいから彼の乳首と目を合わせよう
目が覚めても瞼を開けられない。まだダーリンとの治療の余波が体を縛っているようだ。感覚的に今が朝だと言うのはわかるが何時なのかまでは知りようがない。
それにしても昨夜はすごかった……。
ダーリンの絶技な舌技によって何度天に昇らされたかわからない。口と口であれなのだからその先になってしまったらと思うと恐怖すら感じる。
精霊は昨日ダンジョンから一日気を失っていたのですべての幸福が私の体に降り注いだ。
それはそれは幸福な時間だった。優しく頭を撫で、興奮する私を落ち着かせようとさらに興奮させる。でも無理に私を制御しようとせず、私の体の動きに合せてダーリンがうごいてくれる。
思い遣りに溢れた接触。
思い出すだけでもまた……。
多分、人が味わう一生分の幸せを数時間のうちにこの身で全て受けたのではないだろうか。最後は気を失ってしまってしまい、眠りの浅い私が朝まで目覚められないほどめちゃくちゃにしてもらえた。
ようやく動くようになった瞼を開けると部屋には誰もいなかった。
ダーリンは治療を終えて自分の部屋に戻ってしまったようだ。
ダーリンがいないのが寂しくて気が狂いそうになる。
自分がここまで甘えん坊だとは知らなかった。
新しい発見をさせてくれたダーリンには感謝するばかりである。
カーテンはそのままにして窓を開ける。
薄っすらと浮かぶ朝靄のなか。街外れにある巨塔が、まるでこれから始まる一日を祝福するような、静かに、しかし雄々しく天へと聳え立つ私のダーリンに見えてしまう。
そこに差し込む朝日は、まるで一杯の温かいミルクのように純白で、私の乾いた心を優しく潤してくれた。ダーリンのミルクを飲んで喉も潤したい。
朝がこれほどまでに愛しく感じられたのは人生でも初めての事。ダーリンにはたくさんの初めてを奪われてしまうね。困ったダー様だね。
「フンッフンッハッ――」
二階の窓辺にたって鳥のさえずりに耳を傾けていると、下から耳の処女膜を揺さぶる声が聞こえてくる。
鳥のようにさえずりたくなるその声を自然と目で辿うと、そこには庭で筋力鍛錬をするダーリンの姿があった。
好き――。
「ッ!」
ダーリンは私の視線に気づいたらしくこちらを見上げる素振りを見せる。
反射的に隠れてしまったのは髪も整えずにぼさぼさのみすぼらしい格好をしていたから。
服は寝巻のネグリジェを貸してもらえたけれど、髪も体も小汚いままだ。
朝からだらしのない姿を見られて幻滅でもされては私は生きていけない。
部屋にある備え付けの鏡で顔を中心に全身くまなく確認し、棚に入っていた馬毛のブラシで髪を整えようとしてその手は止まる。
私の髪は油と血や埃で硬くなっていて、ブラシを通したところで改善されるはずもない。それどころかブラシをダメにしてしまうだけだろう。
もう一度窓の下に潜り込んでこっそりとダーリンの姿を覗く。
ダーリンは近くの井戸から水を汲んで勢いよく頭からかぶっていた。それを二度三度繰り返すと、頭をぶんぶんと振って水を飛ばして髪をかき上げた。「フー」っと吐かれる息。パンプアップした筋肉を滑る水滴は世界樹の葉に滴る朝露のよう。舐めればさぞ美味いことだろう。
「あんなのもう見る性行為だよ……」
目によすぎる。視力あがりそう。
「でも生殺しだよー……」
そこではたと閃く――。
ダーリンのすぐ横には井戸があるのだから、あの特等席で髪を洗いながら、女をメスに変えてしまう艶めかしい筋肉の躍動を拝められないものか――と。
「一石二鳥だ!」
思い立ったが早い。私は全速力で駆けた。魔法を行使して筋力を補強して走った。
目を覚ましたらしい精霊が頭の中で騒いでいる。
『もうやだイキたくない! あの大男にちかよらないで! こわい、こわいよー!』
なにやら騒いでいるが知ったことではない。あなたがイヤでも私はイキたい。勝手に契約を結んだのはそっちなのだから私に従ってもらう。
「や、やぁ、おはよう……」
ダーリンの筋肉特等席に爆煙を巻き上げて到着する。流石に急ぎすぎたか。
「おはようございます。その後、具合はいかがですか。幾分か元気なように見受けられますが」
「あう……」
ダーリンを前にすると口ごもってしまう。恋する乙女のつらく悲しいところである。
それに上裸なのは反則だ。エッチがすぎる。
恥ずかしくて顔は見れないのでダーリンの乳首を目だと思ってみることにしよう。とてもエッチだ。エッ乳首だ。
勢いで出てきたせいで忘れていたが自分はみすぼらしい姿をしている。
衣服こそ治療の前に清潔で白い簡素なネグリジェに着替えさせてもらっているが、髪や体は汚れたままだった。
「もしかして調子がよくなかったですか?」
「よ、よいかな。わりと」
本当は全回復してる。
あれでけ治療してもらえたなら三日は飲まず食わずで戦えそうなほど元気になった。昨日の思い出だけで百年牢に閉じ込められても生きられるほど幸せである。
だが人とは醜いもので、その欲望に限りはないらしい。
満たされたはずなのにもっともっととダーリンを求めてしまう。
昨夜に一つ気づいたことがあった。
反応から推察するに、「彼は私を女として見ていない」ということである。
清く正しく実直である彼には、汚れた私などは女として映らないらしい。
綺麗だとは言ってくれるが、それは言葉だけのもの。
好意はあっても行為には及ばない。
何度もさり気なくダーリンの棒リンを誘導しようとしたり、触れようとしたが、やんわりと、それとなく腰を引いて回避されてしまった。
その誠実さがまたよい。たまらなくたまらない。
できるならば誰でもいいと豪語する男を何人も見てきたので。男などそんなものだと思っていた私の固定観念をダーリンは覆してくれた。
美しいと評した女でさえも手を出さない。
手を出してもらえないのは歯がゆくもあるがその清廉さも好きポイント。手を出してくれたらそれはそれで好きポイント。
「よかった。実は一晩中心配していたんですよ。ところで私に何かご用でしょうか?」
あー好き。一晩中心配してくれてるの好き。
「用と言うほどのものは何もないんだけどね」
「そうですか? 随分と急いでいたようですが」
全力疾走したからね。壁に氷を突き出させて空を飛んできたからね。
足でも挫いておけばよかったかもしれない。そうすればまた癒してもらえるから。
椅子に座って足を組み。ダーリンに足の指を順に舐めさせる想像をしてゾクゾクする。何だろうこの感覚は。
「それよりもほら、私に構わず続けてていいよ」
「そう言ってもらえるのはありがたいのですが、目の前にむさくるしい男がいるのは不快では? 場所を移しましょうか?」
私があとから来たというのにダーリンときたら……もう好き。
「いいよ。後学のために見ておこうと思ってね」
意味不明な理由を口走ってしまった。
これじゃあダーリンの体を学んで何をするのかと疑われてしまう。
「なるほど、リリも筋力鍛錬に興味をおもちだったのですね?」
「あ、うん。そう」
戦闘中など、いざというときは筋力を魔力で補っているからそれほど必要だとは感じないけれど、ダーリンの傍にいられる口実ができるならなんでも肯定しよう。世の中には筋肉質な女に性的興奮を覚える男もいるとものの本には記されていたし、これを機に本格的な筋力鍛錬をするのも悪くない。
しかしこれで彼が鍛錬しているところに忍び寄ってもなんの違和感もなくなった。怪我の功名とはこのことかな。
「ふふ、それでは遠慮なく。何か質問などがありましたらいつでもお答えしますよ!」
張り切っているダーリン可愛いっ。
質問はいつでも可。会話権も得た。すごい、どこまでイイ方向に転がるのこれ。
たくさんお話をしてわかったけれど、ダーリンはとても誤解をしやすい性格らしい。今回はそれが上手く作用してくれている。
と、いつまでも悦に浸ってみすぼらしい髪のままでもいられない。
恥ずかしいからと野暮ったい髪で目を隠して喋るのも悪印象だろう。
再びトレーニングを始めた彼の一挙一動を見逃さぬよう目を離さぬまま井戸の水をくみ上げ。それを頭から一息にかぶった。
季節的にあたたかくなってきているとはいえまだ冷たいのだろう。それも井戸水となれば更に冷たい。
だが私の体には冷たさを感じない。鳥肌は立っているが問題はない。むしろ風邪でもひければダーリンとのキス三昧が待っている。この水浴び、いいことづくめである。
ダメだ、どうしても口角があがってしまうので髪を巻いて隠そう。
「つ、冷たくはないのですか? この時期の井戸水はまだ冷えていますよね」
「大丈夫。何も感じないから」
腕立て伏せをしながら私の心配をするダーリン。
すぐに心配して声をかけてくれるところが好きポイント。
「もしや水浴びをしに来たのですか? それでしたら私は別の場所に――」
「いい、そこにいて」
「…………」
ダーリンはなんて恐ろしいことを言い出すのだろう。
咄嗟に意味のありそうなことを口走ってしまったじゃないか。
「そうですね。まだ不安ですよね。一緒にいると約束したのですから、眠るとき以外はできる限り一緒にいるとしましょう」
最高の勘違いをしてくれている。
でも一緒に眠る方向の勘違いや、エッチなことをしてくれるような勘違いをしてくれないのは悲しい。その絶妙な距離感も好きポイント。
肉体的な距離感なんて体に侵入するぐらいでもいいのだけれど。今はまだそのときではない。焦らずに振りまかせるための策を弄していこう。
髪に残った頑固な汚れは中々落ちてくれない。
こんなことなら清浄化の魔法もウンディーネに習っておくべきだった。
魔法学の発展目覚ましい昨今ではあるが、魔法の起源たる精霊には人間など遠く及ばない。
さがせば教えてくれる人もいるかもしれないが、ウンディーネの操る魔法に比べれば幾分も見劣りするだろう。
「あ、あのリリ?」
「ん? なに?」
「そ、その、寝巻が白くてですね。それに薄い材質なのですよ……」
いつになくダーリンの歯切れが悪い。どうしたのだろう。
服を濡らしたのがまずかった?
借り物なのに自分のもののように扱ってしまっている。それにこんな汚い髪を経由したらネグリジェまで汚れてしまうじゃないか。
「ごめん、借り物なのに濡らしてしまって」
「いえそれはいいのです。タンスのなかで虫に食われて最期を待つよりも、あなたに使ってもらえて寝巻も喜んでいることでしょう」
ハァ……慈愛が深い。物にまでその慈愛は適用されるんだね。
「そうではなくですね。その、服が水で透けてしまっているようなので……」
こちらに視線を向けないダーリン。歯切れの悪い言葉。気まずそうな雰囲気。
すべての意図を理解した私はバッと腕を動かして胸と股を隠す。
見比べたことがないから何が普通がわからないけれど、普通よりも変な形をしていてダーリンに嫌われるのはイヤだ。
ちぐはぐな感情だ。とても見られたいのに少しも見られたくない。
「みた?」
「神に誓ってみておりませんッ!!」
声でっか……鼓膜でイクかと思った。びっくりした鳥が飛んで行っちゃったよ。
目を瞑って超高速で片手での腕立て伏せをするダーリン。
すごい、地面が音をたてて揺れてる。腕立て伏せで地震を起こせる人っているんだね。そこの地面だけすっごい強固に舗装されてそう。
「まあ君にならみられてもいいんだけど」
「いけません! 婚前の女性が生肌をみだりに異性に見せるなど破廉恥ですよ!」
ほう、そうか私は破廉恥なのか。そういう見方もあるんだね。
不安からくる羞恥はあれどダーリンになら恥ずかしくても見られていいしね。
収穫収穫。私は破廉恥と。こういうのを自覚させてくれるのも好き。
「でも家族だよ? ルカとは裸を見せ合ってるんじゃないの? 私は家族なのにダメなの?」
「うぐっ――それは……そうかもしれませんが……いいやいけません!」
踏ん張っちゃった。
あともう一息な気もしたが無理強いはしない。
「うら若き乙女の柔肌を覗くなど神父にあるまじき行いです!」
「じゃあこうしようよ。じろじろ見るのはダメだけど、たまたま見ちゃったら仕方ないって。私がいいって言ってるんだからいいでしょ?」
我ながら悪辣な策を思いつくものである。
この条件をダーリンが了承すれば、私もダーリンの裸を好きなだけ見てもいいという理屈になる。今後は合法的にダーリンの水浴びや筋トレが見れるという寸法だ。
もちろんじろじろはみない。ちょろちょろ見る。今の私にはまだ刺激レベルが強すぎるから。血圧が上がりすぎる。下手をしたら心臓発作を起こしかねない。
昨日もさんざん見たけれどダーリンの肉体美は見ていて飽きがこない。「ああ、そこが動くとこの筋肉が動いて、ここが連動しているんだ」という学びを得られる。じゃあこういう体位のときは私がこう動けばダーリンはたまらないだろうな――って。
腹筋を使った恋愛あみだくじも昨日から合わせて百回ぐらいしているがまったく飽きが来ない。くじ結果は百発百中ですべて「好き」だった。そう仕込んだのだからそれはそう。
「たまたまですか……? いやしかし、そうならぬようにも気を付けなければ」
「一緒に暮らしているんだからたまたま見てしまうこともあるでしょ? そのたびに君が罪の意識に苦しむのは家族の在り方として健全じゃないもん。不健全だもん」
不健全の権化である私が言うのは面の皮が厚いね。
「リリ……あなたと言う人は……。なんという慈悲深さなのでしょう。リリを見ていると底の知れぬ慈悲という名の大海を見ているような気分になりますね。その透き通った青い目のように心まで澄み切っているとは」
いいえ、私の心は破廉恥な桃色だよ。
私が海ならあなたは魚の養殖業者。命の素を私に大量放流してほしい。
私が港ならダーリンは軍艦。私の港に入港させて長期船泊したい。
「わかりました。そういう事であるならばリリの言葉に甘えさせていただきましょう。無論意図してみるつもりはありませんが、私の視線を少しでも不快であると感じたならばいつでも容赦なく罰してくださいね。家族とは言え最低限の礼儀は守るものですから」
「うんわかった」
あんまり見ないようならもっと見ろって罰したい。
でも見られるのは恥ずかしい。でも見られたい。この塩梅が絶妙に心地よい。最高に恋してる。
そのあと存分に上裸のダーリンを眺めながら水浴びをした。
水に浸かりすぎると指がシワシワになるのを知った。




