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21話 ほぼ全裸はほぼであって全裸ではないからセーフ

 関所では俺の格好のせいで一悶着あったが、リリの簡潔な弁明により救出報酬も受け取り無事ダンジョンを脱出できた。


 もうすぐ陽も落ちようという時間。山に隠れようとしている西日を浴び、瘴気のせいで役に立たなくなりつつあった鼻で外の空気を胸いっぱいに吸う。


 瘴気の漂うダンジョンよりも、人が行きかい埃の舞う雑多な街中でも新鮮な味に感じる。特にその中でもリリの花のような香りが際立ち、いつまでも嗅いでいたくなった。


 俺のとんでもない出で立ちは衆目を集めるに十分な集客力を持っていた。くわえて絶世の爆乳――ではなく絶世の美女を背負っているのだから奇異に映るのはいたしかたないとしてあきらめることにした。


 巨躯の男が弱ったエルフを背負って歩く様はさぞ異様な光景として人の目にはうつっているのだろう。急いでいた者が足を止めてまで俺たちをみている。


 今のところ声をかけられてもリリが華麗に弁明してくれているので何とかなっているが。騒ぎが広がる前に教会へつかないと善意の第三者による通報で衛兵を呼ばれかねない。面倒な騒ぎを起こしてリリに負担を増やすのだけは極力避けたいところだ。


「ハァハァ……今のを聞いた? 恋人なのかって尋ねられちゃったよ……くぅっ……! 私たちってそんな風に見えるんだね……(最高に気分がいい……)」


 まだ毒が残っているのは確実で、もれる吐息が時折あらくなっている。

 容体が悪化するようなら今すぐにでも聖水などを注入してやりたいが、人の目のあるところではそれも難しい。


「少し揺れるかもしれませんがはや足で向かいます。教会に着いたらすぐに毒抜きの処置ぃいんッ――!」


 強めの吐息を耳の穴に吹きかけられたせいで危うく射精しかけた。

 さすがは現役一等の探索者。たったの一撃で俺を社会的に抹殺しかけるとは。


「私は医師でも薬師でもなぁいんッ――ので。毒の具合を見抜くのはムズかしぃッ――んです。今夜は念入りに毒の治療に励みまショウッ」

「うん……(可愛(くぁわい)い……)」


 耳もとに息を吹きかけ続けられているせいでまともに喋れなくされている。

 どうなっちゃったんだよ俺の耳。


 ――幼き頃司教に「耳掃除をされているときが一番かわいい顔をする」と、耳掃除をしているふりをして毒液のしみた綿で耳の穴に満遍なく毒を塗られたことがある。

 一週間ほど耳が聞こえなくなったが、もしかしたらあの時のトラウマで耳に対する刺激に敏感なのかもしれない。


「死にかけたのが存外ショックだったのかな。一人でいるのがこわくなってきたよ。しばらくは君と一緒にいたい気分だ……今は君しか頼れないし」


 一人でいる間に毒がぶり返し、眠ったら二度と目覚めない――そういった不安に襲われているのだとしたら、リリは死に対して明確な恐怖を覚えてくれていると断定していい。

 よく喋るのも不安を紛らわし隠すためだったと考えれば今までの多弁にも納得いく。


 リリは確実に前向きに生きようとしてくれている。

 これがなによりも嬉しい。耳に息を吹きかけられるより心地いい。

 

「素直にそう言ってもらえるのは神父冥利に尽きますね」

「素直じゃないのは仕方がないよ……何も感じない私にだって羞恥心ぐらいはあるさ……」


 人様の前で無様をさらしてまで生きる――。

 一匹狼気質で自尊心が強く、探索者としての矜持と確たる信念を持ったリリには、弱い自分を見せるのは耐え難い屈辱だったのだろう。

 ティアスたちには氷のように冷たかったが、なんだかんだと言っても人らしい一面を持ち合わせているのだな。


「何も恥じることなどありません。生きたいと願うならば遠慮せず人に甘えればよいのです。人の世とは善意と善意で支え合うことで成り立っているのですから」

「イキたいなら人に甘える……? でも私は君意外には頼りたくないよ(前戯と前戯で支え合っているって素敵な考え方だね……)」


 頼れるのは俺だけとは、なんて可愛いことを言ってくれるのだろう。

 父性が爆裂してしまい前向きに抱いて頭を撫で回したくなってくる。


 戸惑うような声音からも察せるように、リリは他者に頼るという発想そのものがなかったのだろう。だから一人でダンジョンに潜り、頼る者もなく死のうとしていた。

 なんて悲しい女性なのだろう。


「下世話な話になるかもしれませんが、女性に甘えられて張り切らない男はいませんよ。一般的な身体能力の差を考えれば、男を使ってやるぐらいの気持ちでいてちょうどいいバランスが取れるのかもしれません」

「それは…………そうなの? いいの? いやでも使うって……使ってヤルって……。私には君をそんな道具みたいには扱えないかも(使ってくれるのは可)」


 根が真面目なのだろう。人を使うという部分が引っかかっている。

 時には依頼をこなし人につかわれる側の稼業だというのに、人を使うのには抵抗を示すなんていったいどこまで俺を尊敬させれば気がすむのか。

 

「ハハ、使うというのは言葉のあやですよ。なんでも自分一人で解決しようとせず、たまには人に頼ってみたらどうでしょう。私でよければ力にもなりますし、遠慮もいりませんからね。誰かに頼るのが苦手ならまずは私で試してみてください」


 一人にさせておくのは不安なのでさりげなく俺がそばにいてもいい状況を作ろう。


「一人でシてはいけないから君を使う……?」

「人が一人で成せるものなどたかが知れています。たとえばあの聳え立つ塔をご覧ください」

「うん?」


 街のはずれにあるツタが巻き付いた巨塔を顎でさす。

 古代の遺跡の一つらしいが、下層のどっしりとした作りと上層の頼りない細さ。それが俺の見た目と心を映しているようだと常々思ってはシンパシーを感じていた。


「…………」

「そっちではありませんよ」

「えっ、ごめん……どれ?」


 反応がないので様子をうかがってみると顔を乗り出して俺の聖棒をみていた。

 ちゃんと見ちゃうあたりが素直でリリらしいが、聳え立つ塔であると認識されていた事実は面映ゆい。


 周りで人がヒソヒソとはなしている。

 逸物を見ろと命令する凶悪な性犯罪者だと誤解されたかもしれない。


「大昔、まだここの大穴(ダンジョン)がドワーフたちによって発見される前。時の王の大号令によって何人何十人――いや何千人と駆り出された奴隷たちによって建てられたものだそうです。あの立派な塔が一人で建てられると思いますか。できたとしても世紀をいくつもまたぐことになるでしょうね」

「性器を跨ぐ……」

「人と人がささえあい協力しなければ建つこともなかった塔……まるで一人では立つこともままならなかった私みたいなものですね」


 塔を見上げて無心で喋っていたせいで本音が漏れてしまった。

 弱っている女性に弱った姿を見せてどうする。


「塔は一人ではたてられない……君の塔は一人じゃ立てられない……?」


 俺の下手なたとえでも何かを感じ取ってくれたという手ごたえがある。

 リリは死ぬ間際になっても俺に頼るどころか抵抗する頑な姿勢を見せた。

 一見冷たくも見えるが、それはただ無知なだけで、真っ当な生き方を知らない不器用なひとなのだろう。


 烏滸がましくも庇護(ママ)欲がくすぐられ、僭越ながら(パパ)りたいと思ってしまう魅力がリリにはある。

 放っておけば死んでしまうのではないかという危うさも、そのあと押しになっている。


「私が立てると言ったらどうする……?」


 実力に裏打ちされた自信と恐れを知らぬ豪胆さが相まった突飛な発想である。

 一人であの塔を建てるなどと思いつくのはさすがの一言だ。


「リリならできるかもしれませんね。あなたはきっと普通ではない、特別な人だから」

「ハァハァハァ……!」


 呼吸が乱れている。病人相手に長々と話しをするのはどうかしていた。

 元気づけることに端を発したこの話もそろそろ終わりにして、短い語句で締めるとしよう。


「事実としてリリを生かしたのは私ですから。最後まで責任はとりますよ。大丈夫、安心してください」

「ハウゥッ……!」


 リリの呼吸が止まった!? 急がなければ――!

 


 錆びを落とした銀色の門は開いており、戸締りを怠ったかと考えながら教会の庭に入る。

 教会のなかへ入るために扉を開けようと一度リリをおろすと、もたれかかるように体重を預けてきたので咄嗟に肩を抱く。


「もう少しの辛抱ですからね。さあ、このまま倒れぬよう寄りかかっていてかまいませんよ」

「うん……ありがとう」


 両手を俺の胸に乗せて体重を預けるリリ。

 歩きづらいとは言いにくい。


「戻りましたよルカ」


 いつもなら呼べばすっ飛んでくるルカの姿がみえない。

 

「ルカ、どこにいるのですか? 返事をしてください」


 と、そこで赤いカーペットの上に血痕が染みているのを見つける。

 その一瞬であらゆる最悪の事態を想像してしまう。


「ルカ!! ルカはどこですか!?」


 冷や汗が全身から噴き出し、心臓がぎゅっと小さくなるのを感じる。

 あたりを見回すがルカの姿はない。


「失礼!」

「キャッ――」


 リリの膝のしたに腕を通して抱き上げる。


「……(教会の赤いカーペット……これはバージンロードでは?)」


 抱きかかえる形でリリを連れたまま血痕の場所まで恐る恐る歩く。


「この血痕は――!」

「結婚!?」


 椅子に隠れた場所に人の足が見える。

 緊張に震えながら恐る恐るのぞき込むと――。


「どなたでしょう……」

「……(結婚結婚結婚結婚)」


 そこには小太りな男が死んでいた。

 ただ首から上がない。


「ロイズレッド様……?」

「ルカ!? いるのですか!」


 祭壇の後ろから顔をだけ出す子供。

 どうしてそんなところにいたのかなど考える余裕ない。

 ルカのいる場所まで駆け足で進む。


「……(バージンロードとは花嫁が今まで歩んできた人生を意味し、扉が開くのを新婦がこの世に誕生した瞬間を現している。一歩を一年として誕生から今まで支えてくれた父と歩き、祭壇前で父とご新郎は交代。夫婦が出逢った瞬間を再現。退場するときは新しい人生の第一歩を集まった皆に祝福されながら踏み出すという二人を示唆している。つまりダーリンはパパであり夫。二役を演じてくれているというわけ。では私は娘であり妻を演じる必要がある。ウンディーネが言っていた。どの種族の男もそれぞれの花嫁衣裳を着た女を犯すことに只ならぬ熱意と興奮を覚えるものだと。エルフは花冠と肩を出した葉っぱ色のドレスだけれど、オークはどのような衣裳を着るのだろう。人種では白いドレスは貴方色に染めてという意味を持ち。黒いドレスは貴方の色以外には染まらないわという決意の表明。でも今の私はドレスを着ていないからこの場に相応しくない。では一旦は娘という体でダーリンの傍にいるのが好ましいか――)」

「ルカ、怪我はありませんか!」

「申し訳ありませんロイズレッド様……留守を任されていたというのにボクは教会を守り切れず。ロイズレッド様が大切になさっていた神像を盗まれてしまいました」

「そのような些末なことはいいのです! あなたに怪我はないのですか!?」

「……ううぅっ」


 泣き出してしまったルカが跪いて足に縋りつく。

 両手にはリリを抱え、足元には泣き崩れる子供。


 傍から見れば姉をさらいに来た悪魔と、それを必死に止める健気な弟――そんな風に見える。


「怪我はありません。でも……ボクは人を殺めてしまいました……」

「落ち着きなさい。一つ一つ順を追って話してください。まず何があったのですか」


 声をしゃくりあげて話してくれたルカの証言はこうだ――。


 俺が教会に到着する少し前。掃除をしていると突然教会に賊ども複数人が入ってきて「ロイズレッドはいるか!」と怒鳴る。

 ルカは不在を知らせると賊どもはニヤニヤと笑ってルカのところまで向かってきた。俺が不在なのを狙って入ってきたのは明らかであった。

 一人がルカの頬を打ち、金目のものを出せと要求したがルカはそれを突っぱねる。すると賊は剣を抜いた。

 その間に神像を懐に抱えて持ち帰ろうとしている者がいたのでルカはそちらに気を取られて止めようとする。


 剣を抜いた男は激昂。

 ルカに剣を振り下ろした。

 すると天から声が聞こえた。


『我が子の子もまた我が子――』


 男は振り下ろしたはずの剣を横に薙ぎ払い、小太りな男の首を跳ね飛ばした。

 何が起きたのかと混乱して騒ぐ賊ども。一人が仲間を殺したことで仲間割れをはじめてしまう。


 そうこうしているうちに神像を持った男が逃げ出し、またもう一人がなぜか小太りな男の首を抱いて逃げていった。


 最終的にルカはその場に放置され。怖くなって祭壇の後ろに隠れて耳を塞いでいた――。


 と言う事らしい。


「あなたは誰も殺めてなどおりませんよ。自分を責めてはなりません」

「ですが僕がいたことであの人は死んでしまって……!」


 そんなことで殺人の責任を負わせられるならこの世は殺人鬼だらけだ。


「僕なんか生まれてこなければ――」

「ルカ、それ以上はいけません。それ以上の言葉を続けることを私は許しませんよ」

「……でも」

「あなたがいてくれたからこの教会は綺麗になりました。あなたのお陰で私は日々の暮らしを楽しめています。あなたのお陰で生きる活力がわくのです。あなたがいなければなどと考えるのも恐ろしい。ルカのいない世界などカラメルのないプリンです」


 いやそれはそれでいけるな。


「か、カラメルはプリンの肝ですよ……? あの絶妙な苦みがなければプリンは成り立ちません」


 よかった、いい方向にとらえてくれた。ルカのカラメル好きに感謝しよう。 


「そういうことです。ルカは世界にとってなくてはならない存在なのです。軽々しく自分がいなければなどという恐ろしいことは言わないでください」

「ロイズレッド様……師がそう仰るならばそうなんですよね」


 俺が言うことすべてが正しいわけじゃないから肯定しにくい。

 しかしここで否定してしまうと台無しになりかねないので頷いておこう。


「自分を認めてあげなさいといつも説いているでしょう? 自分を否定してはいけません」


 ルカは再び声をあげてなきだしてしまう。リリが少し気まずそうに髪をいじっている。紹介はまだできそうにないからいましばらく待ってくれ。



 ルカが落ち着いたところで警備隊や衛兵を呼び出して実況見分を開始。

 盗難被害の報告により強盗の疑いから取り調べスタート。

 第一容疑者は俺。強盗とはなんら関係のない様々な罪状で牢獄へ連れて行かれそうになる。「貴様そのような格好をして美女をたぶらかし何の疑いも持たれぬとおもうてか!」「正体を現せ! この異常な変態性欲者め!」といった感じ。正常な変態性欲者とはなんだろうと思う。


 格好が格好のため凄まじい誤解を招いたが、ルカの必死な擁護と、リリの何度目かわからぬ理路整然とした弁明のお陰もあってすんなりと誤解を解いてくれた。


 調書は残すが盗品は返ってこないだろうと軽い調子で言われ、警備隊ご一行はそのまま戻っていってしまった。のこされた衛兵が死体を引き取ってくれたが、二つの組織の構造はよくわからない。

 多分、警備隊は一帯を治める領主権限の部隊。衛兵は国の運営する治安維持組織なのだろう。


 なんやかんやとあって、俺は服を着替えてから共同スペースである別棟の広間に移動。服の生着替えをリリに凝視されるのは気まずかった。



 一人がけのソファーにはルカが居心地悪そうにちょこんと座り、三人掛けの椅子には俺とリリが座っている。


 一人用のソファーには俺が座るようルカにすすめられたが、リリが不安からか離れたがらず膝の上に乗ろうとしたので仕方なく長椅子に並んで座った。

 リリは俺にもたれかかっており、やはりまだ苦しそうにしている。

 具合を尋ねると「大丈夫」としか言わない。子供の前で情けない姿は見せたくないのだろうが、様子がおかしいのは一目瞭然であった。


 そうして今にいたる――。


「彼女はエル――」

「むっ……(リリがいい)」


 その名では呼ぶなと目で訴えている。

 どうやらルカにはリリと紹介していいらしい。


「世間ではエルと呼ばれていて私はリリと呼ばせていただいております」

「ムッフー」


 どこか満足げだ。正解だったらしい。


「リリは凄腕の探索者で、ダンジョンで怪我をしているところを救出し。毒の治療のために教会に運び出しました」

「……よろしく」


 リリは相変わらずの人見知りとコミュ力のなさを発揮している。


「初めましてリリ様。ボクはルカと申します。ロイズレッド様の小間使いとして教会で働かせていただいております。毒は大丈夫なのですか?」

「急ぎじゃない。今は軽い風邪の初期症状みたいなもの。あとでゆっくり時間を作ってもらう予定」


 また衛兵などが来訪して慌ただしくなり途中で何度も中断するよりは、長い時間をかけてじっくり治療してやった方がいいだろう。本人たっての希望なのだから容体が急激に変化しない限りは従うことにした。


「とても仲がよろしく見えるのですが……もしかしてお二人は恋人のような関係を結んでいらっしゃるのでしょうか?」

「な……ッ(なんていい子なの? 人を見る目しかないよこの子)」

「それは邪推というものですよルカ。私たちはそのような関係ではありません。リリは故郷を離れて他に頼るものがなく、仕方なく私に助けを求めているのです。男女の距離が近ければそういう目で見てしまうというのは理解も示せますが、面と向かって口に出してしまうのはリリに迷惑を掛けてしまいます。なによりも女性に失礼ですよ」

「…………」

「そ、そうですよね。どうかお許しくださいリリ様。とてもお二人がお似合いだと思ったので。まるで長年連れ添った仲の良い夫婦のようだなと――」

「ふーん……? (決めた。この子は私が守る。ダーリンの弟だと思って守護る)」

「こらいけませんよルカ!」

「いいよ。私は気にしない。そう思ってくれて全然かまわない。子供は正直なものだからね。正直さを責めるのはよくない」

「ハァ……それがリリの教育論ですか。甘やかしてばかりでは教育によくないのですが……。よかったですねルカ。普通ならば大目玉をくらうところですよ。リリの寛容寛大な心に感謝しましょう」

「はい! リリ様は見た目通りお優しい方です。ロイズレッド様もまた温かみのあるお優しい方なので、出会ったのも運命なのかもしれませんね」

「ふぅー……(こらこら、もっと言っていいんだよ。この子の言葉からは言い表せない、体を貫くような満足感が得られるよ)」 



 軽い雑談を交えながら今後の話をする。

 主題は盗まれた神像をどうするか。


 あれがないと司教様と連絡が取れない。時間が空くとまた拗ねられて面倒なので早いところ手元に戻したい。


 賊が盗んだと言うならば闇市に出るはずだが、誰かに買われる前に手を打たなければいけない。


「さてどうしたものか……」

「ルカの話しから推察するに盗んだやつらは前に教会を占拠していた盗賊団で間違いないと思うよ。殺された仲間のかたき討ちが目的だったんだあろうけど、君が怖いから留守を狙った」


 逆恨みもいいところである。

 俺はなにもしていない。皆殺しにしたのはティアス一味だ。


「それならティアスに依頼をだしてみるのはどうかな」

「依頼ですか?」

「それなりの金額を要求をされるだろうけれど探索者稼業をしている者なんて便利屋みたいなものだから断ることはないと思うけど」

「あまり友好的な関係を築いているとは言えないので断られてしまうのではないでしょうか」


 次合ったら覚えておけと首の分離を予約されているのでできるならば会いたくない。


「もとはと言えばティアスが教会で暴れたのが原因だし、そのあたりを説明して突けば動くかな。なにより借りをつくっているしね。探索者パーティーは不名誉を嫌うんだ。依頼の数に直結するからね」


 不名誉を嫌う割には好き放題していたような気がするが。

 実際に新種の魔物の素材や討伐の実績には強い興味を示していた。俺たちと争っていたのにも関わら口外しないことを約束すればすぐにそちらを優先した。

 今にして思えばそうと知ってリリは交渉したのだろう。


「そういうことならば一度挨拶も兼ねて依頼の要請をしてみましょうか。こういった場合はどこへ要請しにいけばいいのでしょう」

「直接本人たちに話すか探索者が登録しているそれぞれの組合組織でもいいね。あとは他にも酒場に頼んで掲示板に貼ってもらうという手もあるけれど、今回の依頼にはそぐわないかな。盗賊団がみかければ警戒されちゃうし他の探索者が沢山応募してきてしまう。村などのお金のある団体が困っているなら複数の方法を同時に選ぶのもありだったんだけどね。今回の件は静かに済ませたいんでしょ?」


 肩に頭を預けて上目遣いでそう尋ねるリリ。

 これもう半分サキュバスだろ。


 色気でさそって酒をたらふく飲ませ法外な金額を要求するサキュバスが運営する富裕層の男性向け酒場みたいなものだこれ。


 そういう店ではアフターと呼ばれるスペシャルシステムが存在し、サキュバス嬢に気に入られた男は店の外で個人的な関係を結べると聞く。

 結べる関係というのがそれがもう天にも昇る勢いで素晴らしいらしく、二度と普通の女性では満足できない体にされてしまうとかなんとか。国によってはサキュバスの入国を拒否するほどの依存性がある。

 

 サキュバス自体も独占欲が強く自分が体を許した男が他に取られるのを嫌う。そのため一度気に入った男には凄まじい執着を見せてサービスの限りを尽くすという。

 そうなると男はどんなに金があろうとも二度と店には顔を出さなくなる。サキュバスの体に魅了されて目移りなどできなくなるそうだ。そうして一家離散する御家庭も多いそうなので欲望に流されやすい俺はいかないほうがいいだろう。


 法外な値段を払ってでも一度は行ってみたいものだがやはり依存性が怖い。それに俺がスペシャルシステムを使えるほどサキュバスを魅了できるとも思えない。金の無駄だな。


「では冒険者組合とやらに足を運んでみるとしましょうか。今日はもう遅いですし、リリの治療もあるのでまた明日に早くにでも出ようと思います。ですがそうなると教会にのこすルカが心配ですね」

 

 また賊どもがこないとも限らない。


「それなら大丈夫。私がルカを守っておくよ」

「よろしいのですか? 今さら力を疑うわけではありませんが、一対複数で相手しながら守るというのは……リリの体も心配です」

「くぅッ……安心してよ。たかが賊には遅れはとらないから。こう見えてもそれなりの苦難は乗り越えてつもりだよ」

「左様ですか。でしたら少しの間だけルカを見てやっていただけますでしょうか。これも依頼になるのでしたら報酬はお出しします」

「お同じ敷地にすむならルカは家族も同然だから。家族を守るのは当然でしょう? そこにお金なんて絡まないはずだよ」

「ボクが家族……? ロイズレッド様、もしかしてリリ様は女神様なのですか?」


 ルカが感動のあまり泣いてしまっている。

 家族などいなかったルカには覿面に効いたのだろう。


「よしてよ。女神だなんて柄じゃない。私は義弟(おとうと)を守りたいただの義姉(あね)――といったところだよ(そしてダーリンはパパなの……フフ)」

「お姉様……ボクにお姉様ができたんですか?」


 嬉しそうに俺を見ては、表情を変えないクールなリリを見てを繰り返す。

 ルカの心のこもった喜びようもさることながら、リリの聖母が如き慈愛の深さに俺まで泣いてしまいそうだった。というか泣いた。


「ありがとうございますリリ。ルカではありませんが、あなたが実は天より舞い降りし女神の一柱と言われても私は一切の疑いを持ちませんよ。それほどまでに慈悲深く慈愛の精神に満ちている」

「だからやめてって……。そういうのじゃないから。家族、家族だよ。神様は家族にはなれないでしょう?(好き好き好き)」


 ツンとした表情で頭をぐりぐりと動かして俺の肩に抗議をする。

 そういう仕草はまさに素直になれない娘みたいで愛おしい。

 姉と弟に父親(ママ)である俺。本当に家族ができたみたいで心温まるな。


「さて方針も決まったことですし、次はリリの部屋をどこにするかを考えましょうか」

「君と同じ部屋でいいよ」


 よくないよ。一日目にして娘を孕ませて母にしてしまう。



 ――この絵は光視のルカが描いた『新たな家族』である。


 聖ロイズレッドの腕の中、揺り籠のなかで眠る赤子のように、極上の幸福感で安らかに目を閉じて微笑む美女と。

 襲撃事件の恐怖と罪悪感から解放され、目に入れた初めての人の死を乗り越えたルカが、健気にも「お姉様ができた」と目を潤ませて二人を見つめ。

 二人を温かく見守りながら「家族としての責任」を胸に刻む全裸の聖ロイズレッドの姿がある。


 発見当時はこれが世の婦女子が性欲を発散されるために描かれた裸婦画ならぬ裸夫画だと評する者もいるがそれはルカの手記に否定されている。


 だがそういう論調が生まれてしまうのも仕方がないと筆者は思う。

 この聖ロイズレッドはあまりにも艶めかしく描かれており。汗により光を反射する筋肉を惜しみなく露出し。光が差して見事に隠されている聖茎は人の数倍はあろうかと予測される雄々しさを誇る。


 これより度々描かれる聖ロイズレッドの聖茎だが、そのどれもが巨大であり、時には頭光を放つものもあった。


 こののちリリはルカの姉としての責を十全に果たし、やがて聖母と呼ばれるに至るのだが。聖母としての慈愛の深さがその安らかな寝顔からもすでに見て取れるのがルカがルカたる所以だろう。


 現在と未来を一枚の絵におさめたまさに名画である。

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