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本格的な治療

 治療を続けるうちにエルのなかの毒素が抜けてきたのか、舌も十分に回る様になっていた。


 解毒が十分ならばもう少し暴れそうなものだが、力が抜けてしまっているところを見るに注入が不十分なのかもしれない。


 俺の体液による性的快感が女性にどれほどの影響を及ぼすかはわからない。そもそも女性が快感を覚えた際にどのように反応するのかを知らないのだ。

 行為自体は知っていても、行為が行われるところを見たことがないのだ。童貞がゆえに女性が性的快感を覚えたときに示す反応事例をあまりにも知らなすぎた。


 しかし司教が俺の血を輸血した際にはもっと激しくのたうち回っていたのは鮮明に覚えている。最後は失禁してしまい、舌をだし、なぜか曲がったピースをしながら涎を垂らしていた。


 あれが女性の快感を得たときの本来の姿だと言うのならば、さきほどの軽く弓なりになって痙攣して腰を振る程度の動きは快感とはまったくの無関係な動きなのだろう。

 逃れるための行動だったが、毒のせいで上手く動けなかっただけということだ。


 醜くい変態男から性的な快感を与えれるというのも不快を極めただろう。俺だってトロールに押し倒されて聖棒をしゃぶられたら泣いて抵抗する。


 つまりエルの拒絶には生だけではなく俺も含まれているのだ。

 せめて俺の顔が見えないように目隠しでもした方がいいかとも考えたが、それでは余計に恐怖感を煽るだけになりそうなので廃案とした。


「フゥフゥフゥ……はへ……はひ」 

「力が抜けきってしまっているのは、まだまだ足りないということですね」

「へやぁ? も、もう……じゅうぶんだゃからぁ……」

「またそんなことを言う……。何が……何が十分なものかッ!!」


 感情を抑えられずにまた怒鳴ってしまう。

 怒りと悲しみがない交ぜになり、感情の制御がきかなくなっている。


「生きたくとも生きられなかった者……生きたいと望みながらも叶わなかった者たちの分も、あなたは生き続けなきゃいけないのです!」

「な、なはぁ……? な、なにがぁ?」

「またそんな風にとぼけて……」

「股そんな風に蕩けて……?」


 これは完全に俺の妄想なのだが。

 マスターやエルのような勇敢な探索者は、死を恐れずとも死の恐怖を熟知したうえで死を拒絶する。そんな人であると思っていた。

 自分がそうなりたいからと、理想を他人に押し付けてしまうのは俺の百あるうちの悪い癖の一つだという自覚はある。


 だが少なくとも俺よりも勇敢で高潔なはずである。そんな人が自らの死を望むなどあってはならない。望ませてはいけない。


「あなたは生き続けるんだ。私のためにも生き続けてください!」 

「はあッ!? ど、どうしてあなたのために……」


 俺の理想として生き続けてほしいという身勝手極まる願いを押し付けて。死だけは拒絶する人であってほしいと切に願った。


「じゃないと……あなたみたいな高潔な人が死を受け入れてしまったら、誰にも愛されず、生を望まれなかった情けない私が生きる意味を失ってしまうじゃないですか……」


 口から漏れ出そうになった本音は、かろうじて口の中でつぶやくに留められた。


「イキ続けるだなんて……そ、そんなの……たえ、たえられないよ……もう。お願いだからやめて……私にはあの人が――」


 いつまでも想いのない男に生肌を触られるのも不快だろう。

 それが愛した人がいたとなれば余計にそう思うの頷ける。

 それでも生を諦めさせていい理由にはなりはしない。


「まだそんなことを……。生きていたいのに他人から死を望まれる……そんな人もいるのですよ? 生を望まれるあなたが、何故自ら生の権利を放棄したがる――ハッ」


 怒りに任せてもう一度腹に口を近づけようとすると、エルの横腹の矢傷はすでにふさがってしまっていた。


「性の権利……そんな権利があるのぉ……」


 毒のせいでまるで酩酊状態のエル。

 まだ体内に毒がのこっている状況で、体液を注入するための傷口が塞がってしまうのは最悪の展開と言えた。


 これでは体液を注入する穴が限られてしまう――。


「なんてことでしょう……」

「ハァ……ハァ……なんか……やっと落ち着いてきたかも……。精霊は……ダメそうだね」


 いけない、エルの息遣いが弱まっている。

 迷っている暇などない。


 ――司教との実験と研究の成果を思い出す。


 まずはじめに同じ体液でも汗が最も効能が弱く、精液が最も効果的で即効性があると判明している。


 腸液と胃液と鼻水にはその効果は認められず。効果の強さは汗、唾液、尿の順に強くなり。その次に大きく差をつけて血液。そしてさらに差をつけて最大の効能を発揮するのが精液であった。


 唾液や汗などとはちがい、尿と血液と精液は灰を混ぜて粉末状にしたものでも汚染された自然を回復するほどの力がある。

 その聖なる力を称え、司教は俺の尿と血液を聖水。そして精液を聖液と名付けた。そしてそれらを用いて癒すことを救済と呼ぶ。


 聖液を鼻、口、秘部、肛門から注入するのが現状考えられるエルに対する最も効率的かつ確実な治療方法である。


 しかし毒で苦しんでいる女性に俺の太く長すぎる、あらぶり猛る聖棒を叩きこむのはあまりにも危険だ。

 挿入せずとも鈴口だけをあてがい子宮へ向けて一直線に聖液を放出することもやろうと思えば可能だろう。だが死を望むほどに憔悴している女性に唾液以上の汚液でもって体内を汚染するというのは、心の殺人といっても差し支えないほどの蛮行。神父にあるまじき行為だ。


 体を癒せたとしても心に癒えない傷を残しては本末転倒もいいところ。その後に苦悩して自死を選ばせかねない。


 いま聖液の直接注入を行うのは最高効率ではあるが最適解でも最善でもない。

 救済とは人が救われなければならないのだから、身も心も傷つけてはならぬ。


 仮にエルが了承したとして、避妊薬もない状態で聖液を注入すれば俺の血が流れた望まれぬ子を孕ませてしまうだろう。それは俺自身が許せない。


 子供が生まれれば責任を持って大切に育てるつもりだが、産まされたエルの心のケアにはもはや手立てがなくなってしまう。

 司教のもとへ連れて行き、男の一人もいない修道院で穏やかに暮らしてもらうほかなくなるだろうが――そんなに上手くいくと思うのは楽観が過ぎる。


 傷がふさがってしまった今、新たに傷を作って唾液を注ぎ込むという方法もある。

 だがいくら急を要する事態とは言え女性の体に傷をつけるなど俺にはできそうにない。

 元々血を失っているところに誤ってさらに出血させてしまえば、もはや処置の施しようもなくなる。


 血液を飲ます手もあるが、そもそもダンジョンでの出血がまずい。

 いくら俺自身の回復が早いとはいえ、即時に回復するようなものでもなく、この容体のエルを救済するのには大量の血が必要となるだろう。


 それで助けられたとして、手負いの二人が難なく脱出できるほどダンジョンは甘くはないのだ。

 エルの血だけでも三匹の魔物を呼び寄せてしまったのだから、新鮮な血の臭いに釣られた魔物が次から次へとあらわれることだろう。


 では一体どうすればいい……。


「も、もう許し……て」


 しぼり出すような熱っぽい声。「許して」と請うたのは、楽に死なせてくれという意味だ。 

 戸惑いを心の隅に追いやられ、頭に血がのぼってしまいエルに覆いかぶさる。


「この――わからずやめッ! あなただって本当はまだ生きたいはずだろうに。体は生きたがって、(せい)を欲しているのを貴女にはどうしてわからないのですか! 苦しみから解放されたいからと安易に(せい)を手放してはいけません!」

「わ、私はまだイキ足りない……? 自分じゃわからないよ……だって……私の心にはあのひとが――」


 曖昧でぼやけた表情は薄い雲に隠れたおぼろ月のよう。

 彼女は本当に、心から死にたいのだろう。この期に至って大粒の涙を流し唇を震わせている。


 虚しさのあまり唇を引き締める。


 髪に隠れていた顔の火傷のあとはわずかに治っているように見えた。これは治癒が効いている証拠に他ならない。


「あともう一息なはずなのです……だから、お願いだから認めてください……。私はあなたに生き続けてほしいのです」

「無理だよ……ダメなんだよ……。だって心に決めてるんだ……」

「くっ――」


 傷口が塞がり火傷のあとも治っているのだから、体液は確実に効果を発揮している。ここまでくればあと少しで完治できるはずで、順調にいけば間違いなく助けられるのだ。


「いいでしょう。どうしてもわからないと言うのなら、もう遠慮はしません」


 エルの体が強張り顔が引きつる。

 弱々しい力しか出せない腕をつかって懸命に俺から逃げようとしている。


「今さら逃げられるとでも思っているのですか? ここからが本番ですよ」

「ほ、本番はダメ……! それだけは絶対にダメだよ!」

「なんと言われようともかまいません。体に直接イヤというほど、無理やりにでも生を教えてやるとします」

「や、やだ、やだやだやだッ……!」

「生き続ける感覚をその体に刻み込み、今日と言う日を生涯忘れられ得ぬ日にして差し上げましょう」


 死のうだなんて二度と思えないよう、死ぬ気も失せるほどに完璧に治してやる。

 顔の火傷も治しきってやるので、自分が生きているということを毎朝鏡を見るたびに思い出してくれたらいい。


「何が何でも生き続けなさい。たとえあなたに翼がはえて天へ逃げようとしても無駄です。飛び立とうとした瞬間につかまえて地上に引きずりおろしてでも生かし続けますから」


 治療後も油断せず監視し自殺などさせはしない。

 ダンジョンを出たら教会へ連れて行き、まずメンタルケアに務めよう。

 ルカにオルガンを弾いてもらえば幾分かは心も安らぐだろう。


「も、もうお願い……やめてよぉ……」


 肌艶が戻り赤みがさした頬。

 瞼の腫れも引いて順調に進んでいるようにも見えるが油断はできない。


「ダメです。あなたが自分の口で生きたいと言うまで離しません。私は頑固なので一切譲るつもりはありませんよ」

「ッ!?」


 心にもない言葉でも、心のこもった嘘でもいい。前向きな言葉を自分で口に出すことが大切なのだ。


 脳は主語が理解できないので悪い言葉も良い言葉も自分に向けられたものと処理してしまうという。

 だから口の悪い者は常にストレスをためて苛立っており。人に優しい言葉をかける者には心のゆとりがある。代表的な例で言えばティアスは前者に当たるのだろう。


 前向きな言葉を繰り返すと気持ちが幾分か軽くなる。

 俺もいつもやっている自己暗示法だ。


「決心はつきましたか」

「……」


 返事はない。


「では尋ねます。まだ、生きたいですか」

「……」


 返事はない。

 だが焦ってはいけない。根気強く続けよう。

 エルの青い瞳は揺れながら俺を捉えている。

 この視線の動きは思い悩んでいる反応。思い悩む余地が生じているのだ。

 

「もう一度訪ねます。エル、あなたは生きたいですか。嘘でもいいので言ってください」

「っ…………じゃあ、うん……それは……そうだけど。でもそれは……あの人と――」


 ランプの灯に照らされた血色の戻った赤い顔。

 小さく顎を動かし控えめに肯定をしめす。しかしその顔には屈辱が滲み、悔しさを隠しきれていない。


「本当に生きたいんですね。では自分の口で生きたいと言ってみせて私を安心させてください。そうすれば治療を変えることも考えます」

「ほ、ホント? い、イキたい……かも?」

「かもではありませんよね」

「うぅう、い……イキたい……です」


 目を逸らしたエルは大粒の涙を流した。

 力が入りすぎて強面をさらに強面にしてしまい怯えさせてしまった。


「もう一度お願いします」

「ッ……私は……イキ続けたいです……」


 やや脅迫じみたやり方になってしまったが言質はとれた。

 今日から毎日これを繰り返して、毎日生きたいと言わせよう。

 その言葉が意味を生み、心に深く刷り込まれるように。


「あなたの解毒を完了するには体液の注入がまだ足りていません」

「…………」

「体感した通り私の体液には体を修復する力が備わっています。それはもうわかりましたよね」

「うん……え? あれ? ホントだ? 傷が? あれれ?」

「ええっと、こ、これには深い理由がありまして、オークは基本的に巨根であり亜人のなかでも特に性欲が旺盛でして。そそ、そして性行為の際には理性を失いがちで、激しい行為を行うので女性器を傷つけてしまうことが多いのです。いや、普段の彼らは本当は大人しい種族だったんですよ?」


 いま説明するのはそこじゃないだろ。

 余計な話な上に、性行為の話を女性にするのが恥ずかしくて嚙みまくってしまった。これからすることを考えると緊張してしまい、中々本題に入れずいらない説明を並べてしまう。


「で、ですのでオークの体液には強力な麻酔効果と傷ついた性器を治すための治癒成分。そして行為を潤滑に行うため若干の媚薬効果が混ざっているのです」

「ん……? うぅん……? なんの話?」


 エルは生気を感じさせる潤んだ瞳をまっすぐに向けて説明を聞いてくれている。

 早速刷り込みが上手くいったのか。いまのところ逃げるつもりはないようだ。


「私にはオークの血がながれています。純血のオークなどではなく一部が先祖がえりをしただけの混じりなので体液に麻酔効果などはありませんが」

「オークの……子孫?」

「……はい」

「へ……?」


 エルが固まっている。だがこれは事実である。


 悪さをした子供には「オークに売ってしまうぞ」という脅し文句がどこの国でも使われているような忌み嫌われた種族なのだから。オークの血が流れていると聞けば誰でも固まってしまう。


 今以上の差別と迫害にあうので人には極力話したくはなかった。

 しかしこれから治療を行ううえでは絶対に隠しておいたままではならないと思った。ルカにもいずれは説明しなくてはならない。


「突然こんな話をしたのは、治療を受けるあなたには知る権利と義務があるからです」

「し、汁権利と義務……」

「知りもしないまま行うわけにはいきませんから」

「尻もしないまま行うわけにはイかない……お、お尻でするつもりなの……?」

「ま、まさか! 確かにその方が効率はいいですが絶対にしませんのでご安心を」


 先ほどよりも話を聞く姿勢を見せているのは素直に喜ばしいが、過剰に反応しすぎているようで妙な誤解を受けてしまっている。

 

「血が混じったのは何十代も前の話しなので私はほとんど人間と変わりありません。ですが体液の治癒力はオークのそれをはるかに凌駕しているらしく、私から分泌される特定の体液以外のすべての液体は、効果の差はあれど他者の肉体を治癒できるのです。さきほどもお尻の話をしていましたが。特に粘膜からの吸収率は抜群によく――」


 言い訳がましく饒舌になってしまうのは後ろめたさがあるからなのだが、罪悪感を薄めようと口を動かすと説明の必要もないセクハラまがいの言葉を並べてしまう。

 

 吹っ切れたと思っていても理性が彼女の尊厳を守ろうとしてしまう。

 なにせ女性と初めてのアレをしようというのだから緊張をするにきまっている。

 のんびりしている暇はないというのに。


「――というように、短時間で確実に解毒できてあなたを救う方法はいくつもあります。ですが尊厳を最低限守りながらとなると方法は一つだけです」


 陰茎を口に突っ込んで聖液を胃に流し込むか。子宮が膨らむほど注ぎ込んでやるのが一番手っ取り早く効果的な治療法である。それこそお尻に注入できれば直腸からは吸収されやすいので最速で完治できるだろう。

 だが司教は密室で一人実験して二日も出てこれなかった。その反動のすさまじさを物語っている。


 だが、魔物が徘徊するダンジョンで聖行為に及ぶのはあまりにも危険。なにより治療だと言い張り聖棒を挿入して聖暴行をくわえるなど、ようやく芽生えてきた生きる決意を踏みにじるも同義。

 

 ここで生きながらえたとしても、心を殺されたエルは肉体の死も望むようになってしまうだろう。


「そのたった一つの治療とは――口内に唾液を流しこむことです」


 これ以上の説得はくどい。

 彼女は確かに生きると言ってくれたのだから、俺はその手助けをするのみ。

 あくまでも治療だ。医療行為だ。唾液は精液よりも効果が薄い分、かなりの量を必要とするかもしれない。時間がかかる上に時間がないのだ。のんびりもしていられないので急ごう。


 力の抜けきったエルの背に腕を回して膝の上に乗せる。

 抵抗のつもりか体を揺らしているがそれは生きたくないからではなく、俺との接吻を拒むもので、行為自体に対する不満の表明なのだろう。


 誰だっていやだ。

 俺だって俺みたいな人間と唇を合わせたくなどない。だがこれも救済のためだ。

 

 意を決し、一拍を置いて「申し訳ありません」と呟いて顔を近づける。


 神よ、この救済に心の救いがなく、彼女の尊厳を踏みにじる行為であるならば、どうか私に神罰を下していただけますようお願い申し上げます。


 意を百回ぐらい決して唇を合わせるも、エルの唇はかたく閉ざされており歯のぶつかる音が聞こえるほど震えていた。


 幼き頃、司教に命じられてやらされていた毒の塗られたサクランボのヘタを舌で結んでは解くという謎修行がここにきて実を結ぶ。

 両の手を扱うよりも器用な舌を操り、急に力の抜けた顎をこじ開け口内を隈なくさぐった。


 震える唇の端から端までを調べて、歯から歯茎をなぞって頬の裏まで舌をのばす。

 そうやって数秒舌を這わせ、全体像をつかんだところで唇を離した。


「唇の端と表面の裂傷複数。軽度の口内炎が一か所。C1の虫歯が二か所あります。ここから毒が漏れ出たり再度侵入すると非常に厄介です。念のため先にこれらを治療します。本格的な治療はそのあとで」

「…………」


 返事がないので目の前で手を振ってみるが反応はない。

 さっきまでの抵抗が嘘かのようにエルは静かになっていた。


 目を見開いて固まっており、真っすぐに向けられたその視線が覚悟を決めたはずの俺をまたもや緊張させる。


 唾液を出さなければいけないのに砂を口に詰められたかのように口内が乾いる。

 こんなに口が乾いたのは司教と金貨一枚をかけた聖餐(パン)の早食い競争をしたとき以来か。

 あの女は卑怯にも自分のワインは瓶ごと用意しておきながら俺用の水はスタートの直後に床に零しやがったのだ。口の中がパッサパサになって喉を詰まらせたのは言うまでもない。


「では」


 水分を補給してすぐに薄い唇に吸いついた。

 まずは唇。そして長い舌を操り唇と虫歯と口内炎があった個所は丹念に治療し終える。

 あとは水と一緒に少量の唾液を舌で少しずつ押し込むだけだ。


「コク……コク――」


 エルは喉を鳴らして口内に入れられた大量の水分を飲み込む。


 ――いいか聖棒(ムスコレッド)、よく聞け。

 これは命を救うための治療であって性的な接吻や、ましてややましい行為などでは断じてないからな。

 だから下半身をうずかせるのはやめろ。絶対に硬くなるよ。お前全裸だからな。丸出しなんだぞ。少しでも動いたら一発でアウトなんだからね。いや、いい。返事はしなくていい。動くなと言っているんだ。


 治療のためとはいえ全裸で膝の上に女性を乗せているというのはあまりに異質な状況である。

 患者(エル)も治療のためだから俺を信頼して乗ってくれているのだから、その信頼を裏切るような真似だけは決してあってはならない。


 厳しく育てた甲斐あって、聖棒も意を汲んで大人しくしてくれている。

 たとえ前立腺を電流で直接刺激されても立ち上がるなよ聖棒。

 反射など理性の制御下に置けと父さんはいつも言っているよな。

 生理現象に屈するような甘ったれの聖棒に育て覚えもないぞ。


 だが油断をするな。何が起こるかわからないのが人生だ。父さんも気を付けるから。絶対におっぱいにだけは目を向けないから。


「あぅっ……」


 一旦唇を離すとエルの頬に涙が伝っているのを見て再び躊躇してしまう。


 人のランクで言えばエルが太陽だとして俺は道の端で太陽(エル)の日差しによって干からびたミミズも同然の存在。

 生きるためとはいえミミズの死骸に唇を奪われるなど涙を流すほどの屈辱に等しいのだろう。


 エルに対する罪悪感と己に対する嫌悪感にささやかな屈辱がまぶされ。おかげで傷心が性欲を上回りよこしまな気持ちが消えていく。


 俺に対してまだ恐怖を覚えているであろうエルを少しでも安心させようと、ない頭をないなりに振り絞ってどうすれば落ち着くかと考えるうちに幼き日を思い出す。


 嵐の夜――戸の揺れる音は俺をさらいに来た怪物がノックする音だと思った。

 いななくような風は外へと誘う怪物が乗ってきた馬の鳴き声。

 震えて泣いていた俺の寝床に司教が入ってくる。

 司教の教えに従い人前ではけっして泣くまいと涙をこらえる俺を、温かな体温で優しく包み、背を撫でながら「大丈夫よ。怖くない怖くない」と柔らかな声音で囁き、さりげなく毒を飲ませて静かに昏倒させてくれた――。


 俺もそれに倣おう。


「大丈夫ですよ。ご安心なさい」

「うん……うんっ……!」


 抱きよせて唇を合わせながら髪と背を撫でる。

 まるで恋人同士がするようなキスだが勘違いをしてはいけない。これはあくまでも治療だ。

 エルの舌には確かな活力を感じる。唾液(せい)を求めるかのようにこちらの口内に自ら侵入しては舌をからめてきた。


 生を受け入れ前向きになってくれている――そう思うだけで唾液の量が増し、エルを生かすという使命感がより強固なものとなっていく。


 これは舌による意思疎通。舌会話とでも名付ければいいか。

 一方的に酒場で見かけた程度の関係なので勝手な印象ではあるものの、エルは寡黙で、少なくとも多弁ではないものと思っていた。だがそれは誤解であったようだ。

 舌の上では踊りでも舞うように、驚くほど饒舌に話してくれる。何度も何度も懸命に「生きたい」と訴えかけてくれる。


 こんなことならばもっと早くキスをしておけば――などと思うのは女性を軽視しすぎているか。


 強引ではあったが彼女のために救済を施してよかった。

 あとは口留めの要求だが、それはダンジョンを出る際にゆっくりおこなうしよう。


 彼女の人となりを考えれば無暗に言いふらすとは考えづらく。脅迫をするとも思えない。司教が懸念するような展開にはなりようがあるまい。


 エルを救えるという確信が持てたことで早漏な俺の心は既に安心しきっていた。


 達成感にともなって全身を包む高揚感。爆発的に膨らむ父性に似た強い献身性。性欲とは明らかに異なる昂り。魔物を人生で初めて倒した時のように極度かつ急速に膨張していく興奮。


 俺自身が人とのお喋りに飢えていたのだろう。舌会話を続けるうちに視界は白く染まり、指を弾くほどの間にいくつもの思考が浮かんでは消えていく。


 そのかでもエルを守らなければという想いがひと際突出し、体は無意識に動きだしていた。


 魔物の不意打ちを警戒して彼女を守るため体制をゆっくりと変えて覆いかぶさり。けっして離すまいと抱きしめた。


 強すぎる抱擁を受けたエルは身をよじるが、最早逃げる気配も抵抗の意思もみせない。完璧に生を受け入れてくれている。いまのとろころは――だが。


 興奮を超えた興奮により理性が失われていく。まどろむような感覚が交代の時を告げる。自然と意識を手放しもう一人の俺へと肉体の制御を譲渡した。


 超興奮によって引き起こされる無意識による肉体の運動が意味するところは、すなわち心の奥に閉じ込めていたオークの血の目覚めである――。

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