全裸クリニック
「服のことはお気になさらず」
「き、気にしないのは無理かな……」
「まあそうですよね」
自分で言っててもおかしいと思う。
靴だけはいた全裸の大男が目の前に走ってきて気にするなは無理がある。気になるに決まっている。
信じるも信じないも相手任せになるが、そう言うしかないのだから仕方がないじゃないか。生きるためには全裸になる必要があったんですから。
じゃあ他になんと言えばいいのだ。
ティアスのように女なれしていそうな色男ならば、ここで甘い言葉の一つ二つを並べて聖行為にまでもっていってしまうのだろうが、俺は醜い童貞でありティアスではない。
人には向き不向きがある。できることとできないことがある。鳥のように空を飛び回りたいと願っても鳥人でもなければ叶わぬように。いくら努力を重ねてもできないものはできないのだ。
いま通報されて衛兵やら警備兵の尋問されたら、間違いなく頭のおかしい変質者だと誤認されて即投獄だろうな。
教団が助けてくれても引き続き拘束され審問官の世話になる。「君はどうして靴を履いたまま全裸になって女性の前で仁王立ちを?」などと尋ねられても覆せる答弁を俺は持たない。
能力の露見を恐れず「治療のためです」と胸を張って正直に言っても、「いや、裸になる必要はないですよね? 相手の女性は酷く怯えていた様子ですよ」と返されて破門申請を通され死刑台へ直行待ったなし。必死に言い訳を並べる俺を司教が笑い転げながら指さしている姿が目に浮かぶようだ。
「――時間が惜しいので言い訳は後でします」
「なにを、やめっ……ダメだって――――あっ…………ん? んぅ? んんぅッ!?」
傷口が痛まぬよう注意し優しく患部の周囲を舐めると、エルの口からは先ほどとは毛色の違う吐息が漏れた。
腹を舐められたら誰だって声は出る。当たり前だ。
「ひんッ!? な、なにっ……あくっ、こんなのっ……!」
唾液を多量に含んで傷口の周囲を舐めると、凝固していた血は溶けだし毒の苦みと鉄の味が俺の口内にひろがっていく。
司教から林檎の果汁も吸いつくせるとまで評された自慢の吸引力を制御しておこなうバキューム吸血。
一度口内にたまった血を床に吐き捨て、バックパックからとりだした水筒を取り出す。
水に毒が混ざっては意味がないので口が水筒に触れぬよう注意してゆすぎ、気持ちばかり口内を清潔に保つ。
「続けますよ」
「ちょっと……ひぃッ!?」
「申し訳ありませんが、私の唾液が浸透するまでは少々痛むかもしれません」
「痛くない……これは痛いとは違う――ひぎいぃっ!!」
「多少くすぐったく感じるならば再生が始まっている証拠です。いましばらくその恥辱に耐えてください」
「これがくすぐったいってっ……多少じゃっ、ひぁッ!」
エルの奇妙な反応には大いに心当たりがあった――。
俺の体液には傷や病を内外問わずに癒す力がある。
これを口外することを司教によって固く禁じられている。もしも世に知れ渡ればかならずや不幸な目に合うからと。
「私が全裸のせいもあって余計に不安を抱いていおられるのでしょう。安心して治療を受けていただくためにも、簡単にですが説明しましょう」
エルには聞く意思があるらしく切れ長の凛々しい片目を見開いて続く言葉を待っている。
「怪我をすると痛みますよね。人の肉体は怪我をすると、その破壊された組織がある場所へ脳が痛みをの信号を送るのです。そして私の体液は生物を癒す力が備わっています。ある種の治癒魔法のようなものだと考えてください。そして治癒された部分には怪我とは逆に――快感の信号を送らせてしまうのです」
「は、はぇ? えぃ? どういう……?」
自分の傷に効果は薄いので確かめようがなく、どれだけの快感をもたらすものなのかは体験した司教も詳しくは教えてくれなかった。
司教曰く、「すごかった……」とのこと。
子供の頃はものすごくくすぐられた程度なのだろうと考えていたが、エルの反応を見るにやはりそれなりのくすぐったさに襲われるのだろう。
司教の反応はこんなものではなかったので、人によって反応に差があるのかもしれない。
ゆえにルカを救済するのには抵抗があった。
ルカには俺の血を薄めた水を聖水であると言って使った。
性的興奮をしらず、性的快感の受容体ができていない未成熟な身体には本来副作用も少ない。
ルカには性の快感ではなくくすぐったさが優先されているように見えた。「目が、目がくすぐったいです!」という聞いたこともない言葉も聞けた。
もしもルカが性的被害を受けた過去があったならば、司教やエルのような大人と同じ反応を示していたはずである。そのような反応がなかったことをただただ神に深く感謝するばかりだった。
それはつまり、ルカには性的虐待がなかったことを示していたのだから。
この効果は司教が俺の体を研究しつくして導きだしたもの。
快感とくすぐったさの差は憶測でしかないが。傷を癒して毒を中和するという点は紛れもない事実である。
司教と俺しか知らない、世界でも類をみない俺だけが持つ特性――らしい。
「では続けますよ」
「やぁッ――ひぃいいっ」
俺に比べて細い腰を腕でがっちりと固定し、既に塞がりかけてきている傷口を円を描くように舌でねぶる。
傷は多いが滑らかな肌。
鍛えられた柔肌を舐めていると性的な興奮が湧きあがり股間が熱くなってきそうなものだが、真剣にエルを救いたいと願う今の俺にやましい心も性欲も微塵もなかった。
さきほどまでは爆乳が気になって危なかったが、いつまでも弱った女に劣情を催すほど下劣な男ではない。
日々のトレーニングで鍛え上げ甲殻類のように硬くなった聖棒も、空気を読んだのかその力をかたく封印し大人しくしてくれている。
もし仮に聖棒が暗黒棒へと闇落ちするようであれば迷わず鉄拳制裁してくれよう。
口で言ってわからぬ男には鉄拳でもって覚えさせる――それが司教の教えだ。
たとえ己の体であっても言うことを聞かないのならば鉄拳での制裁も辞さぬ。
司教は言った。男児たるもの打たれて学べ――と。
打たれてかたく強くなれ……いや今はかたくも強くもなってはいけないのだが。
小さくあれ、小さくあれ、小さくあれ。俺の心のように小さいままでいてくれよ聖棒。
「んぎぃッ!」
エルの腰が大きく浮く。
反射的でも体がここまで動くようになったのはいい兆候だろう。
「患部の毒は薄れてきています。このまま一気に舐めつくしますよ」
「待ってッ。これ以上は――ゅうぅぅッ!」
押し殺した嬌声がもれ、体は小刻みに揺れる。
勇名をはせた探索者には耐え難いはずの屈辱を味わっているだろう。
羞恥を与えるのは本意ではないので少しでも時間をかけずに素早く癒してやりたいという念が強まり、さらに舌の動きを加速させる。
「なっ、なんでさっきより早く……ひぐぅっ待っ、これ本当にぃいッ」
片腕で頭を掴み押し返そうとしているようだがまったく力が入っていない。
しかし手が動くようになったのもよい兆候の一つだ。
体が動くというのは治癒が上手くいっている証左である。
「待って待って待って……何かくるっ――」
「大丈夫、魔物の気配はありません。なにも来てはいないから安心して治癒に集中してください」
ナマラカインに気づけなければ終わりなので、度々トロールの血だまりは確認している。
問題ない。続けよう。
「そうじゃなっ――くぅぅうっ!」
錯乱して魔物が接近していると思い込んでしまっているのか身をよじらせて抵抗をしてくる。
ここはひとつ、男らしく短い語句で安心させてやるべきだな。
「大丈夫、私に任せてください」
「いやッ――」
イヤって言われちゃった。
そりゃイヤだよ。変態みたいな格好をした男に任せろと言われてもイヤにきまっている。
へこんでいる場合ではない。ここで俺が及び腰になってどうする。
治療が甘いせいで救済しきれずにエルが死んでしまったらどうするのだ。
嫌われたっていい。一度救うと決めた人を腕の中で死なせるぐらいなら、嫌われるぐらいは安すいもの。安すぎてまとめ買いできてしまう。
「お願い、怖いからっ……もう離れて」
助けようとしている相手に恐怖を与え拒絶される虚しさよ。
誤解には慣れていたがこれはさすがに効く。
むき出しの心臓を握りしめられているような痛みと冷静さを奪う恥辱。
この程度の辱めは慣れているはずだったのに、エルの拒絶は何者に拒まれるよりもつらく苦しく耐え難いものだった。
それは俺個人が拒絶されているからではない。
これ以上の治療を拒むということは、生を諦め、死を望んでいるということに他ならないからだ。
生還の可能性がある中で、それを自ら捨ててでも死を願う者を前にして冷静でいられるはずがない。
心の中で茶化す気にもなれそうになかった。
ダメだとわかっていても我が出てしまう。
「……あなたも本当は生きたいはずだ」
「ホントはイキたい……? え?」
そう本当は生還したいはずである。生きてダンジョンを脱出したいはずだ。
進んで死を望む者などいてたまるものか。
死なねばならぬほどの悲しみを抱える者を数多く見てきた。
死を願うほどの苦しみを背負った者を多く見てきた。
だが心の底から望み、喜びの中で死んだ者など一人もみたことがない。
俺が拒絶されるだけならばまだいいだろう。それには慣れている。拒絶の連続こそが我が日常であると言って差し支えない。
だが生まで拒絶するのは見逃せなかった。
「そんなはずはない。私はイかされたくなんてないっ――」
強情である。
これは邪推だが、この雰囲気とマスターの話から察するに想い人でも失って自暴自棄になっているのだろう。
バレバレの罠を踏んだのも注意力が散漫になっていたからだとみた。
もしも死ぬために踏んだと言うならば、矢を一本だけ受けるような真似はしない。
そのうえ全裸の変態に生肌を触れられているなど死を望みたくなる気持ちが加速するのも理解は示せる。
だがそれでも人は生きなければならないのだ。
恥辱にまみれようとも汚辱に浸かろうとも死など望んではならない。人が死を望む世界など存在してはいけない。
生きていればいいことがあるだなんて月並みなセリフを言うつもりはない。
それはあまりにも無責任だ。
だが生きてくれるならばその責任は最後までとろう。
投獄されても文句を言うつもりはない。殺したいほどに憎まれても構わない。
死のうとしたがるあなたが生きてくれてさえいればそれでいいのだ。
「あなたは――誰かに生かされるんじゃない。自分の意志で生還を望むのです!」
「自分の意思で性感を望むっ……?」
生を否定して力なくぼそぼそと呟くエルに対して怒りを覚え、冷静さを欠いた頭に血がのぼり熱くなる。
「どれほどの不幸があなたを襲ったのかは知りません……。ですが生を否定するのだけは認められない。否定せずに生を受け入れてください!」
「性をうけいれるって……でもそんなの絶対ダメだ。私にはあの人がいるんだから……」
やはり想い人がいたのだ。そしてその想い人はもうこの世にいない。
だから自分も死ねば想い人に会えるなどと思い込んでいるのだろう。
「ふざけるなっ!」
「ッ……!?」
思わず感情任せに怒鳴ってしまう。エルも驚いて跳ねていた。
「精一杯生きていれば天に召されて再会も叶うでしょう……。ですが軽々しく生を手放すような者にその資格は与えられないのです」
「せ、精をいっぱいにしてイけばまた再開する……? な、何度もするつもりってこと……? ダメ、それだけは絶対にイヤ!」
俺につられたかのような。喧嘩をするような語気の強い否定の言葉。
それだけ喋れるようになったのを喜ぶべきなのだろうが、俺にはその余裕がなかった。
「生を悟ったような口振りで生を否定していますが。体はこんなにも動き、まだ生きていたいと雄弁に語っている。あなたの口よりも体の方がよほど正直だ。あなたの体は生を望み、生を欲しがっているんですよ!」
「か、体は正直だなんて――――私は性を望んで精をほしがる……。嘘だ、そんなことない! 精なんてほしくないし、私にはあの人しかいないんだ!」
「考えることも感じることも、あなたがいま味わっているすべてが生なのですよ? 死んだらそれを自覚することもできない……。それがどうしてわからないのですか!」
「ヤダ、わからない! わかりたくない!」
このわからずやめ。
これじゃあ子供の駄々のようじゃないか。
「いいでしょう。ではこちらにも考えがあります」
「な、なに……まさか無理やり……!」
「そうです無理やりにします。私が必ず生かしてやりますよ。生を実感させてやりますとも。あなたはそうやって生きたくない生きたくないと子供のように喚いていればいい。私は勝手にしますから、あなたも勝手にすればいい」
「ッ……!!」
売り言葉に買い言葉。ろくな説教もできずに我を通してしまう。これでは神父失格である。
しかし失格の烙印など恐ろしくもない。
無理やりにでも彼女を救ってやる。
俺にはそうしなければならない確固たる理由があるのだから。
「無理やり必ずイかせて喚く私に性を実感させる……そんなの神父のすることじゃない……そんなのダメだ!」
「なにがダメなものですかッ! 自分に素直にりなさい!! 何度でも言いましょう、あなたの体は生きたがっているんですよ!!」
「違うっ、こんなのただの生理現象で――!」
口喧嘩をしていても埒が明かないと判断して再び患部の治療を始める。
「やめて、私……お腹っ――!!」
押し返そうとしていた手がフッとかるくなると、俺の髪を掴み傷口に押し当てる。
その行為にはこれ以上ないほどの生きたいという意思と、生への希望を感じさせた。
「それみなさい。口ではいくら否定していても体は正直じゃないですか。あなたはまだまだ生きたいんです。生きたりないんです。生きたりず、その先にもっとやりたいことがあるはずだ」
「その先にヤりたいことっ――!?」




