表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第一部  作者: マスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/24

第八話「山の精霊は、怒っていなかった」

八話目です。山編の二話目。


今回は山の精霊が出てきます。森の精霊とは、少し性質が違います。水の精霊は小さくて弱っていました。山の精霊は、大きくて、古くて、でも同じように傷ついている。


ゴルという人物の別の側面も見えてきます。


では、どうぞ。

朝、目が覚めたら、ゴルがもういなかった。


部屋の外に出たら、集落の広場に岩人たちが集まっていた。何かを話し合っている様子だった。私を見て、少し話が止まった。


「おはようございます」


「おはよう」と、誰かが言った。昨日より、少し警戒が薄れた気がした。


シロが私の横を歩いた。岩人の子どもが、シロに近づこうとして、親に止められた。


「触っていいですよ」と私は言った。


子どもが、おそるおそるシロに近づいた。シロは動かなかった。子どもの手がシロの背中に触れた。シロがゆっくり尻尾を振った。


子どもが振り返って、嬉しそうな顔をした。


それを見ていた親が、少し表情を緩めた。



ゴルは集落の上の方にいた。


岩の上に立って、山を見ていた。


私が近づいても、振り返らなかった。


「何を見ているんですか」


「水の流れを見ている。毎朝、ここから見る」


並んで、山を見た。


朝の光が、山肌を横から照らしていた。岩の色が、場所によって違った。濡れているところは暗く、乾いているところは白っぽく見えた。


「昔はどうでしたか」


「暗い部分が、もっと多かった。今は白い部分の方が多い」


視覚的にも分かるくらい、乾いていた。


「今日は、どこに行きますか」


「山の中腹に、古い泉がある。そこに連れていく」


「古い泉」


「岩人にとって、大事な場所だ。水が出なくなってから、二年になる」


「二年前に止まったんですか」


「急に止まった。前触れもなかった。突然、水が出なくなった」


「その泉の周辺で、何かありましたか。二年前の前後に」


ゴルが少し間を置いた。


「山の南側で、大きな採掘が始まった。人間が、山の石を切り出している。二年半前から」


「採掘が、地下の水の流れを変えた可能性があります」


「私もそう思った。しかし、証明できない」


「証明しなくても、つながっているのは分かります」


ゴルが私を見た。


「お前には見えるのか。そういうつながりが」


「感じる、の方が近いです。見えるというより」


ゴルが山の方に目を戻した。


「精霊には、見えるだろうか」


「山の精霊に聞けますか」


「聞けるかどうか、分からない。ただ、行ってみることはできる」



中腹への道は、急だった。


岩を削った段が続いていた。ゴルの歩幅に合わせると、私には一段が大きすぎた。シロは問題なかった。四本足は便利だと思った。


一時間ほど登って、開けた場所に出た。


岩の窪みがあった。直径で言うと、三メートルくらい。深さは分からなかった。岩に囲まれた、丸い窪み。


底は乾いていた。


ひびが入った泥が、干上がった池のように広がっていた。水の痕跡が、岩の側面に残っていた。以前はここまで水があった、という跡。今の底面より、かなり高い位置に線がついていた。


「ここが泉か」


「そうだ。私の祖父の祖父の時代から、ここに水があったと記録されている」


「それが二年前に止まった」


「ああ」


しゃがんで、乾いた底に手を当てた。


乾いていたが、深いところに何かある感じがした。水の気配というか、水があったときの記憶のようなものが、岩に残っている感じ。


「水は、完全に消えたわけじゃないです。どこかで流れが変わっている。水自体は、まだ地下にある」


「取り戻せるか」


「地下の流れを変えるのは、私には難しい。でも、流れがどこに行ったか、感じ取れるかもしれない」


目を閉じた。


手のひらから、力を少し出した。地面の中に、探るように送り込んだ。


水の流れが、薄く感じられた。


深いところを、斜めに流れていた。昔はここに向かって集まっていたのが、今は別の方向に向かっている。採掘で岩が割れて、流れが変わったのだろう。新しい割れ目の方が、抵抗が少なかったから、そちらに流れるようになった。


「南の方に流れが逃げています。採掘した場所の方向に」


「戻せるか」


「この泉に戻すのは、今の私には無理です。採掘の割れ目を塞がない限り、流れは戻らない」


ゴルが黙った。


「ただ」と私は続けた。「採掘をしている人間に、このことを伝えることはできます。採掘の場所によっては、調整できるかもしれない」


「人間が聞くか」


「聞く人間と、聞かない人間がいます。ベルクみたいな人間が向こうにもいれば、話になります」


「ベルク」


「森の調査部門の人間です。話せる人間でした」


ゴルがまた泉の底を見た。


そのとき、空気が変わった。



気配を感じたのは、私とシロが同時だった。


シロが耳を立てた。


泉の周りの岩が、少し温かくなった気がした。


岩から、何かが出てきた。


大きかった。


森の精霊が手のひらサイズなら、これは人間くらいの大きさがあった。岩から滲み出るように、形が現れた。岩と同じ色をしていた。灰色で、ごつごつしていて、でも輪郭は人型だった。


目があった。


深い、暗い色の目。


森の精霊の青い目とは全然違った。古いものを見てきた目。


ゴルが、深く頭を下げた。


「山の精霊だ」と、低い声で言った。「めったに姿を現さない」


精霊が、私を見た。


怒った目ではなかった。


悲しいとも、怒っているとも違う。ただ、疲れた目だった。長い間、疲れ続けてきた目。


「こんにちは」


精霊が動いた。


ゆっくりと、泉の底に手を置いた。大きな手だった。岩みたいに硬そうな手。


その手が、底のひびに触れた。


何かが伝わってきた。


言葉ではなかった。でも、意味が分かった。


長い時間、ここにいた。水があった頃から、ここにいた。水が来なくなって、待っていた。戻ってくると思っていた。でも戻らなかった。もう長い。疲れた。


「待っていてくれたんですね」


精霊が、私を見た。


「水を戻すことは、今すぐはできないです。でも、原因は分かりました。原因が分かれば、解決できるかもしれない」


精霊が動かなかった。


「約束はできないです。でも、やってみます」


シロが精霊に近づいた。


昨日、池の精霊を驚かせたのと同じように、鼻を近づけた。


山の精霊は、驚かなかった。


シロの鼻を、大きな手でそっと触れた。


シロが尻尾を振った。


精霊が、また私を見た。


今度は、少しだけ目が違った。疲れは変わらなかったが、その奥に、何か小さなものが灯った気がした。


それから、精霊はゆっくりと岩の中に戻っていった。溶けるように消えた。


空気が、元に戻った。


ゴルが顔を上げた。


「精霊が人間に触れたのを、初めて見た」


「シロに触れたんですよ」


「お前の連れに触れた。同じことだ」


「そうですかね」


「そうだ」ゴルは短く言った。「お前のことを、認めたということだ」



泉から下りながら、ゴルが言った。


「採掘の場所について、調べる方法がある」


「どんな方法ですか」


「山の南側に、岩人の古い記録がある。どこで採掘が行われているか、山の構造がどうなっているか。それを調べれば、流れがどこに行ったか、もう少し正確に分かるかもしれない」


「見せてもらえますか」


「それが目的で、お前を連れてきた」


「最初からそのつもりだったんですか」


「ああ」


「最初に言ってくれれば」


「お前が、信用できるか確認したかった」


「確認できましたか」


ゴルが少し間を置いた。


「精霊が認めたなら、私が何か言う必要はない」


それは、認めてくれた、ということだと思った。


「ありがとうございます」


「礼はいらない。泉の水が戻れば、それで十分だ」


シロが私の横を歩いた。


山の風が吹いた。


さっきより、少し湿っている気がした。気のせいかもしれなかった。でも、そういう気がした。



集落に戻ったら、夕食の準備が始まっていた。


子どもたちがシロを取り囲んでいた。シロは嫌がらずにいた。昨日より、子どもたちの警戒が薄れていた。


ゴルの家に入ったら、ゴルが棚から古い本を取り出した。


分厚くて、重くて、表紙が岩みたいに硬かった。


「これが記録だ。読めるか」


開いてみた。


文字は読めた。転生補正というやつで、この世界の文字は何でも読めるらしかった。


図が多かった。山の断面図、水の流れを示した線、岩の種類を示した記号。岩人が長い時間をかけて記録した、山の記憶。


「読めます」


「今夜、見ていてくれ。明日、一緒に見る」


「分かりました」


ゴルが食事を持ってきた。


また肉だった。今日も多かった。


「毎日これですか」


「山では、これが一番手に入る」


「美味しいので、文句はないです」


ゴルが、少し目を細めた。笑ったのかもしれなかった。岩みたいな顔が、ほんの少し動いた。


夜、古い記録を読んだ。


シロが隣で丸くなった。


山の記録は、長かった。何百年分もの記録が、丁寧に書いてあった。水の流れがどこにあったか。どこで湧いていたか。どこで地面に沈んでいったか。


読みながら、今の山の感触を重ねた。


泉の水がどこに行ったか、少しずつ見えてきた気がした。


全部は分からなかった。でも、方向は分かった。


明日、ゴルと話せば、もう少しはっきりするかもしれない。


夜の山は静かだった。


風の音だけが、岩の間を通り抜けていた。

八話目、書きました。


山の精霊が登場しました。手のひらサイズで弱っていた池の精霊とは全然違う、大きくて古い存在です。でも同じように傷ついていた。傷の大きさが違うだけで、困っていることは同じ。


「疲れた目」という描写は、長い時間を生きてきた存在が、じわじわと失われていくのを見続けてきた目のつもりです。怒りより、疲労の方が深いところから来ることがある。


ゴルが「信用できるか確認したかった」と言う場面。岩人は無口で直接的ですが、行動で確認する文化を持っています。言葉より、精霊が認めたかどうかの方が、ゴルには意味があった。


泉の水を戻す話は、次話で少し進みます。記録と現状を照らし合わせて、何ができるか考える話になります。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ