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第三話「話せば分かる、とは限らない」

三話目です。


今回はいよいよ人間側と接触します。凪は戦いません。魔法で圧倒もしません。ただ、話します。


それがうまくいくかどうかは、読んでみてください。


現実でも異世界でも、話せば必ず分かり合えるわけじゃない。でも、話さなければ何も始まらない。凪はそういうことを、なんとなく知っている人間です。


では、どうぞ。

朝、霧が出ていた。


森の中の霧は、街の霧と違った。湿っていて、冷たくて、でもどこか柔らかかった。木の幹が霧の中にぼんやり浮かんで、足元の草が露で光っていた。


シロが先を歩いていた。クロとキョロは私の左右についていた。


ガルは来なかった。止めるつもりはないが、一緒には行けないと言った。森人が人間の前に出ると、ろくなことにならないのだと。過去に何度もそういうことがあったのだと。


だから私一人で行くことにした。


一人と、狼三頭。


「お前ら、来なくていいぞ」


シロが振り向いて、また前を向いた。来る気満々だった。



森の東の端は、思ったより近かった。一時間ほど歩いたら、木の密度が薄くなって、光が増えてきた。


そして見えた。


切り株だった。


大きな木の切り株が、何十本も並んでいた。最近切ったものと、だいぶ前に切ったものが混ざっていた。切られた断面が白いものは新しい。黒ずんでいるものは古い。


その向こうに、草原が広がっていた。


草原というより、ただの原っぱだった。草は生えているが、低くて、元気がなかった。土が固そうだった。木が全部なくなったせいで、雨が直接地面を叩いて、土が締まってしまったのだと分かった。


その原っぱの向こうに、天幕が張ってあった。人が動いているのが見えた。


五人、いや七人か。鎧を着た人間が数人と、地図らしいものを広げている人間が数人。


私は森の端に立って、向こうを見た。


向こうも、こちらに気づいた。


一人が指をさした。鎧の人間が二人、こちらに向かって歩いてきた。


私は動かなかった。



近づいてきた二人は、三十代くらいの男だった。剣を腰に下げていた。私を見て、次にシロたちを見て、少し足が止まった。


「お前、何者だ」


低い声だった。警戒している声。


「通りすがりです」


「この森から出てきたな。魔族か」


「人間です。たぶん」


「たぶん?」


「転生者なので、細かいことは分かりません」


二人が顔を見合わせた。意味が分からないという顔だった。


「その獣は」


「友達です」


「魔族の獣を使役しているということは、魔族の味方か」


「味方とか敵とかじゃないんですが」


一人が剣に手をかけた。


シロが低く唸った。


「待ってください」


私は両手を上げた。武器は持っていない。パーカーのポケットには木の実が入っているだけだ。


「話がしたいんです。責任者の人と」


「何の話だ」


「この森のことです。切るのをやめてほしい」


二人がまた顔を見合わせた。今度は呆れた顔だった。


「森を切るのは国の命令だ。お前みたいなやつに言われて止めるわけがない」


「それは分かっています。だから責任者と話したい」


「なぜ止めてほしいんだ」


「切ったら困る生き物がたくさんいるので」


「魔族のことか」


「魔族も、普通の動物も、この森の水も、全部つながっているので」


沈黙があった。


一人が、小さく舌打ちをした。


「ついてこい」



天幕の中に、地図を広げている男がいた。


四十代くらいで、鎧は着ていなかった。文官風の服を着ていて、眼鏡に似た何かをかけていた。名前はベルクといった。アルドの国の調査部門の責任者らしかった。


私を見て、少し眉を上げた。


「森の中から出てきた人間か。珍しい」


「こんにちは」


「ラグル族を三頭も連れているとは、ただ者じゃないな」


「たまたま仲良くなっただけです」


ベルクは地図から目を上げて、私をしばらく見た。品定めするような目だった。


「話があると聞いた。森を切るなと言いに来たか」


「はい」


「理由は」


「森がなくなると困ります」


「誰が」


「森に住んでいる生き物全員が。それから、長い目で見ると人間も」


ベルクは少し口の端を上げた。笑ったわけじゃなかった。面白い話を聞いたという顔だった。


「長い目で見ると人間も、か。どういうことだ」


「木が水を蓄えます。木がなくなると、雨が降っても水が地面に染み込まずに流れてしまう。川の水が減る。土が乾く。農地が使えなくなる。百年単位で見ると、森を切った土地は砂になります」


「それはどこで学んだ」


「別の世界の話です。同じことが起きていたので」


ベルクがまた私を見た。今度はさっきより真剣な目だった。


「転生者か」


「そうです」


「珍しいな。転生者は大体、都に向かう。なぜ森にいる」


「気づいたら森にいました」


「正直なやつだ」ベルクは苦笑した。「しかし、森を切るのを止めるわけにはいかない。国の命令だ。街が広がっている。木材が要る。農地が要る。それは事実だ」


「分かります」


「分かるなら、なぜ止めに来た」


「分かった上で、別のやり方があるかもしれないと思ったから」


「別のやり方」


「例えば、切った木を植え直す。切る場所をローテーションする。川の上流の森だけは絶対に切らない。それだけでも、だいぶ違います」


ベルクは黙った。


しばらく地図を見ていた。


「提案として持ち帰ることはできる」とベルクは言った。「しかし決定は国がする。私には止める権限がない」


「持ち帰ってもらえるだけで十分です」


「お前は何者なんだ」


「ただの転生者です」


「名前は」


「凪です」


「肩書は」


「ないです」


ベルクは少し考えてから、「魔王とは呼ばれていないか」と言った。


私は少し驚いた。


「なぜそれを」


「この森に理が戻ってきているという話が、少し前から出ている。昨日、三十年ぶりにあの白い花が咲いたという報告が来た」


「……花を咲かせたのは私です」


「やはりな」ベルクは静かに言った。「魔王が現れたという噂が立つ前に、お前を都に連れていった方がいいかもしれない」


「断ります」


「なぜ」


「都に行っても、花が咲かせられるか分からない。ここの方が、やることがある」


ベルクはまた私を見た。


長い沈黙だった。


天幕の外で、風が吹いた。木の葉の音がした。


「提案は持ち帰る」とベルクはやっと言った。「しかし保証はしない。国が聞き入れるかどうかは分からない」


「それで十分です。ありがとうございました」


私は頭を下げた。


ベルクが少し目を細めた。


「お前みたいなやつは、長生きできないか、やたら長生きするかどちらかだ」


「どっちですかね」


「分からん。だが、また会う気がする」



森に戻る途中、シロが私の横を歩いた。


「どうだったと思う」


シロは何も言わなかった。言葉は話せない。でも耳がぴくりと動いた。


「たぶん、すぐには変わらない。でも、ゼロじゃない」


切り株の前で、立ち止まった。


大きな切り株があった。かなり古いもので、表面に苔が生えていた。切られてずいぶん経つ。


しゃがんで、手を当てた。


何も変わらなかった。切られた木は戻らない。


でも、その根の周りの土が少し湿った。根がまだ生きていた。根から、小さな芽が出てきた。


ゆっくり、小さな芽。


同じ木にはならないかもしれない。でも、何かになる。


「とりあえず、これだけ」


立ち上がって、また歩いた。


シロとクロとキョロが、ついてきた。



集落に戻ったら、ガルが待っていた。


結果を話した。全部。


ガルは黙って聞いていた。


「変わらないかもしれない」と私は言った。


「それでも、話しに行ってくれた」


「話すだけなら、誰でもできます」


「できません」とガルは静かに言った。「私たちは、百年間、誰にも話しを聞いてもらえなかった。話しかけようとするたびに、追い払われた。だから、もう話すことをやめた」


私は何も言えなかった。


「凪様が話しに行ってくれた。それだけで、今日は十分です」


ルナが走ってきた。


「ナギ、おかえり」


「ただいま」


「お花、また咲かせて」


「どこに」


「あそこの、枯れてるとこ」


ルナが指さした先に、茶色くなった草むらがあった。


私はしゃがんで、手を当てた。


少しして、緑が戻った。小さな黄色い花が、ぽつぽつと咲いた。


ルナが「わあ」と言った。


それだけで、今日は十分な気がした。

三話目、書きました。


ベルクというキャラクターを出しました。敵ではありません。でも味方とも言い切れない。ただ、話を聞いてくれる人間。現実でも、こういう人は一定数いる。すぐには動けないけど、話は聞ける人。


凪は勝ちにいっていません。今日の交渉で森が守られるとは思っていない。ただ、ゼロよりマシな状態を作りに行っただけです。


切り株から芽が出るシーン、実際に木の根は切り株から新芽を出すことがあります。自然の回復力は、思ったより粘り強い。


次回は少し森の内側の話になります。魔族の世界と、この世界の「理」のことが、もう少し分かってくる予定です。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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