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第四話「精霊って、思ったより小さかった」

四話目です。


今回は少し、この世界の「理」の仕組みが見えてきます。精霊が出てきます。ファンタジーらしくなってきました。


ただ、ふわふわした神秘的な存在として描くつもりはありません。精霊も、この世界の生態系の一部です。凪の目には、そういうふうに見えます。


では、どうぞ。

朝から雨だった。


森の雨は静かだった。葉が雨を受けて、葉から葉へと伝わって、地面に落ちる。ざあざあという音じゃなくて、ぽたぽたという音。その繰り返しが、森全体に広がっていた。


私は小屋の軒下に座って、雨を見ていた。


シロが隣で丸くなっていた。クロとキョロは小屋の中で寝ていた。雨が嫌いらしかった。


ガルが温かい飲み物を持ってきた。木の実を潰して溶かしたもので、甘くて少し苦かった。


「今日は、何かするつもりですか」


「雨が上がったら、北の方を見に行こうかと思っています。水が淀んでいる場所があった気がして」


「北ですか」ガルが少し眉を寄せた。「北には、あまり近づかない方がいい」


「なぜですか」


「精霊の縄張りです」



精霊という言葉は、昨日ベルクとの話の後で、ガルから少し聞いていた。


この世界には、精霊と呼ばれる存在がいる。自然の中に宿る意思のようなもの。水の精霊、風の精霊、土の精霊、火の精霊。それから、もっと小さな、草の精霊や石の精霊もいる。


人間には基本的に見えない。森人には、気配が分かる程度。


「精霊は危険なんですか」


「危険というより、気まぐれです。機嫌が悪いと、嵐を起こしたり、道を迷わせたりする」


「機嫌が悪くなる理由は」


「自分たちの縄張りが荒らされると、怒ります。北の森は、精霊の密度が高い。近づく者を嫌います」


「でも水が淀んでいる」


「ええ。最近、そのあたりの精霊の様子がおかしい。静かすぎる」


「静かすぎるのは、良くないんですか」


ガルはしばらく考えた。


「精霊が静かなのは、弱っているサインです。自然が傷ついていると、精霊も弱る。逆もあります。精霊が弱ると、自然も回復しにくくなる」


鶏が先か卵が先か、という話だった。


「行ってみます」


「凪様」


「大丈夫です。怒らせないようにします」


「怒らせないようにできる保証は」


「ないです」


ガルは深いため息をついた。



雨が上がったのは昼過ぎだった。


シロだけ連れて、北に向かった。クロとキョロは留守番。ルナも今日は留守番だと言ったら、少し膨れた顔をしたが、ガルに止められていた。


北の森は、南より木が密だった。足元に苔が多くて、歩くたびにふかふかした。光があまり届かなくて、昼なのに薄暗かった。


歩きながら、空気の変化を感じた。


南の森は、乾いた感じがあった。水が足りない感じ。北の森は逆で、水は多いのに、どこか滞っている感じがした。川が流れているはずなのに、その流れがどこかで詰まっているような。


シロが鼻を動かしながら歩いた。


三十分ほどで、小さな池に出た。


池というより、水が溜まっている窪地だった。水の色が、少し濁っていた。透明じゃなくて、緑がかった濁り。藻が多すぎる状態だった。


「これか」


池の周りに、水が流れ込んでくる小川があった。でも流れが弱かった。上流のどこかで詰まっている。


池の縁にしゃがんで、水面を見た。


そのとき。


水面に、何かが浮かんでいた。


小さかった。手のひらに乗るくらいの大きさで、光っていた。青白い光。ぼんやりと、水面に浮かんで、漂っていた。


動きが、おかしかった。


ふらふらしていた。泳いでいるというより、流されている感じ。


「精霊、か」


近づいてみた。


水面に手を伸ばしたら、その光がぴくりと動いた。でも逃げなかった。逃げる力もないのかもしれなかった。


手のひらに乗せるように、そっと水から持ち上げた。


光が、手のひらの上に乗った。


重さはほとんどなかった。温度は、少し冷たかった。よく見ると、形があった。人間みたいな形をしているが、すごく小さくて、透き通っていた。目らしいものがあって、今はほとんど閉じていた。


「弱ってる」


シロが顔を近づけて、匂いを嗅いだ。


精霊が、びくりとした。でもやはり逃げなかった。


「大丈夫。食べない」


シロに言ったが、精霊に言ったのかもしれなかった。



池の周りを歩いた。


上流に向かって、小川を辿った。十分ほど歩いたら、原因が分かった。


大きな岩が崩れて、小川を半分ふさいでいた。最近崩れたものらしく、岩の断面が白かった。雨か何かで崩れたのだろう。


水は岩の隙間を通っているが、流れが弱くなっていた。


手のひらの上の精霊を、慎重にシロの背中に乗せた。


「ちょっと待ってくれ」


シロが動かないでいてくれた。


岩に手を当てた。


重かった。昨日の倒木より、ずっと重かった。


力を込めた。体の中から、あの「満ちる」感じを引き出した。


岩が、ゆっくり動いた。


少しずつ、少しずつ。汗が出た。こんなに力を使ったのは初めてだった。


十分くらいかかって、岩が川の脇にずれた。


水が、どっと流れ始めた。


川が、音を立てた。


その音を聞いて、シロの背中の精霊が、ぴくりと動いた。



池に戻ったら、水が変わり始めていた。


濁りが薄くなっていた。流れが生まれて、よどんでいた水が動き始めていた。


手のひらに精霊を戻した。


精霊が、水に触れた瞬間、少し光が強くなった。


「良かった」


精霊が、目らしいものを開けた。


小さな、青い光の目。


私を見た。


何か言いたそうだったが、声は聞こえなかった。でも、なんとなく分かった。


ありがとう、と言っている気がした。


「どういたしまして」


精霊が、水の中に沈んだ。


池の底で、青い光がゆっくり動いた。それから、池の水が、少しずつ透き通り始めた。


シロが池を見て、尻尾を振った。


「お前には見えてたのか、最初から」


シロが私を見た。


たぶん、見えていたんだと思う。だから鼻を近づけた。


「お前の方が、私より分かってるじゃないか」


シロは尻尾をまた振って、歩き始めた。帰ろう、という感じだった。



集落に戻ったら、ガルが池のあたりを見る目で私を出迎えた。


「何かありましたか。精霊の気配が、少し変わりました」


「弱っている精霊がいたので、川の詰まりを直しました」


ガルが目を丸くした。


「精霊に触りましたか」


「手に乗せました」


「普通、精霊は人間に触れさせません」


「触れさせてくれました」


「怒りませんでしたか」


「逃げる力もなかったので」


ガルはしばらく黙っていた。それからため息をついた。でも、怒ったため息じゃなかった。


「凪様は、本当に不思議な方だ」


「普通のことをしただけです」


「普通ではありません」


「そうですか」


ルナが走ってきた。


「ナギ、きょうは何したの」


「精霊を助けました」


「精霊? 見た?」


「見た」


「どんなの?」


「小さくて、青くて、手のひらに乗るくらい」


ルナが目を輝かせた。


「かわいい?」


少し考えた。


「かわいかったかもしれない」


ルナが「いいなあ」と言った。


シロが疲れたように地面に寝転んだ。


今日はだいぶ力を使った。私も疲れた。でも、池の水が透き通り始めたのを思い出したら、疲れた気がしなくなった。


夕飯はいつもより少し多くもらった。ガルが気を遣ってくれたらしかった。


食べながら、また空を見た。


今日は雲が多くて、星はあまり見えなかった。でも雲の隙間から、一個だけ星が見えた。


明日は晴れるかもしれない。


そうしたら、また北の方を見に行こうと思った。あの池の周りには、まだ直せるものがある気がした。



眠る前に、ふと思った。


精霊が弱るのは、自然が傷ついているからだとガルが言っていた。


逆もある、とも言っていた。


じゃあ、自然が回復すれば、精霊も回復する。精霊が回復すれば、自然がもっと回復する。


それは、良い循環だ。


ただ、その循環が止まっているとき、最初の一押しが要る。


私にできるのは、たぶんその一押しだけだ。


回り始めたら、あとは自然が勝手に回る。私がずっといる必要はない。


それで十分だと思った。


キョロが布団に潜り込んできた。


「重い」


キョロは動かなかった。


まあ、いいかと思った。

四話目、書きました。


精霊が出てきました。大きくて威厳がある存在ではなく、手のひらサイズで弱っている精霊。強い存在も、環境が壊れれば弱る。それはこの世界の自然の一部です。


凪がやったことは、詰まった川を直しただけです。精霊を救ったのは、川が流れ始めたことで、凪は間接的にそれを助けたに過ぎない。本人もそう思っている。


「最初の一押しだけ」という凪の考え方は、この物語全体を通じたテーマにつながっています。誰かが全部やるのではなく、循環が回り始めるきっかけを作る。それで十分だという考え方。


次回は、少しこの世界の人間側の動きが見えてきます。ベルクが持ち帰った提案が、どう動いたのか。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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