第二十三話「ゴルから、返事が来た」
二十三話目です。
ラグル族を通じて、ゴルに採掘停止の知らせを送りました。その返事が来る話です。
ゴルという人物が、言葉を使うとき、余分なものを入れません。だから、少ない言葉の中に、重いものが入っています。
では、どうぞ。
採掘停止の知らせを山に送ってから、四日後だった。
ラグル族の一頭が、集落に戻ってきた。
足が速い若い個体で、ガルが連絡役として頼んでいた子だった。
名前はないが、耳の先に傷がある子だった。シロが顔見知りで、会うたびに鼻をくっつけていた。
その子が、口に小さな布を咥えていた。
「返事だ」とガルが言った。
受け取った。
布を広げると、中に紙が入っていた。
岩人の文字で、何か書いてあった。
読んだ。
短かった。
三行だけだった。
一行目。「知らせを受け取った」
二行目。「泉に行って、伝えた」
三行目。「ありがとう」
それだけだった。
ゴルらしかった。
◇
ガルが横で見ていた。
「何と書いてありましたか」
「短いです。受け取った、泉に伝えた、ありがとう、の三行だけ」
「三行」
「ゴルさんは、余分なことを言わない人なので」
ガルが少し笑った。
「そういう方もいるんですね」
「言葉が少ない分、一つ一つが重いです」
「ありがとう、というのは」
「岩人が、人間にありがとうと言うのは、珍しいことだと思います。ゴルさんが言うなら、本当にそう思ってくれているということです」
ガルが頷いた。
「凪様も、それで十分だと思いますか」
「十分です」
「本当に」
「本当に」
ガルが、また少し笑った。
「凪様は、そういうところが、私には真似できないところです」
「どういう意味ですか」
「少ない言葉で、十分だと思えること。もっとほしい、もっと感謝されたい、という気持ちが、私には正直あります。百年間、誰にも認めてもらえなかったから」
「それは、当然だと思います」
「当然ですが、凪様はそれがない。少しでも動いてくれれば、十分だと言う。なぜですか」
少し考えた。
「感謝されるためにやっているわけじゃないからかもしれないです。気になるからやっている。やったら、少し落ち着く。それだけです。だから、感謝があれば嬉しいですが、なくても続ける」
ガルが、静かに聞いていた。
「それが、凪様のやり方なんですね」
「そういうやり方しか、できないだけです」
「それが、続けられる理由だと思います」とガルは言った。「感謝されるためにやっていると、感謝がなければ続かない。気になるからやっていれば、結果に関係なく続けられる」
「そうかもしれないです」
「見習いたいところです」
「ガルさんは、百年間、集落を守り続けた。それも、同じだと思います」
ガルが少し黙った。
「守り続けたのは、他に選択肢がなかったからかもしれません」
「それでも、続けた。続けたことに、意味があると思います」
◇
その日の午後、ルナが来た。
「ゴルから返事来たって聞いた」
「来た」
「なんて書いてあった」
「三行だけ。受け取った、泉に伝えた、ありがとう」
「三行だけ?」
「ゴルさんは、短い人だから」
「岩みたいな言葉だね」とルナは言った。
「岩みたいな言葉」
「ゴルって言ったら、もうその感じ。岩みたいで、でも重い」
「うまい言い方だな」
ルナが少し得意そうな顔をした。
「泉に伝えた、って書いてあったんだね」
「そうです」
「精霊に、ってこと?」
「たぶん、そうです」
「精霊、採掘が止まったこと、分かったかな」
「分かったと思います。精霊は、感じ取れるので」
「泉の水、戻るかな」
「すぐには戻らない。でも、採掘の振動がなくなれば、地下の流れが少しずつ戻るかもしれない」
「どのくらいかかる」
「早くて半年、長くて数年」
「数年か」とルナは言った。「長いね」
「長いですね」
「でも、止まらなかったら、もっと長くかかった」
「そうです」
ルナが、少し考えた。
「ゴルは、数年待てる人だよね、きっと」
「岩人は、待つのが得意だと自分で言っていました」
「じゃあ、大丈夫だ」
ルナがそう言って、満足した顔をした。
子どもの結論は、いつも早かった。でも、間違っていなかった。
◇
夕方、シロと集落の周りを歩いた。
変化を確認した。
三日前に気になっていた木が、少し元気になっていた。詰まりを直したからだと思った。
南の方の土が、以前より柔らかかった。ルナが水を送り込んでいたのかもしれなかった。
北の端に、新しい植物が出ていた。
ルナが移植したやつの近くに、自然に生えてきたものだった。
「増えてるな」
シロが鼻を動かした。
「ルナが植えたやつの近くに、自然に増えた。植物が増えれば、土が豊かになる。土が豊かになれば、また増える」
シロが尻尾を振った。
「良い循環だ」
歩きながら、考えた。
今、この集落に何が起きているか。
水が流れている。
土が柔らかくなっている。
植物が増えている。
精霊が元気になっている。
ラグル族が増えた。
ルナが毎日歩いている。
ガルが、少し表情が柔らかくなった。
全部が、少しずつ変わっていた。
誰か一人がやったわけじゃなかった。
私が始めたことを、ルナが続けた。ルナが気づいたことを、ガルが記録した。精霊が元気になったことで、植物が増えた。植物が増えたことで、土が豊かになった。
全部が、つながっていた。
「これが、循環ってことだな」
シロが、横を歩いた。
「始まったな」
シロが、また尻尾を振った。
◇
夜、ガルと話した。
「凪様、最近、集落の状態をどう感じていますか」と、ガルが聞いた。
「良くなっています。全体的に」
「どのくらい良くなっていますか」
「来たときを十だとすれば、今は十五か十六くらいかな、と思います」
「数字にするんですね」
「感覚を共有するのに、数字が使いやすいので」
「十が、凪様が来たときの状態ですか」
「そうです。それが基準。私が来る前は、もっと低かったと思います。八か七かもしれない」
「低い方がひどいんですね」
「そうです」
「今は十五か十六」
「徐々に上がっています」
「いつか、どのくらいになりますか」
少し考えた。
「二十か、二十五くらいになれば、自分で回る状態になると思います。そこまで行けば、誰かが手を加えなくても、循環が続く」
「今は、まだ手が必要」
「少し、必要です。でも、前よりずっと少なくなっています」
「ルナがいれば、続けられますか」
「ルナが続けてくれれば、私がいなくても、十七か十八くらいまでは上がると思います。そこから先は、自然が自分で上げていく」
ガルが、静かに聞いていた。
「二十まで行けば、自分で回る」
「そうです」
「あと少しですね」
「あと少し、ですね」
ガルが、少し間を置いた。
「凪様、一つ聞いてもいいですか」
「なんですか」
「二十になったとき、凪様はここを去りますか」
「たぶん、そのあたりで、次に行くかもしれないです」
「ルナが、寂しがります」
「そうですね」
「私も、寂しいです」とガルは言った。静かに、でもはっきりと言った。「来たときから、こんなに正直なことを言うようになったか、と自分でも思いますが」
「それは、良いことだと思います」
「凪様がいたから、そうなったのかもしれません。凪様は、正直に言う人なので」
「気になることを、そのまま言っているだけです」
「それが、難しいんです、普通の人には」とガルは言った。「百年間、本当のことを言うと危ないことが多かった。だから、みんな、本当のことを言わない癖がついてしまった」
「今は、言えますか」
「少しずつ。凪様がいるうちに、もう少し練習したいです」
「何を練習したいですか」
「正直に、感謝を伝えること」とガルは言った。「ありがとうございます、凪様。本当に、ありがとうございます」
私は、少し黙った。
「こちらこそ、ありがとうございます。ここに置いてもらって、続けさせてもらって」
「置いてもらった、という言い方を、凪様はするんですね」
「場所があったから、やれました」
ガルが、また少し目を細めた。
「場所を作ってくれたのは、凪様です」
「一緒に作った、じゃないですかね」
ガルが、声を立てて笑った。
「凪様は、いつもそういう言い方をしますね」
「本当のことなので」
風が吹いた。
葉が揺れた。
シロが、足元で丸くなっていた。
「明日、また集落の周りを歩きます。気になるところがあれば、言ってください」
「分かりました」とガルは言った。「ルナも、一緒に歩きたがると思います」
「ルナと一緒の方が、楽しい」
「そうですね」とガルは言った。「あの子は、楽しくさせる子です」
「そうですね」
夜の集落は静かだった。
虫の音が、遠くから聞こえた。
ゴルの三行の手紙が、荷物の中にあった。
受け取った。泉に伝えた。ありがとう。
三行だけだったが、山全体の重さが、その三行に入っていた気がした。
泉に伝えた、というゴルの行動。
精霊に、知らせを届けた。
言葉で通じるかどうか関係なく、伝えに行った。
それがゴルという人だった。
私も、似たことをやっているのかもしれなかった。
言葉が通じなくても、触れれば伝わるものがある。
触れ続ければ、変わるものがある。
それを、ゴルは岩でやっていた。
私は、土と水でやっていた。
ルナは、木でやっていた。
やり方は違うが、同じことだった。
全部つながっていた。
本当に、全部つながっていた。
二十三話目、書きました。
ゴルからの三行の手紙。「受け取った」「泉に伝えた」「ありがとう」。それだけですが、この三行の重さが、ゴルという人物を表しています。特に「泉に伝えた」という部分。言葉が通じるかどうかに関係なく、精霊に伝えに行った。それがゴルの誠実さです。
ガルが「正直に、感謝を伝えること」を練習したいと言った場面。百年間、本当のことを言うと危なかった。だから言えなくなっていた。それが、少しずつ変わっている。凪がいたから、というより、場所が安全になったから、言えるようになった。場所の安全さが、言葉の安全さになる。
「一緒に作った、じゃないですかね」という凪の言い方。いつも「私がやった」とは言わない。でも、謙遜しているわけでもなくて、本当にそう思っている。その感覚が、この物語全体に流れているテーマです。
次話では、集落の状態がもう少し動く話と、少し遠くから人が来る気配があります。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




