第二十二話「久しぶりの集落は、少し変わっていた」
二十二話目です。
森の集落に戻る話です。凪がいない間に、ルナとガルが続けていたこと。その結果が、少しずつ形になっていた。
変化というのは、見ている間には分かりにくい。離れて、戻ってきたときに、初めて分かることがある。
では、どうぞ。
森の中を歩いていたら、シロが急に止まった。
「どうした」
シロが鼻を動かした。
何かの匂いを嗅いでいた。
それから、尻尾を振った。
「分かるのか」
シロが前を向いて、また歩き始めた。
集落の方向に、まっすぐ向かった。
匂いで、帰り道が分かるのかもしれなかった。
私には、匂いでは分からなかった。でも、木の感触が分かった。
来たときより、土が少し柔らかかった。
水の流れが、来たときより少し多かった。
「変わってる」
シロが耳を動かした。
「ルナが、続けてたんだな」
◇
集落が見えてきたとき、声がかかった。
「ナギ、おかえり」
ルナだった。
今回は、集落の中から走ってきた。
集落の外まで走ってくるのではなく、集落の中からだった。
「遅かったね」とルナは言った。
「雨で少し遅れた」
「知ってた。東の方から雨が来るって、朝から分かってた」
「天気が分かるようになったの」
「なんとなく。木の感じが違うから」
「木の感じで、天気が分かる」
「うん。雨が来る前は、葉がちょっと違う動きをする。前より、分かるようになった」
「それは、すごいな」
ルナが少し照れた顔をした。
「ナギがいない間、毎日歩いてたから」
「何か、他にも変わった」
「うん。クロとキョロが言うことを聞くようになった」
「言うことを聞く」
「前は、ご飯のときしか来なかったけど、今は散歩にもついてくる」
「それは、ルナと仲良くなったんだな」
「仲良くなった。あと、北の池に毎日行ってた」
「精霊に会えてた?」
「毎日、会えた」とルナは言った。嬉しそうな顔だった。「最初は来たり来なかったりだったけど、毎日行ったら、毎日来てくれるようになった」
「精霊も、慣れたんだな」
「友達になった」
「友達」
「そう言った、私」とルナは言った。「全部、友達になれるって」
「覚えてた」
「当たり前じゃん」
◇
集落に入ると、様子が前と少し違った。
木が、前より元気そうに見えた。
葉の色が濃かった。
前回、根元に水を送った大きな木を見たら、葉が増えていた。
それだけじゃなかった。
集落の端の方に、前はなかった植物が生えていた。
「これ、誰が植えたの」
「私」とルナは言った。「北の池の近くにあったやつを、ここに移した。合うかなと思って」
「合ってるな」
「うん。根付いてくれた」
「どこで植え方を覚えたの」
「ガルじいちゃんに聞いた。あと、失敗しながら覚えた」
「失敗もした」
「した。三回くらい枯らした。でも、四回目は大丈夫だった」
三回失敗して、四回目に成功した。
「失敗しながらやったことは、次に生きる」
「そう思う」とルナは言った。「枯らした理由が、失敗するたびに少し分かったから」
◇
ガルが出てきた。
「お帰りなさい、凪様」
「ただいまです」
「山は、どうでしたか」
「色々ありました。後で話します。集落が、変わってましたね」
「ルナが、よく動いていました」とガルは言った。「毎朝、木に触って回って、池に行って、集落に戻って来て、また夕方に外を歩く。それを毎日、続けていました」
「ルナが自分でやったんですね」
「私は、何も言いませんでした。ただ、見ていました」
ガルが、少し目を細めた。
「見ていて、思ったことがあります」
「なんですか」
「凪様がやっていることと、ルナがやっていることは、同じではないです。でも、似ている」
「似ている、どういう意味ですか」
「凪様は、ずれているところを感じ取って、直す。ルナは、変化に気づいて、関わる。やり方は違いますが、どちらも、自然に向き合っている」
「そうですね」
「凪様が来る前は、ルナは木に触るという発想が、なかったと思います。それが今は、毎日やっている」
「変わりましたね」
「変わりました。凪様が、きっかけを作った」
「ルナが、やり続けたんです」
「どちらも、必要だったと思います」とガルは静かに言った。
◇
夕食の前に、集落の周りを歩いた。
一本一本、木に触った。
状態を確認した。
来たときより、全体的に良くなっていた。
乾いていた木が、水を取り戻していた。
色の薄かった葉が、濃くなっていた。
一本だけ、状態が悪い木があった。
根元に手を当てた。
水は来ていたが、土の中に何かが詰まっていた。
古い根が、水の流れをふさいでいた。
「ここだけ、まだ元気がないな」
少し力を使った。
古い根をほぐすように、力を送った。
詰まりが取れた。
水が、木全体に届き始めた。
「これで、しばらくしたら元気になる」
ルナが横で見ていた。
「それ、なんで分かるの」
「触ったら、詰まってる感じがしたので」
「詰まってる感じ」
「水の流れが、途中で止まってた。古い根が邪魔してた」
「私も、触ってみていい?」
「どうぞ」
ルナが、木の根元に手を当てた。
目を閉じた。
しばらく、じっとしていた。
「なんか、さっきより、流れてる感じがする」
「直したから、流れるようになった」
「直す前は、詰まってたの、分かった?」
「分かった」
ルナが目を開けた。
「私には、分からなかった。毎日触ってたのに」
「分からなくて当然です。詰まりを感じ取るには、慣れが要る」
「いつか分かるようになる?」
「なると思う。ルナは、天気が分かるようになった。葉の動きで、変化に気づけるようになった。次のステップとして、木の内側の変化に気づけるようになる」
「いつ」
「分からないけど、続ければ、なる」
「続けるよ」とルナは言った。迷いのない声だった。
◇
夕食の席で、ガルが言った。
「一つ、報告があります」
「なんですか」
「三日前に、ベルクから使いが来ました」
「使いが」
「採掘の件です。暫定停止が、正式な停止に変わったそうです。鉱山局が、調査結果を受けて、この区域の採掘を正式に中止することを決定した、と」
私は、少し驚いた。
「正式に、中止になったんですか」
「そうです。それと、停止の期間は、調査部門と農務局が定期的に評価する、とのことでした」
「完全に終わりではないけど、止まった」
「止まりました」
私は、石のことを思った。
レナが渡してくれた、川に磨かれた石。
「ゴルさんに、伝えないといけない」
「使いを出せますか」とガルに聞いた。
「ラグル族に頼めます。昨日も、山と森の間を動いた子がいました」
「お願いできますか。採掘が正式に止まったことを、ゴルさんに伝えてほしいと」
「伝えます」
ルナが、横で聞いていた。
「ゴルって、山の人?」
「そうです。岩人の集落の長」
「大きいの?」
「大きいです。私より、頭二つ分くらい大きい」
「すごいな。岩みたいな人?」
「岩みたいな人です」
「名前も、ゴルって、なんか岩みたい」
「そうですね」
ルナが少し考えた。
「ゴルも、採掘が止まって、嬉しいかな」
「嬉しい、というより、ほっとする感じだと思います」
「泉の水、戻るかな」
「戻るかどうかは、まだ分からない。でも、止まれば可能性が上がる」
「ゴルに会ってみたい」とルナは言った。
「いつか、機会があるかもしれない」
「ゴルも、木に触る?」
「触らないと思います。岩に触ります」
「岩に触るの?」
「岩の感触で、山の状態が分かるみたいです」
「木と岩、どっちがいいんだろう」
「場所によって違うと思います。山には岩、森には木」
「じゃあ、ゴルは山の方が合ってるんだね」とルナは言った。「私は、森の方が合ってる」
「そうだな」
「合ってる場所で、合ってることをする」
「それが、一番いいと思う」
ルナが頷いた。
「なんか、全部そういうことなんだね」
「どういう意味ですか」
「木は森に合ってて、岩は山に合ってて、精霊は水に合ってて、ゴルは岩に合ってて、私は森に合ってる。みんな、合ってる場所がある」
「そうですね」
「ナギは、どこに合ってる?」
少し考えた。
「ずれているところ、かな」
「ずれてるところ?」
「合っていない場所に、気づける。だから、そういう場所に行く。逆に言うと、ずれているところがなければ、やることがない」
ルナが、また考えた。
「じゃあ、ナギが必要じゃなくなる場所が、一番いい場所ってこと」
「そうですね」
「ここが、そうなったら、ナギはいなくなるの」
「そうなる前に、別のずれているところに行くかもしれないです」
「帰ってこなくなる?」
「来られる間は、来ます」
ルナが、少し考えた。
「来られる間、か」
「できる限りは来ます」
「できる限り、じゃなくて、来る、にして」
「来ます」
「よし」
ルナが満足した顔をした。
また、言葉を変えさせられた。
でも、悪くなかった。
◇
夜、一人で北の池に行った。
夜の池は、初めてだった。
暗くて、静かだった。
水面が、星を映していた。
青い光が、水の中で動いていた。
精霊だった。
「久しぶり」
精霊が水面に近づいてきた。
前より、光が強かった。
元気になっていた。
「ルナが、毎日来てたそうだね」
精霊が水面を叩いた。
「友達になったそうで」
また叩いた。
「ルナは、いい子だから」
光がまた強くなった。
分かってる、という感じだった。
「採掘が、正式に止まった。山の泉の水が戻るかどうかは、まだ分からない。でも、可能性は上がった」
精霊が、水の中をゆっくり動いた。
「山の精霊に、伝わるといいな」
精霊が、また光った。
つながっている、ということかもしれなかった。
池の水面に、星が映っていた。
ルナが言っていた、全部つながってる、という言葉を思った。
木も、池も、精霊も、山も、人も。
全部が、一つの大きな流れの中にある。
その流れが、少しずつ、良い方向に動き始めていた。
まだ、解決していないことが多かった。
でも、方向が変わっていた。
それで、十分だった。
池の水が、静かに揺れた。
精霊が、水草の間に沈んでいった。
星が、池の中でゆっくり動いた。
空の星と、池の星が、どちらも光っていた。
どちらが本物か、ということは、あまり意味がなかった。
どちらも、そこにあった。
それで、十分だった。
二十二話目、書きました。
採掘が正式に停止した、という知らせが届きました。ゴルとレナに伝えたい、という凪の動きが、次へのつながりになります。
ルナが「合ってる場所で、合ってることをする」と言った場面。子どもがまとめると、難しいことがシンプルになります。十八話でルナが「全部、友達になれる」と言ったのと同じで、ルナは本質を一言で言えてしまう。
「ナギが必要じゃなくなる場所が、一番いい場所」というルナの言葉は、凪がずっとやってきたことの核心を、ルナが言い当てた場面です。魔王エターナルが、理が整うと消えるように、凪も、必要じゃなくなれば、次に行く。
夜の池に一人で行く場面は、少し静かな時間として書きました。精霊との会話は言葉がないけれど、伝わるものがある。
次話では、ゴルへの知らせが山に届いた後のことが、少し見えてくる予定です。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




