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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第一部  作者: マスター


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第二十一話「山を下りる日、レナが見送りに来なかった」

二十一話目です。


山を去る話です。去り際というのは、いつも何かを教えてくれます。来たときには分からなかったことが、去るときに分かることがある。


レナが見送りに来なかった理由が、この話の核です。


では、どうぞ。

山を去る日の朝、空が曇っていた。


雨になるかもしれなかった。


荷物をまとめた。都のときと同じで、大したものはなかった。岩人の集落でもらった干し肉と、ゴルが持たせてくれた山の地図と、道中の水。


小屋の外に出たら、ゴルが待っていた。


「今日、出るか」


「はい。森の集落に戻ります」


「天気が崩れるかもしれない」


「山を下りる前に崩れなければ、大丈夫です」


ゴルが空を見た。


「午後には崩れるかもしれない。午前中に下りた方がいい」


「分かりました」


シロが、すでに出発する気でいた。


昨日から、少し落ち着かない様子だった。森の匂いが、恋しくなってきたのかもしれなかった。


「シロ、今日で帰れるぞ」


シロが尻尾を振った。



出発前に、集落の人たちが広場に集まった。


岩人たちは、あまり感情を表に出さない人が多かった。でも、みんな出てきてくれた。


子どもたちが、シロの周りに集まった。シロが、子どもたちに舐められていた。嫌がらなかった。


「また来ます」と私は言った。


「待っている」と、何人かが言った。


ゴルが、山の地図を私に渡した。


「次に来たとき、東側がどう変わったか、確認してくれ」


「確認します」


「レナが、続ける」


「続けてくれると思います」


「あいつは、芯が強い」とゴルは言った。「最初は、岩に触るだけでも戸惑っていた。今は、自分で問題を見つけて、自分で動く」


「ゴルさんが、機会を与えてくれたからだと思います」


「お前が来たから、機会が生まれた」


「きっかけを作っただけです」


ゴルが、また短く笑った。


「本当に、いつもそう言うな」


「本当のことなので」



出発しようとしたとき、気づいた。


レナがいなかった。


集まった人たちの中に、レナがいなかった。


「ゴルさん、レナさんは」


「東側にいる」


「今朝から」


「ああ。夜明け前から、行っていた」


「見送りには来ないんですか」


「来ない、と言っていた」


少し驚いた。


ゴルが、少し目を細めた。


「あいつなりの、送り方だ」


「送り方」


「お前が、続けていくことに意味があると言った。見送るより、続けることを選んだということだ」


私は、少し黙った。


「そうですか」


「気にするな」


「気にしていないです。ただ、少し嬉しかった」


ゴルが頷いた。


「では、行け」


「行きます」


「また来い」


「来ます」



山を下り始めてから、一時間ほど経ったとき、後ろから声がかかった。


「待って」


振り返ったら、レナが走ってきた。


息を切らしていた。


「来たじゃないですか」


「東側を見てから、やっぱり来た」とレナは言った。「少し迷ったけど」


「迷ったんですか」


「見送るより、続けることを選んだ方が、ナギが言ってたことに近いと思って。でも、やっぱり来た」


「どっちにしたんですか」


「両方した」とレナは言った。「夜明けから東側に行って、作業して、それから走ってきた」


「無理しなくてよかったのに」


「無理じゃない。走るのは得意だ」


レナが、荷物の中から何かを取り出した。


小さな石だった。


山の岩と同じ色の、灰色の石。でも、形が丸くて、表面が滑らかだった。


「これ、東側の斜面で見つけた。川に磨かれた石が、斜面の岩の間にあった」


「川の石が、斜面に」


「昔、川が流れていた場所かもしれない。今は川がないけど、こういう石が残っていた」


私は、その石を受け取った。


「これが意味すること、分かりますか」と私は聞いた。


「昔、水があった証拠。つまり、条件が整えば、また水が流れるかもしれないってこと」


「正解です」


「だから、やる価値があると思った」とレナは言った。「持っていってくれ。また来たとき、その石を持ってきてくれれば、どのくらい変わったか話し合える」


「次に来るとき、持ってきます」


「約束」


「します」


レナが、少し笑った。


「ナギ、最近、ちゃんと約束するようになった」


「練習した」


「ルナって子に、でしょ。ゴルから聞いた」


「そうです」


「森人の子どもに練習させてもらうって、面白いな」と、レナも言った。


「よく笑われます、それ」


「笑ってない。いいことだと思う。誰に教わるかは、関係ない」


レナが、手を差し出した。


「じゃあ、また」


握手した。


レナの手は、岩みたいに硬かった。でも、温かかった。


「また来ます」


「待ってる」


レナが、山に向かって走って戻っていった。


走り方が、来たときより速かった気がした。


毎日、東側を歩いているから、足が鍛えられたのかもしれなかった。



山を下りる道で、石を見た。


灰色の、丸い石。


昔、川に磨かれた石。


今は、川のない斜面にあった。


でも、この石が証明していた。


かつて、ここに水があった。


水があった場所は、また水が来る可能性がある。


条件が整えば。


整えるために、レナたちが動いている。


三十年後、五十年後に、東側の斜面に水が流れるかどうかは、分からなかった。


でも、この石が残っていた。


それだけで、可能性があった。


シロが、横を歩いた。


「レナ、ちゃんと続けると思う」


シロが耳を動かした。


「来たときより、山が少し変わってた。レナたちのおかげで」


また耳が動いた。


「次に来るとき、もっと変わってると思う」


シロが尻尾を振った。


そうだといいな、という顔だった。



山の麓に下りたとき、空が少し暗くなってきた。


雨が来る前に、森の入口まで歩きたかった。


足を速めた。


シロも速くなった。


歩きながら、今回の山での日々を思い返した。


ゴルと泉の記録を読んだ夜。


山の精霊の、疲れた目。


レナに岩に触る感覚を教えた朝。


東側の斜面で見た、岩だけの景色。


濁った川。


そして今朝、レナが走ってきて渡してくれた石。


全部が、この山で起きたことだった。


解決したことより、解決していないことの方が多かった。


泉の水は、まだ戻っていない。


東側の斜面は、まだ岩だけだ。


川は、まだ濁っている。


でも、動いている人がいた。


レナたちが、続けていた。


ゴルが、待っていた。


山の精霊が、待っていた。


それだけで、次に来る理由があった。



森の入口が見えてきたとき、雨が降り始めた。


ぽつぽつと、小さな雨だった。


シロが、足を速めた。


「もうすぐだぞ」


木の下に入ったら、雨音が変わった。


葉に当たって、葉から葉へ伝わって、地面に落ちる音。


森の雨の音だった。


「帰ってきた」


シロが、嬉しそうに歩いた。


足取りが、山の中とは全然違った。


森の方が、合っているのだと思った。


私も、森の空気が好きだった。


でも、山の空気も、悪くなかった。


どちらにも、大事な場所があった。


大事な人がいた。


石を、荷物に入れた。


レナが渡してくれた、川に磨かれた石。


次に山に来るとき、持ってくる。


それまでに、東側がどう変わっているか。


考えながら歩いたら、足が速くなった。


集落まで、あとどのくらいかかるか。


ルナが待っているかもしれなかった。


クロとキョロが待っているかもしれなかった。


ガルが、食事を多めに作って待っているかもしれなかった。


帰る場所があるというのは、歩く速さを変えるものだと思った。


シロが前を走った。


今まで見た中で、一番速かった。


「そんなに急がなくていいぞ」


シロが振り返った。


急ぐ、という顔だった。


「分かった、急ごう」


一緒に走った。


森の雨の中を、二人で走った。


木の葉から水が落ちてきた。


冷たかった。


でも、気持ちよかった。

二十一話目、書きました。


レナが見送りに来なかった、という場面から始まりましたが、レナは両方しました。続けることを選んで、それでもやっぱり走ってきた。どちらかではなく、両方した。それがレナという人物の真骨頂だと思います。


川に磨かれた石を渡す場面は、書いていて一番好きだった場面です。その石が示すこと、昔ここに水があったということ、それを見つけたレナの目の確かさ。「また来たとき、その石を持ってきてくれれば、どのくらい変わったか話し合える」というレナの言葉は、次への約束を、物として残した形です。


シロが森の入口に入ったとき、足取りが変わった、という描写。動物は、自分の場所に帰るとき、全身で喜ぶ。それが、この場面を書きながら感じたことでした。


次話から、また森の集落に戻ります。ガルとルナとの再会、そしてそろそろ、この物語の少し大きな流れが動き始める予定です。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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