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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第一部  作者: マスター


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19/24

第十九話「ゴルに書類を届けたら、山が少し変わっていた」

十九話目です。


山に戻ります。ゴルに採掘停止の書類を届ける話です。それと、凪がいない間に、レナたちが何をしていたか。


誰かが始めたことを、別の誰かが続けていた。そういう話です。


では、どうぞ。

森の集落に三日いて、それから山に向かった。


シロが一緒だった。


集落を出るとき、ルナが見送りに来た。


「また帰ってくる?」


「帰ってくる」


「ちゃんと言えた」


「練習の成果だ」


ルナが満足そうな顔をした。


クロとキョロは、今回も留守番だった。クロが私の横にくっついてきて、なかなか離れなかった。


「また来る」


クロが低く鳴いた。


「ちゃんと帰ってくるから」


クロがようやく離れた。


振り返ったら、ルナとクロとキョロが並んで立っていた。


三人とも、手を、いや、前足を、あげた。


ルナだけが、両手をあげていた。


「行ってきます」



山への道は、二度目だったから、少し楽だった。


岩の感触も、斜面の急さも、分かっていた。


歩きながら、前回来たときのことを思い出した。


ゴルと山の記録を読んだこと。山の精霊に会ったこと。レナたちに、岩に触る感覚を教えたこと。


あれから、三週間以上が経っていた。


山がどう変わっているか、少し気になっていた。



山の入口に差し掛かったとき、岩肌を見た。


来たときと、違う場所があった。


苔だった。


前回、手を当てて生やした場所から、少し広がっていた。完全に広がったわけじゃなかったが、点だったものが、少しつながりかけていた。


「続けてくれたんだな」


誰かが、続けてくれていた。


シロが岩肌を嗅いだ。


「レナたちだと思う」


シロが尻尾を振った。



集落に近づいたとき、レナが出てきた。


私に気づいて、少し驚いた顔をした。


「凪、戻ってきた」


「戻ってきました」


「都はどうだった」


「色々ありました。後で話します。ゴルさんは?」


「中にいる。呼んでくる」


レナが集落に戻った。


しばらくして、ゴルが出てきた。


前と同じだった。大きくて、岩みたいな顔で、ゆっくり歩いてきた。


「戻ってきたか」


「戻ってきました」


「都はどうだった」


「動きました」


ゴルが少し目を細めた。


「採掘の件か」


「はい。渡したいものがあります」



集落の広場で、ゴルに書類を渡した。


ゴルが書類を受け取って、読んだ。


ガルのときのように、すぐに感情を見せなかった。


ゴルは、表情があまり動かない人だった。


でも、読み終わって、しばらく書類を見ていた。


「採掘、止まるのか」


「暫定停止です。調査期間中の停止なので、調査結果によっては再開するかもしれません。でも、農務局と調査部門が一緒に動いているので、可能性はあります」


「可能性」


「五分五分より、少し上がった気がしています」


ゴルが私を見た。


「前は五分五分と言っていた」


「動いたので、少し上がりました」


「どのくらい」


「六割くらいかな、と」


ゴルが、短く息を吐いた。


「お前は、正直だな」


「六割でも、ゼロより全然いいです」


「そうだな」とゴルは言った。「ゼロよりいい」


ゴルが、書類を丁寧に折った。大事に持った。


「泉に、見せに行く」


「泉に」


「水は、まだ戻っていない。でも、止まる可能性が上がったことは、伝えたい」


精霊に伝える、ということだった。


「一緒に行っていいですか」


「来い」



泉に向かう道で、ゴルが言った。


「お前がいない間、レナたちが続けていた」


「見ました。苔が広がっていました」


「最初の一週間は、何をすればいいか分からなかったらしい。でも、お前が言った、感じ取ること、を続けた。そのうち、自分たちで気づくことが増えたと言っていた」


「どんなことに気づきましたか」


「水が滞っている場所が、もう一か所見つかった。それを直したら、下の方の植物が増えた」


「自分で見つけて、自分で直したんですか」


「そうだ」


「それは、一番いいことです」


ゴルが少し頷いた。


「お前がいなくても、できることが増えた」


「それが目的でしたから」


ゴルが、歩きながら私を見た。


「目的というのは、最初から、それだったのか」


「最初から、というより、気づいたらそうなっていた感じです。私がいなくなっても、続けられる状態にしたい、というのは、どこかで思っていました」


「なぜ」


「私は、ずっとここにはいられないので」


「どこかに行くのか」


「いつかは。でも、今はまだ、やることがあります」


ゴルが、また前を向いた。


「岩人は、待つのが得意だと言った」


「そう言いましたね」


「待てる。ただ、待つだけじゃなくて、できることをやりながら待てるようになった」


「レナたちのことですか」


「そうだ。お前が来る前は、待つだけだった。山が変わるのを、ただ見ていた。今は、少しだが、動けている」


「それが、一番大事な変化だと思います」


ゴルが短く笑った。



泉に着いた。


相変わらず、底は乾いていた。


ひびが入った泥が、広がっていた。


でも、岩の側面の水位の線を見たら、前回より少し変わっていた気がした。


「この線、前と同じですか」


ゴルが岩の側面を見た。


「少し、下の方に線が増えた気がする」


「採掘の振動が減ったせいかもしれない。暫定停止の話が動いた頃から、作業が少し減っていたとか」


「そういうことか」


「まだ完全には止まっていないので、断言できないですが」


ゴルが泉の底に手を当てた。


大きな手が、乾いた泥に触れた。


「精霊、いるか」


返事はなかった。


でも、岩の中に、微かな気配があった。


私には、それが分かった。


「います。眠っているか、とても静かにしているか」


「聞こえているか」


「たぶん」


ゴルが、書類を泉の底の近くに持ってきた。


書類を精霊に見せるということが、意味があるかどうかは、分からなかった。でも、ゴルがそうしたかったのだと思った。


「採掘が止まるかもしれない。そうすれば、水が戻るかもしれない。そのために、人間が動いてくれている」


静かに言った。


岩の中の気配が、少しだけ動いた気がした。


「待ってくれ」と、ゴルは続けた。「もう少しだけ待ってくれ」


風が吹いた。


乾いた泉の底で、小さな砂が動いた。


答えではなかった。


でも、聞こえた気がした。



集落に戻って、夕食を食べた。


レナが隣に座った。


「都で、何かあった?」と、レナが聞いた。


「色々ありました」


「市場に行った?」


「行きました」


「人間の市場、どんな感じ」


「賑やかで、においが多くて、木が少ない」


「木が少ないのは、辛そう」


「少し、辛かった」


「岩人は、山がないと落ち着かないって言うけど、森人は森がないと落ち着かないんだよね。人間は、石の中にいて大丈夫なのかな」


「大丈夫と思ってる人が多いと思う。でも、体は少し疲れているかもしれない」


「体が?」


「木がある場所と、ない場所では、空気が違う。木があると、湿気が保たれて、温度が安定する。木がないと、乾いて、熱くなる。それが毎日続くと、体に影響するかもしれない」


「知らないよね、都の人は」


「知らないと思う」


レナが少し考えた。


「山が元気になったら、下の人間の街にも、何か伝わるかな」


「伝わると思う。山の水が川になって、川が農地に流れて、農地が元気になる。遠回りだけど、つながってる」


「全部つながってる」


「全部つながってる」


レナが頷いた。


「ナギが言ってたのって、そういうことか。感じ取れると、つながりが見える」


「そういうこと」


「最初は、何を感じ取ればいいか、分からなかった。でも、毎日やってたら、少しずつ分かってきた」


「何が分かってきた?」


「乾いてる場所と、湿ってる場所の、違い。岩が冷たい場所と、温かい場所の、違い。それを感じると、水がどこに行ってるか、なんとなく分かる気がする」


「それ、大事な気づきだよ」


レナが、少し照れた顔をした。


「大げさじゃない?」


「大げさじゃない。感じ取れる人は、直せる人になれる」


「直せる人」


「問題を感じ取れなければ、直しようがない。感じ取れれば、どこを直せばいいか、分かる」


レナが少し考えた。


「じゃあ、ここの問題、まだある?」


「あると思う。泉の件が解決しても、山全体が元気になるには、時間がかかる。その間に、できることはまだある」


「続けるよ」とレナは言った。「ナギが来なくても、続けてた。次にナギが来たとき、どこまで変わったか、見ててほしい」


「見に来ます」


「約束?」


「します」


レナが笑った。


「ナギ、最近、ちゃんと約束するようになった」


「練習した」


「誰に」


「ルナに」


レナが声を立てて笑った。


「森人の子どもに、練習させてもらったの」


「させてもらった」


「面白いな」とレナは言った。



その夜、ゴルと少し話した。


「明日、どこかに行くか」とゴルが聞いた。


「山の東側を見てみたいです。前回、時間がなかった場所がある」


「案内する」


「ありがとうございます。レナも来ますか」


「聞いてみる」


ゴルが少し間を置いた。


「一つ聞いていいか」


「なんですか」


「お前は、この山に何度来ると思うか」


「分からないです。来られる間は、来ます」


「来られる間、というのは」


「この世界にいる間は、ということです」


「いなくなることがあるのか」


「あると思います。いつかは。でも、今はまだ、来られる」


ゴルが山を見た。


夜の山は、暗くて、静かだった。


「来てくれる間に、できることをやってくれ」とゴルは言った。


「やります」


「それだけで十分だ」


「ゴルさん、一つ聞いていいですか」


「聞け」


「山が元気になったとき、岩人の集落は、どうなると思いますか」


ゴルが少し考えた。


「水が戻れば、動物が増える。動物が増えれば、食べ物が増える。人が増えるかもしれない」


「六十人が、百人になるかもしれない」


「かもしれない。百年かかるかもしれないが」


「百年でも、方向が変われば、違います」


「そうだな」とゴルは静かに言った。「方向が変われば、違う」


風が吹いた。


山の夜風は、森より冷たかった。


でも、清かった。


「明日、東側に行こう」


「行きます」


「お前が気になるところを、全部見せてくれ」


「全部は無理かもしれないですが、できる範囲で」


「できる範囲で十分だ」


ゴルが立ち上がった。


岩みたいな大きな背中が、闇に溶けていった。


シロが私の隣に来た。


「明日も、歩くよ」


シロが尻尾を振った。


分かってる、という顔だった。


山の夜は深かった。


でも、静かで、落ち着いた。


ここにも、帰ってくる場所があった。


十九話目、書きました。


レナの成長が、今回の話の核でした。凪がいない間に、自分で気づいて、自分で直した。「水が滞っている場所を、もう一か所見つけた」という一言が、それを表しています。教えてもらったことを続けるのと、自分で新しいことを見つけるのは、違います。レナは、後者までできるようになっていた。


ゴルが、乾いた泉の前で書類を見せた場面。言葉が通じるかどうか関係なく、伝えたかった。それがゴルという人物の誠実さだと思います。


「全部つながってる」という言葉が、森人のルナと、岩人のレナの両方から出てきました。違う場所にいる、違う種族の人たちが、同じことに気づいていた。それもまた、つながりだと思います。


次話では、山の東側を歩く話になります。新しい発見と、少し大きな問題に気づく場面になる予定です。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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