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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第一部  作者: マスター


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17/24

第十七話「保護区になった日、ガルが泣いた」

十七話目です。森に戻ります。


保護区の承認書を届ける話です。ガルという人物が、この話で初めて、感情を崩す場面があります。百年間、追われ続けてきた人が、初めて「ここにいていい」と言われる瞬間。


書きながら、少し時間がかかった話です。


では、どうぞ。

森に入ったとき、また空気が変わった。


湿った、深い匂い。葉の音。土の柔らかさ。


体が、ほっとした。


石の都とは、全然違う空気だった。


シロも、足取りが変わった。


都の中では、少し緊張して歩いていた。森に入ったら、自然な歩き方に戻った。


「やっぱり、こっちの方がいいか」


シロが振り返って、尻尾を振った。


どちらでもない、という顔でもなく、そうだ、という顔だった。


歩きながら、森の状態を確認した。


二週間、いなかった。


木の様子が、来たときより少しだけ変わっていた。葉の色が、わずかに濃くなっている木がいくつかあった。土の感触が、少し柔らかかった。


ガルとルナが、続けてくれていたのかもしれなかった。


「ありがとう」と、森に向かって言った。


誰もいなかったが、言った。



集落が見えてきたとき、最初に気づいたのは、またルナだった。


今回は、もっと早かった。


集落の外れから、走ってくる声が聞こえた。


「ナギ、おかえり」


走ってきた。前回より速かった。


「ただいま」


「二週間、長かった」


「そうか」


「クロとキョロが、また向いてたよ、ナギのいた方向に」


「そうか」


「私も、ちょっと向いてた」


「ちょっと?」


「うん、ちょっとだけ」


「ありがとう」


クロとキョロが走ってきた。今回はクロが先だった。私に体当たりしてきた。


「いつも重い」


クロが低く鳴いた。うれしい、という音だった。


キョロが足元をうろうろした。


シロがクロと鼻をくっつけた。


挨拶らしかった。



ガルが出てきたのは、少し後だった。


いつものように、静かに歩いてきた。


私を見て、少し目を細めた。


「お帰りなさい、凪様」


「ただいまです」


「お体は」


「大丈夫です」


「顔色がいい。都は合いましたか」


「合うというより、慣れました。ずれているところが、たくさん見えて、少し忙しかったです」


「そうでしたか」と、ガルが静かに言った。「食事にしましょう。話は後で」


「その前に、一つ渡したいものがあります」



集落の広場に、全員を呼んでもらった。


二十三人が集まった。


私は、ベルクから受け取った書類を取り出した。


「保護区の、正式な承認書です」


ガルが、その書類を受け取った。


読んでいた。


しばらく、何も言わなかった。


他の人たちが、ガルを見ていた。


子どもたちも、大人たちも、みんな静かだった。


ガルが、書類から目を上げた。


「これは、本物ですか」


「本物です。今日から、この集落と周辺区域は、正式に保護区です。人間の調査部門が、承認しました」


ガルがまた書類を見た。


「集落の名前が、書いてあります」


「書いてあります」


「ここにいていい、ということですか」


「そういうことです」


ガルが、書類を胸に当てた。


それから、下を向いた。


肩が、少し動いた。


泣いていた。


声は出なかった。ただ、肩が震えていた。


集落の他の人たちが、それを見ていた。


老人が一人、目を手で覆った。


子どもが、隣の大人の袖を引いた。大人が、何も言わずに、子どもの頭に手を置いた。


私は何も言えなかった。


何か言うべきかもしれなかった。でも、何も言わなかった。


この瞬間に、言葉を入れるのは、違う気がした。


しばらく、広場が静かだった。


風が吹いた。木の葉が揺れた。


ガルが、顔を上げた。


目が、赤かった。


「百年間」とガルは言った。声が、少し震えていた。「百年間、私たちは、どこかに追われ続けてきました。ここにいてはいけない、と言われ続けてきました。だから、ここに来ました。これ以上、逃げる場所はありませんでした」


誰も何も言わなかった。


「それが、今日から、変わりました」


ガルが、書類を見た。


「凪様、ありがとうございます」


「私は、話し合っただけです」


「それで、十分です」


ガルが、深く頭を下げた。


集落の全員が、それに倣った。


私は、少し困った。


「顔を上げてください」


ガルが顔を上げた。


目がまだ赤かった。でも、表情が、少し柔らかくなっていた。


百年分の何かが、少し解けたのかもしれなかった。



その夜の食事は、今までで一番豪華だった。


どこから用意したのか分からないくらい、色々なものが並んだ。


「こんなに出してもらっていいですか」と私は言った。


「今日は特別です」とガルは言った。「百年に一度の夜です」


「そうですね」


ルナが隣に座って、私の皿に何かを置いた。


「それ、ルナが採ったの」


「何ですか」


「森の実。甘いやつ」


食べてみた。


甘かった。


「美味しい」


ルナが得意そうな顔をした。


「ナギがいない間、毎日森を歩いたんだよ。木に触って、土に触って、ナギがやってたみたいに」


「何か気づいたことあった?」


「あの大きな木、葉の色が戻ってきた。ナギが根に何かしてたやつ」


「良かった」


「あと、北の池の近くに、前は咲いてなかった花が咲いてた」


「精霊が元気になってるからかもしれない」


「精霊、また見てみたい」


「明日、一緒に行きますか」


「行く」


ルナが、また自分の皿に向かった。


よく食べる子だった。



食事が終わって、ガルと二人で話した。


夜の集落は静かだった。


火が焚かれていて、その光の中でガルが話した。


「凪様に、聞きたいことがあります」


「なんですか」


「都では、何を感じましたか」


「ずれているところが、たくさんありました。でも、直そうとしている人も、いました」


「ベルクという方ですか」


「ベルクさんと、エイラさん、それから、ダロさんも、最後は動いてくれました。名前も知らない調査員の人たちも」


「人間も、悪いだけではない、ということですか」


「悪いだけの人は、いないと思います。全部が悪い人も、全部が良い人も、あまりいない」


ガルが静かに聞いていた。


「森人は、百年間、人間を信じていませんでした」


「そうですね」


「今も、完全には信じていません。でも、今日、変わりました」


「何が変わりましたか」


「人間の中にも、動く人間がいると、分かりました。それだけで、少し違います」


「そうですね」


「凪様が、その人間たちを動かした」


「私は、ずれているところを指摘しただけです。動いたのは、ベルクさんたちです」


ガルが、また少し目を細めた。


「凪様は、いつもそう言いますね」


「本当のことなので」


「それが、凪様のやり方なんだと思います」と、ガルは静かに言った。「自分が何かをした、と言わない。でも、何かが起きている」


「気づいただけです」


「その気づきが、動かしているんです」


私は何も言えなかった。


ガルが、少し笑った。


今まで見た中で、一番柔らかい笑いだった。


「明日、ルナと池に行くそうですね」


「一緒に行きたいそうです」


「あの子は、凪様がいない間、本当によく動いていました。木に触って、土に触って、水の流れを見て。私には何をしているか分からなかったですが、真剣な顔をしていました」


「それだけで、十分です」


「凪様がいなくても、ルナは続けると思います」


「そうだといいです」


ガルが、空を見た。


星が多かった。


都の夜より、ずっと多かった。


「凪様、一つ、聞いてもいいですか」


「なんですか」


「いつか、この森を去るとき、寂しくないですか」


少し考えた。


「寂しい、と感じるかどうかは、そのときになってみないと分からないです。でも、去った後も、ここが続いていれば、それで十分な気がします」


「ここが続いていれば」


「水が流れて、土が生きて、木が育って、精霊が元気で、ルナが毎日木に触って。そういう状態が続いていれば、私がいなくても、ここはここのままでいられる」


ガルが、また星を見た。


「それを、凪様は目指しているんですね」


「そうだと思います」


「私が目指しているものと、同じかもしれません」と、ガルは静かに言った。「集落が、誰かに頼らなくても、続いていける状態にすること。百年間、それができなかった。でも、今日から、少し可能性が生まれました」


「可能性が生まれれば、あとは動ける」


「そうです」


風が吹いた。


葉が揺れた。


シロが、私の足元で丸くなっていた。クロが反対側で丸くなっていた。キョロが、二頭の間に挟まっていた。


「明日、池に行ったら、精霊に会えると思いますか」とガルが聞いた。


「いてくれれば、会えると思います」


「ルナが、喜ぶと思います」


「私も、久しぶりなので、会いたいです」


ガルが、また笑った。


今度も、柔らかい笑いだった。


「凪様も、精霊に会いたいんですね」


「会いたいです。元気にしているか、確認したい」


「まるで、友達のようですね」


「友達なのかもしれないです」


「精霊と友達の転生者というのは、珍しいですね」


「魔王と呼ばれているので、大体のことは珍しいです」


ガルが、声を立てて笑った。


初めて聞いた、声のある笑いだった。


静かな夜に、その音が広がった。



眠る前に、荷物の中を確認した。


二枚の書類のうち、保護区の方は、ガルに渡した。


もう一枚、採掘停止の書類は、ゴルに届ける。


一つの果物は、食事のときに、みんなで少しずつ食べた。トウが一番きれいだと選んだやつを、みんなで食べた。


一枚の絵は、まだ手元にあった。


トウが、眼鏡をかけて描いた絵。


シロと、果物と、私。


下手だったけど、細かいところまで描いてあった。


「トウ、ちゃんと星が見えているといいな」


誰もいない部屋で、言った。


都の夜空は、石の建物と明かりで、星が見えにくかった。


でも、今夜の森は、星が多かった。


トウが言っていた。眼鏡をかけてから、星がはっきり見えるようになった、と。


見えていなかったものが、見えるようになる。


それは、どんなことでも、良いことだと思った。


水が見えなかったものが、見えるようになった。


ずれが見えるようになった。


そして少しずつ、直せるようになった。


私も、転生してから、見えるようになったことがある。


この世界が、全部つながっていること。


どこかを直せば、別のどこかに伝わること。


一人でやれることは小さいが、それが積み重なること。


そういうことが、ここに来て、見えるようになった。


トウが、星を見て、きれいだと思ったように。


私も、この世界を見て、きれいだと思う場面が、増えてきた。


枯れた土に花が咲いたとき。


池の水が透き通ったとき。


ガルが、保護区の書類を胸に当てたとき。


ルナが、木に触って目を閉じているとき。


全部、きれいだった。


シロが私の横で寝ていた。


「明日、池に行こう」


シロが少し耳を動かした。


寝ていても、聞こえているらしかった。


目を閉じた。


森の音が、静かに続いていた。


十七話目、書きました。


ガルが泣いた場面は、この物語の中で、一番時間をかけて書いた場面です。百年間、追われ続けてきた人が、「ここにいていい」と言われる瞬間。それを言葉で説明するより、ただそこにいて、何も言わない方が正しい気がしました。凪が何も言わなかったのは、正解だったと思っています。


ガルの「声のある笑い」を最後に持ってきました。この話の中で、ガルは最初から静かな人物でした。百年間の重さが、少し軽くなった夜に、初めて声を出して笑う。それだけの変化が、この二十三人の集落にとっては大きかった。


トウの絵の話を持ち込んだのは、都と森をつなぐ小道具として使いたかったからです。都を離れても、トウがいて、星が見えている。それだけで、つながっている感じがする。


次話は、ルナと北の池に行く話です。精霊との再会と、ルナが何かに気づく場面になる予定です。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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