表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第一部  作者: マスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/24

第十六話「都を去る日、トウが走ってきた」

十六話目です。


都での二週間が終わります。去り際というのは、来たときより、色々なものが見えます。来たときには気づかなかったことが、去るときに分かることがある。


凪が都で残したものと、都が凪に残したものの話です。


では、どうぞ。


都に来て十四日目の朝、荷物をまとめた。


荷物といっても、大したものはなかった。着替えと、ベルクが持たせてくれた地図と、道中で買った木の実が少し。


シロが私の横で、すでに出発する気でいた。


尻尾を振って、扉の方を見ていた。


「急がなくていいぞ」


シロが私を見た。早く行こう、という顔だった。


都の建物の中より、外の方が好きらしかった。気持ちは分かった。



宿の外に出ると、ベルクが待っていた。


「最終日だな」と言った。


「お世話になりました」


「礼を言うのはこちらの方だ。この二週間、色々と動いてもらった」


「ベルクさんと動いただけです」


「お前が動かなければ、私も動けなかった」


ベルクが、小さな書類を取り出した。


「保護区の正式な承認書だ。森の集落と、その周辺区域が、正式に保護区に指定された。居住区としても、保護される」


受け取って、確認した。


確かに、集落の名前が書いてあった。


「ガルさんたちに、届けます」


「もう一枚ある」


もう一枚の書類を渡された。


「採掘の暫定停止命令だ。調査結果を受けて、鉱山局が、問題の区域の採掘を一時停止することを決定した」


「本当に止まったんですか」


「ダロが、局内でうまく動いてくれたらしい。完全な停止ではなく、調査期間中の一時停止だ。ただ、調査が進めば、正式に変更される可能性が高い」


「ゴルさんに届けます」


「頼む」


二枚の書類を、大事に持った。


ここまで来たのは、本当にこの二週間だけの話だったのかと、少し不思議な感じがした。



宿を出て、都の中を少し歩いた。


出発の前に、もう一度、都の様子を見たかった。


市場を通った。


朝の市場は賑やかだった。商人たちが、声を上げながら品物を並べていた。


野菜の色が、来たばかりのころより、少し良くなっている気がした。


気のせいかもしれなかった。


でも、エイラが農地の改善に動いている、とベルクが言っていた。土に有機物を混ぜること、作物をローテーションすること、水路の整備を優先すること。それらの指示が、一部の農地に届き始めていたらしかった。


一週間やそこらで変わるわけがない。


でも、方向は変わっていた。


それで十分だった。


果物の店の前を通ったとき、声がかかった。


「ナギ」


トウだった。


眼鏡をかけて、果物を並べていた。


「おはよう、トウ」


「今日、帰るって聞いた」


「帰ります」


トウが私を見た。


「ちょっと待って」


店の裏に走って行った。


しばらくして、戻ってきた。


手に、果物が一つあった。


赤い、丸い果物だった。色が鮮やかで、形がきれいだった。


「これ、今日一番きれいなやつ。持っていって」


「ありがとう。でも、お礼はいいって言いました」


「お礼じゃなくて、餞別。お礼とは違う」


トウが真剣な顔をしていた。


受け取った。


「ありがとう、トウ」


「眼鏡、作ってくれた職人さんにも、お礼言ってきた」


「そうか」


「ナギがいなかったら、ずっと落としてたと思う」


「気づいただけです」


「その気づき、大事だよ」と、トウは言った。十歳の子が言う言葉じゃないような気がしたが、本心だと思った。


シロがトウに顔を近づけた。トウが少し笑って、シロの頭を撫でた。


「またいつか、来る?」


「来るかもしれません。この世界にいる間は」


「じゃあ、来たら教えて。もっときれいな果物、取っておく」


「楽しみにしています」


トウが手を振った。


店に戻っていった。


果物を、荷物に入れた。



都の出口に向かいながら、ベルクが言った。


「お前が都にいた二週間で、いくつの問題に気づいたか、数えたか」


「数えていないです」


「私が数えた。十七件だ」


「そんなに言いましたか」


「言った。全部に対応できたわけではないが、記録として残した。今後の都市整備の参考にする」


「参考になればいいですが」


「なる。ベルク調査部門の記録というのは、こういうときのためにある」


ベルクが、手帳を見せた。


細かい字で、何かが書いてあった。


「全部書いてくれていたんですか」


「書いておかないと、消える。言葉は消えるが、記録は残る」


「ありがとうございます」


「礼はいい。お前が次に来たとき、都がどう変わったか、見てほしい。変わっていれば、この記録の意味があったことになる」


「見に来ます」


「約束するのか」


「します」


ベルクが少し笑った。


「前より、言い方がはっきりしてきた」


「ルナに練習させてもらいました」


ベルクが、少し声を立てて笑った。都に来てから、初めて聞いた笑い声だった。



都の城門を出ると、空気が変わった。


石の熱さが、少し薄れた。


草の匂いが、少しした。


「ここから先は、お前一人で行けるか」とベルクは言った。


「行けます」


「道に迷ったら」


「シロが分かります」


シロが胸を張った。得意そうな顔だった。


「頼もしいな」とベルクが言った。


「森には、ガルさんから手紙を書いてもらえますか。保護区の件が正式に決まったことを」


「書く。それから、採掘停止の件は、ゴルに直接届けてくれ」


「分かりました」


ベルクが、もう一つ、小さな包みを渡してくれた。


「道中の食料だ。三日分ある」


「ありがとうございます」


「また来い」


「来ます」


「都が、もう少しましな場所になっていると思う。そのとき、また気になるところを教えてくれ」


「言います」


ベルクが頷いた。


それ以上の言葉はなかった。


ベルクという人は、余分な言葉を言わない人だった。でも、言わない分、言った言葉に重みがあった。



都を離れて、一時間ほど歩いたとき、後ろから声がかかった。


「待って」


振り返った。


走ってくる人影があった。


トウだった。


「なんで来たの」


「忘れ物」とトウは言った。


「私、何か忘れましたか」


「これ」


トウが、紙切れを渡してきた。


見てみると、下手な絵が描いてあった。


果物と、シロらしい動物と、私らしい人間が描いてあった。


「俺が描いた」とトウは言った。


「眼鏡、かけてから描いたの?」


「うん。前は、細かいところが描けなかった。今は描ける」


絵は上手とはいえなかったが、細かいところまで描いてあった。シロの毛並みも、果物の模様も、ちゃんとあった。


「ありがとう」


「さっき言い忘れてた。ナギが言った、見えるようになったものを教えて、って」


「そうだった」


「果物の模様と、シロの毛並みと、看板の文字と、星」


「星も見えるようになったの」


「夜空の星、前はぼんやりしてた。今ははっきり見える」


「それは良かった」


「星、きれいだよ」とトウは言った。「前から星はきれいって聞いてたけど、ちゃんと見えてなかったと思う。眼鏡かけてから、初めてきれいって分かった」


「教えてくれてありがとう」


「また来たら、もっと教える」


「楽しみにしています」


トウが手を振って、走って戻っていった。


シロが、その後ろ姿を見ていた。


私も見ていた。


小さな背中が、都の城門の中に消えた。



また歩き始めた。


紙切れを、大事に荷物に入れた。


二枚の書類と、一つの果物と、一枚の絵。


荷物として持てるものは、それだけだった。


でも、十分だった気がした。


シロが前を歩いた。


速くもなく、遅くもなく、まっすぐ歩いた。


道は、森に続いていた。


その先に、ガルとルナとクロとキョロがいた。


その先に、ゴルとレナと山の精霊がいた。


その先に、北の池の青い精霊がいた。


全部がつながっていた。


水が、土が、木が、動物が、精霊が、人が。


全部、一つの大きな流れの中にあった。


私は、その流れの中の、小さな一点だった。


花を咲かせるだけの、小さな一点。


でも、その一点が動けば、少し流れが変わる。


少し変われば、また少し変わる。


それが、積み重なる。


ゆっくり、遠回りで、時間がかかる。


でも、止まっているより、ずっといい。


「行こう、シロ」


シロが振り返った。


もう行ってるよ、という顔だった。


そうだった。


シロは、最初から歩いていた。


私が追いついただけだった。

十六話目、書きました。都編の終わりです。


トウが走ってきた場面は、この話の中で一番書きたかったシーンでした。「眼鏡をかけてから、初めてきれいって分かった」という言葉。見えていなかったものが見えるようになる、というのは、この物語全体に流れているテーマでもあります。凪が世界に対してやっていることと、トウが星に対して感じたことは、構造として同じです。


ベルクが「十七件」と数えていた、というのは、ベルクなりの誠実さの表れです。言葉では少ないことしか言わない人が、ちゃんと数えていた。


「シロは最初から歩いていた。私が追いついただけだった」という最後の一文は、少し凪の自己評価を表しています。自分が引っ張っているつもりはなくて、ただついていっているという感覚。


次話から、森に戻ります。ガルとルナに再会して、保護区の書類を届ける話になります。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ