第十二話「都は、ずれだらけだった」
十二話目です。都編に入ります。
凪が初めて、この世界の人間の都市を見ます。森や山とは全然違う場所。でも凪の目には、同じものが見えます。ずれているところ、と、直せるかもしれないところ。
賑やかな場所が、必ずしも豊かな場所とは限らない。その話です。
では、どうぞ。
都に向かう道は、三日かかった。
ベルクが用意した馬車だった。私とシロと、ベルクと御者の四人と一頭。馬車の中は狭かったが、シロは窓から外を見ていた。景色が気になるらしかった。
最初の一日は、森の外縁を進んだ。
木が少なくなっていくのが、見ていて分かった。森の端から離れるにつれて、緑が薄くなって、茶色い土と草原が増えた。
「この辺りは、昔は森でしたか」と私はベルクに聞いた。
「百年前の地図を見ると、ここまで森が広がっていた」とベルクは言った。「今は農地と街道になっている」
「百年で、これだけ変わったんですね」
「変わった。それが良かったのか悪かったのか、私には分からない」
「どちらでもあると思います」
「どういう意味だ」
「農地になって、食べ物が増えた。それは良かった。でも森が消えて、水が減った。それは良くなかった。どちらかだけ、ということはないです」
ベルクが窓の外を見た。
「そういう見方をする人間は、少ない」
「一方向からしか見ないと、半分しか見えないので」
「半分しか見えなくても、生きていける」
「今のところは、そうです」
ベルクが少し黙った。
「今のところ、か」
「いつまでも、ということはないです。ただ、どこで限界が来るかは、来てみないと分からない」
◇
二日目は、街道を進んだ。
小さな街がいくつかあった。宿屋と商店が並んでいて、人が行き交っていた。
街を通るたびに、私は気になることがあった。
井戸だった。
どの街にも井戸があったが、水位が低い井戸が多かった。覗いてみると、水面が遠かった。何年か前より、地下水が減っているのだと分かった。
「この街の井戸、水が少ないですね」と私はベルクに言った。
「そうか」
「地下水が減っています。このまま減り続けると、十年以内に水不足になる街があります」
「どこだ」
「さっき通った、二番目の街。川が近いのに、川の水を使っていない。地下水だけに頼っている。川から引けば、当面は大丈夫です」
ベルクが手帳に書いた。
「他には」
「最初の街は、排水が問題です。汚水が、そのまま近くの川に流れていました。下流の農地が、気づかないうちに汚染されているかもしれない」
またベルクが書いた。
「よく気づくな」
「通るたびに、目に入ってくるんです」
「全部直せるか」
「全部は無理です。でも、どこを優先すべきかは分かります」
ベルクがまた書いた。
「お前を都に連れていくのは、正解だったかもしれない」
「あちらには、もっとずれがありますか」
「あるだろう。ただ、誰も気づいていないだけで」
◇
三日目の夕方、都が見えた。
大きかった。
今まで見たどの街より、ずっと大きかった。城壁に囲まれていて、その中に建物がびっしり並んでいた。煙が何本も上がっていて、人の声や馬の音が、近づくにつれて聞こえてきた。
城門をくぐった。
人が多かった。
馬、荷車、商人、市民。みんな忙しそうに動いていた。誰も、立ち止まって空を見ていなかった。
においがした。
食べ物の匂いと、動物の匂いと、排水の匂いが混ざった、濃い匂い。
シロが鼻をひくひくさせた。情報が多すぎる、という顔だった。
「大丈夫か」
シロが私を見た。まあ、という顔だった。
石畳の道を進んだ。
建物が密集していた。日当たりが悪い場所が多かった。路地に、水が溜まっていた。排水がうまくいっていない。
木がほとんどなかった。
広場に一本、大きな木があったが、それだけだった。あとは石と、土と、建物ばかりだった。
熱かった。
森の中より、明らかに気温が高かった。石が熱を蓄えて、夕方になっても放出していた。
「暑いですね」と私は言った。
「都はいつもこうだ」とベルクは言った。「夏は特に暑い」
「木が少ないからです。木があれば、日陰ができて、水分が蒸発して、温度が下がります」
「木を植えるスペースがない」
「工夫すれば、あると思います」
ベルクが少し苦笑した。
「来てすぐ、改善案を出すのか」
「見えてしまうので」
◇
通された宿は、調査部門が使う施設だった。
部屋は小さかったが、清潔だった。シロが入れるか心配したが、ベルクが交渉してくれた。大型犬のようなものだ、という説明で通ったらしかった。
「明日、上の者に会ってもらう」とベルクは言った。「緊張しなくていい」
「あまり緊張しないです」
「それは、強いな」
「よく分からないままでいることに、慣れているだけです」
ベルクが少し笑った。
「明日、何を聞かれると思う」
「何者かということと、何をしているかということと、国に何をするつもりかということ、だと思います」
「正解だ。どう答えるつもりだ」
「正直に答えます。転生者で、ずれているところを直しているだけで、国に何かするつもりはない、と」
「それで、信じてもらえると思うか」
「信じてもらえるかどうかは、相手次第です。私にできるのは、正直に言うことだけです」
ベルクが頷いた。
「一つ、助言していいか」
「どうぞ」
「上の者は、見栄えを気にする。お前が何を言うかより、どう見えるかを気にする人間もいる。お前のその格好は、少し目立つかもしれない」
グレーのよれたパーカーを見下ろした。
確かに、周りの人間の服とは違った。
「着替えがないです」
「用意する」
「ありがとうございます。ただ、着慣れていない服は、動きにくいです」
「少しだけ、我慢してくれ」
「分かりました」
◇
夜、窓から都を見た。
明かりが多かった。魔法のような明かりが、街中に灯っていた。昼間とは違う顔の都だった。
きれいだと思った。
同時に、熱いと思った。石が冷めていなかった。
都の中心に、大きな建物があった。宮殿か、城か。その周りには、広い庭があった。
あそこには、木があるのかもしれない。
権力者のいる場所には、木がある。でも、一般の人が住む場所には、木がない。
どこの世界でも、似たようなものだと思った。
シロが窓の外を見ていた。
「何か見えるか」
シロが耳を動かした。
「明日、上の人間に会う。うまくいくかどうか分からない。でも、条件が通れば、集落が守られる」
シロが私を見た。
「頑張ってみます」
シロが窓に向き直った。
分かった、という感じだった。
石畳の道に、誰かが歩いていた。夜遅いのに、まだ人がいた。都は眠らない場所らしかった。
森は夜になると静かになった。山も、夜は静かだった。
都は違った。
夜になっても、音がした。
それが良いか悪いかは、すぐには判断できなかった。ただ、違うと思った。
眠れないかもしれない、と思ったが、気づいたら眠っていた。
疲れていたらしかった。
十二話目、書きました。都編の一話目です。
都に入って、凪の目には色々なものが見えました。水位の低い井戸、排水の問題、木が少ないことによる暑さ。森や山でやっていたことと、本質的には同じです。ずれているところを見つけて、直せるかどうか考える。場所が変わっても、やることは変わらない。
「木を植えるスペースがない」「工夫すれば、あると思います」のやりとり。凪は責めない。ただ、別のやり方があることを言う。それが凪のスタイルです。
「権力者のいる場所には、木がある。でも一般の人が住む場所には、木がない」という観察。これは現実の都市でも、歴史的にずっとそうでした。公園や緑地が誰のためにあるか、という問いにつながります。
次話では、上の者との対面があります。凪がどう見られて、どう対応するか。政治の場に、花を咲かせる人間が入ったらどうなるか。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




