第十一話「ベルクは、思ったより早く来た」
十一話目です。
青い布を結んでから、三日後にベルクが来ました。思ったより早かった。それには理由がありました。
ベルクという人物が、少し違う角度から見えてくる話です。組織の中で動く人間が、何を考えて、何に困っているか。凪はそれを責めない。ただ、一緒に考えます。
では、どうぞ。
青い布を結んでから三日後の朝、ラグル族が知らせに来た。
東の端に、人間が一人来ている、と。
私はシロを連れて、一人で向かった。
草原との境目に、ベルクが立っていた。前回と同じ服だった。眼鏡に似た何かをかけていた。手に何も持っていなかった。
私を見て、少し眉を上げた。
「早かったな」
「思ったより早く来てくれました」
「ちょうど、この方向に来る用事があった」
「用事ですか」
「後で話す。先に、お前の用件を聞かせてくれ」
◇
草原の端に腰を下ろして、話した。
シロが隣に座った。ベルクはシロを見たが、何も言わなかった。慣れてきたのかもしれなかった。
山のことを話した。岩人の集落のこと、泉のこと、採掘との関係について、感じ取ったことを順番に話した。
ベルクは黙って聞いていた。
途中で何度か手帳らしいものに何かを書いた。
「採掘が泉の水を奪った、という話だな」と、最後にベルクは言った。
「そう思っています。証明するには、採掘場所の近くで確認が必要です」
「採掘はどこの管轄だ、知っているか」
「知りません。調査部門ではないですか」
「採掘は別の部門だ。鉱山局という部署が管轄している」
「ベルクさんの部門とは、別ですか」
「縄張りが違う。私が直接動けない」
「どうすればいいですか」
ベルクが少し考えた。
「報告書を書く。農業用水への影響という形で出せば、農務局も動く可能性がある。農務局と鉱山局は、以前から対立している。うまく使えば、調査が入るかもしれない」
「縄張り争いを利用するということですか」
「そういうことだ。お前が直接動くより、組織同士を動かした方が早い場合がある」
「それは、ベルクさんがやってくれるんですか」
「条件がある」
「なんですか」
ベルクが私を見た。
「お前に、都に来てほしい」
◇
しばらく、沈黙があった。
「都に来てほしい、というのは、どういう意味ですか」
「前にも言ったが、転生者が魔王と呼ばれているという話は、広まりつつある。国の上の方が、気にし始めた」
「気にして、どうするつもりですか」
「把握したい、ということだ。敵か味方か、危険かどうか。確認したい人間が、上にいる」
「敵でも味方でもないですが」
「そう言っても、見ていない人間には分からない。一度見せれば、判断できる」
「私を見せ物にするということですか」
「そういう言い方もできる」ベルクは正直に言った。「しかし、お前が行くことで、保護区の承認が早まる可能性がある。採掘の調査も、通りやすくなる」
「私が行くことと、保護区と採掘の問題が、なぜつながるんですか」
「魔王の調律者、とでも言えばいいか。上の人間は、不思議なものを見ると、機嫌が良くなることがある。機嫌が良いときに、話を通すのが早い」
「機嫌取りですか」
「政治というのは、そういうものだ」
私は少し考えた。
正直、気が進まなかった。
都に行く、というのが、どういうことか分からなかった。人間の都市が、どういう場所か。どんな人間がいて、どんな反応をするか。
でも、保護区と採掘の問題が早く動くなら、集落にとっても、山の泉にとっても、良いことだった。
「条件があります」と私は言った。
「聞こう」
「一つ目。森の集落の森人と、山の岩人の集落が、保護区に含まれること。居住区として保護されること」
「難しいが、交渉はできる」
「二つ目。採掘の調査が、実際に行われること。報告書だけでなく、現地確認が入ること」
「これも、農務局を動かせれば、可能だ」
「三つ目。私がいつでも、都を離れられること。用事が終わったら戻れること」
ベルクが少し目を細めた。
「それは、できる限り、という条件になる。状況によっては、引き留められる可能性がある」
「できる限り、でいいです。ただ、閉じ込められるのは困ります」
「約束しよう。閉じ込めはしない」
「分かりました。行きます」
ベルクが少し息を吐いた。安堵したような音だった。
「思ったより、すんなり決まったな」
「条件が通るなら、行かない理由がないです」
「恐くないのか」
「怖いかどうかは、よく分からないです。ただ、行った方が直せることが増えるなら、行きます」
ベルクが私を見た。
しばらく、何かを考えているようだった。
「一つ聞いていいか」
「なんですか」
「お前は、何のためにそれをやっているんだ。花を咲かせたり、水を直したり、岩肌に苔を生やしたり」
「気になるからです」
「それだけか」
「それだけです。ずれているのが気になって、直したくなる。直すと落ち着く。それだけです」
ベルクが少し間を置いた。
「見返りを求めていないのか」
「求めていないです。求めても、もらえるものが思いつかないので」
「普通の人間なら、権力とか、金とか、求めるものがある」
「私は、転生者なので、この世界の権力や金が何の役に立つか、あんまり分からないです」
ベルクが、また口の端を上げた。
「変なやつだ、本当に」
「よく言われます」
◇
集落に戻って、ガルに話した。
ガルは黙って聞いていた。
「都に行くことを、承諾したんですか」とガルは言った。
「条件付きで」
「危険です」
「危険かもしれないです。でも、条件の中に、集落の保護が入っています。あと、採掘の調査も」
ガルが少し目を伏せた。
「凪様のことが、心配です」
「大丈夫です。たぶん」
「たぶん、というのが心配です」
「正直に言いました」
ガルが小さく息を吐いた。
「いつ出発しますか」
「三日後に、ベルクが迎えに来ます」
「三日しかない」
「ガルさん、一つお願いがあります」
「なんでしょう」
「私がいない間、森の様子を見ていてほしいです。いつも私がやっていること、水の流れと、土の乾き方と、木の状態。気になることがあったら、記録しておいてほしいです」
「私には、凪様のようなことはできません」
「できることだけでいいです。ルナも、木に触って変化に気づいていました。感じ取れることから、やってみてください」
ガルが頷いた。
「分かりました」
「あと、ゴルさんに、都に行くことを伝えてほしいです。採掘の調査が入ることになる、と」
「伝える方法がありますか」
「ラグル族に頼めないですか。山と森の間を動ける子がいれば」
ガルが少し考えた。
「一頭、心当たりがあります」
「お願いできますか」
「やってみます」
◇
夕方、ルナが来た。
「ナギ、都に行くって本当?」
「本当です」
「やだ」
「また言う」
「だって、また離れるじゃん」
「戻ってきます」
「また、できる限り、って言うでしょ」
「言います」
ルナが膨れた。
「もっとちゃんと約束してよ」
「ちゃんと約束できることしか、約束したくないんです」
「なんで」
「嘘の約束をすると、破ったとき、もっと辛いから」
ルナが少し考えた。
「……まあ、いいか」
「ありがとう」
「でも、早く帰ってきて」
「努力します」
「努力、じゃなくて、する、にして」
「します」
「よし」
ルナが満足そうな顔をした。
条件を下げさせられた気がしたが、悪くなかった。
◇
三日間、できることをやった。
集落の周りの木に、一本一本手を当てた。状態を確認した。良い木は、そのままにした。乾いている木は、根元に水を送った。
北の池にも行った。
精霊が、水の中で元気に動いていた。水はまだ透き通っていた。
「しばらく来られないかもしれない」
精霊が水面をぱしゃりと叩いた。
「元気でいてください」
また叩いた。
「池の水、続けて頼みます」
何かが伝わった気がした。
伝わっていなくても、言いたかった。
◇
出発の前の夜、眠れなかった。
不安というより、確認していた。
やり残していることはないか。伝えていないことはないか。
森の状態は、三日前より少し良くなっていた。劇的な変化じゃなかったが、方向は合っていた。
ガルとルナと、クロとキョロとシロに、ここを頼む。
都でやることは、交渉だ。私が直接何かを直すわけじゃない。人間の組織を動かして、保護区と採掘調査を実現させる。それだけだ。
直接手を当てて直すより、難しいかもしれなかった。
でも、やってみないと分からない。
シロが隣で寝ていた。
「都に、一緒に来てくれるか」
シロが目を開けた。
「来なくていいぞ。集落に残ってくれてもいい」
シロが起き上がった。
来る気満々だった。
「そうか。ありがとう」
シロが丸くなり直した。
もう決まったことだから、寝る、という感じだった。
私も目を閉じた。
明日から、都に行く。
どうなるかは、分からなかった。
でも、戻ってくる場所が、ここにある。
それだけで、十分だった。
十一話目、書きました。
ベルクとの交渉が核になりました。凪は条件を三つ出した。集落の保護、採掘の調査、自由に戻れること。この三つだけを求めた。権力も金も求めない。それがベルクには、かえって不思議に見えた。
「変なやつだ」とベルクが言うのは二回目です。最初より、少し温度が上がっています。
ルナとの「します」の会話。「できる限り」から「します」に言葉を変えさせられた凪。条件を下げた、というより、ルナとの関係の中で言葉が柔らかくなった、という場面でした。
都編に入ります。森や山とは違う環境で、凪が何を見て、何をするか。人間の都市の中で、凪の目にはどんなずれが見えるか。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




