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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第一部  作者: マスター


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第十話「ただいまと言えるようになっていた」

十話目です。山から森に戻る話です。


凪が集落を離れていたのは、七日間でした。七日間で、集落は少し変わっていました。いや、正確には、凪の見え方が変わっていたのかもしれない。


「帰る場所」というのは、最初からそこにあるわけじゃない。気づいたら、そうなっていることが多い。


では、どうぞ。

森に入ったとき、空気が変わった。


山の空気と、森の空気は違った。山は乾いていて、開いていて、風が直接当たる。森は湿っていて、閉じていて、風が葉に遮られる。


どちらが良いというわけじゃなかった。ただ、違った。


シロが少し足を速めた。


帰りたいのかもしれなかった。


「そんなに急がなくても」


シロが振り返って、また前を向いた。急ぐ気満々だった。



集落が見えてきたとき、最初に気づいたのはルナだった。


「ナギ、おかえり!」


走ってきた。


勢いが良すぎて、少しよろけた。


「ただいま」


「七日間、長かった」


「そうか」


「クロとキョロが、毎日ナギがいた方向を向いてた」


「そうか」


「私は向いてなかったよ。心配してたけど」


「ありがとう」


ルナがシロを撫でた。シロが尻尾を振った。


クロとキョロが小屋の方から走ってきた。クロが私に体当たりするように寄りかかってきた。重かった。キョロが足元をうろうろした。


「待ってたのか」


クロが低く鳴いた。


「ただいま」



ガルが出てきたのは、少し後だった。


いつものように、静かに歩いてきた。


「お帰りなさい、凪様」


「ただいまです、ガルさん」


ガルが私を見た。


何かを確認するような目だった。怪我がないか、とか、元気か、とか、そういうことを確認しているんだと思った。


「山は、どうでしたか」


「色々ありました。後で話します」


「はい。まず、食事をしてください。今日は少し豪華にしました」


「どうして」


「帰ってきたら、豪華にしようと思っていました。七日前から」


私は何も言えなかった。


「ありがとうございます」


「どうぞ」



食事をしながら、山の話をした。


ゴルのこと、泉のこと、山の精霊のこと、レナたちのこと。


ガルは黙って聞いていた。


「山の精霊に会ったんですか」とガルが言った。


「会いました」


「それは、珍しいことです。山の精霊は、滅多に姿を現さない。森の精霊より、ずっと古い存在です」


「疲れた目をしていました」


「長い間、傷ついているのを見てきたんでしょう」


「森の精霊と、山の精霊は、つながっていますか」


「つながっています。精霊は、別々の存在ではなく、一つの大きな流れの中にいます。どこかが弱ると、全体に響く」


「岩人の泉の問題が解決すれば、山の精霊が少し元気になる。山の精霊が元気になれば、森の精霊にも伝わる、ということですか」


「そう思います」


「全部つながっているんですね」


「そうです」とガルは静かに言った。「それが、ことわりということです」


理、という言葉を、ガルが使うのは初めてだった。


私はその言葉を、少し噛みしめた。



食事が終わって、ガルと二人で話した。


「ベルクに連絡を取りたいです。採掘の件で」


「連絡する方法はあります。森の東の端に、人間との連絡を取るための場所があります。以前、交易をしていた頃の名残です」


「使えますか」


「使えます。ただ、ベルクがそこを知っているかどうか」


「知らなくても、調査部門に連絡が届けば、ベルクに伝わるかもしれません」


「試してみましょう」


ガルが少し間を置いた。


「凪様、一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「山に行って、何か変わりましたか」


変わったか、と思った。


「山を見て、森のことが少し分かった気がします」


「どういう意味ですか」


「森は、孤立していない。山と、川と、海と、全部つながっている。森だけ直しても、山が壊れていたら、最終的に森も壊れる。逆もある。だから、一か所だけを見ていても、全体は直せない」


ガルが静かに聞いていた。


「それは、分かっていたことでしたか」


「頭では分かっていました。でも、山に行って、感じた。感じると、少し違います」


「知っていることと、感じることは違う」


「そうです」


ガルが頷いた。


「森人は、昔からそれを知っていました。でも、忘れかけていた。追われて、逃げ続けているうちに、この集落のことだけを考えるようになっていた」


「それは、仕方がないことだと思います」


「仕方がないことでも、失ったものは失ったままです」


「取り戻せるかもしれないです」


「時間がかかる」


「かかります」


二人で、しばらく黙った。


夜の森が静かだった。


虫の音が遠くから聞こえた。


「ルナが、毎日森の周りを歩いていました」とガルが言った。


「ルナが」


「凪様がやっていたことを、真似していたようです。木に触ったり、土に触ったり。何を感じているのかは分かりませんが」


「それは、良いことだと思います」


「私もそう思います」ガルが少し目を細めた。「あの子は、ナギという言葉を、七日間で何回言ったか分からないくらい言っていました」


「すみません、心配させて」


「謝ることはありません。帰ってきてくれました」


それだけで十分だ、とガルは言いたいのだと思った。



翌朝、ルナが来た。


「ナギ、昨日さ、木に触ってたんだけど」


「聞いたよ」


「なんか、乾いてる感じがした」


「どの木」


「あっちの、大きいの」


連れていってもらった。


集落の北の外れに、大きな木があった。幹が太くて、枝が広がっていた。葉は緑だったが、よく見ると少し色が薄かった。


触ってみた。


乾いていた。根の周りの土が、少し固かった。水が来にくい状態になっていた。


「よく気づいた」


「正解だった?」


「正解だよ」


ルナが嬉しそうな顔をした。


「どうするの」


「根の周りを少し柔らかくして、水が届きやすくします」


しゃがんで、根の周りの土に手を当てた。


固い土が、少しずつ柔らかくなった。水が染み込みやすい状態になった。


木が、すぐに変わるわけじゃなかった。でも、少しすれば、葉の色が濃くなるはずだった。


「これで、しばらくしたら葉が元気になります」


ルナが木を見上げた。


「ナギがいなくても、私にも分かるようになるかな」


「なると思う」


「どうやったら」


「触り続けること。毎日、同じ木に触ってみると、変化が分かるようになります。体温が分かる、みたいな感じで」


「体温」


「元気な木と、元気じゃない木は、触るとなんとなく違います。それを感じ取れるようになると、早く気づけます」


ルナが木に手を当てた。


目を閉じた。


真剣な顔だった。


「なんか、ちょっと分かる気がする」


「それで十分だよ」


ルナが目を開けた。


「ナギ、ずっとここにいる?」


少し考えた。


「しばらくはいます」


「しばらくって、どのくらい」


「この森が、自分で回れるようになるまで」


「自分で回れるって、どういう意味」


「水が流れて、土が元気で、木が育って、動物がいて、精霊が元気で。そういう状態になれば、私がいなくてもちゃんと続いていける」


「そうなったら、ナギはどこに行くの」


「別の場所か、理に還るか」


「理って」


「全部がつながっている、大きな流れのこと。そこに戻ること」


ルナが少し考えた。


「死ぬってこと?」


「そういう言い方もできます」


「やだ」


ルナが私の袖を掴んだ。


「できれば、そうならない方がいいとは思っています」


「じゃあ、ならないで」


「努力はします」


ルナが少し膨れた顔をした。


「努力はします、って、なんか頼りない」


「正直に言いました」


「もっとかっこいいこと言えないの」


「かっこいいことを言って、嘘になるより、正直に言った方がいいと思っています」


ルナがまた少し考えた。


「……まあ、いいか」


「ありがとう」


木が、風に揺れた。


葉が、さらさらと音を立てた。



昼過ぎに、東の端に向かった。


ガルが一緒に来てくれた。


連絡のための場所は、森と草原の境目にあった。木でできた小さな柱が立っていた。かなり古くなっていたが、まだ立っていた。


「ここに、布を結ぶと、連絡の合図になります」とガルが言った。「調査部門の者が、定期的に確認するはずです」


「何色の布がいいですか」


「青は、話し合いをしたいという意味です」


私は持っていたパーカーの端を見た。グレーだった。青じゃなかった。


ガルが、懐から青い布切れを取り出した。


「どうぞ」


「持っていたんですか」


「念のため」


「ありがとうございます」


柱に、青い布を結んだ。


風に揺れた。


「いつ気づいてもらえますか」


「分かりません。明日かもしれないし、一週間後かもしれない」


「待ちます」



集落に戻る途中、ガルが言った。


「凪様」


「なんですか」


「山に行く前、凪様は帰ってくると言いました」


「言いました」


「帰ってきました」


「帰ってきました」


ガルが少し間を置いた。


「次に、どこかに行くときも、帰ってきてください」


「帰ってきます」


「約束ですか」


少し考えた。


「できる限りの約束です」


「それで十分です」


夕方の森が、オレンジ色に染まっていた。


木の隙間から、光が差し込んでいた。


私はその光の中を歩きながら、思った。


気づいたら死んでいた。気づいたら異世界にいた。気づいたら魔王と呼ばれていた。


そして気づいたら、ただいまと言える場所ができていた。


たった一か月の話だった。


でも、何かが確かに変わっていた。


世界が変わったわけじゃなかった。森がすっかり回復したわけでもなかった。人間との問題が解決したわけでもなかった。


それでも、ただいまと言えた。


それだけで、今日は十分だった。

十話目、書きました。区切りの話です。


「ただいま」という言葉が、この話のテーマでした。最初は行き場のなかった凪が、気づいたら帰る場所ができていた。誰かに用意してもらったわけじゃなく、一日一日の積み重ねで、自然にそうなっていた。


ルナとの「やだ」のやりとりは、書いていて一番自然に出てきた場面です。子どもは正直です。理屈より感情が先に来る。それが、時々すごく本質を突く。


ガルの「帰ってきてくれました」という言葉。百年間、誰も帰ってこなかった人たちに、誰かが帰ってきた。それだけのことが、大きい。


十話まで来ました。森編と山編が終わって、次からは少し広い話になっていきます。ベルクが現れて、採掘の問題が動き始める。そして、この世界の全体像が少しずつ見えてくる予定です。


読んでくださっている方、ありがとうございます。また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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