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運、か。一番自信がないやつだな

 ダンジョンに入った先。


 波紋一つない湖が広がっていた。



 水面から不規則に頭を覗かせるいくつもの岩肌。それらが、鈍い光を反射している。


「……まったく人がいないな」


『ここは、ミニゲームを集めたダンジョンです。近隣に最新設備を備えた類似ダンジョンがオープンしたため、旧型のここは、市場価値を喪失したと推測されます』


「ダンジョンも、ゲーセンと同じ扱いなんだな。……世知辛い」


 だが、困っているヤツはいない。


 それどころか、俺という得をしているヤツがいるのだから、悪い話ではないか。


「おかげで、俺は0円で貸し切りができたわけだがな。じゃあ、踏むべき石に色を付けてくれ」


『了承。ナビゲーションを開始します』


 ゴーグルに映る岩肌のいくつかが、赤く染まった。


(まずは、小手調べといったところか)


 俺は水の上をひょいひょいと、まるでカエルか、いや、もっとスタイリッシュに水上バイクのようだと例えておこう。


 次々に岩を飛び移っていく。


 脳内では軽快なBGMが鳴っているような気がする。



 これなら問題ないな。


 なら――。


「難易度が一番高い物から始めて、失敗するたびに難易度を下げるようにしてくれ」


『了承しました。――コースを最高難易度に再構築します』


 先程とは別の岩が赤く染まった。


(これは、すごいな)


 岩と岩の距離が、とんでもなく離れている。


 明らかに人間の跳躍力じゃ無理っぽいぞ。


 おまけに、垂直にそそり立つ壁面まで、赤く染まっているんだが――壁を蹴って跳んで行けということか。


『運の要素が強いコースとなっております』


「運、か。一番自信がないやつだな。……やってみるか」


 迷いを捨て、地を蹴る。


 赤い光を標的に、次から次へと飛び移っていく。


 視界もまた、高速で流れていく。


(考えている余裕がない!)


 反射神経だけで、一つ。――二つ。――六つ目。


 着地と同時に壁を蹴り、その先へと跳んでいく。


 よしっ、あと少しで――滑った。


「痛っ!」


 後頭部に鈍い痛み。


 落下する最中に、頭を岩にぶつけた。


 そのまま、俺の体は冷たい水底へと没していく。


 視界の先、ぶくぶくと泡が昇っていくのが見える。


 手の届きそうだった『成功』が、泡となって俺から離れていくかのようだ。


 鼻の奥を刺す、ツンとした水の冷たさ。


 それだけが、今の無様な俺に与えられた唯一の報酬。


 などと、この惨敗を詩的に綴ったてみる。


 おかげで、今の無様な姿を少しだけカッコイイと感じられた。


 これぞ、0円の現実逃避マインド・コーティング



 次に気付いたとき、フロアのスタート地点で寝ていた。


 痛みも消えているし、服も濡れていない。


「デスペナルティもないみたいだな」


『はい。このダンジョンは、ミニゲームを楽しむ場所なので、ペナルティを設けるのは方針にそぐわなかったのでしょう』


「そうか。じゃあ、次は難易度を一つ下げてくれ」


『了承しました』


 こうして俺は、自分の限界を確認し続けた。



 ◆


 ダンジョンの訓練後。


 帰り道でも稼ぐことを忘れてはならない。


 俺は薬草の根を採取していた。


 雪の冷たさに、指が震える。


「この辺りは、かなり薬草が減っているな」


『近隣都市スタークからのアクセスが良好なため、新規プレイヤーが多く採取していると推測します』


俺は、エイドスの言葉に、採取した薬草とその根を見る。


「初心者の稼ぎを奪うのは、よくないよな」


『三つ程度なら、採取することを推奨します。ギルド側からすれば、この辺りが採取可能である証拠になるので、初心者への情報提供になります』


「そういう考えもありか……じゃあ、あと二つ採取していくか」


 ――ザッ、ザッ。


 重厚な金属音が、雪の冷たさを切り裂いて聞えてきた。


 そちらを確認すると、黄金の鎧を着た集団が見えた。



 確か、あれは『黄金獅子の盾』の連中が使っている装備だったな。


 このまま通り過ぎるだろう。


 そのように思っていたが、彼らは俺の前で立ち止まった。


「このエリアは我々『金獅子の盾』が管理している。通行料および採掘税として、利益の60%を徴収する」


 60パーセントか。


 他も同じなら、装備を整えられなくするのに、十分すぎる搾取だ。


 こいつら、こういう手で初心者をスタークに縛り付けていたのか。


『法的根拠は皆無。……ですが、ダメージを僅かでも与えれば、経験値取得のリスクが伴います。よって攻撃行為は推奨しません』


 目眩ましをすれば、逃げられるかもしれないが――レベルが上がるリスクは背負いたくない。


 仕方がない。税金を払うか。


「……分かりました。払います」


「ほう、物分かりがいいな。で、何を持ってる?」


 徴税隊長を名乗る男が、俺の手から「それ」を奪った。


「薬草の根っこです」


「……ふん」


 男は、泥に向かって根を放り投げた。


「あっ」


「ゴミから徴税するわけにはいかんからな。見逃してやるよ」


「……はい」


 あいつらの笑い声に思うところがないわけではない。


 だが、こういった連中に何を言っても無駄だ。


 俺は泥の前で黙って膝をついた。


 拾い上げる根は、先ほどまでよりも、さらに冷たく感じられた。


 ただの泥の塊のようだ。


 三つ目に手を伸ばした──その時。



 視界が、黄金の具足に遮られる。



 ――ぐちゃり。



 湿った音が耳にへばりついた。


「おっと、足が滑った」


 ブーツの踵で執拗に、何度も、何度も――。


 それは、俺が凍える指先でようやく手に入れた商品が、無価値なゴミへと堕ちた音だった。


 見上げると、男の口元は、歪んだ愉悦で醜く吊り上がっていた。


「ゴミでも、お前には貴重な稼ぎだったか? 仕方ない、恵んでやるよ」


 チリン、と安っぽい音が響く。


 一枚の銅貨が、泥の中に沈んだ。


「得したな。――底辺」


 嘲笑が遠ざかっていく。


 コイツ、俺のことを知っていやがったな。


「………………」


 俺は、泥に落ちた銅貨を拾う。


 あいつらにとって、この一枚が、俺のプライドの値段ってわけだ。


 定番すぎる展開だが、おかげで腹を立てるコストすらもったいなく思えた。


『マスター・レンの労働価値に対する不当な介入、および精神的苦痛によるQOLの著しい低下を確認。対象『金獅子の盾』を、不良債権であると定義。――排除プランを生成します』


「いや、保留だ。この可能性を考えなかった俺にも問題がある……悔しいけどさ、こういうの慣れているから。そんなことに時間を使うよりも、今は金を稼ごうぜ。頼むぞ、相棒」


『……了承いたしました』


 俺は、あいつらに渡された銅貨を見る。


「あいつらの手垢がついている以外は、罪はないか」


 吐き捨てられた言葉を脳内のゴミ箱へ放り込む。


 代わりに、冷え切った銅貨をポケットへと突っ込んだ。


 ゴミと化した、薬草の根に足で雪をかけて隠す。


 やはり、この苛立ちを消すことはできなかった。



 俺の不良債権のリストには、あいつらの顔はずっと残りそうだ。





 【エイドス】


 『効率よく稼ぐためには、マスターの利益を不当に奪う『金獅子の盾』は経済的損失であると定義。――推測――妥当であると判断します』

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