そのまま渡してもゴミにしか見えないだろうからさ
隠しジョブ? とやらを検証してみる。
名前はファンタズマ。
スキルは一つだけ――これは、レベルの低さが関係しているのだろうか?
逃走専用っぽいな。
ステータス画面には、シーフを凌駕する「敏捷」の数値が並んでいる。
逆に、戦闘能力に関しては酷いとしか言いようがない。戦う前から決着がついているレベルだ。
「これ、検証する意味、ほとんど無いんじゃないか?」
『スキルの検証は必要であると具申いたします。しかし、他の検証は後回しにするのがよいと思われます』
俺は短く吐息をつき、その提案を受け入れた。
「そうなるよな……。スキルに関しても後回しにしよう。今は、儲けのタイミングを掴む方が先だ」
『了承しました』
◆
(やっぱ寒い)
肺に入ってくる空気すら冷たい。
だが、この寒さが俺の懐を温めてくれるのだ。
そう考えると、心なしか春が訪れたような――やっぱ寒いわ!
早々に用件を済まそうと、俺はギルドの扉を叩いた。
「失礼します」
ノックしたのは、ギルドマスターの執務室の扉。
ここは、かろうじてだが暖房が利いている。
「来たか。それで見せたい物というのはなんだ?」
机の向こうで、厳つい顔をしたマスターの目が俺を射抜く。
睨みつけるような視線に子どもなら泣くだろう。
だが、これが彼のスタンダード。いい加減、慣れてきた。
「その前に、これから見せる物について、簡単に説明させてもらっていいか。そのまま渡してもゴミにしか見えないだろうからさ」
「お前の持ってくる物なら、大概はゴミにしか見えないだろ。これからも、そうしてくれるとありがたい」
酷いこと言うオッサンだな。
否定はできないが――。
「……じゃあ、説明するぞ。今は輸送路が雪崩で封鎖されている。そのせいで、熱源になるアイテムは高騰している。ここまではいいか?」
「付け加えるのなら、どっかのギルドが買い占めたせいで、事態が悪化していると追加させてもらう。……おい、まさか」
ギルドマスターの瞳に、鋭い警戒の光が宿った。
「なあ、『どっかのギルド』とやらとケンカをする気がないのなら、この先は聞かない方がいい。それについて俺は文句は言わない。だが、そっちも他に儲け話を持っていっても文句は言わないでくれ」
「別にあいたらの傘下っていうわけじゃない。むしろ、たまに噛みついた方が、あいつらも俺らを軽く見なくなるだろうさ。続けてくれ」
判断が早い。
じゃあ、遠慮なくケンカに参加してもらおう。
俺は持ってきた麻袋から、泥にまみれてひび割れた土の塊を取り出した。
「……これは薬草の根か」
「葉の部分は錬金術の材料に出来るが、根っこはゴミ。――これまではね」
「もったいぶるな。詳しいことは分からないが、面白いことになるのは分かる」
だいぶ、俺の節約精神に染まってきてくれたようだ。
俺は根についた泥を落とし、繊維に深く傷をつけた。
「もう少し説明させてくれ。現在、工房でポーションを精製する際、この『半乾燥状態の根』が大量に廃棄されている。これを使うのが俺の計画だ。ちょっと失礼」
今の俺はドヤ顔だろうけど、これはエイドスの調査結果だ。
人間としてどうだろうと思わなくはないが仕方がない。
「今は、良質な畑の肥料にほとんどが使われている。だが、この油は、加工次第では危険物になる」
俺は根の断面を見せながら、話を続ける。
「ポーションを作るとき、燃えるから注意をしろと言われるほどだ」
「なるほど。で、お前ならどう使う?」
ずいぶん悪い顔をするな。
あっ、これがスタンダードだったな。
「簡単な理科の実験で、固形燃料に加工する。安全性も高くできるから、文句を言われることもないだろう」
今のタイミングなら、安定して売れるはずだ。
「肥料の代わりは他にもあるからな。今は緊急の熱源に回すことをお勧めさせてもらう」
「ふむ……」
マスターは、革張りの椅子に深く腰掛けると、数秒の間、何か考えるそぶりを見せた。
「……なぜそれを、知っていたのかは聞かない」
不敵に笑った顔は、まさしく組織のトップと呼べる格があった。
「俺が言うのはただ一つ。今すぐ契約書を準備するから、お前はどのような人材がこの事業に必要か考えておけ」
「契約書には、『採取権の独占許可』なんて書かないでくださいね」
俺は釘を刺すように、筆を止めさせた。
「手近なエネルギーを独占できるチャンスを手放すのか」
マスターはニヤニヤと、試すような視線を投げてくる。
「この程度で嫉妬されるなんて割に合いませんよ。『次』の足を引っ張るやり方は、未来の負債でしかありませんからね」
俺は差し出された書類に、勝利の予感と共にサインをした。
◆
ギルドマスターは、主要な人間を集めて緊急の会議をするとのこと。
俺は、用意された部屋で、話が終わるのを待つことになった。
(少し冷えるな)
冷気が衣服の隙間から忍び込んできた。
燃料が不足しているせいで、少しばかり寒さを感じる機会が増えたな。
硬い木椅子へと腰を下ろすと、軋む音が部屋に広がった。
「合理的なやつなら『採取権の独占許可』をとったのかねぇ」
『いえ。『採取権の独占許可』をマスター・レンが得なかったのは、正解であると推測します』
エイドスの淡々とした肯定。
後悔が薄まっていくのを感じた。
『仮に得ていたら、ギルドマスターは周囲の説得が難しくなるなど、各方面で事業の展開スピードにも影響が出て、商機が短くなっていたことでしょう。また次のビジネスは、警戒されて通りにくくなる可能性もあります』
論理的な最適解だな。
「それもあるけど……人の不幸につけこむやり方は、一度やったら抜け出せなくなりそうでな。それが怖かったっていうのが一番の理由だな」
『矜持というものでしょうか』
「そんな立派なもんじゃなくて、もっと幼稚なもんじゃないか? 俺もよくわからないけど。それよりも、防寒具を用意したい。無料で済ませる方法を考えてくれ」
『了承しました』
◆
その日のうちに、俺の教えた手法で固形燃料の生成が可能だと証明された。
翌日。
雪に閉ざされた街道沿いで、急造の採取事業が幕を開ける。
俺を含めたプレイヤーたちは、ギルドの依頼に従ってスコップを凍土に突き立てた。
土を隠す雪を除けての作業は、ゲーム内とはいえ、意外とキツイ。
リアルさを追求するにしても、少し位は手加減してくれてもいいだろ、運営。
「はぁ、はぁ……」
肺を震えさせる冷気を吸い込むと、背中の筋肉が悲鳴を上げ始める。
なんでゲームでこんな苦労をしなければいけないんだ!
不条理な疲労感に思考が乱れるが、この計画を言いだしたのは俺自身だ。
暖かい暖炉の前でヌクヌクしていたら、関係者の士気が下がってしまう。
泥を除けて、かじかむ指を動かす。がんばって早く終わらせよう。
『解析開始:葉の特徴から全体像を推測。地表下15cm、根系展開図を推測』
ゴーグルに投影された青いマップに従い、慎重にスコップの刃を滑り込ませる。
土を退ける。
一本の太い根がその全貌をさらす。
表面に湿り気を帯びた根は、重い光を返していた。
◆
レンガ造りの加工場へ、掘り出された根が次々と運び込まれていく。
この広大な空間をわずか一日で確保したギルドの影響力には、感心せざるを得ない。
「アドバイスをしたい。頼む」
『了承しました』
不慣れな作業に戸惑う職人たちの間を抜け、俺は声を張り上げた。
「切り方は繊維に従うことで、油が飛ばずにすむ」
偉そうに作業方法を伝える。
まさかカンニングをしているとも思わない彼らの空気は一変した。
薬草の根を、炉へと放り込む。
不完全燃焼の煙は消え失せ、炉の中は澄んだ琥珀色の炎へと変わっていく。
「まだか……」
汗が額を伝う。
エイドスによる、臨界点へのカウントダウンが、俺にだけ響き続ける。
『熱エネルギー変換効率:87.4% ―― 臨界点を確認 』
エイドスの合図に合わせて火を止め、炉の重いフタを押し開けた。
中には、予定の品質の87%を満たした黒い塊が完成している。
「燃料としては使えるか……これが合格点の固形燃料です。確認してください」
責任者たちが、熱を帯びた燃料を手に取り、その手触りと硬さを確かめる。
方向性は示した。
いずれ彼らは俺よりも高品質な物を作り出すだろう。
邪魔になる前に、俺は加工場を後にした。
◆
先程の部屋へと戻った俺は、疑問を投げかける。
「今回の固形燃料の件でかなりの金が動きそうなんだが、運営はプログラムをいじって雪を溶かすなどはしないのか?」
『この世界には、あまりにも多くの組織が資金を提供しており、僅かな運営の介入ですら、スポンサーに大きな影響を与えます。このため、運営はバグの対処などにしか、積極的に関わることはできないという事情があります』
エイドスの言葉には、納得するしかない。
神様(運営)を当てに出来ないのは、作り物の世界でも同じということか。




