第九話 王都に差す希望の光
その兵士は限界だった。
何日戦い続けたか、もうわからない。
最初は交代しながら戦っていたが、今はもう前回いつ休んだかも覚えていない。
そんな状態で彼は、彼らは戦い続けている。
一向に減る様子のない魔獣の群れ。
すり減る神経。
既に底をついた体力。
まだ立っていられるのは、神官団がかけた武勇神の神秘式のおかげだろう。
それでも、退くことはできない。
彼らが退けば、彼らの主君が、民が、友人が、恋人が、家族がこの魔獣たちに蹂躙されるのだ。
だから彼らは、決死の覚悟で戦い続ける。
祖国を守るため。
家族を守るため。
勝ち目の無い戦いに身を投じ続ける。
王都の外壁をよじ登ってきた魔獣に彼が剣を振り下ろしていたとき、斜め後ろから血が噴き上がった。
戦友の死を察する。
見慣れてしまったのだ。あの出血は助からないとわかってしまった。
その戦友の死を薪に、無理矢理怒る。
「くそがあああああ!」
無理矢理声を上げる。
他の戦友たちも同様だ。
声を上げ、怒りを表し、武器を振るう。
そうでもしないと、もう戦えない。
ここで怒らなければ、絶望に飲まれる。
絶望に飲まれれば、もう体は動けない。
あとは死ぬだけだ。
だから、無理矢理にでも怒る。
ある意味、仲間の死を糧に打算的に怒っている。
もちろん、悲しみも怒りもある。だが、打算なしではそこまで怒ることができないほど、絶望が大きかった。
……無論、彼ら自身は、そんな自覚はないし、そんな自己分析をする余裕はない。
だが、彼らの本能はそれをわかっている。
だからこそ、彼らは無理矢理にでも怒り、声を上げた。
本来なら怒る体力などありはしない。
それでも無理矢理怒り、その怒りで無理矢理武器を振るう。
闘気ももはや枯れた彼らの攻撃では、魔獣を簡単に倒すことはできない。
武勇神の神秘式のお陰で辛うじてダメージを与えることはできているが、それでも複数人で何度も攻撃を叩き込まなければ倒せない。
外壁を登ってきた魔獣への対処が間に合わなくなっていく。
兵たちは一人、また一人と倒れていく。
彼らを迫りくる死を感じていた。
無理矢理燃やす怒りの炎が、怯えを隠すことができなくなるときが近づいてきている。
死神がひたひたと歩く音が聞こえるかのようだ。
もはや趨勢は決した。
もう、すぐにでも魔獣たちは対処できなくなり、彼らを駆逐して王都になだれ込むだろう。
それでも、彼らはまだ戦おうとした。
「きゃあああああ!」
だが、彼らの心を完璧に砕く出来事がおきた。
王都の中から、悲鳴が上がったのだ。
視界の端、王都の内側から、煙と魔獣が見える。
絶望が、彼らの心を蝕んでいく。
もはや、彼らは戦えない。
彼らの命運はここに尽きる。
……そのはずだった。
西の森の方で光が煌めいた。
同時に、いつの間にか西に向かっていた魔獣の一団が消し飛ばされる。
更に、その西の森付近から、何かが飛来してきた。
飛んできた何かは人間だった。
どうやってこれほどの速度で、これほどの距離を飛んだのか、彼らにはわからなかった。
飛んできた人間は外壁に近づくと、魔法陣を展開した。それも無数に。
直後、凄まじい破裂音が連続する。
そして、その破裂音と同時に、彼らが苦戦していた魔物たちが一瞬にして撃滅されていった。……彼ら以外の外壁で戦っていた者たちのところも含めて。
そして、飛んできたその男は、彼らの側にふわりと着地した。
「王都の中は任せろ」
男はそう言うと足元に魔法陣を出現させ、直後に王都の中……煙と魔獣が見える方向へ大きく跳躍した。
それだけでも驚くべきことだったが、更に信じられない出来事が彼らの前で起こった。
空から無数の光が降り注ぎ、王都を包囲していた魔獣たちを攻撃したのだ。
一瞬の内に魔獣たちを屠っていく。
それだけでは終わらない。
今度は彼らを含めた王都を防衛する兵たちに、別種の光が舞い降りる。
彼らの内から力が湧き上がった。
疲労も絶望もピークだったはずの彼らの体に、彼らの人生で感じたことも無いほど、圧倒的な力が。
彼らの頭の中に声が響く。
──立ち上がりなさい。あなた達に、守りたいものがあるのなら。……私は、そのための力を授けましょう。ここが分水嶺です。この局面を乗り越えることができたのなら、私があなた達に勝利を約束しましょう。
厳かな、そして美しい声。
湧き上がる力。
勝利を見据える意思。
彼らは足に力を入れた。
彼らの意識が切り替わる。
死ねない。死なせない。……そのために、勝利するのだと。
彼らは久方ぶりに、勝つための戦いに身を投じた。
──この戦いが、世界の命運を賭けた戦いの緒戦だと彼らが知るのはずっと先のことだった。
※※※
「自然神ナトラサルトスよ、この者に天を駆ける風の翼を与え給え」
言葉とともに、俺の体は軽くなった。
高速飛行用の神秘式だろう。ありがたい。俺個人でも頑張れば飛行はできるが、あれはまともに戦闘ができなくなるほど集中力がいる。これなら、飛びながら戦うことも自由自在だ。
これに、いつもの魔法での跳躍も加えればかなり素早く動けるはず。
「クルト、先に王都に行ってください」
「いいのか? ……今も魔獣がこちらに迎撃にやってきているが」
俺達の存在に気づいたのだろう。
王都方面から、大量の魔獣がこちらに迫っていた。
「問題ありません。私の敵ではありませんから。……王都周辺の魔獣を蹴散らして民を壁の中に入れたら、私も加勢に向かいます」
「了解。……ホント、避難先が包囲されてたからって、敵を倒しながら突き進んでそのまま避難させるなんて、馬鹿げた作戦だな」
「馬鹿げていても、やるしかないのですよ。……武勇神ヴァロヴィクトル、聖光神ルクスレスティア、器具神テルムトゥール、三柱の神威を以て、我に人々を救う力、光輝の武具を与え給え」
言葉の直後、アステミリスは光に包まれた。
そして、光が消えると、アステミリスは武装していた。
光でできた、半透明の鎧、盾、槍。
神威で形作られたそれらが、圧倒的な力を帯びているのがわかる。
「ぐっ……」
しかし、アステミリスは辛そうな声を漏らした。
神秘式の負荷によるものだろう。戦意はあるが、顔色は良くない。
それでも、すぐに体勢を整え、向かって来る魔獣たちに鋭い視線を向ける。そして、迫ってきていた魔獣たちの第一陣に向け、アステミリスは盾を掲げた。
すると、半透明の光の膜が現れ、俺達を……後ろにいる兵や民衆も全員含めて包み込む。
魔獣の先頭が光の膜に衝突する。しかし、光の膜は小揺るぎもせずに魔獣達の突進を跳ね返した。
「光よ、我が敵を滅ぼせ!」
アステミリスの言葉と共に、敵に向かって構えた盾が輝く。煌めく。
そして、盾から衝撃波……いや、光の波動を放った。
その光は触れた魔獣たちをことごとく滅ぼしながら広がっていく。
……いや、攻撃も盾なの? そこは槍じゃないの?
「クルト、行ってください」
「了解」
言われるまま、俺は魔法を併用して跳躍する。
自分の魔法込みの跳躍に加え、神秘式による高速飛行も付いている。
俺は一瞬で王都の外壁に到達した。
外壁の上では、兵士たちが魔獣たちと決死の覚悟で戦っている。
俺が跳躍したぐらいのタイミングから、どうも王都内にも魔獣が侵入したらしい。切羽詰まった状況だ。
おそらく、既に犠牲者も出てしまっているだろう。
考えるまでもなく、魔法を展開する。
出し惜しみはない。全力で魔法を展開し、連打した。
一撃につき一体、確実に仕留めていく。
とりあえず見える範囲で兵士に襲いかかっていた敵を倒したあと、俺は外壁上に着地して兵士に声をかけた。
「王都の中は任せろ」
言うまではちょっとカッコつけ過ぎかと思ったが……声をかけたら自分の覚悟も決まった。
もしかしたら、死を覚悟しながら戦っていた彼らを見たからかもしれない。
彼らの守ってきた人々を、ちゃんと守り抜かせてやりたい。
無論、既に犠牲は出てしまってはいる以上、残念ながら犠牲ゼロとはいかない。
それでも、だからこそ……これ以上、殺させない。
意志を研いで、跳躍する。
後方で轟音が轟いた。感じるのは光の神威。
アステミリスは派手にやっているらしい。
なら、こっちも派手にやろう。
魔獣相手は慣れている。こちとら五年間、魔獣に囲まれながら生きてきたんだ。
読んでくださり、ありがとうございます
以下投稿予定です。
4/19は12時と20時に投稿予定。
4/20以降は1日1話、20時投稿予定。




