第十話 魔獣を究明せしもの
「うーん! 流石はボス特製の呪宝珠! 凄まじい純度! 密度! 半年もの時間をかけてボスが呪いを凝縮したのですから、当然と言えば当然ですが、それにしたって素晴らしい! どんな魔獣も生み出し放題! んー! 流石に最初の大魔境活性化ということもあって、ボスも気合をいれておられる!」
悪魔族の男が、軽やかに踊るように歩きながら愉しげに笑っていた。
周りには、数体の巨大な魔獣。
そこは王都の中央広場。
現れた魔獣たちは即座に近くの人々に襲いかかり、犠牲者を生み出していた。
広場にいたのは、多くが負傷して戦えなくなった兵士たち。
戦えずとも命に別状のない兵たちは中央広場張られたテントに集められていた。……負傷兵が担ぎ込まれる施療院も神殿も、もはや人が入る余裕がなかったのだ。そのため、神殿や施療院には重傷者のみを入れ、命に別状のない者達はこの中央広場のテントで処置を受けていた。
他には負傷兵の治療を行う医師や神官、炊き出しを行う女性なども集まっていた。
恐怖と絶望が満ちる。
人手不足のこの状況でなお、前線から退くことになったような兵たちだ。
その大半が足や腕、あるいは目など何かしらの重要器官を失った者たち。加えて疲労も抜けていない。
そんな彼らが抵抗できるはずもない。
魔獣たちは紙くずのように人々を蹂躙している。
響き渡る悲鳴を、悪魔族の男は心地よさそうに聞いていた。
漆黒の宝珠を撫でながら。
だが、突然悪魔族は顔を北西へ向けた。
「……もう天啓の聖女が来たのですか? あの小娘は一度処刑を受け入れた後に復活してからやってくるという情報でしたし、復活にかかる時間を考えればあと数日猶予があると思っていたのですが……はぁ、困りましたね。この王都を落としてから、万全の準備を整えて迎え撃つつもりだったのですが」
遠くで神威を帯びた光が降り注いでいる。
それは、悪魔族に敵対者の到来を告げていた。
悪魔族はため息をついて、周囲を見渡した。
「ま、こちらにはこの宝珠があります。なんとかなるでしょう。……せいぜい、あの小娘が来るまでは愉しませてもらいますか」
言って悪魔族の男が視線を向けた先。
巨大なトカゲのような魔獣が、また一人の男に襲いかかる。
その男の恐怖に歪む表情を見て、悪魔族の男は愉悦を隠すことなく笑った。
パァン!
突然の破裂音と共に、トカゲ型魔獣の頭が消し飛んだ。
直後、更に破裂音が連続し、周囲の魔獣達が容易く屠られていく。
「強くてでかいのばかりだったが、その分まだ対処できる程度の数だったな」
言葉と共に、彼が舞い降りた。
「初めてみる顔ですねー……お前、何者ですか?」
悪魔族が不快さを隠すことなく問う。
「俺の名はクルト。初級魔法師だよ……世界最強の、な」
クルトは言葉と共に、みなぎる戦意を悪魔族の男に向けた。
規格外の強者同士の対峙。
それは、空間が軋んでいると錯覚するほどの圧力を伴ったものだった。
※※※
明らかに魔獣を率いている様子の悪魔族を見て、俺はすぐに理解した。
こいつが、俺達の敵だ。
「クルト……クルト? んー、やはり聞き覚えがないですねー。私、これでも人類の強者は全て把握していたつもりなのですが……クルトなんていう名は、何処の国の英雄にも、一級以上の冒険者にも、当然ながら到達者にも覚えがない。……一級昇格間近の二級冒険者かなにかですか?」
「いや、冒険者の等級で言うと三級だな」
「ふむ。なるほど、雑魚が後先考えず全力で妨害しにきたわけですか。お前が飛んできた方角の様子からして、天啓の聖女も来ているようですね? おそらく彼女の神秘式の補助を受けているのでしょう? あの聖女の補助があるのなら、三級冒険者であっても、あれだけの火力を出せるのは確かに有り得る話だ。いや、それ以外ありえない。……初級魔法の威力上限を超えていたのだって、魔法神の神秘式かなにかで上限を超えた攻撃すら可能にしているのでしょう?」
眼の前の悪魔族は自信満々にズレたことを言ってくる。
そして、その認識を訂正してやるほど俺もお人好しではない。
「さぁどうだろうな? それで、俺には名乗らせておいて、お前は名乗らないのか?」
「はぁ……すぐに死ぬ相手に名乗っても仕方ないのですが……。いいでしょう、光栄に思いなさい。私の名前はディムベス。魔獣の真理を究明した到達者! お前ごときでは届くことのない、この世界の頂きに立つ者です」
名乗った直後、ディムベスは黒い宝珠を持った腕をこちらへ突き出した。
その宝珠から、昆虫型の魔獣が大量に生み出される。
危険度で言えばⅤぐらいか? 雑魚の群れだ。
普通なら、危険度Ⅹの魔獣を一体出すほうが、危険度Ⅴの群れを出すより強い。
だが、俺にとってはこちらのほうが厄介だった。
とはいえ、厄介というだけだ。
問題なく対処できる。
俺は必要十分な威力に抑えた初級魔法を多数展開し、昆虫達を掃討していく。
使うのは火属性初級魔法《火》。……狙う敵の位置によっては《風》。万一外して他のモノに当たるとまずい角度の場合のみ。
俺は【初級魔法詠唱不要】の力で《火》と《風》を使い分け、次々に生まれ出てくる昆虫たちを滅していく。
「ふむ? なかなかやるようですねぇ。少し面白くなってきましたよ? では、もう少し強いのを出してあげましょう。絶望することなく、ぜひとも食らいついてくださいねぇ!」
ディムベスの言葉と共に、生み出される魔獣が変わった。
虎や狼のような四足獣タイプ。それもかなり大きい。
これだと、危険度Ⅶぐらいはあるだろうか?
さっきまでよりは敵の数は減っているが、質が大幅に向上している。
だが、残念ながらそれはこちらに好都合だ。
俺にとっては、さっきの昆虫どもよりも、こっちのほうが断然対処しやすい。
さっきよりも火力を上げた初級魔法を使う。
いつも通り、破裂音とともに撃ち出される超高速の初級魔法弾だ。
俺はこのタイプの攻撃を"弾丸型"と呼んでいる。
初級魔法特有の小さな魔法陣を多数展開し、それぞれから"弾丸型"を撃ち出す。
一発一発が緻密に調整した中級魔法並。
それらを雨のように撃ち降らせ、獣型の魔獣たちを殲滅する。
「ははは! いいですねぇ! では次です!」
言って今度は、危険度Ⅸ程度の魔獣を生み出してきた。
だが、その手品はもう飽きた。
一体毎に姿の違う魔獣五体。生み出されたのとほぼ同時に、その五体の脳天を"弾丸型"の初級魔法で消し飛ばす。
「は?」
「なぁ、魔獣の真理を究明した到達者だとか、俺じゃ届かない世界の頂きとか言っていたが……こんなもんなのか?」
「……なんだと?」
ここに来る前にディムベスの情報は聞いている。
例えこいつが反応できない弾速の一撃で頭を潰してやったとしても、こいつは殺せない。
……俺の奥の手なら殺せるだろうが、あれは下手すると周囲に余計な被害を出す。
だから今やるべきは、周囲に被害を出さずにこいつを殺せるアステミリスを待つこと。
そして、その間周囲に被害を出さないこと。
だから、こいつのヘイトを集めるため、挑発する。
今最悪のパターンは、俺以外の人間に攻撃を向けられること。
それをさせないために、俺に意識を向けさせる。
「……聖女の補助頼りのゴミの分際で……私を下に見たか?」
「そうだよ。聖女様の敵というから警戒していたが……拍子抜けだね」
「ゴミの分際で粋がるなよ!!!」
悪魔の叫びとともに生み出されたのは一体。
巨大な三ツ首の竜のような魔獣だ。
感じる圧力は……危険度Ⅻ相当か。
つまり、一体で国が滅ぶような怪物。英雄と呼ばれる実力者や特級冒険者でも単独では勝てないレベルだ。
「人を核にしなくとも、危険度Ⅹオーバーを生み出せるんだな」
「はぁ? ああ、あの小娘共に会ったのか。どうせあの聖女が助けたのだろう? ……いや、そうか、あれを見て、私が強い魔獣を生み出すには人間を核にする必要があると思ったわけか。ははっ! お前が粋がっていられた理由はそれか! 私が雑魚しか生み出せないと思っていたんだな? はははっ! 残念だったなぁ! 私の手元には我らがボスが生み出したこの宝珠がある! これだけ高純度かつ高密度の呪いがあれば、人間を核にしたりする必要なんてないんだよ! さぁ、無惨に殺されてしまうがいい!」
ディムベスの言葉と共に、魔獣が動き出す。
まずいな、挑発しすぎた。
これだけ巨大だと、少し暴れるだけで周りに被害が出る。
仕方ないので、攻撃の威力の面では本気を出すとしよう。
ギアを上げる。
固有回路に、高密度かつ膨大な量の魔力を流し込む。
同時、物理空間上の魔力を制御し、自分の周囲を覆っていた魔力の形を変える。
魔力を三本の角のように突き出す。
魔力を目で見ることができる者がいたら、今の俺は自分を覆う丸い殻から三つの突起を突き出しているような形に見えるだろう。
その魔力の角の先は三ツ首魔獣の頭だ。
「はっ! そんなハッタリが効くかゴミがああああ!」
突起に向けて弾丸が撃ち出される角度で、魔法陣を展開する。
展開した魔法陣に、膨大な量の魔力を注ぎ込む。
生み出されるのは風の塊。
その塊の密度を操作し……地球における銃弾のような形に整える。
この世界の初級魔法は、元来撃ち出す弾の形状を変えることはできない。
だが、弾の密度を操作することはできる。
これはその密度操作を、弾の中心だけでなく部分毎に行うことによって、擬似的に形状を変化させる技術だ。
……俺のオリジナル技術である。
無論、これで形を変えた弾は、密度の偏りができる。
だから、密度の偏りを考慮した上で、可能な限り高い威力を発揮する形状を模索して研究した。
その研究の末の形状で、超圧縮した風の弾丸を作り出す。
その弾丸に回転を与える。ジャイロ効果を生むための回転だ。
初級魔法の効果の一つである速度付加。それを弾丸の回転方向に限定して与える。これもまた、俺のオリジナル技術だ。
魔力の突起は銃身だ。
発動した魔法は、自身の魔力圏内であれば、術式の制御を受け付ける。
つまり、術式による速度付加は初速だけでなく、魔力の範囲内であればさらなる加速や、進行方向の修正が可能なのだ。
銃身となる突起の長さ分だけ、弾丸を加速させ、また、あらぬ方向へ飛んでいくことを抑制する。
これが、俺の初級魔法において最高の命中精度と貫通力を持った使用方法。
"穿弾型"だ。
「撃発」
言葉と共に、迫りくる三ツ首竜の頭蓋に、回転する弾丸を撃ち出す。
耳元に耳栓代わりの《風》を展開。その風を滞留させていなければ、間違いなく鼓膜が破壊されていたであろう轟音が響いた。
危険度Ⅻは国家を存亡の危機に陥れるような怪物だ。
この三ツ首竜も、感じる圧からして生半可な戦技や魔法では傷一つつかないだろう。
精鋭の魔法部隊であっても、上級魔法での攻撃は諦め、複数人で最上級魔法を詠唱する方針を取るはずだ。
そして、仮に最上級魔法が発動できたとしても、一撃で倒せるとは思わないだろう。
最上級魔法を何度も何度も打ち込み、更には神秘式の補助を受けた精鋭の兵士が闘気を振り絞って高火力の戦技を使い、その上で数多の死者を出しながらなんとか勝てるかどうか。
あるいは、特級冒険者や英雄たちが複数人でパーティを組み、常識を逸脱した攻撃力を巧みな連携で繰り出し続けて倒す怪物。
そんな相手だ。
初級魔法で倒そうなどというのは、狂気の沙汰どころの話じゃない。
で? だからどうした?
「はぇ?」
ディムベスの間の抜けた声が響く。
さもありなん。
そんな間抜けな声が出ても仕方がないほど、驚愕すべき光景だったのだから。
初級魔法は自身の魔力圏内では密度を変化させることができる。……初級魔法に限らず、術式自体に密度指定が無い射出型魔法は基本的に同様だ。
そして、自身の魔力圏から出た射出系の魔法は、一定以上の衝撃が加わるまでは密度を維持する。逆に言えば、衝撃が加わると密度維持が終わる。
つまり、俺のように超高密度で圧縮したなら、その弾丸はあたった瞬間に爆発を起こす。
これについては"弾丸型"でも同じではある。……同じではあるが、今の眼の前で引き起こされた光景は、これまでとはインパクトが違う。
圧倒的な密度と速度で突き進んだ俺の初級魔法は、巨大三ツ首竜の鱗も骨も容易く貫通した。
無論、当たった瞬間に密度が戻り始めるが、弾丸の形がほどけるまでに、その圧倒的な速度で頭蓋の内部まで侵入した。
そう、高密度の風の弾丸が、頭の内部にまで。
そして、そこで圧縮されていた風が解放される。
結果的に、密度が戻り爆発的に体積を増した《風》の弾丸は、巨大三ツ首竜の頭蓋を内側から爆散させたのだ。
それも、三つの首を、全て同時に。
「で、いまのが奥の手なのか? 魔獣の真理を究明した到達者様?」
呆けた表情の悪魔に、俺は好戦的な笑みを浮かべた。




