第六話 蠢動する闇
半年前
クラーデ王国北部のとある村。
その日、その村は滅んだ。
「いやぁ、流石はボス。凄まじい呪いですねぇ」
村のあちこちで黒い淀み……目に見えるほどの濃度を持った呪いが、大地を蝕んでいた。村人の死体と思われる物体も、いずれも高密度の呪いに覆われてしまっている。
その呪いは、どうやらボスと呼ばれた、全身に紋様のある青い肌の男によって生み出されたらしい。
彼の種族は呪紋族。この世界で最初に生まれた魔族とされる種族だ。
最も呪いに近い種族であり、生殖能力が極めて低い代わりに寿命がない。つまり、外的要因以外では死なない種族だ。
その彼をボスと呼んで声をかけた男は、頭にヤギのような角を持ち、臀部からは先がスペード型の尻尾が伸びている種族、悪魔族だ。
「俺に世辞はいらん。そんなことを言う暇があったらやるべきことをやれ」
「ええ、ええ、もちろん。私の仕事をさせていただきますとも!」
悪魔の男はそう言うと、近くの呪いの淀みに手をかざした。
直後、呪いの淀みが無数の小さな獣型の魔物……魔獣に変わっていく。
「いやぁ、ボスの呪いは純度が高くてやりやすいですなぁ!」
「当然だ」
そう言う間にも、悪魔の男はどんどん呪いを魔獣に変えていく。
ときに大型の獣形、ときに昆虫型、ときに鳥型……様々な魔獣が生まれていく。
「さてさて、我が愛子たちよ、お前たちは南に向かいなさい。途中にある人間の集落は滅ぼしつつ進むこと」
悪魔の言葉に従い、魔獣たちは移動していく。
その魔獣たちの強さは概ね危険度ⅣからⅦ。どの程度かというと、危険度Ⅳは一対一だと四級冒険者では敗北する可能性が高い。Ⅶにもなると二級冒険者と一対一で互角。
それらの魔獣たちが群れをなしている現状は、クラーデ王国のような小国では対処困難。端的に言えば国家存亡の危機である。
「で、ボスの方はどうです? 見込みありそうだって言ってた小娘達への仕掛けはできましたか?」
「ああ。ちゃんと、死ぬことのないように組み込んだ。目を覚まして確認でき次第、発動させる」
そういった呪紋族の前には、二人の人間の少女が寝かされていた。
一人は短い赤髪、もう一人は長い茶髪が特徴的な少女だ。
二人の体には、怪しげな紋様が描かれていた。それこそ呪紋族のような紋様が、全身に描かれている。……今の二人は服を着ているが、おそらく服の下にも描かれているだろうことが見て取れた。
「ああ、いいですねぇ! ……それで発動した後は私の力で魔獣になっていただくと。なかなかに強力な個体になってくれそうだ!」
そういった悪魔男の声がうるさかったのか、少女たちのまぶたが動いた。
二人の少女が、目を覚ます。
目を覚ました直後、赤髪の少女が呪紋族の男を見て、即座に拳を振り上げ飛びかかった。
それを、男は片手で弾き飛ばす。
「かはっ!」
「リルカちゃん!」
茶髪の少女が、弾き飛ばされた少女に駆け寄る。
だが、駆け寄った直後に、弾き飛ばされた赤髪の少女リルカは、立ち上がって再び呪紋族の男に殴りかかるため駆け出した。
……否、駆け出そうとした。
リルカは駆け出そうとした姿勢のまま、まるで体を石にでも変えられてしまったかのように、完全に静止してしまっている。
「フン、娘……お前はリルカというのか」
「うるさい黙れ! 父さんや母さん、それにみんなの仇! 殺してやる!」
身動きが取れないままの状態でも、リルカの殺意は衰えない。
体が動かず、明らかに実力も及んでいない。にも関わらず、その目にはあたかも視線だけで殺してみせると言わんばかりの殺意が込められていた。
「ハハハッ! やはりお前は面白いな! 普通の人間は、このような状況では絶望し恐怖するものだ。お前のような幼い小娘であればなおさらな。……にも関わらず、お前は俺への復讐心のほうが圧倒的に強い。素晴らしい個体だ」
それまであまり感情を見せなかった呪紋族の男が、心底嬉しいと言うように、笑いながら言った。
それが癇に障った少女が更に怒る。
「何が素晴らしい個体だ! ふざけるな!」
「ふざけてはいない。重要なことだ。……お前の後ろの小娘も、恐怖心が薄く珍しい個体ではあるが、お前ほどの面白さではないな。……やはり、メインはお前にすべきだろうな」
そう言って、呪紋族の男は少女に手をかざした。
直後、二人の少女は共に、苦痛に顔を歪めた。
体の硬直が解かれたのか、ふたりともその場にうずくまる。
そしてすぐに、リルカは全身から高密度の呪いを発し始めた。もう一方の少女も呪いを纏い始めているが、密度が全く違う。
「リルカといったな。お前には最高純度の呪いを、そしてその種を刻んだ。お前の俺に対する怒りや憎しみはその呪いを育て、世界に呪いを振りまくだろう。そして、世界に呪いが多ければ多いほど俺は目的を達しやすくなる。つまり、お前は俺を憎みながら、俺に手を貸してしまうことになるわけだ。……そっちの娘にも、お前に刻んだものの劣化品を刻んでいる。二人で仲良く、俺の役に立ってくれ」
「あああああ! 殺す! 殺してやる! 死ね! 死ね!」
少女はうずくまったまま吠えるが、呪紋族の男は嗤うだけだ。
そして今度は悪魔族の男が近づいて来て、二人の少女に手をかざした。
「いやぁ、本当に素晴らしい個体だ。これほど呪いに適正のある人間がいるとは! なんとも素晴らしい精神の強さ! 感情の力! 人間であることがもったいない! ……だから、すぐに魔獣にしてあげましょう!」
死ねと連呼していたリルカも、うずくまって苦しんでいた少女も、悲鳴を上げながら、体の形を変化させていく。
少女の悲鳴と、肉体が無理やり組み替えられるバキバキという痛々しい音が響く。
そうして、二人の少女は巨大な異形と化した。どちらも、竜のような翼が生えた巨大な猿のような姿。先程までの少女としての可愛らしさなど何処にもない。
「おお! 素晴らしい! この二体なら、このあたりの人間たちを容易く全滅させてくれるでしょう!」
「人間たちの基準で言えば、危険度Ⅹと危険度Ⅸというところか、良い出来だな。……しかも、今後さらなる成長も見込めるか」
異形と化した二人の少女を見て、魔族の二人は満足げに頷く。
「ええ! ボスの呪いがどんどん成長していくわけですからねぇ! 半年もあれば危険度一つ分は上がることでしょう! そして、数年もすれば、強い方は危険度Ⅻに至るでしょうなぁ! 良い手駒になりそうです!」
「数年先のことはいい。あと半年もしないうちに、お前に渡す宝珠が完成する。それがあれば、お前の到達権能で直接危険度Ⅻを生み出すことも可能だろう。こいつらはそれまでの繋ぎで十分だ」
「なるほど、確かに。……とはいえ、育ってくれるに越したことはございませんからなぁ」
「運良く育てば使う程度に考えていろ」
呪紋族の言葉に、悪魔族は頷く。
そして、今度は魔獣となった元少女たちに告げた。
「さぁ、お前たち。これから南に向かって移動しながら、目に映る人間たちを殺し尽くしなさい」
そう言われた二体の異形は、一瞬だけ抵抗しようとする素振りを見せたが、すぐに言われた方向へと歩き出した。
「フフフッ。さて、私の力で魔獣となったお前たちは、私の命令には逆らえませんよ。自分の憎む相手の命令に従わされるという事実に怒りを燃やしなさい。その怒りもまた、呪いへと変わり、お前たちの力に、そして我々の糧となるのですから」
悪魔族の男はそう言って嗤う。
それはそれは、愉しげに。
「では、後は任せるぞ。俺はホクマラス砂漠が臨界を迎える半年後に備え、一度戻って準備を整える。お前の宝珠の準備も含めてな」
「ええ、お任せください。クラーデ王国は私と私の魔獣たちで地獄に変えてみせましょうとも。宝珠についてもよろしくおねがいします」
二人の魔族は嗤う。
人類の敵、人類の脅威。
その二つの闇を払う者達は、まだこの国にはいない。
※※※
アステミリスを処刑台から助け出した日の二日後。
「ここがクラーデ王国の交易都市ルーイ……だった場所か。ひどいな」
「ええ。……これはまずいですね。急ぎましょう」
彷徨神様の神秘式の力を使い最速で駆け抜けて、クラーデ王国に到着した俺とアステミリス。
今は高台の上から、一つの街……だった場所を見下ろしている。
セファイルート真王国側の人間に見つからないように、国境は正式な手順を踏まず、関も道もない場所から超えた。
それからまずはセファイルート真王国に最も近い交易都市を目指して移動してきたが……そこはもはや交易都市とは呼べない場所となっていた。
無数の魔獣たちが徘徊し、建物は壊れ、人々の姿は皆無。
もはや救えるものもない。
「行きましょうクルト。……王都がこうなってしまっては、この国は終わりです」
「ああ、急ごう」
俺達は移動を開始する。
多種多様な魔獣の混成軍団。それが魔獣同士で争うことなく人の街を襲っている。
そんな状況を作り出せる存在は尋常なものではない。
まだアステミリスから全ての情報を共有してもらったわけではなかったが、それでもこの国に敵が……魔族の到達者が来ていることが容易く理解できてしまった。
読んでくださり、ありがとうございます
以下投稿予定です。
4/18、19は12時と20時に投稿予定。
4/20以降は1日1話、20時投稿予定。




