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初級魔法師の英雄譚  作者: 藤咲理久
第一章

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第五話 二人の旅路

「ひとまず、あらかじめ用意しておいた装備は回収できましたね。では、行きましょう」


 彼女はセーフハウスに用意してあった保存食……と言っていたが、丸薬にしか見えないそれをいくつか取り、その小さな口に放り込んで飲み込んで、そう言った。美味しくなさそうと言ったら、「そうですね、もっと美味しいものを食べたいです」と言っていた。


 セファイルート真王国王都フェイルートから南に一日ほど進んだところに、セーフハウスはあった。

 アステミリスはここに、各種装備や復活用に用意していた肉体を隠していたらしい。

 それらは知人に運んでもらっていたそうだ。王都でなかなか身動きが取れなかったであろうアステミリスと連絡を取り合い、その目的に協力し、ここまで人に怪しまれずに多数の物品を運ぶ。普通の人間にできることじゃないだろう。おそらく、その知人とやらも到達者だ。


 セーフハウスにあった衣服、装備品を身にまとい、美麗神様の神秘式まで使って髪や肌を整えたアステミリスは信じられないほどの美人だった。その容姿だけで神の奇跡の一端を感じる。

 聖女らしい神秘的な衣装。一本の長い三つ編みにまとめられた銀髪。アメジストのような瞳。……美麗神様も気に入っているのだろうな。


「ホクマラス砂漠を目指すってことは、南だな」


「ええ。とりあえず、セファイルートから出るまでは変幻神様の神秘式で姿を変えて動きましょう。移動も彷徨神様の神秘式を使って最速でセファイルートを抜け、クラーデ王国を目指します」


 クラーデ王国は今いるセファイルート真王国の南に位置する国だ。

 セファイルート真王国よりはかなり小さい国であり、クラーデ王国の南部は人類圏の外縁部となっている。クラーデ王国南から人類圏の外に出て、更に南に行くと黒雪山脈という山脈があり、そこを乗り越えた先に大魔境の一つであるホクマラス砂漠が存在する。


「了解。ちなみに、ミリスはクラーデ王国になにか伝手はあるのか?」


「一応、クラーデ王国の王族や貴族と面識はありますが……現状そういった伝手を使えるかはわかりません」


「処刑から逃げた罪人だから?」


 いくら他国とはいえ、処刑される予定だった逃亡中の罪人が王族や貴族を頼るのは難しいだろう。

 だが、アステミリスから帰ってきた返答は、俺の予想とは違うものだった。


「いえ。私が罪人として囚えられる少し前から、クラーデ王国との連絡が取れなくなっていたのです」


「それって……」


「最悪の場合……既にクラーデ王国における私の伝手は……いえ、下手するとクラーデ王国そのものが存在しなくなっているかもしれません」


「……だから、敵に動きを気取られないためにも、死んだことにしたかったのか」


「そうです」


 なかなか差し迫った状況らしい。

 なにせ、俺やアステミリスにとって敵になる存在というのは……俺達と今後世界の命運を賭けて争うことになる相手ということだ。

 クラーデ王国ぐらいの小国なら、おそらく問題なく滅ぼせてしまう。


「急ごう」


「そうしましょう」


 アステミリスのセーフハウスから出た俺達は、全力で南を目指した。


※※※


「あなたがいてくれて助かりました。……どうやら、現状の私では一人で野営をするのは困難なようでしたから。もし一人旅だったら、野営の準備も全部神秘式頼りになってしまって、休息のはずが逆に消耗する結果になっていたでしょう」


「だろうね。まぁ、聖女として生きてきたのだから仕方ないよ」


 この聖女、野営の知識なんて欠片も持っていなかった。初めてキャンプにやってきた小学生並……下手するとそれ以下だ。

 薪拾いを頼んだら、最初は適当にその辺の木の枝を折って持ってきたし。


「明日には国境を超えますね」


「そうだな。一度、国境付近の街で情報収集とかするか?」


「いえ、それよりも先を急ぎましょう。今一番重要なのは敵に先を越されないことですから」


 焚き火を囲い、携帯用カップに入れたお茶を飲みながら話す。

 野営をして、食事をとったが、休息できる時間はあまり長くない。明日も早朝から出発だ。


「敵、か。……元々敵を警戒していたようだったけど、なにか情報とか持っているのか?」


「ええ。……現在この世界に存在する到達者は十七名……いえ、あなたを含め十八名です。あなたのような例があるので、もしかしたらもう数人いてもおかしくはありませんが、少なくとも人類と魔族双方の生存圏を合わせた中で、まともに活動している到達者は私やあなたを含め十八名。……そして、その中で魔族は七名。この七名の魔族の到達者と、魔族側につくことを選んだ人間の到達者一名の合計八名が敵です」


 想像以上に情報を持っているらしい。

 到達者なんていうのは大抵世捨て人だと思っていたし、だからこそ世界にどれだけの到達者がいるのかなんて知りようがないと思い込んでいた。


 ……それにしても、魔族の到達者か。


「まぁ、魔族ならそりゃ敵になるか。……でも、なんでそんな数までわかるんだ?」


 魔族というのは、邪神の祝福を受けた種族だ。

 一応魔族も魔物の一種という分類ではあるが、通常の魔物とは一線を画す。魔物は基本的に知能が低いが、魔族だけは例外的に知能が高い。また、邪神の祝福を我々人類同様にギフトの形で持っている。


「情報収集に長けた到達者がいるのですよ。……敵にも、味方にも。なので、敵もまたこちらの情報を持っています……あなたに関するもの以外は」


「……なるほど、急いでいる理由はそれもあるか」


「ええ。……他の到達者が動いていない現状なら、敵からは私一人だけがホクマラス砂漠を目指しているように見えるでしょう。その想定で敵が動いてくれるなら、相手の戦力分析を崩せます」


 俺の情報が知られていない今なら、相手の虚をつける。

 アステミリスが死んだと見せかけることに失敗した以上、そのアドバンテージは活かさなければ。


 ……そう言えば、アステミリスは死の偽装を狙っていたが、そのためにわざと自分が罪人として裁かれるような行動をしたのだろうか?


「なぁ、ミリスが罪人として扱われていたのは、敵を欺くために死を偽装しようとして、わざとヘイトを買って、さらに付け入る隙を作ったのか?」


 俺の問いを受けたミリスは、少し考えるようにカップの中を見つめた。

 そして、一口カップに口をつけ、一息ついて答える。


「そうですね。最初の計画はまさしくその通りでした。結果的に、わざとヘイトを買う状況にはなりませんでしたが」


「というと?」


「わざとヘイトを買うまでもなく、見逃せない状況になったのですよ。……魔族の到達者に洗脳されている神官や、欲望を見透かされて利用されている神官がいたのです。そういった、魔族の手先に成り下がった者達を見逃わけにはいかず、処断しました。……その後の対応についてはあなたの言う通り。私は自分の死を偽装するために、わざと隙を晒しました。私の罪を捏造し、追い込もうという動きを無視しました。……魔族に操られていた証拠はありましたが、それでも私を処刑することにした以上、セファイルートの神殿上層部もまずいことになっているのでしょうね。ですが、既に上層部を処断する時間は残っていませんでした。なので、上層部の浄化は諦め、処刑される流れに乗ったのです」


「そうやって、死を偽装する計画は処刑の直前まで行ったわけだ。敵を欺くためとはいえ、よくやるものだ」


 俺がそういうと、何故かアステミリスは辛そうな表情をした。

 そこにある感情は……後ろめたさだろうか?


「確かに、処刑直前まで計画は進みました。……ですが、その死の偽装の理由は、今思うと敵を欺くためだけではなかったかもしれません」


「そうなのか?」


「もし、死を偽装する目的が、敵を欺くことだけだったのなら、おそらく私は、私を助けてくれたあなたにもっと怒っていたでしょう。けれど、そんな感情は湧き上がらなかった。どちらかと言うと、疑問と感謝のほうが、怒りよりも大きかったように思います」


 ミリスは言葉のあと、もう一度カップに口をつけ、ほうと息を吐いた。


「確かに、重要な作戦をぶち壊してしまった割には怒られなかったなとは思っていた。……だがそれなら、他の理由はなんだったんだ?」


 ミリスは今度は空を見上げる。

 輝く星々。俺も釣られて、地球のものとは違うそれらを見上げた。


「おそらく、私は裏切りたくなかったんでしょう」


「裏切る? 誰を」


「私を信じ慕ってくれる民をです」


「……すまない、どういうことだろう。もう少し説明してくれ」


 俺がそう言ってミリスを見ると、いつの間にかミリスもこちらに顔を向けていたらしく、視線がぶつかった。

 ミリスの瞳には僅かな自嘲の色が見える気がする。


「私はギフトを受けた時点で到達者になりました。しかも、私は本来ギフトを与えられる十五の成人の儀と関係なく、十歳の時点で神々から直接ギフトを与えられたのです。今の私が十八ですから、もう八年も前のことですね。八年前、ギフトを受けた直後は、まだ私も幼かった。私は何をすべきなのか、街の外の人々の営みがどういうものなのかもわかっていなかったのです」


 規格外な話だ。神から直接ギフトを与えられるなど聞いたこともない。

 そして、わずか十歳でそんな例外的な経験をし、到達者という人類の頂点の実力者となった。

 あまりに常識外れ。そりゃ、子どもだった彼女が混乱してしまうのも無理はないだろう。


「それからすぐに神殿に引き取られて、聖女としての修行を課されました。本来十年かかるとされる聖女の修行を約三年で終えて、天啓の聖女としてお披露目されたのが五年前。……ふふっ、修行は大変でしたが、他の方が最も苦労されるという神秘式の修行は私にとって最も簡単で、むしろ礼儀作法や教養に関する部分に苦戦していましたね。その後、聖女になってからの私は民のために懸命に聖女としての役割を果たし、毎日毎日神秘式を行使しながら、同時に到達者として未来を模索していました。……そういった日々の中で他の到達者達と交流する機会を得たのです。何名かの到達者の方が私に会いに来てくださって、彼らと様々な情報を交換しました。その結果、いずれ私も立場に縛られることなく動く必要が出てくることを悟りました」


 到達者は世界の命運を背負う立場だ。それは到達者の立場になったときに理解できるもの。……しかし、アステミリスは到達者になったタイミングが幼すぎた。だから、到達者として必要とされる行動を理解するのに時間がかかったのだろう。……あるいは、頭で必要だろうと想像していたが、他の到達者に出会うまで、実感を得ることが出来ていなかったのかもしれない。


「私が自らの死の偽装を考えたのは二年ほど前。立場に縛られず動く方法を悩んだ末、この方法を取ることにしました。当時はまだ魔族の影は……おそらくありませんでした。しかし、極めて残念なことに多数の腐敗の根は既に蔓延っていたのです。なので当時は、その根をいくつか刈り取ることで高位神官達の不興を買おうと考えていました。……ただ、こんな強引な方法を取らずとも、私はずっと前から聖女という立場を捨て、行動することはできたのです。確かに死を偽装することの効果は大きい。けれど、それ以上に早くから行動を起こすことのほうがメリットは大きかったでしょう。けれど私はそれをしなかった」


「なるほど……そういうことか。案外、普通の人間なんだな、ミリスは」


「……そうですよ。私は元々所詮、ただの街娘ですから。これだけの才能を持って生まれたからには、その責任を果たすつもりですけれどね。……私は、聖女として期待してくれている民を裏切りたくなかった。民の期待を放り投げて前に進むことができなかった。……到達者としての行動が、世界のため、ひいては民のためになることはわかっていましたが……それでも、民に失望されたくなかったのです」


 言葉のあとで、アステミリスはカップの中のお茶を飲み干した。


「このことは自分でも自覚できていませんでした。処刑されれば、既に死んでしまっている以上、それ以降は私が民に直接手を差し伸べられなくても仕方ない。民もそれ以上私に期待することはない。誰もが仕方ないと思ってくれるはずだ。……どうやら、私の中にはそんな浅ましい思いがあったようです。期待を重荷に感じているとは思っていませんでしたし、今もそのつもりです。期待をかけられることに嬉しさもあった。逆に必要とされなくなることに恐怖すらある。……ですが同時に、私は自分が思っていた以上に、期待を裏切ることへの恐怖を感じていたのでしょうね。……私が処刑されれば、民に悲しみを背負わせてしまうとわかっていたはずなのに。私はそこから目を背け、メリットがあるからとそのまま計画を実行した。浅ましくて、愚かですね。最初にあなたに馬鹿なのかと問いましたが、馬鹿なのは私でした」


 焚き火を見つめるアステミリス。

 瞳には自嘲の色がまだ残っている。


 なんというか、真面目だな。


 俺はお茶のはいったケトルを持って立ち上がり、空になったアステミリスのカップに注ぐ。

 彼女は少し驚いたようにこちらを見上げる。


「別にいいと思うよ。俺はむしろ、親近感が湧いた。聖女としてではなく十八歳の女の子としてのミリスも大事だろう。……民衆からの期待を負って立つのは、聖女としてのミリスにとっては当然であっても、十八歳の女の子としてのミリスにとっては恐ろしいことで普通だ。愚かであることも、聖女としてのミリスには許されなくとも、十八歳の女の子としてのミリスには許される」


「……聖女としての私に許されないのなら、それは許されないということなのでは?」


 アステミリスは軽く笑いながらそう問いかける。

 俺はそれに笑って答える。


「聖女のミリスは死んだ。処刑されていなくとも、もうミリスは聖女じゃなくて罪人扱いだ。だから、十八歳の女の子としてのミリスを優先していいだろ」


「でも、私は到達者です」


 それこそ、気にする必要はない。

 俺はお茶を一口のんで告げる。


「到達者と聖女はイコールじゃないだろ。ミリスは、聖女として世界を救いたいわけじゃない。世界を救える立場に立った一人の人間として、この世界を救いたい。違うか?」


 俺の言葉に、アステミリスは驚き、目を見開く。


「それは、そうかもしれませんね」


「きっと、聖女という責任の重い立場と、到達者という責任の重い立場。そして、幼い日にその両方の立場を同時に与えられたこと……正確にいうと、聖女になったのはもっと後かもしれないが、到達者になったのと同時期に聖女となるよう修行を課されたんだ。それが、ミリスの中で聖女と到達者をイコールで結んでしまっていたんだろうさ」


「……最初にあなたに馬鹿なのかと訊いたことは、本格的に謝罪しなければなりませんね」


「いいさ。俺もあれで緊張がほぐれたしな」


 そう言って微笑むと、アステミリスも微笑みを返してくれた。

 俺達は同時にカップに口をつける。


「ただ、それでも私は、聖女であることから逃げるつもりはありません。私は、聖女としての責務も果たします。人々に期待に、応えます」


「真面目だな」


「いえ、聖女でなくなることが怖いだけですよ。必要とされ、期待されていないと怖いんです」


 ……アステミリスは、自身の価値を他者からの評価に依存している部分があるのかもしれない。

 なにか、強迫観念のようなものがあるのかも。

 だが、同時に期待を気付かぬ内に重荷と感じる部分もある。人の心というのは、本当に単純じゃないな。


「そうか。……なら、たまにでいいから、ただのミリスに戻るときをつくるといい。期待されたいと思っていても、重荷になるときだってある。そんなときは、ただのミリスとして、期待なんか気にせず生活して、大丈夫になったらまた背負えばいいんだよ」


「……ありがとうございます。そう言ってくれて、心が軽くなりました。……それから、もう一つ。改めて、心から感謝します、クルト。あなたがあの場で助けてくれたお陰で、民たちを悲しませずに済みました」


「どういたしまして。それじゃ、もっと良かったと思ってもらえるように、今度は死の偽装以上の働きを見せてみようか」


「ふふっ、ええ、よろしくお願いしますね」


 そうして、夜は更けていく。

 数多の危険があるファンタジー世界の野営。……それにも関わらず、その夜はとても穏やかだった。

読んでくださり、ありがとうございます


以下投稿予定です。


4/17 20時投稿開始。5話同時投稿。

4/18、19は12時と20時に投稿予定。

4/20以降は1日1話、20時投稿予定。

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