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初級魔法師の英雄譚  作者: 藤咲理久
第一章

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第四話 到達者の盟約

「そろそろ降ろしていただけますか?」


「ん? ああ、そうですね」


 聖女を抱えたまま逃亡した俺は、既に王都からかなり離れた森の中にいた。


 既に追手は振り切っている。問題ないだろう。

 抱えていた聖女を降ろす。


 降ろしたと同時に、聖女はこちらにジト目を向けてきた。


「あなたは馬鹿ですか?」


「はい?」


 いきなり馬鹿と言われた。


「あなたは馬鹿ですか、と訊いています。処刑されようとしている罪人を助けたりして、今後あなたはお尋ね者ですよ?」


「まぁ、確かに馬鹿かもしれませんね。なんで助けたのか自分でもよくわかりませんし」


「自分でもわからないんですか? やはり馬鹿?」


 呆れた顔で言われる。

 うーん、ちょっと辛辣。


「まぁ、あえていうなら、あなたが綺麗というか美しいというか……あなたみたいな人が死ぬべきじゃないと思ったから、ですかね」


 ちょっと気恥ずかしくなるセリフだが、本音だ。

 その言葉を聞いて、聖女は照れもせずに、若干困惑しつつこちらに一礼した。


「……はぁ、そうですか。わかりました。そのお気持ちには感謝します。……ですが、少し無駄なことをしましたね。私はあの場で処刑されてもすぐに復活する予定でしたから」


「は? 復活?」


 流石に驚く。復活なんて突拍子もなさすぎる。


「ええ。他の神官たちにバレないように、生命神様の神秘式で肉体を用意していたんです。あとは、私が死ぬ瞬間に魂魄神様の神秘式を行使して、用意した肉体を依り代に復活するつもりでした。私なら、神威(しんい)の消費こそ重くなるものの、詠唱無しでも神秘式を行使できますから」


 神秘式。

 それは神々の力を一時的に借り、運用する力である。

 魔法とは仕組みが違い、神々の力である神威を用いて行使される。

 ちなみに、神威は神に祈りを捧げることで、身に宿すことができる。ただし、適性のあるもの以外は身に宿せる神威の許容量はほぼゼロ、扱うことも困難という、かなり限られた者にしか扱えない力だ。

 神託系ギフトの持ち主は、自身が神託を受けることが可能な神の力について、容量も制御も極めて適性が高い。そのため、実質的に神託系ギフト持ちは神秘式使いと認識される。


「……なんで、そんなことを? それだけ高度な神秘式が使えるなら、処刑される前に逃げることもできたでしょう?」


「簡単です。私という存在が処刑された事実を作るためです。逃げれば追手がかかりますし、私が動いていると警戒されることになる。処刑されておけば、自由に動けますし……敵に私が死んだと思い込ませることもできる」


 死を偽装するために逃げなかった、ということか。

 ……それは、つまり──


「……となると、私は余計なことをしてしまったみたいですね」


「ええ、確かに余計なことですね。ですので、埋め合わせをお願いできますか?」


 一瞬聖女は目を伏せたあと、こちらに微笑みを向けた。


「埋め合わせ?」


「ええ。先程の動きからして、あなたはなかなかの実力者の様子。ですので、私の目的に付き合ってほしいのです。……どうせ、国内ではあなたも指名手配されるでしょう。この国での活動は困難になります。それに、後先考えずにあんなことをした以上、それをやっても困らない程度には予定が空いているのでしょう?」


「まぁ、そうですね」


 今後、絶対必須の予定があるというわけではない。

 彼女の目的とやらに付き合っても問題はなかった。


「では、私の目的に付き合ってください。……というわけで、天啓の聖女アステミリスです。今後ともよろしくお願いします」


 言いながら一礼。

 ……この五年で忘れていたけれど、そういえばこの世界はお辞儀をよくやる文化だった。特に聖職者はかなり深くお辞儀をする。

 その所作が、これまた美しい。……みすぼらしい服装なのがもったいない。


「わかりました。私の名前はクルト。三級冒険者です。……こちらこそよろしくおねがいします」


「三級? 一級かと思いました」


 俺の自己紹介を聞いた聖女が首をかしげる。

 当然だろう。今の俺の実力は余裕で一級レベルだ。というか、昇格の機会さえあれば例外的な立場である特級にだってなれるはずだ。


「この五年魔境に籠っていたんですよ。だから昇級の機会がなかったんです」


 俺の言葉を聞いて、アステミリスは表情を変えた。


「……魔境? どこの魔境です?」


「ニグルシュ黒樹海ですが?」


「ニグルシュですか。なるほど……魔境はどんな様子でした?」


「この五年の間、じわじわと魔物が強くなっていましたね」


「やはりそうですか。……時間がありませんね」


 考え込む聖女。

 ……その様子と、わざわざ魔境について確認してきたことから、彼女について一つの推測が浮かぶ。


 もし俺の考えがあっているなら、彼女の目的というのは……うん、俺はその目的に巻き込まれるらしいし、直接確認するのが手っ取り早いな。


「それで、目的というのは?」


「はい。あなたには、私と一緒に十大魔境の一つ、大魔境ホクマラス砂漠に赴いて欲しいのです」


 ……どうやら、俺の推測はあたりらしい。


「なるほど。つまり、ホクマラス砂漠が臨界を迎え、大魔獣が覚醒した……あるいは、そうなる直前ということですか」


「ええ、そうで……いえ、待ちなさい。あなた、どうして……」


 俺の言葉に、アステミリスは驚いた表情を向ける。


「私にも、聖女様が抱いている危機感がわかるということですよ」


 アステミリスは目を見開く。

 期待通りの反応に、俺は少し満足した。


「……驚きました。まさか、私が把握していない到達者が存在したとは。魔境で到達したのですね。なるほど。……ですが、それならあなたの実力にも納得です。……ちなみに、どうやってあなたは到達したのです?」


 到達者。

 それは、何らかの分野において歴史上初めて、神の期待を超えた者。

 御伽話などでは神の使いなどと言われることもある。

 誰にも出来ないことを為し、極めて強い力を持つ者達。

 ……そして、到達者は世界の命運に関わる使命を帯びた存在でもある。


 俺はつい最近、その到達者の末席に名を連ねることになった。


「俺は【初級魔法制御力向上】【初級魔法詠唱不要】【初級魔法焦点自在】の三つのギフトを持っています。それらを駆使しつつ、魔境でのサバイバルで実戦を重ねながら、初級魔法を研究しました」


「なるほど、三つのギフト全てが初級魔法系ですか。それで、初級魔法を極めたわけですね」


 アステミリスは納得した様子だが、残念ながら俺はそれに歯切れの悪い応答しかできない。


「……まぁ、そうですね。ある面では極めました」


「ん? どういうことです?」


 俺が到達者である事実が変わるわけではないから、正直どうでもいい話ではある。

 だが、俺が初級魔法を極めていると勘違いされたままにしておいて、後で落胆されるのは辛い。

 気は進まないが説明しておこう。


「私は、初級魔法に関する理論と知識を極めたんですよ。初級魔法という最も単純な魔法を、誰も極めるほどには探求していなかった。私はそれを実戦の中で研究しつくし、初級魔法を完全に理解しただけです。だから、もし仮に初級魔法学という学問があるなら、私はそれを極めたと言えるでしょう。……ただ、技術的には極められていない。というか、初級魔法の研究を始めるまでの私の生き方の影響で、私では完全に極めることは不可能だとわかってしまったんです」


 聖女は俺の説明を聞いて、一瞬だけ呆気に取られたあと、今度は興味深げな表情を浮かべた。


「なるほど。技術は極められていないのですね。把握しました。……とはいえ、極めてこそいなくとも、あなたの初級魔法による戦闘能力が極めて高いことは処刑台から逃げるときの動きからもわかります。あなたが初級魔法の技術を極めているか否かは些細なこと。むしろ、あなたが理論に関する到達点というなら、仲間に初級魔法について指導できるということです。長い目でみればより有用でしょう」


 聖女は納得したあと、そう言って来たのだが……仲間、か。今後仲間が増える予定があるのか? それとも、他に聖女の仲間がいるのだろうか? そして、その仲間達と俺は一緒に行動する前提なのか?

 ……いやまぁ、聖女が俺と同じ到達者である以上、おそらく最終目的は同じだし、やぶさかではないが。

 やぶさかではないが、確認しよう。情緒がないかもしれないが、俺はそういう性分だ。


「……その口ぶりだと、私はあなたとしばらく一緒にいる前提ですか。ホクマラス砂漠までで終わりの関係かと思いましたが?」


「いえ、あなたには私の仲間になってもらいます。あなたが私同様到達者である以上、あなたと私は仲間として一緒に行動すべき……いえ、先に確認が必要ですね。……あなたは世界の未来に何を望みます?」


 ……大事な確認だ。

 世界の未来に望むこと、それが食い違えば……下手するとここで戦闘開始である。


 まぁ、そこまで心配はしていないが。


「人の世の存続。それと……できればこの負債を次の世代に残さないこと、ですかね」


「なるほど。素晴らしいですね。……これで憂いはありません。改めて言います。私の仲間になってくれませんか? クルト」


 そう言って、聖女は手を出しだす。何処か自信あり気な微笑みを浮かべて。

 反射的にその手を取りそうになり、直前で俺は動きを止めた。


「……わかりました、と、言いたいところですが……その前にこちらも聖女様の望みと、到達者になった経緯も教えていただきたいのですが?」


「……そうですね、失礼しました」


 聖女はそう言うと、一度手を引っ込め、その手を胸に当てて語る。


「私の望みは世界の救済。人々の安寧です。……そして、私が到達者になったのは唯一無二のギフトを得たからです」


「世界の救済はわかりましたが……唯一無二のギフト? どんなギフトでもそれだけで到達者になれるとは思えませんが」


 ギフトは神から与えられる祝福。そんな与えられるものだけで神々の期待を超えられるのはおかしいはずだ。

 だが、次に聖女から語られた彼女のギフトの内容は、そんな俺の考えを覆すものだった。


「私のギフトは【全神格神託】。あらゆる神の神託を受けることができるというギフトです」


「なっ……」


 神託系のギフトは神の声を聞くことができるものだ。ただし、基本的には一柱の神にしか対応していない。

 にもかかわらず、全神格存在の神託を受けられるというのは、例外中の例外と言えるだろう。


「私は、この世界で歴史上最も神に近い人間なのですよ」


 その才は怪物とさえ言えるかもしれない。

 おそらく、彼女にそれだけの才能があるからこそ、このギフトが与えられたのだろう。

 つまり、彼女は神々の期待を超えるほど、神々と親和性の高い才能を持っていたということだ。


 ……彼女の仲間になれるのは、俺にとっても幸運と言える。


「なるほど……流石にすごすぎるギフトで度肝を抜かれました。複数の神の高位神秘式を使えるのにも納得です。……こちらからもお願いしたい。仲間として、一緒に戦わせてください」


「ええ、ありがとうございます、クルト。……では、改めてよろしくお願いしますね。仲間となる以上、今後私に敬語は不要です。名前も長くて呼びづらいでしょうから、アステでもミリスでも好きに略してもらって結構ですよ」


「そうですか……いや、そうか。じゃあ、改めてよろしく……ミリス」


「ええ、共に頑張りましょう。クルト」


 共に微笑みを浮かべつつ、手を取り合う。

 この日こそ、俺達の戦いの始まりだった。


 この取り合った手に、世界の命運が掛かっていることは、まだ俺達自身しか知らない。

読んでくださり、ありがとうございます


以下投稿予定です。


4/17 20時投稿開始。5話同時投稿。

4/18、19は12時と20時に投稿予定。

4/20以降は1日1話、20時投稿予定。

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