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初級魔法師の英雄譚  作者: 藤咲理久
第三章

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第十四話(通算第四十四話) 圧倒

 辺りを見渡す。

 恐怖に凍り付いたようにしているミルシー達、斬られて倒れたセルマ、殴り飛ばされたリルカ……少し離れたところのリーシャは辛うじて意識は保っているけれど、酷い火傷ですぐにでも治療が必要だ。


 ……まずは、こいつを潰す。


 俺は吸血鬼(ヴァンパイア)の到達者ニーグルイスを睨みつけた。


「やってくれたな、吸血鬼(ヴァンパイア)


「ふふっ、ちょっと遊んだだけだとも。我にとってはね」


「その代償は払わせてやる」


 怒りのまま、言葉が口から出た。

 その事実を認識し、少し冷静になる。

 熱くなるな、俺。その怒りは無駄だ。……今のこいつにぶつけたところで、労力に見合った結果は得られない。


「できるかな?」


「……いや、勢いに任せて言ったことだが、無理だろうな。……お前、今回も分体だろう?」


「正解だ。この前お前が吹き飛ばした我と同じくな」


 心底、たちが悪い。

 こいつは殺したい。だが、ここで何をやろうとこいつの本体を殺すことはできない。……少なくとも、俺には無理だ。


 ……アステミリスなら、もしかすると出来たかもしれないが、彼女は防衛に就いている。


「今回も、さっさと消し飛ばしてやる。本体の方で首を洗って待っていろ」


「ほう? この我を容易く倒すと言うか。なるほど……ならやってみるといい。この……二十五人の我を相手にな」


 言葉と同時、多数のニーグルイスの分体が現れた。


「〚……侵略せよ(■■■■)我が血(■■■)我が呪いよ(■■■■■)傲慢なる(■■■■)魔法神の(■■■■)肚を犯し(■■■■)奪い写せ(■■■■)〛」


「悠長だな」


 二十五の分体が全員同時に謎の、悲鳴のような詠唱を始めたので、"弾丸型(バレットタイプ)"の豪雨をくれてやった。それも、かなり魔力を込め、威力も弾速も高くしている。"穿弾型(ライフルタイプ)"にこそ届かないが、気楽に撃ってるいつもの"弾丸型(バレットタイプ)"とは一線を画す威力だ。

 それを文字通り雨……豪雨のような密度で連打。信じられないほどにうるさいが、これなら避けきれはしない。

 敵が強者なのはわかっているんだ。対処できないだけの密度で圧殺してやる。


 二十五人の内、五人ほどが足を砕かれ、そのまま弾丸の雨に飲み込まれて消滅した。立ち位置が悪く、逃げ場所がなかったやつらだ。

 他も、腕や腹の一部、場合によっては頭などが抉れている。

 まぁ、すぐに回復するのだろうが、その前に殺せる分は殺してやる。 


 追撃の"弾丸型(バレットタイプ)"をそれぞれ数発ずつ、狙いを定めて撃つ。

 同時、五発程、"穿弾型(ライフルタイプ)"の準備を始める。


「《侵蝕行使(マレドエクセルツィ)》 ──ヴェ」


「マレドエ」


「《侵蝕行使(マレドエクセルツィ)》 ──《(イグン・)ル」


 詠唱途中の分体を、連続で破壊する。


「馬鹿な! こんな密度の攻撃とは聞いてな──」


「なんだ、ディムベスとの戦いを見ている奴はいなかったのか? それとも、伝聞じゃ実際の実力まではわからなかったか?」


 敵到達者を圧倒しているが、所詮は分体。全く圧倒できているという実感はない。

 ただの作業だ。


 分体は多く分けるほど弱くなる。しかも、分けた直後は本体まで弱体化するというおまけ付き。

 想像よりずっとデメリットの大きい能力だ。分体に戦わせて本体は安全な場所にいることができるのは極めて強力だが、使い所を間違えれば価値は大きく下がる。


 まぁ、ニーグルイスの能力を考えれば、数を分ける意味は大きい。なにせ、一体一体が呪いによる魔法行使が行える。そしてその特徴は、その魔法が初級魔法であっても上級魔法であっても、詠唱の長さがほぼ変わらないこと。つまり多数の分身が生み出されれば、大量の上級魔法が、信じられないペースで連打されることになる。

 ……なお、本気なら最上級魔法の行使すら可能らしいが、アステミリスから聞いた話によると、五体以上の分身中は流石に最上級魔法の行使は無理らしい。


 なら、いい。最上級魔法があったなら、もう少し警戒が必要だった。


「《侵蝕行使(マレドエクセルツィ)》 ──《火撃弾(イグン・ルプトブーレ)》」


 展開された敵の中級魔法、その魔法陣の内側、そこにある初級魔法の術式を焦点に、魔法基盤に接続する。


 バチン、という音がした。


「なっ!?」


 驚く分体に"弾丸型(バレットタイプ)"を叩き込む。


 周囲の分体達も魔法陣を展開するが、(つたな)いな。

 こいつが研究していたのは呪いだ。


 こいつにとって魔法は、蹂躙し、強奪し、利用するものでしかない。


 だったら、蹂躙される覚悟ぐらいしていて当然だよな?


「なんだ!? なにが起こっている!?」


 ニーグルイスはようやく焦ってくれたらしい。

 

「「「《侵蝕行使(マレドエクセルツィ)》!!!」」」


「その借り物の魔法、全部砕いてやる」


 下級以上のあらゆる魔法は、その術式の内に初級魔法の術式を含む。

 中級以上なら下級魔法の術式を、上級魔法なら中級魔法の術式を内包する。


 そして……実は、物理空間に他者が展開している魔法は、その魔法と同じ空間座標で焦点を結び魔法基盤に接続することで介入できる。

 複数人での魔法行使などにも使われる技術だ。

 俺が今やっていることは、それだ。


 魔法を発動する時、重要なのはその術式全体で一つのものとして発動することだ。そうでなければ失敗する。

 ……例えば、下級魔法の中にある初級魔法部分だけを無理矢理起動しようとすると、術式全体が機能不全となり、強制終了する。


 俺の魔法妨害はそれを利用している。敵の下級以上の魔法の中の初級魔法部分だけを発動することで、意図的に機能不全を引き起こしているわけだ。


 つまり、俺の魔力範囲内で魔法を使いたければ、俺の介入より先に発動工程まで終えなければならない。

 呪いの研究者としては世界最高であっても、魔法の扱いは二流のニーグルイスでは、そんなことできるはずもない。こいつの呪いによる魔法行使は、力づくの暴力的なものだ。それでは遅くて当然だ。


 つまり、俺にとってこいつは、魔力圏内に捉えた時点で敵じゃない。


 周囲の分体達が呪いによって展開した魔法陣を、全て破壊する。

 同時に、初級魔法の弾丸が分体達に炸裂した。


 残る分体は、五体。


「嘗めるなよ! 人間風情がぁ!」


 残った分体達は、血の剣を作り出し、吶喊してきた。

 初手からそれなら……もしくは血の剣や様々な呪いと魔法を交えた戦闘スタイルなら、もう少し苦戦しただろう。というかそもそも、こいつの戦い方の一番の利点は魔法と、呪いによる他の戦闘手段を両立できることだろうに。……無駄に魔法にこだわってくれたおかげで、想定より随分と楽だったな。


「判断が遅いぞ、もう終わりだ」


 向かって来る五体全員の頭には、既に魔力の銃身が向いていた。


 轟音。


 轟く音のあまりの凄まじさに、仲間への被害がないか気になった。


※※※


「済まないな、リーシャ……その体で無理をさせて」


「ううん、私は大丈夫だから、急ごう」


 魔獣を掃討しながら、王都の方角へ進む。


 襲いかかってくる敵は、俺が仕留めるから問題ない。


 既にほかの冒険者達には状況の伝達は済んでいる。

 強敵との戦闘で足止めされていたリーシャたちが最後だった。


 気を失ったままのセルマだけは俺が抱え、残りは皆走っていた。


 襲いかかってくる膨大な数の魔獣を、円盤状にした《(ヴェン)》を高速回転させ、切り裂いていく。


 そうして、ようやく遠くに王都が見えたというところで……


「チッ、面倒な」


 まるで待ち伏せしていたかのような、大量の魔物が襲いかかってきた。


 だが、なんとかなる、ディムベスと戦ったときに比べれば、密度は低い。

 ……だが、問題は、仲間たちだ。

 仕方ない。仲間に被害を出さないため、全力を出そう。

 そう、腹をくくったときだった。


 空から声が降ってきた。


「大変そうじゃな、余が手伝ってやろう」


 上を見ると、エルフの美女が浮いていた。美しい、どこか民族的な印象のローブを纏った美女だ。

 その美女が、長杖の先端を、こちらに向けている。


 あの長杖は焦点具だろう。魔法の焦点を定めるのを補助するものだ。人は本来、手や指の先でしか魔法の焦点を結べないが、焦点具を使えばもう少し自由度が上がる。


 杖を向けられた俺達の足元に、緻密な魔法陣が展開された。

 ……この規模は、最上級魔法だ。


 最上級魔法を、単独で、詠唱無しで行使している。

 なんだこの化け物……?


 こいつが、ベラルマの言っていたエルフの一人か?

 ……そうなると、こいつも到達者か。流石にとんでもないな。


 そんなことを考えた直後、周囲の景色が変わった。


 俺達は一瞬にして、違う場所に移動したらしい。

 空間転移の魔法だ。


「おかえりなさい、クルト」


 眼の前にはアステミリスがいる。


 そして、直後再び魔力の反応がして、先程のエルフも転移してきた。


「さて、アステミリスよ。準備はもう終わったか? 冒険者達の退避は終わったから、最悪、余の魔法でどうにかしてやってもよいぞ?」


「いえ、大丈夫です。私の準備も終わりました」


 準備というのが何かわからないが、アステミリスはいつにも増して凄まじい量の神威を纏っていた。

 全身には、数多の装身具。よく見れば、九大守護神それぞれのシンボルとなりうるものを象った装身具を身に着けている。……そして、首から下げているのは九大守護神全体のシンボルとなる九芒星の聖印。


 圧倒的な神威を纏ったアステミリスが、魔獣の群れに目を向ける。


 既に、兵士たちが魔獣と戦っていた。

 そして今も、山脈から魔獣たちがやってきている。


 それを見据え、アステミリスが唱えた。


「九大守護神よ、その神威を以て、この地に破滅を齎す厄災を祓い、傷ついた人々を癒やし給え!」


 空に、九芒星が浮かんだ。


 アステミリスの体から、膨大な神威が空へ立ち昇っていく。


 輝く九芒星から、優しい光が降り注いだ。

 光を降り注がせながら、九芒星がどんどん広がっていく。

 その光に当てられた魔獣たちは、凶暴性を失っていく。

 さらには、傷ついた人々も、その傷が言えていく。……セルマの斬られた傷も、リーシャの火傷も、リルカの打撲痕も、戦っていた兵士たちの傷跡も。


「帰りなさい、創造神の子らよ」


 アステミリスの言葉に従うように、魔獣たちは山脈へと帰り始めた。

 兵士相手に戦っていた者達すらも。


 ……今の言葉は、本当にアステミリスの言葉だったのだろうか? ……あるいは、いずれかの神様の声だったのかもしれない。


「兵たちよ、去っていく魔獣は捨て置け。他にやらなければならないことも山積みだからな」


 ベラルマの声に従い、兵たちは構えをとき、次の行動に移り始めた。


 アステミリスはその間も、延々と神威を放出し続けていた。

 そうして、とっくに視界に収めきれなかった九芒星が、その端を見ることすら出来ないほどに広がった直後……そのあまりにも大規模過ぎる神秘式は終了した。


 ……更にその直後、アステミリスはその場にしゃがみこみ……そしてそのまま倒れ、意識を失った。

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