第十三話(通算第四十三話) 侵略の呪血
残念ながら、私の攻撃が見切られるのは早かった。
私の武器は、対人戦には向いていない。
何度も何度も攻撃しているが、最初の一撃が掠った以外、ダメージを与えられていない。
「威力は高いが、我の脅威ではないな。武器の性質上仕方が無いのだろうが、大振りに過ぎる。……とはいえ、大魔獣討伐には活躍しそうでもある、か。……なら、未熟な今のうちに刈り取るとしよう」
その言葉の直後、吸血鬼ニーグルイスは大きく跳躍した。
距離を離された! まずい!
「では、野蛮人の小娘、刮目するが良い! 我が偉業を! 〚……侵略せよ、我が血、我が呪いよ。傲慢なる魔法神の肚を犯し、奪い写せ〛!」
詠唱の言葉は、聞き取れなかった。いくつもの声が……いえ、声に限らず様々な音が混ざったような、耳障りな詠唱。それはどこか悲鳴のようでもあった。
ただ、聞き取れなかったにも関わらず、その詠唱の意味するところは理解できた。
これは、呪いを魔法基盤に無理矢理接続、侵蝕させ、呪いによって魔法を行使するための詠唱だ。
「《侵蝕行使》 ──《土撃弾》」
漆黒の魔法陣が展開され、凄まじい速度で土の弾丸が撃ち出された。
発射時には破裂音。クルトさんの初級魔法を思わせる。
逆に言うと、クルトさんの魔法で見慣れているものでもある。しかも、クルトさんなら多数の弾丸を連打するところだろうが、今回飛んできたの一発のみ。
魔法陣が見えた瞬間、射線から外れるだけで躱せる。
このまま、近づいて切り倒してやる。
……この時点の私は、わかっていなかった。こいつの扱う魔法は、ルール無用の反則技だということを。
「《侵蝕行使》 ──《焔嵐》」
吸血鬼の到達者ニーグルイスは、即座に新たな魔法を使ってみせた。
終止詠唱無しで、全く別の魔法……属性も等級も違う魔法を、だ。それも、元来その魔法に付随するはずの詠唱もなく。
思い返せば、かつてこの男の空間転移の魔法を見たときもそうだった。呪いによる行使のための専用詠唱の後、魔法名を唱えたのみ。その魔法本来の詠唱は省略されていた。
火と風の複合上級魔法。広範囲攻撃魔法だ。それを、この男は自分自身を巻き込むのを構わず、私が回復可能な位置で撃ってきた。
ニヤついた男の表情が癇に障る。
……いいよ、食らってあげる。
その代わり、あんたの命を貰うから。
気合とともに、相棒を振るう。
怯みも、後退もしない。
火傷どころではない傷を負うことになるだろうけれど、それも覚悟の上。
全身に器具神様の神威と闘気を纏って、更に防御系戦技〘耐火装気〙を使う。
相棒が吸血鬼の体を断つ直前で、魔法が発動し、焔の嵐が吹き荒れた。
全身が焼ける、焔の光が視界を覆う。
それでも、相棒を振り抜く動きに一切の淀みはない。
全身の力を使って、ニヤつく男の体を切り裂いた。
切り裂かれる瞬間も、男はニヤついていた。
……私の動きが見えていたはずなのに、ニヤついていた。それ以前に、自分を巻き込む位置に魔法を使っていた。
……つまり、このニーグルイスは、本体ではなかった。
両断された体がパシャッと赤い液体に変化し、すぐに焔の熱で蒸発する。
あとには、私だけが、熱量の暴威の内側に取り残された。
私の多重の防御すら越えてきた熱に、私は悲鳴を上げた。
※※※
わかったことがある。
エッボは呪いを使えるようになったが、闘気と併用が出来ない。
あははっ、なぁんだ。
なら、いくらでも、どうにでもなる。
元来、二級冒険者だったエッボと私を比較すると。
闘気の量、闘気の制御技術、戦闘経験、戦闘技術はエッボが上だった。
私が優位となる要素は、戦闘のセンス、魔法と闘気を併用できる特異性の二つ。以前は二つ目のギフトは考慮しないようにしていた。
総合的には、エッボがだいぶ上だった。
だが、今のエッボと今の私の比較だとどうか?
エッボは闘気ではなく呪いを使っている。理由は、エッボの闘気のエネルギー量より、呪いのエネルギー量のほうが多いから。たぶん。
その点は確かに厄介。
でも、呪いの制御は甘い。というか完全に振り回されている。以前魔獣だった私にはよく分かる。エッボの呪いによる自己強化は非効率だ。
これなら、普通に闘気を使われる方がまだ怖い。
挙げ句、呪いを強めるために怒りと嘲りの感情を抑えることなく剥き出しにしている。
それが、戦闘経験と戦闘技術すらなまらせていた。
……つまり、今のエッボは以前のエッボと比べて、スピードとパワーが大幅に上がった代わりに、戦闘技術が劣化した状態だ。
こちらも出力が上がれば、逆に負ける要素がない。
笑えてくる。
これで自分のほうが優位だと思っているんだろうから、余計に滑稽だ。
だからこそ、立場が逆転する瞬間のこいつの顔が、今から楽しみだ。
「はははっ! 上手く避けるじゃねぇか、ガキ!」
やっぱり、まだ自分のほうが強いつもりらしい。
ふふっ、ホント笑える。
そろそろ現実を教えてあげよっかなぁー……!
「《火》」
エッボの顔に疑問符が浮かぶ。
魔法を使うと隙だらけになるのになぜって思ってる顔だ。
ばーか! お前みたいな凡人とは違うんだよ!
すぐに火の弾丸を形成。撃ち出したそれを魔力圏内に留まるように、私の周囲を回転させる。
今の私が闘気を使いながら制御できる魔法はひとつが限度。
でも、この雑魚相手なら十分だ。
「さて、そろそろオジサンに現実を教えてあげないとねー。……オジサンじゃ私に勝てないって」
「ああ? 嘗めたこと言ってんじゃねぇぞクソガキ」
「んー……はっきり言うね? 嘗めてるのはそっち。お前みたいな雑魚、私一人でボコれるから」
怒りで顔を真赤にしたエッボが突っ込んできた。
対する私は、口元に笑みが浮かぶがわかった。
さぁて、どこから痛めつけてあげよっかなぁ。
イメージだけで愉悦を感じる。
これが実現したらどうなるだろう。
さぁ、現実にしよう。
頭に血が登った馬鹿の迎撃だ。
「あはっ」
笑い声を漏らしながら、馬鹿みたいに大振りの剣の間合いの内側に入り込む。吸血鬼の眷属になる前なら、もっとマシだったろうに、馬鹿だねぇ。
完全に内側に入り込んだ私に対し、剣は空振り。そのまま腹に膝蹴りを叩き込んでやる。
自分が強いと勘違いしている馬鹿の顔が苦痛に歪む瞬間をイメージしていると、信じられないほどの力が湧いてきた。
その湧いてきた力を、全て膝に込め、馬鹿の腹に打ち込む。
「ぐぉっ」
みっともない声を漏らして、くの字に折れるエッボの体。痛みに歪む顔が面白い。馬鹿みたい。
突っ込んだ勢いを殺さずに、離脱しつつ……私の後ろを追従してきていた《火》を、膝蹴りを受けて下がった頭に直撃させてやる。
「ぎゃああああああああ!」
「あははっ! なにそのお手本みたいな悲鳴!」
エッボの顔面が焼け焦げる。髪が燃えていく。
もう一発《火》の弾丸を作り、悶えるエッボに再び向かっていく。
そして、苦痛で前後不覚となっているエッボの右膝に〘破砕脚〙を叩き込んだ。
「ああがああああああぁああああ!」
膝が曲がっては行けない方向に折れ曲がる。
なにこれ、楽しい。おもしろっ。
どんどん蹴りの威力も上がるし、体も軽くなる。
「えー? そんな体たらくで私に勝てるつもりだったんですかー? 思い上がりすぎじゃなーい?」
わざと小馬鹿にした声で言う。
苦痛に喘ぎながらも、再びキレてこっちに剣を振ってきた。
吸血鬼の眷属になったからか、体は頑丈だなー。
でも、剣の振り方はやっぱり雑。さっきまではパワーとスピードがあったけど、今は膝が折れててそれもない。……それでも、再生途中か。さすが吸血鬼の眷属。
振られた剣に横から《火》を当てて逸らす。
そして、そのまま左膝にもカウンター気味に〘破砕脚〙。
バランスを崩したエッボが倒れ込んだところに、右膝にもう一度〘破砕脚〙。
「それが全力ですかー? よわーい」
両肘も踏み砕く。もう〘破砕脚〙抜きでも、呪いで強化されているエッボの体を破壊できるレベルになってきた。
最高の気分。
「ほら、認めなよ。自分はルーキーの小さい女の子にも勝てない雑魚ですって」
「ふ、ざけ……」
「ふざけてませーん。……まぁ、言いたくないなら言わなくていいよ? 言いたくなるまで少しずつお前の体、再生した端から踏み潰し続けてあげるから。そのほうが私も長い時間愉しめるし」
そう言って、再び足を振り下ろそうとしたところで……炎が巻き上がった。
……リーシャさんが戦っているほうだ。
リーシャさんがあのレベルの魔法を使うという話は聞いていない。
つまりこれは──
「おいたが過ぎるようだね、君」
いつの間にか、吸血鬼の男が目の前にいた。
そして、いつの間にか私は吹き飛ばされていた。
……やばい、これは、次元が違う。
「ふむ、それにしても……今の君の力、興味深いな? 容姿も悪くない。うん、君を次の実験対象にしよう。魔法を使いながら闘気も使えるというのも素晴らしい。それなら、呪いと魔法や闘気の併用もできるかな? ……呪いで魔法を使う私との相性も良さそうだ。君も、そう思うだろう?」
私がふっとばされたところに、吸血鬼はいつの間にか近づいてきていた。動きが目で追えない。
男は、何を考えているかわからない目で私の目を覗き込み、嗤いながら言った。
だが、私がその言葉に応える前に、頭上から否定の言葉が降ってきた。
……凄まじい破裂音と共に。
「思わないな。お前のような年寄の男が、小さな人間の女の子に手を出すな、気持ち悪い」
吸血鬼は寸前で飛び退った。
飛んできた初級魔法の弾丸は、直前まで吸血鬼が居た場所を通り過ぎ、少し離れたところの地面に当たって炸裂する。結構な風圧を感じた。私もよく知る《風》だ。
「クルト、先生」
「リルカ、お前は休んでろ」
私の横に、私の知る限り、最も頼れる男性が降り立った。……ちなみに、アステ様は最も頼れる女性だ。
クルト先生が来てくれた事実に安心して、私はゆっくり目を閉じた。




