第十二話(通算第四十二話) 嗜虐の誘い
突然メチャクチャ強くなったリーシャさんがエッボ達を倒した。
けど、その直後にエッボの本体と、ヤバそうな男が現れた。
リーシャさんと私以外は、たぶん戦えない。ミルシーさん達は完全に気圧されて戦意喪失状態だ。
……ただ、アリーネさんはなにかの魔法をセルマちゃんに使ってくれているみたい。たぶん、血を止めてくれてる。ありがたい。
そして、あの二人の戦闘は間違いなく私が割って入れる次元じゃない。しかも、あのヤバそうな男は、残念だけどリーシャさんより強い。たぶん。
リーシャさんはこっちを気にする余裕は無いはずだ。
だったら、私の役割はエッボの相手だ。
せめて、邪魔をさせないようにエッボを私が惹きつけておかないと。
……戦闘自体はエッボが割って入れる領域じゃないだろうけれど、人質を取られたりしたら終わりだし。
はっきり言って、エッボは私より強い。
それでも、なんとかして勝たなきゃいけない。
ここで勝たないと、私も、セルマちゃんも、ミルシーさん達も殺される。
なんとか……勝つ方法はない?
──あるじゃん、勝つ方法。
突然、声が聞こえた。
それは昏く、重い印象の……私の声だった。
──勝つ方法なら簡単だよ、私。愉しめばいいんだよ。あの偉そうなエッボとかいうゴミをさ、蹴り飛ばして、痛めつけるところを想像して? 蹴り飛ばされたエッボの顔が苦痛に歪むところを想像して? その想像を愉しんで、その想像を現実にするために戦うの。それだけで、あなたは今より遥かに強い力を使えるよ。
……意味は、わかった。
(あなたは、邪神?)
私には二つのギフトがある。【脚部闘気強化率向上】と【嗜虐増長】。そして、【嗜虐増長】は邪神の介入で無理矢理付与されたギフトだ。
──違うよ? 私はあなた。あなたが抑圧し続けている、あなた自身。
理解した。……私は、ずっと抑え込んでいた感情がある。
みんなの仇であるあの魔獣男を殺したときに感じた、昏い感情。私はそれを押し殺している。
この声は、その感情の声なのだろう。
──私は、私の内にある嗜虐心そのもの。私を心に宿せば、私は今までより強くなれる。ほら、【嗜虐増長】の力、試してみよ? ……アステ様やクルト先生はダメって言ってたけど、仕方ないよね? 今ここにはアステ様もクルト先生もいないんだから。
私の中の漆黒の私が、耳元で誘惑してくる。
それは、乗っちゃいけない誘惑だ……けど、同時に、乗る以外の選択肢がない誘惑でもある。
(でも……)
──でもじゃないよ。わかっているでしょう? 私。私に選択肢はない。アステ様やクルト先生も認める私の戦闘センス。その感覚が、状況を正しく理解させているでしょう? 私を使わなければ、私も、セルマちゃんも、ミルシーさん達も死んじゃうって。
事実だ。
残酷なほど、理解できる。
現状持っている力だけでは、ここにいる仲間は全員死ぬ。
……だけど、それでも私は──
──わかるよ、私。私が躊躇うのは、アステ様やクルト先生に言われたからってだけじゃない。私は、魔獣として人々を蹂躙してしまった。それは私の責任じゃないと言われたとしても、罪の意識が、今もずっと、私の心を覆っている。あんなことをしでかした自分が、戦いを楽しむ……ましてや、嗜虐心を以て、他者をいたぶる悦楽に浸るなんて、そんなことはあってはならない。そう思っているでしょう?
そうだ。あんなに人を殺して、絶望させた私が、戦いを愉しむなんて、そんなのはダメ。あっちゃいけない。
けど、その私の想いに、黒い私が反論する。
──けどさ、それも状況次第じゃない? そりゃ、何も悪いことをしていない人をいたぶったりするのは悪いことだと思うよ? 嗜虐心そのものである私だって、そのぐらいわかる。でもさ……このエッボとかいうゴミみたいにさ、自分の自尊心のために他の人を犠牲にするようなやつなら、いくらいたぶったってよくなぁい?
その言葉に、揺れた。揺れちゃった。
確かに思っちゃった。こんなクズなら、仮に私が愉しんで殺したとしても、誰も困らない。むしろみんな助かるだろうって。
──そうだよ。だから、やろ? どうせ、他に選択肢は無いんだし。
うん、そうだ。
他に選択肢はない。
だから……いいよね? 仕方ないから。
このゴミを、ぐちゃぐちゃにして命乞いをさせる想像を、現実にしてしまっても。
いいよね?
そう思って、私は、私の中の一番大事場部分を、黒い私に明け渡した。
そうして、黒い私を受け入れる。
「あはっ!」
たぶん、私の顔に今浮かんでいる笑顔には、狂気が含まれているんだと思う。
受け入れてみると、すごく、しっくりきた。
体から、力が湧いてくる気がする。
たぶん、受け入れる瞬間は、私は自分に言い訳をしながら受け入れた。
けど、今は、この嗜虐心が、とても自然に、私の心の中心にある。
エッボは怪訝そう。横の男はリーシャさんにしか興味がない。
いいじゃん、お誂え向き。
さぁ、セルマちゃんをあんな目に合わせたゴミを処分しよう。
自分の笑顔が深まるのを感じながら、私は処分すべきゴミに向かって走り出した。
※※※
「あはっ!」
リルカちゃんが奇妙な笑い声を上げた。
それは、なにか愉悦が混じったような声。とても、今の状況で上げるような声ではない。
そして、リルカちゃんがエッボに走り出した。
一瞬呆気に取られたが、すぐに私も走り出す。
リルカちゃんがエッボに勝てるとは思えない。けれどそれでも、エッボ相手なら、まだ戦闘にはなる。
だが、この吸血鬼の男はダメだ。リルカちゃんじゃ戦闘にすらならない。だからこいつは、私がなんとかする。
今回は全力。出し惜しみはない。
私の到達権能は、私と相棒に専用調整された特異な器具神様の神威の活用だ。
魔力は魔法神様の神威を神ならざる存在に使いやすいよう調整したもの。闘気は武勇神様の神威を神ならざる存在に使いやすいよう調整したもの。そう言われている。
そして、器具神様の神威に関しては、一般にそういった調整された力は存在しない。器具神様の神威を感じることがあるとすれば、それは聖女様の神秘式ぐらいだろう。
だが、例外がある。極稀に、極めて完成度の高い武器や、長い年月使われてきた道具などは、器具神様の神威に近い力を宿すのだ。その武器や道具に最適化された形の力として。
私の相棒にも、それが宿っていることを、クルトさんも感じ取っていた。
元来、最適化された器具神様の神威は、ただその武器や道具などを強化するだけで、何か別の力を発揮することはない。
だが、私の到達権能は、その相棒に最適化された器具神様の神威を、強化以外に活用することができる。
魔力を使って魔法を起こすように。闘気によって戦技を扱うように。
しかも、相棒と共鳴した私は、私自身も相棒と同様にその神威で強化可能になった。つまり、闘気と器具神様の神威による二重の強化が可能だ。……元来、魔法と闘気の併用が出来ないように、二種類以上の神威を扱うのは難しいらしい。だが、私の場合、実際に神威を操っているのは相棒のほうという扱いらしい。何も不自由なく二重の強化をかけられる。
更に加えて、到達者となったことで、闘気も相棒の纏う神威も爆発的に量が増えている。
それだけの強化要素を受けた私の攻撃は、そう簡単には防げない。
「はぁぁああああ!」
器具神様の神威の活用も、自由に何でもできるわけじゃない。相棒の扱いに相応しい使い方しかできない。どういう使い方ができるかは、相棒と共鳴している私には直感的にわかる。
今回は仮想質量の付加。振り下ろす瞬間、相棒の質量を爆発的に増加させた。
さらに、闘気を使い戦技〘轟断撃〙を重ねる。
直前まで、吸血鬼は、赤黒い血の剣で防御しようとしていた。
だが、私が振り下ろす瞬間に目を見開き、防御を捨てて回避した。
相棒の刃先が、わずかに、血剣を持つ腕に掠った。
圧倒的な質量と、戦技の力によって、掠った腕を折り砕き断つ。
吸血鬼は千切れ飛んだ腕を庇いつつ飛び退り、私を睨みつける。
さすがは吸血鬼というべきか、千切れた腕はすぐに再生した。……掠ったときに、相棒の質量による衝撃で、肘や肩の辺りの骨まで粉砕した手応えだったけれど……それも再生したようだ。
「……野蛮だな、貴様」
「野蛮で結構。これが、私と相棒の戦い方だ」
相棒を構え直し、吸血鬼と相対した。
吸血鬼の意識は完全に私だけに向いている。
……それならいい。このままこいつを倒して、早くリルカちゃんに加勢しよう。
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