第八話(通算第三十八話) 二級昇格
情報共有の二日後、俺は一人で依頼を受けていた。
二級昇格のための指定依頼だ。
リルカとセルマは"白竜の爪"が面倒を見てくれるということだったので、お言葉に甘えさせてもらった。
「で、こいつか」
眼の前には危険度Ⅶ相当の魔獣。
タイラントベア、熊型の魔獣だ。
ラコニドゥムを囲う山脈ではしばしば見られる魔獣らしく、定期的に討伐依頼が出るらしい。大抵は三級の上位パーティか二級が対応するとのこと。
今回は、三級冒険者パーティが遭遇し、逃げ帰ったらしい。
なお、逃げ帰ったそのパーティも、タイラントベアの討伐実績はあった。しかし、討伐には毎回専用の準備をしていくそうで、他の依頼の途中で遭遇した今回は逃げ帰るしかなかったそうだ。
その逃げる途中で、パーティメンバーの一人が負傷。すぐには討伐に行けなかったらしい。
他の三級パーティも二級冒険者も仕事があり、受けられる者がいなかったところで、今日丁度俺が二級昇格の指定依頼を受けに来たという流れらしい。
……なお、二級と言えば俺達に絡んできたエッボだが……彼はここ数日姿を見かけないらしい。不穏だ。
さて、危険度Ⅶというのは二級昇格試験として見た場合、妥当……とは若干言い難い。二級になるパーティなら簡単すぎるが、二級になる個人なら難しすぎるレベルだ。パーティで討伐しつつ、討伐までの時間や倒し方、剥ぎ取った素材の品質など含めて審査するレベルだろう。
が、俺にとっては簡単すぎる。
襲いかかってきたタイラントベア。
俺の魔力範囲に入ったタイミングで、《土》の針を作り出し、高速でタイラントベアの心臓に撃ち込んだ。俺の魔力範囲内でなら、炸裂させずに済ませることができる。
その一撃で、タイラントベアは倒れ、動かなくなった。
はい、終わり。……まぁ、素材を剥ぎ取ることに気を使わないといけない分、ただ倒すよりは面倒だった。それでも、俺からすると雑魚でしか無い。
その後の剥ぎ取りには流石にそれなりの時間がかかったが、問題なく素材を回収。ギルドへと帰還した。
※※※
「二人共ほんと強いねー、ちょっと自信なくすかも」
「リーシャお姉ちゃん達もすごかったよ!」
「はい、パーティでの戦い方、参考になりました」
今日は師匠ではなく"白竜の爪"の皆様と依頼を受けた。
師匠は二級昇格試験を受けている。
エッボさんには悪いが、師匠が二級昇格ごときで躓くことはありえない。
なにせ師匠は到達者だ。強さのスケールが違う。しかも、ギフトや魔法とは別に、何故か気配を読む能力に長けているので、標的を発見できずに終わるということも無いだろう。
なので、私達はサクッと依頼を終わらせてからは、帰りながらどんなふうに師匠をお祝いしようか考えていた。
「やっぱりまずはお酒だよね!」
「えー、お酒私達飲めなーい」
「リルカちゃん、師匠たちがお酒飲むのは当然でしょ」
「そう言えば、クルトさんの好きなお酒とか知らない?」
アリーネさんに訊かれ、考えてみたが……そう言えば、師匠がお酒を飲んでいるのはあまり見た覚えがない。
「ごめんなさい、わかりません」
「そっかー……クルトさんのこと、もっと知りたいね」
「そうですね」
リーシャさんのその言葉には同意しかなかった。
師匠のことをもっと知りたい。師匠に喜んでもらえることをしたい。
「あれあれー? リーシャもしかしてクルトさんに惚れちゃったのー? ダメだよ? うちのパーティ出ていったりしたら」
「いやいや、無いから。確かにクルトさんは強くて料理もできてすごい人だと思うけど、そんな惚れたりするようなやり取りしてないし」
「えー? そうかなー? 前の護衛依頼のときとか結構絡んでたじゃん。……それに、惚れるときって、別に時間や関わった回数関係無かったりしない? 一目惚れとかだって世の中にはあるんだし」
「それはそうかもだけど……私は違うから! もお! からかわないでね、ミルシー」
そんなことを言っているが、リーシャさんの顔は少し赤い。
……もしリーシャさんが師匠に惚れているなら、ちょっとかわいそうだ。
だって、師匠のお相手はミリス様に決まっているし。
……決まっているよね? あれ? 二人の関係って何なんだろ? 私は勝手に恋人同士だって思っていたけれど、何も確認してなかった。
今度訊いてみよう。
※※※
ギルドに戻ってみると、酒場には"屠竜の刃"の方々とアステミリスが居た。
こちらに手で挨拶してくれたフリオさんに、軽く会釈する。
まずは受付だ。報告しよう。
「はい、確かにいずれもタイラントベアの素材ですね。確認いたしました。状態も良好です。文句なしですね。……では、こちらをどうぞ」
そう言って、受付嬢は二級の冒険者証を渡してくれた。前世のフィクションのようなカード型ではなく、ドッグタグに近いものだ。二級のそれは、名前が彫り込まれているところに赤い塗料が塗られ、更に淵が金色になっている。この赤い塗料はかなり希少なもので、魔力や闘気、神威などを込めると光る特性があったはずだ。
試しに軽く魔力を流すと、やはり名前がぼんやりと赤く光る。
「ありがとう」
二級の冒険者証を受け取ったので、三級の物を返還した。
その後、報酬を受け取って、アステミリス達の待つ席に向かった。
「お疲れ様です皆さん」
「クルト。無事、二級に上がれたみたいだな」
「ええ、おかげさまで」
「余裕だろうから心配はしてなかったがな」
フリオさんも、他の"屠竜の刃"の皆さんも、口々に俺を褒めてくれた。
ここまで褒められると気恥ずかしい。
八年前は、本当にただのガキだったからな、俺。一年間ガッツリ冒険者としてのいろはを叩き込んで貰った。つまりこの人達は、ほぼ素人だった俺を知っている相手なのだ。
そんな人達に、今の自分の実力の一端を示せたのは、なかなかに感慨深い。
話しながら、フリオさんが注いでくれた酒を一気に飲み干す。
「結構良いお酒じゃないですか、これ。もったいない飲み方しちゃったな」
「別に良いだろう。そのぐらい……そんなこと気にせず楽しめ」
嬉しそうにそう言ってくれるフリオさんに、こちらも嬉しくなる。
「というか、昔別れた時、今度奢るって言ったのに……これじゃ逆じゃないですか」
「今日はお前の二級昇格祝いだからな。それなのにお前に奢らせたらおかしいだろ」
そんな話をしていると、再びギルドの入口が開いた。
リーシャたちが帰ってきたらしい。
「あ、もうクルトさん帰ってきてるじゃん! 急いで報告しよ!」
急ぐリーシャ達を眺めていると、フリオさんたちが更に料理を注文した。
「お前の友人達と弟子も帰ってきたか。クルトの知り合いはこれで全員揃ったな? よし、ここからは本格的に祝いといこう」
フリオさんは言いながら、再び酒を注いでくれた。
ちなみに、俺がギルドに戻ってきてからずっと、アステミリスは黙々と食事をしている。
それ以外は一瞬俺に目で挨拶しただけ。
「それにしても、この聖女、本当によく食うな」
何事にも動じないフリオさんが引いていた。そのことにちょっと驚く。
「ええ、いつも俺が作る料理もガッツリ食べてくれますよ」
「お前の料理は美味いからな」
笑いかけてくれるフリオさんに、俺も笑い返した。
そんなやり取りをしていると、アステミリスからは抗議の声が飛んできた。
「……このぐらい普通では?」
「普通ではないな、少なくとも」
料理をしっかりと飲み込んでから、如何にも不服という感じで言ってきたアステミリスに、常識を教える。
そんなやり取りをしていると、リーシャやセルマ達もやってきて、そのまま宴会となった。
祝ってくれてありがとう、みたいな軽い挨拶をして、乾杯。
その後は、この酒場の料理に舌鼓をうった。
そうして、楽しい宴会は夜まで続いた。
……リーシャとセルマから恋バナを振られたときは、どうしようかと思った。アステミリスにもじっと見られていたし、フリオさんはこちらを見て愉快そうに笑っていたし。
……まぁ、それでも、間違いなく楽しい時間だった。
※※※
「クソ! なんでだ! 余所者ばかりがでかい顔をしやがって! あのギルドは、俺達のギルドだったんだ! それを、なんで!」
山中にはいくつもの魔獣の死体が転々としていた。
自分の強さを誇示するように……あるいは、自らの強さを確認するように、節操なく殺し回った跡だ。
魔獣を殺し回っていた男は、二級冒険者エッボである。
彼は依頼も受けず、ただの憂さ晴らしのために山へと分け入っていた。
「クフフッ……面白そうだな。……容姿は残念ながら好みではないが、こういう者を眷属にするのも一興だ」
「誰だ!?」
突然の声に、エッボは驚いた。
油断なく、声の方を警戒して構える。
「そう警戒するな。……お前の気持ちはわかるとも。お前の領域に、余所者が土足で踏み込んできて、目障りなのだろう? どうだ? 我と組まないか? 我と組めば、そんな余所者など、軽く捻り潰せるだけの力を分け与えてやるぞ?」
男の言葉には、何か力が宿っていた。
その言葉が、エッボの心を絡め取っていく。
もしも"屠竜の刃"に出会う前……せめて、クルト達に出会う前のエッボだったならば、あるいは抵抗出来ていたかもしれない。
だが、今のエッボは、心に大きな怒りを飼っていた。
その怒りは、男の言葉に宿っていた力を増幅させてしまった。
そう、怒りは……呪いと極めて相性の良い感情だった。
ラコニドゥム竜砦王国の西、山脈の麓付近。そこから、暗雲がやって来ようとしていた。
「ふふふっ……本当に容姿は好みではないが、こういう性質ならむしろそのほうが良いな。下らなく、愚かで、だからこそ使い捨ての玩具として丁度いい」




