第七話(通算第三十七話) 回想:白竜の爪痕
「で、その兵士さん達に事情を聞いたら、クルトさんが聖女様を連れて行ったと。私達はクルトさんと交流があったから連行するって話だったんだよねー」
「その節は大変ご迷惑おかけしました」
敬語になってしまう。完全に"白竜の爪"を巻き込んだ形だ。
「私も、申し訳ございません。元を辿れば私の事情に巻き込んでしまった形ですね」
アステミリスも頭を下げた。
「いえいえ、クルトさんには言いましたが、そもそも私達もセファイルートを離れる可能性は高かったので、いいきっかけになりましたよ。問題なしです!」
ミルシーの優しさ。それが余計に申し訳なくなる。
……ただ、それはそれとして気になる話がでた。
「そうだ、そのセファイルートを離れようとしていた理由。それも聞かせてくれるってことでいいのか?」
「もちろん! これからその話をしようと思ったから。……これは私達が冒険者になった理由であり、家を離れた理由でもあるの」
リーシャは再び、そう言って語りだした。
※※※
私達の家はそれぞれ親交があった。
皆、神殿勢力と繋がりの深い派閥に属していて、爵位も近かった。
家同士の交流があり、同い年の女子ということで、子供の頃から一緒に遊ぶことも多かった。
……遊ぶ、と言っても十二歳になるまでは貴族の少女らしい遊び方をしていた。
だが、私が十二歳になった頃、ある日突然、両親が豹変した。
目の色が変わったと言うか、生活態度も価値観も塗り替わったような感じだ。
私は、それ以前もやっていた魔法の訓練に加え、戦闘訓練も課されるようになった。
「ちゃんと強くなって、あの方のお役に立つのよ」
事ある毎に両親はそう言っていた。
それは、私の家だけでなく、私達全員の家がそうだった。
教師役の騎士は、私の体を気遣ってくれたが……途中で両親から甘いと言われ、処罰されてしまった。
十五歳までに厳しい訓練を課された結果、祝福を受けるまでに、かなり闘気を扱えるようになった。
そうして、十五歳で祝福を受けた結果、両親から喜ばれた。私だけでなく、ミルシーやアリーネも同様だ。キルスは若干残念そうにされたが「使い道はある」と言われたらしい。
そうして、私達はそれぞれ、あの場所に連れて行かれた。
あの日の夜、私達四人が連れてこられたのは王都の大神殿。
両親はそこで、私達を法衣を着た威圧感のある人物へと引き渡した。
その人物は奇妙な気配の数人の人物と合流したあと、私達を連れて大神殿の裏へ移動。そこにある地下への隠し通路を開き、入っていった。
その奥には、一人の吸血鬼の男がいた。
「ふむ、なるほど、良いね。我の側近とするに値する程度には、容姿は整っているようだ。ただの眷属ならともかく、側近ともなるとある程度見た目の良さは必須だからね」
吸血鬼は私達を見て、嬉しそうにそう言った。
そのとき、私達は理解した。私達の親はこの吸血鬼に魅入られていたのだと。
危機感が募った。
だが、同時に理解もしていた。
この吸血鬼には、自分たち全員が全力で挑んでも勝てない。僅かな可能性すらありはしない。
あまりに格が違う。
私達を連行してきた法衣の人物にすら勝てないと思っていたが、この吸血鬼は更に別格だ。
それは、絶望だった。
そして、私達の絶望した様子にも、吸血鬼は満足げだった。
「いいね、ちゃんと力量差を理解できるようだ。素晴らしいじゃないか。……早速連れて帰ろう。君たちはもういいよ」
吸血鬼の言葉に、法衣の人物と奇妙な気配の人物たちは、頭を下げて退室していった。
それを見届けた吸血鬼は、私達に近づいて、告げた。
「君たちを我の家族として迎え入れよう。なに、怖がることはない。これで君たちは特別な存在になれる。……そう、人間などという愚かで卑小な種族ではなく、我と同じ吸血鬼へと変わることができるのだ。この世界の正統なる君臨者、魔族の一角へとな」
つまり、私達はこいつによって吸血鬼に変えられるらしい。
だが、抵抗の余地はない。
どうしようもなかった。
「さて、それでは君たちを吸血鬼に変えるためにも、まずは移動しようじゃないか。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
吸血鬼は、何か聞いたこともない詠唱をした。様々な音が混ざった、まるで悲鳴のようにも聞こえる奇妙な詠唱だった。
その詠唱は、何か周囲の空間に致命的な変化を与えた……ような気がした。
更に、吸血鬼は続けて、こう詠唱した。
「《侵食行使》 ──《指定空間転移》」
言葉の直後、吸血鬼の目前に魔法陣が浮かんだ。
明らかに、真っ当な魔力で作られたものではない、漆黒の魔法陣が。
そして、私達の視界が変化した。
私達四人と吸血鬼は、一瞬の内に、全く違う場所へと転移していた。
そこはなにか、祭壇のような場所だった。
そして、いつの間にか私達は檻の中にいた。
男だけは、祭壇の中央に立っている。
「さて、我の血を分けるよりも確実かつ、苦痛の無い方法で我が眷属に変えてやろう。喜び給え」
その言葉とともに向けられた粘ついた視線に、怖気が走った。
私達は、この後に、全く別の存在に変えられてしまう。
それは、本能で理解できた。
実際、あと一歩でそうなっていたのだろうと思う。
私達は、本当に運が良かった。
「見つけたぞ、吸血鬼」
「うん?」
夜空に、月明かりを受けて煌めく白竜の群れが現れたのだ。
「我らが母の仇、ここで討たせてもらう」
「はぁ……白竜ども、邪魔をするな。我は忙しいのだ。死にたいのならまた今度にしてくれ」
「吐かせ!」
吸血鬼達と、白竜の群れとの戦いは、突然始まった。
そして、白竜の内の一体が、私達の囚われている檻へと舞い降り──
「貴様らは逃がしてやろう。それが、ヤツへの嫌がらせになるようだからな。さぁ、行くが良い」
檻をその爪で破壊し、こじ開けた。
「ありがとうございます!」
「礼などいらん。ヤツへの嫌がらせだからな。さっさと行け」
言われるままに、私達は走り出した。
後方からは凄まじい破壊音が連続していた。
白竜は竜の中でも渡り竜や旅竜と呼ばれ、世界中を飛び回る竜だ。しかも、渡り竜の中でも唯一群れで行動する。そのため、絶対に手を出してはならない相手として知られているのだが……どうやらこの吸血鬼は、この白竜達の母竜を殺したらしい。
空を覆う数多の白竜。竜種である以上、幼体でも危険度Ⅹ、成体になれば最低でも危険度Ⅺ。強力な固体なら、危険度Ⅻの上位クラスにさえなるという白竜の群れ。
対するは、そんな群れの母竜を殺し……おそらく一度は逃げおおせたと思われる吸血鬼。
熾烈な戦いが繰り広げられているのだろう。
戦いの結果がどうなったのかはわからない。
ただ、少なくとも、あの恐ろしい吸血鬼であっても、私達を追跡する余裕はなかったらしい。
私達は、逃げ延びることが出来た。
途中で遭遇した盗賊団を倒し、その盗賊団から情報を聞き、現在位置を把握した。なんと、私達はセファイルートの……人類圏の端、深い森の奥にいた。
その後は、最寄りの街へ辿り着き、生きていくために冒険者になった。……みんな、名前すら変えて。
いつか、幼い頃と別人の様になった家族や、神殿について調べるためにも、強くなろうと誓いながら。
※※※
「四人とも名前、本名じゃなかったんだな」
「あはは、まずツッコむところそこ? うん。皆元々はもっと長い名前だったよ。それに当然だけど姓もあった」
「まぁ、貴族ならそうか。……それにしても、セファイルートは真っ黒だな。神殿の地下に吸血鬼がいたとは」
「はい。あの国はもう、魔族に乗っ取られていると思ったほうが良いかもしれません。……私達の家族の様子も、正気に戻ったようには思えませんでしたし」
厄介な話だ。
ミルシーの言葉に頷いていると、考え込んでいたアステミリスが顔を上げた。
「吸血鬼の正体は知っています。空間転移の話と、漆黒の魔法陣の話でわかりました。……呪いと魔法の研究を進め、呪いによる魔法行使を可能にした男」
呪いによる魔法行使? ……確かに、魔法基盤に呪いで無理矢理接続できる魔獣がいるとは聞いたことがある。だが、接続後の発動には結局魔力を使うと聞いた。そのうえ、呪いと魔力の並行運用なので、難易度が凄まじく高いらしく、大した魔法は使ってこないとか。
呪いと魔力の並行運用もまた、魔法と闘気の並行運用同様才能が必要なのだ。魔族の大半が魔法を使わないのは、魔法を使っていると呪いを使えないからだという説もある。……実際は、魔法神様の技術である魔法を使いたくないというところも大きいだろうが、少なくとも理由の一端ではあるだろう。
そして、その問題は、魔力を用いず全工程呪いで済ませることができるなら解消される。それができるなら、魔法を使いながら他の呪いも使えるだろう。しかも、聞く限り難易度の高い魔法も使えるようだし。
呪いの欠点は使い道が限られることだというのに……そんなことができるとすると、厄介なことこの上ない。
そして、そんな超技術を生み出せる者がいるとすれば──
「彼の名はニーグルイス。……私の敵です」
──当然、到達者にほかならないだろう。




