第五話(通算第三十五話) 回想:冒険者になった日
俺の言葉に驚くリルカとセルマ。
そんな弟子ーズを見ながら、俺は、俺がフリオさん達と出会ったときのことを思い出していた。
俺が、冒険者になった日、フリオさんのパーティの荷物持ちになったときのことを。
※※※
やってきました冒険者ギルド。
……まぁ、前世のフィクションの影響で冒険者って脳内変換しているだけで、この世界の言葉を日本語に直訳するなら実際は討伐者みたいな感じになる。元来の言葉の意味通り、モンスターを倒してお金を稼ぐ仕事だ。
ちなみにいわゆるダンジョンのような遺跡とかを探索して稼ぐ人たちは別にいて、この世界の言葉を直訳するならそっちは探索者となる。そっちも冒険者っぽいとは思うが、仕事的には別扱いなので、区別のためにそちらはそのまま探索者と呼んでいる。
そういうわけで「モンスターを狩ることを専門とする」冒険者達のギルド。
荒くれ者達の集まるそこへ足を踏み入れる。
……うん、本当に、まさしく、荒くれ者達の集まる場所という感じ。
思い立ったが吉日ということで、色々な場所で門前払いされたその日にそのままやってきた。今日はいろんな魔法関連職業の窓口に自分を売り込んで、その全てで「初級魔法関連のギフトしか持ってないやつは要らない」と言われ撃沈してきたのだ。
時間はもう夕方。
荒くれたちが併設されている酒場で酒をかっくらっている。
受付っぽい場所に目を向けると……驚いた。
いわゆる受付嬢の方々がみんな美人である。前世のフィクションならともかく、わざわざ冒険者ギルドの受付をする美人がこんなにいるとは。……もしかして冒険者ギルドの受付って美味しい仕事なのか?
とりあえず受付で冒険者登録を済ます。
「ではクルトさん、これで冒険者ギルドへの仮登録を受け付けました。こちらギルドの仮登録証です。本登録にはレイア銀貨四枚が必要となります。仮登録でも低位の依頼を受けることができますが、達成報酬の内二割は本登録のための積立として引かせていただくことになります」
「わかりました。ありがとうございます」
教養を感じる丁寧な受付嬢に礼を言った。
本登録をする金は持っているが、仮登録でも受けられる低位の依頼をこなして、報酬から積み立てたお金で本登録をしようと思う。……なんとなく、そうしたほうが他の冒険者からの受けがいいと思うのだ。
「おいおいそこのお坊ちゃんよぉ、お前さん、そのなまっちろい肌、お貴族様のお坊っちゃんだろぉ? さっさと本登録しなくていいのかよ」
考えていたら酔った冒険者に声をかけられた。
……まぁ周りの荒くれたちと比べたら、肌が白すぎるし綺麗過ぎるのだろう。どこにも傷もないし。そりゃ、一目で貴族と気付かれるか。
「いやぁ、それが私、家を追い出されましてねぇ、もう貴族じゃないんすよぉ。だから本登録するお金もないんっす」
下手に出ようと思ったら、なんか妙に小物っぽい喋りになってしまった。まぁいいか。
「へぇ、つまり家を追い出されるようなろくでなしってわけだ。それで? 冒険者になれば生きていけるだろってか?」
「いやまさか。私みたいなろくでなしじゃ、なかなかうまく行かないだろうって困ってたんっすよ。だれか冒険者としての生き方を教えてくれたりしませんかねぇ?」
俺がそう言うと、男はニヤリと笑う。
「お、じゃあ俺のところで荷物持ちでもやるか? 仮登録だと本人は低位の依頼しか受けられないが、他の冒険者の荷物持ちをやっておこぼれもらうぐらいは問題ないからなぁ。どうだ? 冒険者のいろはってやつを教えてやるよ」
男はニヤニヤとした表情を隠そうとしない。
この人はダメそうだな。……さて、どう波風をたてることなく断るか。
そう考えていると、別方向から低い声がかけられた。入口の方から。どうやら依頼から戻ってきたばかりの冒険者らしい。
「ほう? ロイ。お前はいつの間に人に教えられるほど偉くなったんだ?」
「……あ、いや……はは、嫌だなぁフリオさん。ちょっと新人をからかっただけじゃないっすか」
気圧された男を一瞥したあと、口を挟んできたベテランっぽい男とそのお仲間らしき人たちがこっちにやってくる。
「新人……貴族か?」
圧がすごいな。……さっきまでのヘラヘラした態度はやめておこう。
「いえ、家とは絶縁しております」
「家と絶縁した元貴族の小僧か。つまり、絶縁になるようなことをしたということか?」
さて、どうするかな。
言い訳がましいことは言いたくないが、ここで人格に問題ありと疑われたままなのも今後困る。
少しばかり表現を工夫するか。
「……私の実家は名門でして。才能の無い私が家にいては迷惑がかかると思い、父に絶縁を提案しました」
「……汚点にならないよう家のために身を引いたと? 事情は知らんが、無謀だな。今まで貴族として暮らしてきた小僧が、これから一人で生きていけるとでも?」
男の目には試す色がある。
その目を真っ直ぐ見返す。
「生きていける、なんて軽く口にすることはできません。ですが、生き抜く意志は持ち合わせているつもりです」
男の瞳からの圧が増す。
重い。
「生き抜く意志があると言ったな? ならそれを見せてみろ」
男は言葉と共に、背負っていた大剣を構えた。
そして静かに膨れ上がる殺気。
ああ、これが本物の殺気というやつか。
蛇に睨まれた蛙の気分というやつを理解する。
どうする?
鼓動がうるさい。
このままでは死ぬ。
確信がある。
遠くから受付嬢の止める声。
振り上げられる大剣。
なんだこれ、理解できない。
ただただ怖い。死への恐怖。
怖くて仕方ないのに、遠い何処か他人事のように感じる視界。
奇妙だ。ははは……。
男からの殺意は消えない。
間違いなく、俺はここで死ぬ。
男の目にはなんの感情もない。ただ、俺に「死」を振り下ろす意志がある。
感情を動かすことなく、俺に死を告げている。
俺は、今日始めて出会った男に、ゴミのように殺される。
そのまま、男は何も告げることなく、剣を振り下ろした。
振り下ろそうとした瞬間、俺の頭に浮かんだのは……怒りだった。
ふざけるな、こんなところでわけもわからず殺されてたまるかと。
金縛りにあったような体と魔力を怒りの炎で無理やり動かす。
考える時間はなかった。無我夢中で使った魔法が、《風》と《火》だったというのには、後から気づいた。
自分の体を風で吹き飛ばし、殺し返すための炎を放っていた。
初級でありながら十二分に人を殺せる威力の炎が男の顔に迫ったが、強力な魔法が込められた篭手で弾かれた。魔法の篭手だ。
物質に魔法を込める方法は二つ。魔法の術式情報を物質に込めるか、あるいは効果時間が永続の魔法をかけるか、だ。そして、後者は神の御業であり、その方法で作られた魔法の装備はいずれも神々の時代の遺産……アーティファクトだ。
前者の場合でも非常に希少だ。魔法の術式情報を物質に込めるには、魔法基盤の情報を写し取った魔力を、極めて希少な素材に完全定着させる必要がある。それができる技術者は現在世界に一人か二人しか残っていない。新しく作れる人物は世界にそれだけだ。
……その技術者に製作を頼むのは極めて難しいと聞く。それよりは遺跡でアーティファクトを発見するほうが確率が高いとも。
つまり、結局どちらであってもアーティファクトの可能性が高い。
この篭手も、アーティファクトかもしれない。
……俺がいた地点の、俺の頭があった高さとほぼ同じ位置で静止している大剣からは魔力を感じない。身にまとっている鎧からも。どれも良い装備なのだろうとは思うが、魔法の装備ではなさそうだ。篭手が一番上等な装備らしい。
……そう、大剣は静止していた。寸止めだったのだ。後になってみれば、実際に殺すわけが無いとわかる。俺に当たる直前に止まったのだ。……俺の初級魔法で自分をふっ飛ばすという荒い回避は、僅かに……ほんの一瞬だが、僅かに間に合わなかっていなかった。男が本気で斬るつもりだったのなら、俺は死んでいた。
未だに、「死が迫りくる感覚」を刻まれた体が震えている。寸止めだったが、絶対に殺されると確信できるほどの殺気だった。……そう思わせるためのものだったのだろうけれど。
「及第点だな。持ち合わせているつもりですなんていう軟弱な言いようは減点だったが、殺し返そうと炎を撃ってきたのは良かった。威力も十分に人を殺せるものだったしな。いいだろう……俺がお前に冒険者のいろはを叩き込んでやる。うちのパーティに荷物持ちとしてついてこい」
「……よろしくお願いします!」
腹はたった。怖くもあった。
だが、ここですぐに応じる以外の選択肢はない。即断即決。このチャンスは逃さない。
すぐに立ち上がり、フリオと呼ばれていた男の後を追った。
この日から俺は彼の、彼らのパーティ……一級冒険者パーティ”屠竜の刃”の荷物持ちとして、冒険者のいろはを叩き込まれることになった。
※※※
「正直、あのときは死んだと思いましたね」
「だが、お前はあのとき、見事にその意志を示して見せた。その後の俺達の課す訓練も乗り越えた。立派に成ったものだな。……お前の気配からして、おそらく、俺達を超える実力を身に付けたのだろう?」
フリオさんの言葉に、エッボが驚愕の表情を浮かべた。
「ええ、今ならフリオさんにも勝利できる自信があります」
「フハハッ! いいじゃないか。いずれ、実際に戦ってみるか?」
「今度は寸止めなしで、ですね」
「いいだろう。楽しみだ。……さて、今日のところは俺達は報告がある。またな、クルト」
「ええ、フリオさん」
そう言って、フリオさん達はギルドの奥に向かった。フリオさん以外のメンバーの方々も、「またな」や「今度酒でも飲もう」といった言葉をかけてくれた。
「さて、俺達も行くか」
そう声をかけ、皆の了承の言葉を聞きながら、歩みだした。
……呆然とするエッボを残して。




