第十三話(通算第二十八話) メディー王国の騎士団長
「さて、お手並み拝見といこう。……あの者達が上手く手札を引き出してくれるとよいが」
空に一人の男が浮かんでいた。
彼の眼下、豆粒に見えるほど遠い地上で、一つの戦いが始まろうとしていた。
※※※
翌日、朝から準備を整え、出発した。
準備というのは、リルカとセルマの呪い対策の神秘式だ。……更に今日は、状況次第ではかなり強力な戦闘用神秘式をリルカとセルマにかけてもらうことになる。毎日使っている神秘式も当然使用済み。かなりアステミリスの負担が大きいな。
現状のアステミリスは、邪神の介入の影響で、毎日の回復と消耗で釣り合いが取れていない。丸一日休んだ日の回復分を少しずつ切り崩して旅している。
……まぁそれは、神々より借り受ける神威が、そう簡単には回復できない力だからということもあるが。並みの聖女の場合、神秘式一回行使した分の消耗が一日では回復しきれないらしいし。回復速度が並みの聖女とは比にならないアステミリスであっても、神託と戦闘による消耗が回復するのには何日もかかった。
だからある程度仕方ない面はあるし、神秘式の運用はそもそもリソースを切り崩しながら行うものではある。何度も神秘式を使いたいなら、日頃から神々に祈りを捧げて神威を溜め込むのが常識だ。ここまでの旅のように、日に何度も神秘式を行使しておきながら、それでも少しずつ回復していたアステミリスが異常なのだ。
とはいえ、開き直りきることもできない。可能な限り、アステミリスに負担をかけないようにはしたい。
……もし、相手が神秘式込みでのリルカとセルマで対応できないなら、あとは俺がなんとかしよう。
今日はリルカとセルマには対人戦に専念させるため、道中二度出くわした魔獣は俺が蹴散らした。
そうして、山を下りきったところに……彼らはいた。
「天啓の聖女アステミリス殿、お初にお目にかかる」
鎧をまとった、髭面の男。老いてはいないが、戦士としては既にベテランと言っていいだろう年齢に見える。
結構やるな、この男。一級冒険者上位陣ぐらいの実力はある。鎧の意匠からして恐らくメディー王国の騎士。小国でこれほどの人材はなかなかいないだろう。
後ろには同じ鎧の騎士たちと……この前と似た刺客が数人。
メディー王国の騎士団とセファイルートの追手か?
メディー王国は現在、ほとんどセファイルート真王国の属国に近い立場だ。アステミリスを追いかけているのも、セファイルート真王国からの圧力ゆえだろう。
「確かに私はアステミリスですが……私を天啓の聖女と呼んでいいのですか? そちらにはセファイルートの人間もいるようですが」
「ええ。あなたが聖女なのか異端者なのかは我が国の判断することではありませんので。……私の名前はニコラオ・カラマンド。このメディー王国の第一騎士団長を務めています」
なるほど、第一騎士団長、ね。となると、やはり一級冒険者上位陣相当の実力はあるだろう。単独で危険度Ⅸと一対一で戦い、勝利できるだろう強さだ。同格の仲間が数人いれば、危険度Ⅹにも勝てるだろう。
つまり、魔獣化していた頃のセルマにも勝てる実力である。……魔獣化したセルマが単独であれば、だが。
「そうですか。……それで、どういったご要件で?」
アステミリスがとぼけると、セファイルートの刺客から殺気が飛んだ。まぁ、そんなヌルい殺気を飛ばされたところで、なんの圧力も感じないが。
「言わずともわかっているでしょう? 大人しく従っていただければ、手荒な真似はいたしません。セファイルートへ護送させていただきます」
「残念ですが、従うつもりはありません」
さて、セファイルートの刺客だけでなく、騎士団の空気も変わったな。
とはいえ、それは問題ではない。こいつら全員が相手でも、俺一人で余裕だ。
ただ、一つ気になる事がある。
「では、少々手荒になりますが、強制的に連行させていただきます」
うん、やっぱりそうだ。
こいつらの気配……どうやら全員、アステミリスを拘束できるつもりでいるらしい。
よほどの秘策でもあるのか……あるいは──
「一つ訊きたいんだが……この程度の戦力で、天啓の聖女を拘束できると思っているのか?」
──あるいは、そもそも天啓の聖女の実力を知らないか。
「……何者か知らぬが、逆に問おう。我ら騎士団が、聖女一人すら捕らえられぬとでも?」
怪訝そうに、同時に怒りも滲ませ問い返す騎士団長に、誤魔化しの気配はない。
憐れなことに、こいつらはアステミリスの実力を知らずに来ているらしい。
溜息が出るね、ホント。
ああいや、まて……セファイルートの刺客だって怪訝そうにしているな。
なんで? セファイルートですら実力を把握していないなんてことは流石に無いだろうに。
……え、流石に無いよね?
「クルト」
「ん?」
「私は、聖女として務めている間、一度たりとも人前で戦闘をしたことなどありませんよ」
「……そっかぁ」
マジか。じゃあ、セファイルート真王国すら把握してない? ……いや、セファイルート真王国の上層部には敵の手が伸びているはず。流石に上層部は把握していないはずがない。
そうなると、単に実働部隊まで情報が伝達されていないだけか。
というか、それならアステミリスは実戦経験メチャクチャ少ないのか? ……それとも、人前以外では何度も戦っていたのか?
「何をごちゃごちゃ言っている?」
「ああ、すまない。こっちとそっちで認識に大きく食い違いがあったからな。……で、そっちは俺達のことを力ずくで拘束すると?」
「そうさせてもらう」
「そうか……ミリス」
「ええ。武勇神ヴァロヴィクトル、魔法神ラツィオヴェリタス、二柱の神威を以て、二人の未熟な少女に、今この時、戦士足りうる力を授け給え」
二柱の神威を使った、アステミリスの到達権能による神秘式。
詠唱を始めた直後、敵兵も動こうとしたが、俺の《風》で牽制する。……命令に従っているだけの相手を傷つけるのは可哀想なので、当てはしない。
膨大な神威が、神々の力を、その一端を再現しする。
リルカとセルマは目を閉じてそれを受け入れた。
「……ん」
「……ふぅ」
二人の口から、小さく吐息が漏れる。
目を開いた二人は、身に宿った力を確かめるように、手をグーパーと握り、開き……頷く。
「いこう」
「うん」
そして……リルカは騎士団長ニコラオへと駆け出し、セルマは腕を前に突き出した。
※※※
私、メディー王国第一騎士団長ニコラオ・カラマンドは、現在混乱の中にいた。
まず、セファイルート真王国からの要請で追跡していた聖女。
彼女の使った神秘式が常識を超えていた。
二柱の神威を同時に用いる神秘式など、聞いたことがない。
加えて、その神秘式へと込められた神威の規模も、常識を超越していた。
次に驚いたのは男。使ったのは魔法陣の規模としては初級魔法のように見えたが、威力がおかしい。初級魔法であんな威力は出ないはずだ。ただ、詠唱せずに撃ってきたから、初級魔法だという確信はない。あるいは、かなり術式の小さい下級魔法だったのだろうか?
最後に二人の少女。
なんだ? この少女達は。
天啓の聖女の使った神秘式の出力が異常なのは確かだ。
だから、眼の前の少女が、我が騎士団の兵士を遥かに超え……速さだけなら私すらも超えるスピードで迫ってくることも、ありえないとは思わない。それほど、あの神秘式はおかしい。
後ろに残っている少女が凄まじい精度で魔力を操っているのも、あの神秘式ならあり得るだろう。
だから、本当に異常なのは……この二人の精神だ。
私は、少女が戦闘態勢をとった瞬間から、少女を無闇に傷つけないよう、全力の殺気を放っている。殺気だけで無力化する自信があったからだ。
それは、普通の子供なら、泣き喚くことも出来ずにただ気絶するほどの殺気だ。
だが、この二人はその殺気に怯む様子が欠片もない。本当に、一片たりともだ。
「「《風》」」
少女達が、二人共同時に風の初級魔法を詠唱する。迫りくる少女はともかく、後ろの少女の魔法は警戒した方が良いかもしれない。……それでも、初級魔法の威力なら対応は問題ないだろう。
後ろの少女の魔法を意識の片隅に留めつつ、私の間合いに踏み込んだ方の少女に意識の大部分を向ける。
この少女はおかしい。
今も剣を振り下ろす私を見ながら……楽しそうに笑っている。当たれば間違いなく死ぬ一撃を眼の前にして、だ。
間違いなくおかしい……が、だらかと言って私のやることは変わらない。
この少女には悪いが、この一撃で終わりだ。いくら凄まじい神秘式の力を受けていても、素の能力が違うのだ。
私の剣は、間違いなく少女を捉える軌道、速度だった。
──殺った。
そう思った瞬間だった。
眼の前の少女が信じられないほど加速した。剣の直撃を前へ……私の懐へと躱し、そのままタックルしてくる。
信じがたいことに……魔法を詠唱しているにも関わらず、脚を闘気で強化してみせたのだ。
そのまま、不意の加速に対応しきれず、少女に激突される。
咄嗟にこちらも足腰に闘気を纏って踏みとどまったが、それで体勢を崩された。
その上、こちらが踏みとどまることも想定していたというように、すぐに横へと飛び退いた少女。その手がこちらに向いており、風の弾丸がすぐさま飛来した。
剣でその風の弾丸を切り払おうとして……すぐにやめる。
こちらの風は直撃しても構わない。
問題は……こっちだ!
私は構え直した剣を、振り下ろした。
そして、ギリギリのタイミングで、後方に待機していた少女からの、初級魔法とは思えない威力の風の弾丸を切り払った。
突撃してきた少女の《風》の直撃と、切り払った方の弾丸から溢れ出た暴風に痛みを感じつつ……心を切り替える。
この二人は、侮って良い相手じゃない。
少女と見縊ることなく、全力で応戦しよう。
5/2~5/6は一日2話、12:00と20:00に投稿予定




