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初級魔法師の英雄譚  作者: 藤咲理久
第二章

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第十二話(通算第二十七話) 不穏な風

 私が聖女として修行を初めてから、ずっと言われ続けた言葉がある。


「お前の価値など、神々の力を扱うことだけだ。神秘式を使えないお前に価値はない」

「神の声など聞かずとも良い。それより、神秘式の扱いを極めろ」


 他の聖女見習いも同じ様に言われていた。


 後に、私の立場が強くなって、他国の神殿と関わりを持つようになったときに、わかった。

 これは、セファイルート真王国の神殿が腐っていたせいだと。

 普通の神殿は、口先だけではなく、心から神々を信奉するものだと。

 ……だから、神殿は軽々に神秘式を使ったりはしないとも。


 だが、それがわかっても、多感な時期に刻まれ続けた言葉は、簡単には拭えない。聖女にして到達者とは言っても、私が人間であることには変わりないのだ。


 だから、私は神秘式を使うことに躊躇いも、出し惜しみもなかった。他国の神殿なら使わないような些細なことにまで神秘式を使っていた。

 加えて、神秘式を使えなくなること、使える回数が減ることに、恐怖心を持っていた。そして、その事実を告げることにもだ。


 だから──


「問題ない。気にしすぎだ。そもそも神秘式を使える仲間がいるだけでありがたい。そんな仲間がいる旅で文句を言えば、罰が当たるだろうよ。無い方が普通なんだからな。気にしなくてもいい。いつも十分に……いや十分以上に助けられている」


 神秘式を使える回数が減っても、気にしないでくれた。

 殴られることも、怒鳴られることもなかった。


 この旅での私は、碌に薪拾いも出来ず、テントも張れず、料理もできなかった。星を見て方角を知る術も持たず、倒した魔獣を解体する技能もない。

 ……薪拾いなんて、私よりずっと幼い二人ですらやっているというのに。

 神秘式が使えない私なんて、ただの不良品だ。だから、皆の役に立つために、一回でも多く神秘式をつかなわいといけない。


 そう思っていたのに、クルトもリルカもセルマも、私が神秘式を使える回数が減っても、笑って赦してくれた。

 気にしないと言ってくれた。

 ……十分助かっていると言ってくれた。


 そのことが……自分で想像していたよりも、ずっと嬉しかった。


※※※


「速度を与えるのを、弾丸を回転させる方向に限定……くっ! 難しいですね」


 セルマの手の前で、まだ不格好ではあるが一応形になった弾丸が……回転することなくふらふらと揺れる。


「練習あるのみだな。弾丸の密度調整も含め、もっと綺麗に、もっと素早くできるようにならないと、実戦じゃ使えない。日々鍛錬だ」


「はい! 師匠!」


 セルマは元気に返事をした。連日山を歩き、疲労もあるだろうに。

 魔獣との戦闘もある上、この山は大きい。その上道なき道だ。アステミリスの神秘式があるとはいえ、なかなかに時間がかかっている。

 リルカとセルマも、元気に振る舞ってはいるが……長い旅で疲れも溜まっている様子だ。

 ……疲れが溜まっているのは、二人だけではない。アステミリスもだ。

 アステミリスは到達者であり、凄まじい力を持っている。

 だが、彼女は冒険者でも探索者でも旅人でもなく……あくまで聖女。今まで長旅など経験したことのなかった人間だ。いくら到達者だと言っても、そして自然神様の力を借りられるとは言っても、疲れが溜まるのは当然だった。


 まぁ、皆文句も言わず……疲れも取り繕っているから、表面上はつかれてなさそうに見えるけど。

 それでも、歩くペースが落ちてきていることや、制御外の魔力の質の淀みから、疲労が見て取れた。

 ただし、皆服も肌も髪も綺麗。この辺りは美麗神様の神秘式を使うことを譲らなかったアステミリスのおかげだ。……山を歩くような格好じゃないのが不似合いに見えるが、それも自然神様の神秘式のおかげで問題ない。


 いや本当にアステミリスに頼り切りだな。

 俺には五年間のサバイバル経験に加え、前世の知識だってあるんだ。もっと頑張らないと。


 そう思いながら進んでいると、魔力を纏った風が通り抜けた。


「……これは」


「何?」

「今の何でしょう?」


 リルカとセルマもわかったようだ、今の風が魔力を纏っていたことが。

 そして、俺は今の風の正体を知っている。


「見つかりましたか」


「ああ……風属性上級魔法《広域風探査ラーテ・ヴェン・プロラティオ》だな。広範囲索敵用の魔法だ」


 簡単に言えば、風をつかった、レーダーやアクティブソナーのようなものだ。ただ、ソナーなどと違って、反響など無しに、魔法基盤経由で位置を捕捉されるという違いがある。


「もっと山の頂上付近を通るような、更に外れたルートを通っていれば、この索敵も躱せたでしょうか?」


「流石にそこまでする労力はかけられない。俺はともかくリルカやセルマへの負担が厳しいからな。そこまでやるぐらいなら、最初から蹴散らす前提で真っ当な道を進むだろう」


「……そうですね」


 位置を捕捉された以上、もう逃がしてはくれないだろう。

 だったらやることは決まってしまうな。


「行こう。……命令を聞いているだけの人達には悪いが、邪魔をするなら蹴散らすことにしよう」


 溜息をつきたい気分だが……正直、この状況になって不幸なのは、俺達じゃなく相手の方だろう。


※※※


 定期的に吹いてくる《広域風探査ラーテ・ヴェン・プロラティオ》の風。今日はそれを受けながら進んだ。

 魔力の広がり方からして、敵は山を降りた辺りに陣取っているのだろう。そこに辿り着くのは明日になる。

 今日は気にせず野営をすることにした。相手に捕捉されようが関係ない。こちらに向かってくるなら迎撃するし、待つというなら待たせるだけだ。

 こちらが追われている身ではあるが、戦力はこちらが上。縮こまってやる気はない。


「操作工程での魔法効果の制御は、魔力範囲内でなら初速を与えた後も有効だ。自分の魔力は、制御力を伝導するための媒介になる。で、それなら……こんなふうに魔力を伸ばせば、より長い距離弾丸に制御をかけられるというわけだ」


 セルマに"穿弾型(ライフルタイプ)"のための魔力による砲身を作って見せる。

 俺の周りの球状の魔力から、細い魔力の筒が前方に伸びている。魔力を可視化したら、棒付きキャンディーのような形に見えるかもしれない。


「この筒状に伸ばした魔力内を通っている間、軌道のブレを抑えつつ、更に加速させる」


「なるほど……」


「弾丸の形状を調整し、回転を与え、この魔力の砲身でブレを抑えつつ更に加速させる。これが"穿弾型(ライフルタイプ)"の撃ち方だ。……仕組みとしてはここまでだが、どれだけの速度と威力を出せるかは、魔力と制御力次第だな」


「わかりました! 頑張ります!」


 セルマはウンウン唸りながら、魔法を制御する。

 俺はそんなセルマに微笑んだ後、眼の前の焚き火を見つめた。

 今日、とうとうセルマは初級魔法の物理変換に成功した。よく頑張っている。


 リルカにも視線を向ける。今は蹴り技の練習中だ。戦技などではなく、純粋に格闘技術を磨こうと努力している。

 今日一日、リルカはずっと足に闘気を纏って生活していた。ただし、かなり薄くだ。戦闘時のような量を纏い続ければ、闘気の使いすぎで命に関わる。そのため、一日維持できる程度の薄さで纏い続けることを課題とした。

 この鍛錬方法は、昔世話になった一級冒険者がやっていた方法だ。まさにベテラン冒険者、歴戦の強者って感じの、男性のみで構成されたパーティだったが、今も元気にやっているだろうか?


「明日、おそらく戦いになりますね」


 少し前に俺が渡したスープをちびちび飲みながら、話しかけてきたアステミリス。……アステミリスは基本大食いだが、カップに注いだものは比較的ゆっくり飲む。それがお茶であれ、スープであれ。


「そうだな」


 答えつつ、俺もスープに口を付けた。……うん、美味い。

 ちなみに、今日の夕食は魔獣肉の鍋であり、今飲んでいるスープはその鍋からとったものに、少し調味料を加えて調整したものだ。


「クルトが戦うつもりですか?」


「……確認するが、ミリス……神秘式は使えるな?」


「もちろん大丈夫です。使用回数は減りましたが、そこらの相手と戦う程度の余裕はあります」


 はっきり言うと、俺でもアステミリスでも、追手を蹴散らすのは余裕だ。

 だが、俺やアステミリスが戦うのはもったいない。


 せっかく余裕のある相手なのだから……弟子たちの学びの場になってもらおうと思うのだ。


「神秘式については気にしなくていいって言ったのは俺なのに、悪いな。……だが、明日は頼みたい。せっかくの対人戦の機会なんだ。リルカとセルマに戦わせようと思うんだ」


「なるほど。……では明日は、相手の強さに応じて、必要な分の補助を二人に施しましょう」


 俺達は一緒に、リルカとセルマに視線を向ける。

 旅を始めてからの僅かな期間で、二人は随分成長した。

 まだまだ発展途上だが、アステミリスの神秘式があれば、そう簡単に負けることはないだろう。

5/2~5/6は一日2話、12:00と20:00に投稿予定

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