第九話(通算第二十四話) 祝福への介入
「ふむ……今日も物理変換の前に火が着いてしまったか。だが、制御の具合からしてもう少しで掴めるだろう」
「はい……」
「ま、明日に期待だな。……あ、今の内に教えておこう。《風》の物理変換は、かなり密度を下げた状態でやらないと爆発するから、注意すること。普通に術者が怪我するからな。それなりに密度を下げた場合でも……こんな感じだ」
手元に低密度の《風》を用意して物理変換する。風の塊から一気に風が広がり、俺とセルマの髪を大きくなびかせた。着いたばかりの火も、消えてしまうのではないかと思えるほどに揺れる。
それをみて、セルマも納得して頷く。
「わかりました!」
セルマにそうやって教えている横で、リルカは魔法と格闘術を組み合わせる戦い方を考えている。
「《土》」
リルカは敵に見立てた木に、蹴りを入れたあと、飛び退きながら《土》の弾丸を打ち込んだ。
さらに、着地後、再び弾丸を二発撃ちながら木に近づき、飛び蹴り。
「《終了》。うーん、難しい。魔法を使いながら戦技を使おうとするとなかなかうまくいかない。練習すればできそうだけど……。うん、がんばって練習しよ」
「格闘の練習をしながら魔法もかなりうまくなってる……リルカちゃんはやっぱりすごいね、私も頑張らないと」
「二人で強くなろうね!」
そう話し合う二人を見ていると、アステミリスが近づいてきた。
「みんな、準備ができましたよ」
準備。それは、三日前にアステミリスが必要と言っていた準備だ。
今日……リルカとセルマは、神々よりギフトを授かることになる。
「了解。……ちなみに、準備って何をしていたんだ? この三日特に目立った行動をしていた記憶はないが」
「準備というのは私の回復です。毎日神秘式を使っていたということもあり……クラーデでの戦いの消耗を完全に回復するのに今日までかかっていました」
「……そうだったのか」
クラーデ王国での戦いでは、アステミリスは高度な神秘式……それも到達権能を用いた神秘式を何度も使用した。加えて、儀式無しでは強い負荷を受けるらしい神託も二度受けている。
その消耗を今日まで引きずっていたのか。
……そして、それが回復しきるまで祝福を与えることが出来なかったということは──
「神々からの祝福を授けるというのは、それだけ消耗するということか」
「ええ。普通は成人の儀に合わせて、場と時期を整えるための儀式を定期的に行い、更に多数の神官で負担を分散して祝福の授与を執り行います。ですが今回は、この場もタイミングも準備の儀式なし、執行役も私単独。はっきり言って、かなりきついですね。明日は神秘式を使うのすら億劫なほどに消耗するでしょう」
「そうか……了解。なら、明日は一日ここに留まってミリスの回復に充てよう」
「いえ、それでも私なら神秘式を使えるはず、追手もいる状況ですし、先を急ぎましょう」
わかっていたが、アステミリスは他人に迷惑をかけるのが嫌いなタイプらしい。
だが、俺は無理をさせる気はない。
「ダメだ。無理をするほど急いでいるわけじゃない。仮に追手が来ても俺がなんとかする。……リルカとセルマへの祝福が終わったら、ミリスはしっかり休め」
「……わかりました。迷惑をかけますね」
「迷惑なんかじゃない。むしろ、いつも神秘式で助けられっぱなしなんだ。たまにはもうちょっと頼ってほしいぐらいだよ」
俺の返した言葉に、アステミリスは微笑んだ。
……すこし嬉しそうに見えるのは、俺の勘違いじゃないと思いたい。
※※※
アステミリスは地面に九芒星を描いた。円の内側に、九角形の頂点を一つ飛ばしで結んだタイプの九芒星が描かれている。
その中央に、リルカとセルマが立っている。
九芒星は神殿のシンボルだ。
この世界には多くの神が存在するが、その中でも九柱の神々が最高神位の神格として九大守護神と呼ばれ尊ばれている。九芒星はその九大守護神への信仰を示すシンボルなのだ。
儀式は特に前置きもなく始まった。
「神々よこの二人に祝福を与え給え」
成人の儀だと、もっと色々と挨拶やら前置きがあった気がするが……よくよく考えると、確かに祝福を与える儀式自体は、俺のときもこれぐらい簡素だったなと思い出した。
九芒星が輝き、二人が光の膜に包まれる。
キラキラとした光が、雪のように膜の中を舞う。そして少しずつ光が二人の前に集まっていく。
アステミリスの様子が気になって目を向けると、全身に汗を浮かべながら、儀式を維持している。言っていた通り、かなり消耗するらしい。
二人の前に集まっていた光が徐々に一つの塊になっていく。
確か、この後、集まった光の塊が体に吸収されるんだよな。
記憶の通り、儀式は進む。
二人の前に集まった光の塊。それが、二人の体に吸収された。
無事に終わった。……そう、思ったときだった──
突如、闇の塊? あるいは黒い光の塊? そんな黒い球体が、二人を包む光の膜の上に出現した。
「!? くっ!」
アステミリスが声を上げ、聖光神様の神威を呼び起こした。
だが、儀式の消耗のためか、ふらつき、うまく神威を操れなかった。
その間に黒い塊は、儀式の光の膜の中に無理矢理入り込み、二人に向かって飛来した。
セルマを庇うようにリルカが覆いかぶさり……そのまま、黒い塊がリルカに吸収される。
「あっ、うっ……」
リルカは小さく声を上げ、そのまま意識を失った。
同時に、無理矢理光の膜が破られたせいか、光の膜も九芒星の光も消失。儀式が強制的に中断された。
「かふっ……」
吐血して蹲るアステミリス。
おそらく、儀式が強制停止されたせいで、反動を受けたのだろう。
かなりまずい状況だ。
「リルカちゃん!?」
「ミリス! ……クソ! セルマ、まずは二人を安静にできる場所へ動かすぞ!」
「はい!」
まずはリルカを抱き上げ、テントに運ぶ。
セルマはテントの方で、横になりやすいように毛布やクッションなどを準備していた。
その上にリルカを寝かせ、次にアステミリスを運んでくる。
二人を並べて寝かせると、まだ意識のあるらしいアステミリスが小さく呟く。
どうやら、アステミリスは自分の体内に生命神様の神威を巡らせているらしい。吐血をしていた分のダメージは少しずつ回復しているようだ。
だが、この消耗した状況で神威を使うこと自体が、おそらく危険だ。
「聖光、神、ルクス、レスティア、よ……その神威を、以て、我らを、呪いよ、り、護り、給え」
言葉の直後、テントが光に包まれる。
「もういい、ミリス、休め」
「すみ……ません、あとは……」
「ああ、いいから休め」
アステミリスは申し訳無さそうに目を閉じる。
……既にアステミリスは自らを治療し、おそらくリルカに必要であろう呪いの対処を行った。……わざわざアステミリスが呪いへの対処を行った以上、先程の黒い塊は呪いに関連するものなのだろう。
結局、満身創痍のアステミリスが対処を行い……もはや俺にできることは、彼女たちを守ることぐらいしかない。
こんなとき、戦闘以外にできることがほとんど無い自分が嫌になる。
「セルマ、アステミリスの汗を拭いてやってくれ……男の俺がやるわけにはいかないからな」
儀式前に用意していたお湯にタオルを浸け、固く絞ってセルマに渡す。
「はい、わかりました」
「俺は周囲をみは……いや、この場にやってくる敵を殲滅する。周りのことは気にしなくていいから、二人の横にいてやってくれ」
「はい、師匠」
セルマがテントの中に入る。
周囲から多数の魔獣の気配がこちらへ向かっていた。
さっき現れた黒い塊の持っていた呪いの気配……それが、魔獣たちを引き寄せたのかもしれない。
なら、俺がやることは決まっている。
「ああ、今回はうるさくしないように、気をつけないとな」
言いながら、俺は多数の《土》の弾丸を構築した。それも、密度調整で針のように細くした弾丸を、だ。
その弾丸を、最初に現れた魔獣の頭に打ち込む。
いつもより、弾速は遅い。その代わり、音速を超えた際に生じる破裂音もない。
針のような弾丸は静かに飛び、魔獣の頭を粉砕した。
残念ながら、風切り音と、弾丸が魔獣の頭に当たったときの、ゴッという低い激突音は防げなかった。……これは防ぎようがないため諦める。
最初の一体が倒されても、次から次に魔獣が現れる。
それらの魔獣を、現れる端から全て撃滅する。
それらの攻撃に、手心は一切ない。
まぁ、普段から魔獣相手に容赦などしないが……今回は、自分の中の怒りが、魔獣への攻撃に乗っていることがわかってしまった。
だが、わかったからといって、それを改める気はなかった。あの黒い塊が現れた原因がわからない以上、今の俺の怒りの矛先を向けられるのはこいつらしかいない。
「こんなタイミングで襲ってきたんだ、八つ当たりに付き合ってもらうぞ」
再び撃ち出した弾丸は、またも魔獣の血を周囲に降らせたのだった。
5/2~5/6は一日2話、12:00と20:00に投稿予定




