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初級魔法師の英雄譚  作者: 藤咲理久
第二章

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第八話(通算第二十三話) 山を往く

「なるほど……やはりあの国はもうダメですか」


「そう簡単に諦められても困るのだがな。セファイルートは大国だ。大魔境ではないが、隣接する魔境もある。人類側に協力的であってもらうのは必要なことだ」


 話し合うアステミリスとレイの様子を伺いつつ、リルカとセルマの二人にも気を配る。

 二人はレイに対して少し警戒している様子だ。突然現れたのだから、当然と言えば当然だろう。……そして、緊張が強いな。仮にレイに襲われれば、一切抵抗できずに殺されるということがわかっているからだろうな。


「……レイ、まさか私に期待しているのではないでしょうね?」


「……アステ、君にしか無理なことだ」


 アステミリスはレイに強い視線を向ける。対するレイも負けじと見つめ返す。

 しばらく張り詰めた状態が続いたものの、アステミリスの溜息で空気が弛緩した。


「はぁ……すぐには無理ですよ」


「もちろんだ。こちらも準備する。……それまではラコニドゥムを拠点に活動してくれ」


「わかりました」


「それと、ラコニドゥムに繋がる道は、セファイルートの追手とメディー王国の兵士が見張っている」


 メディー王国にはラコニドゥム竜砦王国へと繋がる道がある。山道ではあるが、行商人なども通る整備された道だ。


 そこに見張りか。

 正直、蹴散らして進むのは容易い。だが、見張っている者達は、上の命令に従っているだけで何の罪もない。そんな彼らを無慈悲に蹴散らすのは憚られた。


「わかりました。では、自然神様と彷徨神様の神秘式を使いつつ、道なき道を行くこととします。そのほうがリルカやセルマの訓練にもなるでしょう」


「わかった。……では、また何かあったら連絡する。……さて、伝えるべきことは伝えたが」


 そう言って、レイはこちらに向き直った。


「最低限自己紹介はしておこう。はじめまして、私の名はレイ。人類側到達者の中で、情報の収集や共有を担っている。自己紹介が遅れて悪かった。今後ともよろしく頼むよ、クルト」


「クルトだ。……得意分野は戦闘だな。まぁ、こちらこそよろしく」


 言った俺に、レイは一つ頷き、姿を消した。

 現れたとき同様、何の前兆もなく、世界に溶けるように消えた。


「ミリス……さっきのやり取りは?」


「……今は気にしなくて構いませんよ。すぐにどうこうなるような話ではありませんから」


「……ミリスがセファイルートの聖女だったことを利用するみたいな話か?」


「……ええ、そうです。ですが、さっきも言った通り、気にしなくて構いません」


「……わかった」


 セファイルートのような大国と敵対するのは避けたい。

 だが、セファイルートの上層部は敵と繋がっている。

 ……だから、セファイルート真王国の国民から認められる、かつ間違いなく味方と信頼できる人物を上層部に据えたい。なんなら今の上層部と頭をすげ替えたい。そういう話だろう。

 ……簡単にいくとは思えない話だ。だが、それを企てているのはレイやアステミリスも含む到達者の集団。それだけのことをやってのける力があってもおかしくはない。


「とりあえず、まずはラコニドゥム竜砦王国へ行くことです。リルカとセルマもいいですね?」


「「はい」」


 ようやく緊張から開放されたリルカとセルマは、あまり余裕のない声で返事をした。


 その夜は、訓練も軽めで切り上げ、ゆっくりと休むこととした。


※※※


 自然神様の神秘式は、森や山、更には湿地や砂漠といった、動きづらい自然環境で行動するのに極めて有用だ。

 今も、山を何の苦も無く進めている。

 加えて、彷徨神様の神秘式によって、長距離移動でのスタミナ消費が大きく抑えられている。

 昼前ぐらいから山を登り始めたが、既に昨日刺客達とリルカが戦った場所を遠く見下ろしていた。


 ここはメディー王国とラコニドゥム竜砦王国を隔てるメリニド山脈。

 魔境でこそないものの、多くの魔獣が住む危険地帯である。

 険しい山道の中、頻繁に魔獣に襲われることになるため、整備された道以外を進むのは困難を極める。


「また来ましたね。リルカ、セルマ」


「「はいっ!」」


 アステミリスの声に、二人が応える。


 二人には最初から、武勇神様と魔法神様の神秘式もかかっている。

 現状、まだ二人の素の実力だけで、この山の魔獣の相手は難しい。一体だけならまだしも、群れが出てきたり、連戦になったりすれば圧倒されてしまうことだろう。


 そのため、二人には現在、自然神様、彷徨神様、武勇神様、魔法神様の神秘式がかけられている。


「《(ソゥロ)》」


 セルマが土属性初級魔法を唱え、土の弾丸を手の先に待機させる。

 リルカは闘気を纏い、構えをとる。

 二人の戦闘準備が整ったそのとき、魔獣が姿を表した。


 甲高い声を上げる、ワシの前半身と馬の後半身を合体させたような魔獣、ヒポグリフ。


 このあたりに生息する魔獣だ。

 風を操る力があり、風属性の魔法の効き目が薄い。そのため、今回セルマは《(ヴェン)》を選ばなかった。


 ……ちなみに、風を操る力については、一応魔法だ。大半の魔獣は言葉を介さず、詠唱ができない。にも関わらず魔法を扱える種が存在する。……そういった種の大半は、生まれながらに魔法と結びついている。そして、鳴き声や特定の動作などを詠唱代わりとして契約状態となり、接続以降の工程も本能的にやってのける。

 こういった特殊な代替詠唱は、元々は魔獣と言うより、聖獣や霊獣と呼ばれる存在のために生み出された法則だ。自然神様や聖光神様、そしてかつての冥闇神……今の呪詛神によって作り上げられたらしい。

 なお、例外的に詠唱の代替行為なしで呪いにより強制的に魔法基盤に接続する魔獣もいるとか。


 閑話休題。リルカとセルマの戦いに戻ろう。


 最初に攻撃したのはセルマ。

 手元に控えさせていた土の弾丸を撃ち出し、直後に次弾の準備を開始する。いや、それだけでなく、次弾の準備をしつつ、少しだけ手をずらし、ずらした手の先の座標で再び魔法基盤に接続。準備中の二発目と並行して、三発目の同時構築を開始した。


 撃ち出された土の弾丸が、ヒポグリフの手前で破壊される。ヒポグリフが風を操り、迎撃したのだ。


 だが、ヒポグリフの風を操る力はさほど強力でも便利でもない。土の弾丸を迎撃しながら、他の地点を攻撃したりは出来ない。

 土の弾丸が迎撃されるタイミングで、リルカはヒポグリフの真下に潜り込んでいた。


 ヒポグリフは前足でリルカを攻撃してきたが、それはリルカにとって完全に想定通りの動きだった。

 振り下ろされた前足の更に下を抜け、ヒポグリフの後半身の真下にまで移動。右後ろ脚に痛烈な蹴りを入れた。


 ヒポグリフの痛みを訴える叫びが響き渡る。

 神秘式と闘気で強化された蹴りにより、ヒポグリフ右後ろ脚はおかしな方向に折れ曲がっていた。


 そして、ほぼ同時にセルマから二発の土弾が同時に撃ち出された。

 ……セルマは撃ち出すときのコントロールがいい。痛みに暴れ狂うヒポグリフの頭と右前足に直撃コースだ。

 弾丸を狙ったところに撃ち出す才能は、魔法そのものの才能とは別種のものだ。そして、セルマにはその才能があるのかもしれない。以前は何度か外しているのを見たが、魔法そのものの未熟さを考えれば破格の命中率だ。


 俺がセルマの才能が気づくきっかけになる程度には、今のヒポグリフの頭と右前足に同時に直撃させるのは難しい状況だった。


 弾が頭に当たるのを察したヒポグリフは、その弾丸を風で迎撃する。

 しかし、迎撃できた弾丸は片方だけ。右前足を狙った弾丸は、何の妨害も受けることなく、目標に突き刺さった。


 再び、ヒポグリフが叫ぶ。そして、右前足と右後足を潰されたことで、右側に倒れそうになった。

 なんとか羽ばたきと風で体勢を立て直そうとするが──


「もーらい!」


 ヒポグリフの後半身の上にリルカが飛び乗り、翼を掴んで動きを阻害する。……いや、阻害どころか、アクロバティックな動きで、掴んだ翼の根本に両足かけ……そのまま力強く踏み、腕は翼を引っ張る。

 それは、全身を使ってヒポグリフの翼を背より引き抜かんとするかのような動きだった。


 翼の骨が折れるバキバキという音に、ヒポグリフの悲鳴が交じる。


「ちぇっ、千切れはしないか」


 翼が使えなくなり、結局右半身側に倒れるヒポグリフから、リルカが飛び退いた。


「《終了(フィーニ)》」


 戦闘終了を悟ったセルマが、終止詠唱する間、リルカはヒポグリフの頭へと近づいた。


 リルカの脚にさらなる闘気が集まる。そして、リルカの脚が淡い光を放ちだした。

 これは単純な強化ではなく、戦技の準備段階だ。


「ばいばーい」


 その淡く輝く脚を、リルカは高く振り上げ……振り下ろす。ヒポグリフの頭に向かって。


 戦技〘破砕脚〙。単純に蹴りの威力を上げるだけの戦技だが……その上がり幅は極めて高い。ある記録では、格闘家が闘気で強化しただけでは傷一つつけられなかったゴーレムを、この戦技によって一撃で粉砕したという記録もあった。


 軽い別れの言葉と共に、踵落としとして炸裂した〘破砕脚〙が、ヒポグリフの頭部を文字通りに粉砕した。グロい。


「リルカ、ちゃんと戦技を使えていましたね。それは素晴らしいことです。今後は余裕のあるトドメの瞬間だけでなく、戦いの中でも使えるように訓練していきましょう」


「はーい!」


 アステミリスの指導を受けるリルカ。

 俺もセルマの良かったところを褒めよう。


「セルマ、魔法の二発動時構築にチャレンジしていたな。よく出来ていた。今後も構築速度の向上や、より多くの並列構築などができるように訓練を続けよう」


 魔法は接続した座標を基点に発動する。そして、魔法基盤に接続するためには、魔力の「焦点を結ぶ」必要がある。この「焦点を結ぶ」ことができるのは、一部例外を除くと手や指の先に示した座標や、焦点具と呼ばれるアイテムで指定する座標だけだ。

 が、一度接続してしまえば、そこから手や指をずらしても、その接続が解除されるわけじゃない。

 そのため、手をずらしながら連続で魔法基盤に接続することで、魔法の並列構築が可能なのだ。


「はい!」


 セルマが元気に返事をする。

 戦いの中、アステミリスの神秘式を受けているとは言え、二人は凄まじい速度で成長していく。

 リルカは戦闘そのものにも、格闘にも極めて高いセンスが有る。魔力感覚も鋭い。その上モチベーションも高いため、信じられない速度で成長していた。

 セルマの魔法の才能は高くない。今日の発見で、魔法の弾丸を命中させる才能こそありそうだが、魔法構築の各工程の制御を見ると、才能は並程度だ。だが、それでもセルマの成長速度は早い。それだけセルマのモチベーションが高く、試行錯誤や訓練を惜しまない上、実践の密度が高いということだ。


 この二人はきっと、ラコニドゥム竜砦王国に着く頃には、冒険者としてやっていくのに十分な実力を着けていることだろう。

5/2~5/6は一日2話、12:00と20:00に投稿予定

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