第七話(通算第二十二話) 迫る影
「さてセルマ、初級魔法での焚き火への着火方法を二つ教えよう」
現在野営の準備中。リルカとセルマが持ってきてくれた薪で焚き火の準備をしている。
「二つの方法ですか?」
「ああ。一つ目は、《火》を発動したあと、飛ばすことなくそのまま維持して、それを種火にする方法。二つ目は、《火》を物理変換する方法だ」
「……一つ目の方法のことがよくわかりません。二つ目と区別している以上、一つ目は物理変換をしないんですよね? それだと火が着いても、魔法を解除したら消えてしまうのでは?」
「そこがよくある誤解だ。確かに火のような現象系の属性であっても、物理変換していない場合、魔法解除時にその現象が消えることは変わらない。だが、これは魔法によって発生している現象そのものだけに適用されるんだ。その魔法によって生じた結果を消すことはない。……どういうことかというと、《火》を解除したときに消えるのは、魔法で生み出された炎の弾だけだということだ。仮に炎の弾の持つ熱によって他の物体が延焼していた場合、その物体が纏う炎は魔法を解除しようが、消えずに燃え続けるんだよ」
説明の後に、「こんな感じにね」と言って例を示す。
俺は良く乾いた木の枝を左手に持ち、右手の指先に生み出した小さな《火》の火の玉を近づけた。
僅かな時間で、木の枝からは煙が立ち上り、そして火が着いた。
枝に火が着いたあとで、《火》を解除する。すると、右手の指先の火の玉は消えたが、左手に持った枝の火は消えることなく燃え続けていた。
「なるほど。……では、《火》を物理変換するとどうなるのでしょう? ずっと消えない火になるんですか?」
「火のような現象系の属性は、水のような物質系の属性とは物理変換のされ方が異なる。多くの場合は物理変換すると、仮想質量に費やされた魔力量に応じ、その現象を持続させるエネルギーが供給される。だから火属性の場合、ずっと消えない訳では無いが、しばらくは消えない火になってくれる。そして、それが持続している間に何かに燃え移れば、以降は持続時間を超過しても燃え移った対象を燃料に燃え続ける」
言いながら、俺は燃えるものがない地面の上に、小さな《火》の火を物理変換して落とした。
落ちた火はしばらくの間燃え、その後消えた。
「この通り、燃え移らなければ、しばらくすると消える。……というわけで、せっかくだし物理変換の練習も兼ねて二つ目の方法で焚き火をつけてみてくれ。ただし、物理変換できるまでは火の玉を薪の近くで維持し続けること。つまり、一つ目の方法も並行して実行するってことだな。一つ目の方法で火が付く前に、二つ目の方法で火を着けられるように頑張ってみてくれ」
「はい! 《火》!」
詠唱から火の弾の出現まで……つまり、契約から発動、操作まで、以前に比べて早くなってきた。
それでもまだまだではあるし、優れた才能があるとは言えないレベルではあるが……やはりモチベーションの高さを感じる上達速度だ。
セルマは生み出した火の玉をなんとか物理変換しようと唸っているが、なかなかうまくいかないらしい。
物理変換は初めてできるまでは、感覚が掴めず難しいものだ。一度できれば、大体どの属性でもすぐにできるのだけれど。
唸っている間に、火の玉の熱が薪に伝わり、少しずつ薪から煙が出始めた。
セルマから少し焦りが見え始める。頑張って魔力を操作しているようだが、うまくいかないようだ。
そして、残念ながら物理変換に成功する前に薪に火が着いた。
「残念。ま、めげずに今後も練習していこう。焚き火の時は毎回これを試してみてくれ」
「はい……」
セルマがしょんぼりしている。
ちょっと胸が傷んだ。
セルマを慰める言葉を考えていると……突如、遠くで戦闘の気配がした。
リルカとアステミリスが肉を取りに行くと言って向かった方角だ。
「セルマ、戦闘の気配がする。いくぞ」
「はい!」
言いながら、俺は焚き火を《水》で消す。ちなみに、物理変換せずとも消化には役立ってくれる。水という概念は火や熱に強いためだ。……まぁ、土などの属性でも、火が燃えるのに必要な空気の供給を断つことで消せるけど。それでもやはり水のほうが即効性がある。
火を消したあとは、そのまま物理変換せずに魔法を解除すれば、薪が濡れることはない。火を消す手段としてかなり優秀だ。
せっかくセルマが熾してくれたばかりの火だったが、仕方ない。
火が消えたのを確認すると、二人で一緒に戦闘の気配目指して走る。
そこそこ距離があったが、なんとか戦闘終了までには到着した。
そこに居たのはアステミリスとリルカ、そして二人を囲む数人の人影だった。倒れている者も多い。
敵の動きをわずかに牽制しつつも、基本的には傍観しているアステミリス。
神秘式と闘気を纏って、二人の敵と同時に戦うリルカ。
敵は半数近くは既に倒れているらしい。
リルカと戦っている二人の実力を考えると、神秘式なしのリルカだと一対一でも勝てないレベルだ。
ただ、アステミリスの神秘式がインチキすぎるな。実力差を覆すどころか、大きく飛び越えさせている。
他の敵が参戦すれば状況が違うだろうが、動こうとすればすぐにアステミリスから攻撃が飛んでいく。明らかに当てられるのに、わざと命中させない警告の攻撃が。
「はっ!」
短い声と共に、リルカのハイキックが敵の顎を打ち抜いた。これはノックアウトだな。
焦ったもう一人の敵が攻撃を加える。だが、その焦りを見抜いていたかのように、リルカが的確にカウンターを決める。決まる時は一瞬。勝負事にはそういうこともある。
続けざまに仲間が二人倒されたことで、囲んでいる人影から焦りの気配が滲む。
「クルト達も来ましたし、時間切れですね。リルカ、よく戦いました。敵を全滅させることは出来ませんでしたが、かなり優秀な結果といえるでしょう」
「うーん残念! でも、ありがとうございます!」
アステミリスの言葉にリルカが反応した直後、残る人影の頭上から突如雷が落ちた。おそらく自然神様の神威を使った攻撃だろう。神秘式を介した様子ではないのに凄まじい攻撃だ。……普通人間は神秘式を介さずに神々の力を扱うことはほぼ出来ない。仮に出来ても凄まじく効率が悪いはずなのだが? これが神に最も近い人間の力ということか。
一瞬にして残っていた敵たちは掃討された。
アステミリスがこちらに顔を向ける。
「早かったですね。流石はクルトです」
「こいつらは何者なんだ?」
「追手ですよ、私の」
追手。それがやってくることは予想していた。
なにせ、アステミリスは処刑から逃げ出した罪人なのだ。
とはいえ、セファイルート真王国の外で、特に街に立ち寄ったりもしていないにも関わらず襲われるとは、思ってもみなかった。目撃証言なんかも無いはずだが?
「さて、彼らがどうやって私達の居場所を知ったのか、尋問しましょうか」
そう言って、アステミリスは倒れている男の内の一人に近寄る。
……感じる気配が少し強いな。彼が襲ってきた者達の中で一番の実力者だろう。
だが、アステミリスがその男に辿り着く前に、別の場所から声がかかった。
「その必要はない。お前たちの動向を知られた原因はわかっている」
俺の背後から現れたのは、一人の女声だった。
……全く気配がなかったことに驚く。
この女性は、恐ろしい実力者だ。
おそらく彼女に不意打ちされていたら、俺は死んでいた。
「レイ……あなたが来るということは、情報源は……」
「ああ、敵だ。こいつらはセファイルート真王国の暗殺部隊であり、敵から受け取った情報で動いている」
レイと呼ばれた女性が、アステミリスの言葉に頷き、情報を公開した。
二人の様子と、レイの実力から、彼女が到達者であることが確信できた。おそらく、クラーデ王国の王城でアステミリスと情報共有をしたのも彼女だろう。
納得しつつ、レイの言葉に含まれる厄介な事実にも意識を向ける。
今後、俺達はこのことにも対処する必要があるわけだ。
「つまり現在、セファイルート真王国の上層部は、魔族の到達者とつながりを持っている」
5/2~5/6は一日2話、12:00と20:00に投稿予定




