第三話(通算第十八話) 魔法とは③
「じゃあ、火属性を試してみよう。火属性初級魔法は《火》だ。さ、やってみてくれ」
「「はいっ! 《火》」」
二人は魔法名を唱え、さっき同様の手順で魔法陣を展開した。
「よし、できたな。……で、それぞれの工程について、どう感じた? まずは契約について」
「契約はあまり変わらなかった……と思う」
「《風》も《火》も世界への響き方は同じだと思います」
「うん、正解。詠唱とそれによる契約まではどの詠唱でも手応えとかは変わらない。単純に詠唱する呪文……初級魔法の場合は魔法名が変わるだけだな」
……まぁ、契約の手応えは変わらずとも、前提となる詠唱が変わる時点で、ある意味では逆に最も明確に変わっている部分と言えるかもしれないけれど。
「接続は……なんか、ちょっと違う?」
「繋がるときの感覚は変わらない気がする。ただ、繋がった先がなにか違うような……」
「あ、確かに! セルマちゃんの言ってる通りの感じだ!」
「その感覚が正解だ。接続そのものの感覚は変わらないはずだが、接続先は変化している。《風》ではなく《火》の術式に合わせた回路になっているわけだな」
固有回路は契約内容によって回路自体が変化する。そして、術式回路については、固有回路からの繋がる先が変わるイメージだ。……一部例外はあるが、概ねそういった変化である。
「じゃあ、変換はどうだった?」
「全然違う! 魔力が変わるときの感覚も違ったし、変わった後は、火! って感じだった」
「リルカちゃんに同意です。そんな感じでした」
「うん、オーケー。じゃあ、その後の転写は?」
「んー転写される感覚自体は同じ? けど、染み込んでくるものが違う? みたいな?」
「これもリルカちゃんと同じです。たぶん転写そのものは変わらない感覚で、けれど転写される情報が違うからそこに違いを感じるっていうことですよね?」
「素晴らしい。正解だ」
思ったより感覚に対する認識が正確だな。特にセルマは初めて魔法に触れた子どもとしてはかなり正確だ。
最初の魔力を感じ取るまでに掛かった時間から、おそらく感じる能力自体はリルカのほうが高い。だが、感じ取った内容を言語化する能力はセルマのほうが高いのだろう。
「じゃあ、展開はどうだ?」
「展開は感覚的には同じだね」
「だね。えっと、魔法陣の見た目が違う以外、展開するときの感覚とかは変わりませんでした」
「オーケー。認識は合っていそうだ。……ただ、転写と展開についてはこれが初級以外の魔法になると術式の規模による感覚の違いが出てきたりする。そのことは覚えておくように」
「「はい!」」
「じゃ、一旦魔法止めて」
「「《終了》」」
「終止工程はどう?」
「同じ」
「同じですね」
「うん、正解。……まぁ、今まで感じてもらったような違いがあること。各工程を制御するときに、感覚の違いに応じてどう制御するか変えていく必要がある。だから、これがちゃんと感じ取れないと制御はうまくできない。今回の様子だと問題なさそうだけど、イメージ先行で感覚をおろそかにしないように」
「「はい!!」」
素直に応じる二人に頷く。
意欲の高い教え子というのは良いものだ。……前世では個人指導塾の先生をやったことがあったが、意欲の低い子相手には四苦八苦していたものだ。
「それじゃ、この後の工程の話だ。今日一度実際に魔法を使うところまで体験して欲しいから、残りの工程を説明したら試してもらおう」
「りょうかいっ」
「了解です」
「じゃあ次、充填。これは魔法陣に魔力を込める工程だ。このとき込める魔力も変換したものでなければならない。変換工程は一応転写の前の工程ではあるが、実際には転写以降の各工程を行っている間も、並行して魔力を変換していく事ができる。転写前に必須だから説明上そこに挟んでいるだけだな。……充填工程を終えるには、最低でも魔法の発動に必要な魔力量を変換して準備する必要があるから、可能な限り転写や展開の工程を行っている間に……いや、これは最初は気にしなくていいな。ともかく必要な魔力を変換し、魔法陣に込めるのが充填工程だ」
充填までの転写、展開工程の間に充填に最低必要な魔力を変換しておくのは……特に必要魔力の少ない初級、下級魔法を扱う上では必須スキルだ。
ただ、初心者にはかなりハードルが高い。今言っても仕方ないことだった。反省。
「充填が終わったらいよいよ発動だ。魔法陣に魔力が充填されて発動が可能になると、それが感覚的にわかる。どうやれば発動できるかも、魔法陣が教えてくれる。それを感覚のままに行えば良い」
「へぇ、便利」
「不思議ですね」
不思議、か。そうだな。魔法って不思議な技術だよな、ほんとに。……魔法のない世界からの転生者としては、心底そう思うよ。
「発動後は操作だ。操作工程は、魔力を制御するのと同じような感覚で、発動した魔法を操る工程だ。この工程まで来ると、接続はいつでも解除していい。魔法基盤との接続を解除しても、発動後の魔法自体と繋がっているから、その魔法が魔力圏内にある限り操作できる。……ただし、魔力を更に込めたい場合は、接続したままの状態にする必要がある。ちなみに、この操作工程は全く行わずに省略することもできる。……初級魔法の場合、発動してから全く操作していないと、魔法陣の前に出現した球状の……《風》なら風、《火》なら火の塊が、そのまま前方に射出される。これを操作工程で制御すると、その球体をその場に留めたり、圧縮したりできる。そして、操作工程中にさらなる魔力を魔法陣に注ぎ込むことで、魔法を大きくしたり、もっと強い力で発射したりできるわけだ。ちなみに操作対象が自身の魔力の範囲内にある間は制御可能だ」
「……クルトさんの魔法ですごい音がするのは、その操作がすごいから?」
リルカが首をかしげながら訊いてくる。なかなかに勘がいい。
「そうだ。発射に使う力自体は込めた魔力による。だがどんなに魔力を込めても、操作していないと速度を上げるのは難しい。速度が上がりきる前に制御可能な魔力圏から出ていってしまうからな。だから、高速で発射したければ、そのための操作が必要だ。例えば操作工程で、飛んでいこうとする魔法を押し留めながら、どんどん魔力を注ぎ込んで、それを発射する力に変えていく。そうして発射する力が強くなったところで、魔法を押し留める制御を外すと、魔法がものすごい音と一緒に凄まじい速度で飛んでいくわけだ。他にもいくつか方法があるが、一番簡単なのはこれだな。……俺の場合、既に魔力を注ぎ込むスピード自体がかなり早くなっているから、押し留めるのもほんの一瞬だがな」
「なるほど! じゃあ操作工程ってめちゃくちゃ大事なんだね!」
リルカは納得したと言わんばかりにそう言ってきたが……残念ながら、それには歯切れの悪い返事しか返せない。
「それが……必ずしもそうとは言えないんだよ。……昨日、ミリスが訊いてきたことにも関連してくるが、普通は俺のように魔法を強く制御して撃ち出すということはしない」
「え? すごく強そうなのに、なぜですか?」
「普通の人はそこまで強く撃ち出せないんだよ。……制御力が足りなくて、途中で魔法を留めきれなくなるんだ。魔力を注ぎ込むのも遅い。しかも弾を手元にとどまらせるには、重力に釣り合うように上向きの速度を与え続ける必要もある。制御力が足りなければ、別の方法……例えば、魔法を魔力圏内でループさせるみたいな方法を取るのだって難しい。……大抵、俺のようなことをしようとすると意図していないタイミングで魔法が発射されて、暴発するような形になる。かなり危険な技術なんだ。だからこそ、ほとんどの人はそういった制御が術式自体に組み込まれている魔法……つまり、より上位の魔法を使ってその辺りの問題を解決する。ま、あとはそもそも操作工程でここまで威力を上げられると思っていなかったりなんかも理由だな」
「待ってくださいクルト。……つまり、あなたは初級魔法の威力上限と言われるものは、単に制御力不足の問題だと?」
セルマの質問に対する俺の回答に、疑問を持ったアステミリスが口を挟んできた。
……ここでその話をするとちょっとややこしい話になるんだけどなぁ。
「いや、制御力だけじゃなくて魔力を込める量の問題もある。そもそも、初級魔法には威力上限と勘違いされるような壁があるのは事実なんだよ。その壁となる威力に達すると、壁を超えられるだけの量の魔力を込めるまで、ほとんど威力が上がってくれない。だから、そこが上限だと思われていた。……で、この壁を超えられるだけの魔力を込めるのにも問題がある。……ミリスはわかっているだろうが、魔力を込めるのにも、込めた魔力がちゃんと力を発揮できるように魔法を制御するのにも制御力がいる。その両方に制御力を振り分けつつ、壁を超えるほどの魔力を込められるやつが滅多にいないんだよ」
「……あなたが言っていた事の意味がわかってきました。確かに、それを考えると、初級魔法が最も操作工程が重要でしょうね。それに、充填の重要性は上位の魔法同様高いものの、そのために必要とされる能力が上位の魔法とは全く違う」
俺の説明を聞いたアステミリスが納得して頷く。
教え子二人はイマイチわかっていない様子だが、流石に仕方ないだろう。
「二人はとりあえず、今の話は忘れて構わない。それに、初めての魔法の発動時は、おそらく操作工程はうまくやれないから、魔法が発動して飛んでいくまでの感覚がどんな感じか、それを意識していてくれ。……最後は終止工程だけど、これはもう分かるな?」
「《終了》だよね!」
「そうだ。じゃあ、二人共、これから実践だ。……よし、この石に手を向けて、《風》を使ってみてくれ」
言いながら、俺は少し離れたところまで歩き、拾った石をそこにおいた。
二人は真剣な顔で魔法名を唱える。
「「《風》」」
魔力が空間の裏側に消え、数秒制御する気配を感じる。そして風のような性質に変わった魔力が物理空間に戻って来ると共に、魔法陣が展開された。
そして、二人共再び魔力を魔法基盤に送り込む。それらを制御して、再び変換している。充填工程の前に再び変換工程が挟まっているような形だが……初めての魔法発動ならこうなるのは仕方ない。
変換された魔力を魔法陣に注ぎ込むと、二人が少し驚いたような顔をした。発動する感覚を理解したのだろう。二人は真剣な表情に戻り……《風》を発動した。
魔法陣から風の塊が現れ、飛んでいく。
リルカの魔法は残念ながら当たらなかった。近くの地面に命中して、パンという音ともに破裂した。
だがなんと、セルマの風弾は俺が置いた石に命中した。石が風弾に弾かれ飛んでいく。
「「おおおおおおおお!!」」
二人が歓声を上げる。
だが、まだ魔法は終わっていない。
とりあえず二人の興奮のピークが過ぎたタイミングで声をかける。
「終止がまだだぞー」
厳しく聞こえてしまわないように、俺はあえて気の抜けるような言い方で注意する。
……モチベの高い子相手、それも別に危険でもないミスについては厳しくしない主義だ。
……まぁ、終止工程忘れは、魔力が欠片も無駄にできない状況とか、残り魔力が少ない状況だと命に関わるけど。それでも、初めての魔法発動の感動を奪い取って怒鳴るほどの話じゃない。
「あっそうだった! 《終止》」
「わすれていました。すみません。《終止》」
「よし、ちゃんと終止までできたな。まぁ、操作は省略された形になってしまったが、初めての魔法発動ではそれは当然のことだ、気にしなくて良い。さっきの魔法が飛んでいく感覚を覚え、少しずつそれを操作できるように訓練していってもらうことになる」
「「はい!」」
「いい返事だ。……それで、初めて自分で魔法を発動して、どうだった? 感想を教えてくれ」
魔法を初めて使ったことに関する感動の共有。
個人的に楽しみでもあるし、二人も感情の発露が大事だろうと思う。
「なんかすごかった! なんていうか……魔法陣の魔力がキュイーン! ってなって! 風になって! パシューって! すごいすごいすごーい!!」
「不思議な感じでした。でも、楽しい不思議でした。感覚としては全然違うんですけど、音楽のリズムぴったりに手拍子ができたときみたいな心地よさを感じました。それに、すごく綺麗でした。……あと、ちゃんと魔法が飛んでいって、私が魔法を使ったんだーってわかって嬉しかったです」
二人は楽しげに魔法について語った。
その後、これ以上授業や訓練っぽいことはせず、もう数回だけ好きに魔法を使わせた。
二人はまだまだ魔法を試したいと言ったが、二人共自分で思っている以上に消耗していたため、明日に差し障りがあると言ってやめさせた。
明日も絶対魔法を使わせてくれと言ってくるのに「もちろん」と返した後、二人がテントへ向かうのを見送った。




