第十三話 勝利の日
歓声が上がっていた。
しばらくは様子を窺っていた住民たちだったが、俺達の勝利を認識すると、少しずつ人がやってき始め……そして声が上がり始めた辺りで、あちこちの建物からどっと溢れるように人がやってきた。
人々は口々に、「ありがとう」と感謝を述べ、勝利への歓喜を叫ぶ。中には魔獣を罵る言葉もあった。
俺と、降りてきて並んでいたアステミリスは二人して、感謝を述べる人たちに押しかけられ、もみくちゃにされる。
胴上げみたいな文化はないが、ここが日本なら胴上げされているだろうなというレベルだ。
だが、アステミリスが言葉やジェスチャーで少し離れるように示すと、少しずつ俺達の周りの空間が空いていった。……別に強く言ったりしたわけでもないのに、よく皆言うことを聞いたな。別にそこまでここの人たちが特別民度が高いわけでもなさそうだし……アステミリスのカリスマか。
そして、アステミリスは周囲を見渡すと……突然、神秘式を行使し始めた。
「生命神ヴィタサニータ、聖光神ルクスレスティア、二柱の神威を以て、この地に人々を救い給え。この地の人々が受けた痛みを、絶望を、傷跡を、癒やし……給え!」
光が、王都の至る所に降り注ぐ。
そして、負傷していた人々の傷がみるみる癒えていった。……ついでに、俺の体にある傷も。
更に、生気を失ったようにしていた人々の目にも、希望が届き始める。
再びの大歓声。
王都の人々は口々に喜びを伝え合う。
だが、俺にとってそれはどうでもよかった。
問題はアステミリスだ。
「ミリス! お前そんな事する余裕はないだろ! 既に限界近くまで消耗していたはずだ!」
言いながら近寄ってみると、やはりアステミリスの顔色は非常に悪かった。
「いえ……これが私の務めですから」
「務め? なんのだ? 聖女のか? だったら気にするな! お前は聖女の立場としてここにいるわけじゃないだろ!」
俺は語気を強めて言ったが、アステミリスは否定の意味を込めて首を振った。
「いいえ、私が私であるためには……人々のために神秘式を使わなければならないのです。そうでなければ、私に価値はない」
「……それ、誰が言ったんだ? お前にそのギフトを与えた神々か?」
「……いえ、違います。ですが──」
「ですがじゃない。それを言ったのが神々ならともかく、そうじゃないなら一度忘れろ。お前はもう少しお前自身を労れ」
言ってみたものの、アステミリスは納得いっていない様子だった。
そうやって少し気まずい空気になっていると……人々を掻き分けて、二人の少女がやってきた。
やってきた二人の少女の目には泣き腫らした跡があった。
「リルカ、セルマ、大丈夫でしたか? 生命神ヴィタサニータよ、この者の傷を癒やし給え」
「お前、またっ!」
アステミリスは屈んで二人に視線を合わせて問いかけた後、神秘式でリルカの足を癒やし始めた。
リルカの足は腫れ上がり、爪も剥がれ、血が流れていたが……いずれも綺麗に治癒していく。
アステミリスは慈愛に満ちた表情をしているが……顔色自体はすこぶる悪い。
少女二人は、それに……気づいていないな。おそらく、憎い仇を討った直後で、他人の様子にまで気が回らないのだろう。
「はい、大丈夫でした」
「リルカちゃんも私も、大丈夫です」
「そうですか……お疲れ様でした」
アステミリスは二人を抱きしめ、瞳を閉じて言った。
二人は戸惑った後、少しためらってから、アステミリスを抱き返した。
「……うん、ありがと」
「ありがとうございました」
二人の感謝は……きっと、アステミリスが自分たちの行動を黙認したことを察した故のものだろう。聡い子達だ。
その様子を見ていると、遠くから複数の足音が迫ってくるのが聞こえた。……鎧の音もする。
人垣に道を開けるように言う声も聞こえるな。
アステミリスにも聞こえていたのだろう。二人を抱きしめていた腕を解き、立ち上がる。
そして、立ち上がったアステミリスが、迫ってくる足音の方向へ顔を向けたのとほぼ同時に、人垣が開け、数人の兵士が見えた。……方向的には、王宮からやってきたのだろう。今まで見た兵士よりも装備がいいし、近衛かなにかだろうか? だが、その割にはさっきまで戦っていましたというような様相だ。……いや、近衛だろうと、出し惜しむ余裕はなかったか。
「天啓の聖女アステミリス殿とお見受けします。国王陛下よりお招きするよう仰せつかっております。ご同行いただけないでしょうか?」
「わかりました。行きましょう。こちらも国王陛下にはお目通り願いたいと思っていたところです。……この三人も同行させますが、よろしいですね?」
「……そちらの男性がアステミリス殿と共闘されていたことは把握しておりますが……そちらの二人の少女は?」
「こちらの二人については事情がありまして……そのことを、国王陛下に報告と相談をさせていただきたいのです」
「……わかりました。では、皆様ご同行ください」
兵士の言葉にアステミリスが頷き、続いてアステミリスはこちらに顔を向けて頷いてきた。俺も少女達も頷き返す。
歩き出す兵士に俺達も続く。周囲の人垣から、何か羨望のような視線も感じるな。俺達に憧れ……ている雰囲気じゃないな。なんだ?
※※※
「流石は名高き天啓の聖女! 我が国の兵たちを凄まじい規模の神秘式で強化しただけでなく、突如王都の中央部に現れた怪物まで撃滅するとはな! しかも、負傷者達の治療までしてくれたとか! 感謝してもしきれんぞ!」
国王陛下は、かなりのイケメンだった。若いな。
……人垣から感じた羨望の眼差しは……よく考えると女性からのものばかりだったかも。
「して、そちらの二人の少女が、数多の民の命を奪った災厄の魔獣の正体だと?」
「ええ。ですが、それは魔族の呪いの影響で、本人たちは北部の村出身の一般的な農民の子です」
「なるほど。で、その呪いは完全には解呪できておらず、聖女殿に同行する必要がある、と。……よいだろう。聖女殿とそちらの……同行者殿が為した偉業を考えれば、民二人を従者にしたいという程度の願いは取るに足らん。その二人が魔獣に変えられていたときに行った殺戮についても、気にせずとも良い。……その二人に家族を奪われた者達には怒りもあるだろうが、諸悪の根源は魔族だ。そして、魔族の暗躍を防げなかった責任は我にあるだろうさ。故に、二人の罪は不問、償いは我が引き受けよう」
「ありがたく存じます」
「無論、その程度で聖女殿への恩を返せたとは思わん。そもそも今回の罪についても、その二人が負うべきものとは言えぬだろうしな。今後、我に協力できることがあれば、好きに言うといい。……まぁ、魔獣に蹂躙されて国力の低下した我が国では、そうそう多くの要望には応えられんだろうが」
「いえ、十分でございます。……では、この二人は私達に同行させます。……それと、申し訳ないのですが、宿を手配していただけないでしょうか? 私も仲間もかなり疲労しておりますので」
「わかった。王宮内の部屋を手配しよう」
国王とのやり取りは、全てアステミリスが行った。
まぁ、俺には社会的な立場がないしな。
……とりあえず、国王が話の分かる人でよかった。リルカとセルマを国民の不満の捌け口として処刑するとか言われかねないと警戒していたんだが、すんなりこちらの要望に頷いてくれたな。
さて、今日はつかれた……せっかく用意してもらったのだ、しっかり休ませてもらおう。
※※※
「アステ」
「……来ましたか、レイ」
アステミリスの部屋に、一つの影が現れた。
彼女の愛称を呼ぶ女性の声以外には、一切の気配も前兆もなく。
「計画が変わった。アステは大魔境ではなく、ラコニドゥムを目指してくれ」
「……ホクマラス砂漠の大魔獣をむざむざ敵に渡すと?」
レイと呼ばれた影を、アステミリスが睨みつける。
だが、レイはその視線を意にも介さず答えた。
「今回は相手が悪い。あなたが消耗している現状では間に合わないし……無理矢理間に合わせても勝てない」
「ですが、今回ホクマラス砂漠に向かっている敵はあのマレディエスです。大魔獣を取り込めば、それこそ手が付けられないでしょう?」
「完全に制御されれば、そうだ。だから、取り込んだ直後……その力を掌握するのに意識と力を割かなければならない状態を狙い、封印する」
その言葉を聞いて、アステミリスは考える。
そして、理解を示しつつも、何処か苦々しげな表情を浮かべた。
「……敵が力を取り込む隙を突いて封印のですね。とはいえ封印は時間を稼ぎにしかなりません。敵も封印を解こうとするでしょし……何よりあのマレディエスが大人しく封印され続けるとも思えません」
アステミリスの言葉に、レイも頷く。
「もちろんそのとおりだ。だから、封印で時間を稼いでいる間に、臨界を迎えた他の大魔境の大魔獣を倒して、吸収した奴を倒す準備を整える」
「……はぁ、それしかありませんか」
アステミリスにしては珍しくため息をついた。
まさに、苦渋の選択であると、表情が告げている。
「わかりました。……封印するということは、エリスの仕事ですね。彼女にはこちらの力が及ばなかった事の負債を背負わせる形になってしまいますね。レイ、申し訳ありませんが、私の代わりに彼女に謝っておいてください」
「了解……では」
そういって、レイは空間に溶けるように消えた。
それを見届けると、アステミリスはベッドに倒れ込んだ。
「さて……流石に疲れましたね。一日に二度も、儀式なしで神託を受けたりするものではありませんね。魂が悲鳴を上げている……いいかげん……ねむら、ないと……」
神託を受けるのは、超大規模な神秘式の行使のようなものだ。神威を消費する上に、肉体・魂魄・精神の全てに負担をかける。神託を受けるときに行う儀式は、神威の消費と術者への負担を軽減してくれるのだ。
それをしなければ……並の聖女ならそもそも神威が足りない。仮に足りても、まともに神託を聞くことも出来ずに気絶するほどの負荷がかかる。
今日のアステミリスは、そんな儀式なしの神託を日に二回も受けた。加えて到達権能を使用した、大規模な神秘式の行使まで複数回行っている。はっきり言って、いつ気絶してもおかしくない程に消耗していた。
アステミリスはなんとかベッドの中に潜り込むと、すぐに寝息をたて始めたのだった。




