第十四話 過ぎたる最強に封印を
リルカとセルマの故郷を滅ぼし、ディムベスに超高密度の呪いの宝珠を渡した呪紋族の男マレディエス。
彼はアステミリスが元々目指していた大魔境ホクマラス砂漠を歩いていた。
出現する魔獣の危険度は最低でもⅦ。大半はⅨオーバー。そして、彼が今歩く中心部付近なら危険度Ⅻなどという怪物すら現れる。
しかし、マレディエスはそれらを意にも介さず進む。
圧倒的だった。
彼に襲いかかった魔獣は、突如として黒い呪いの塊へと変貌し、彼に吸収されていく。
後には死骸すら残らない。
悠然と進むその姿は、絶対者の歩み。
世界で最も危険な場所であるこの死の砂漠にあってなお、彼を止められるものはいない。
そう思わせる程に圧倒的な彼の足を止めるものがあった。
「ようやくだな」
呟いたマレディエスが見上げたのは、凄まじい巨体を誇るヘビのような怪物だった。
大魔獣。
大魔境の中心にいるとされる、最強の生物。
マレディエスはその最強の生物と対峙し、不敵に嗤う。
大魔獣の口に光が集まった。
誰もがわかる、ブレスの前兆。
対するマレディエスだが、回避する様子はない。
「さぁ、貴様の力、もらい受けるぞ」
放たれた熱線が迫る中、マレディエスは怯むことなくそう告げたのだった。
※※※
砂漠に無数のクレーターと、呪いに汚染された漆黒の大地が斑模様に点在していた。
倒れ伏す大魔獣の巨体。その頭に、わずかに血を流しながらも、未だ余裕のあるマレディエスが触れていた。
「さぁ、我に同化せよ!」
言葉と共に、マレディエスはその頭を抱きしめるように、大魔獣に触れる。
すると、マレディエスの肉体は大魔獣の頭に沈むように飲み込まれるていき、一度姿を消した。
そしてしばらくすると、魔獣が傷ついた体を起こした。
体起きたのとほぼ同時に、その頭からあたかも角が生え、突き出そうかとしているように盛り上がり……そこから、マレディエスの上半身が姿を表した。
「くっ……この我であっても、制御は容易くはないな。流石は大魔獣と言ったところか。……しばらく制御に専念せねば」
「でしょうね」
上空から声がした。
マレディエスがそちらを見上げたのとほぼ同時……空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
その規模……魔法陣の面積だけで、大国の首都がすっぽり入るであろうほどの規模だ。
普通、こんなにも巨大な魔法陣など存在しない。
そして、その魔法陣を手をかざして展開している少女を見て、マレディエスは状況を悟った。
「なるほど……詠唱を終わらせた状態で、ここに転移してきたわけか。貴様をここに飛ばしたのはあのエルフだな? ふん、考えたものだな……認めてやろう、今回は貴様らが我らの想定を上回ったわ」
言いながらも、マレディエスは上空の少女を攻撃しようと試みたが……少し体の制御の手を緩めるだけで、同化した大魔獣の体が反逆しようとしてくる。仕方なく攻撃を中断し、同化している大魔獣の制御に再び力を振った。
「あなたみたいな怪物に認められても、別に嬉しくはないわ」
空に浮かぶ少女は、淡々と告げた。
同時に、巨大な魔法陣が輝きを増す。
これは、少女が人類側の到達者たちと協力開発した、対大魔獣同化態到達者用封印術式である。
今回の状況そのものを想定していた訳では無いが、敵が大魔獣と同化するのを許してしまう可能性は考慮されていた。この術式は、その保険として開発されていたものだ。
超越級封印魔法《始まりを閉ざす時棺》。
対象存在をその時間ごと封印するという、今この世界に存在している中では最大の規模を誇る魔法だ。
その超越級魔法が、今発動した。
元来、超越級魔法は一人で発動することはできない。
超越級魔法は最上級魔法の更に上に位置する魔法。この世界の魔法の頂点だ。
そして、ひとつ下のランクである最上級魔法であっても、理論上、神ならざる存在が単独発動することは不可能とされている。
例外はギフト【最上級魔法制御力向上】を持つ者だけ。【最上級魔法制御力向上】を持つ者は、研鑽次第で最上級魔法の単独発動が叶う。
では、その上に位置する超越級魔法はどうか?
答えは「超越級魔法は【超越級魔法制御力向上】を以てしても単独発動できない」だ。
超越級魔法は【超越級魔法制御力向上】を持つ者最低一人を含む魔法使いの集団が、血の滲む努力で一糸乱れぬ魔力連携を身に着け、ようやく発動できる魔法の到達点である。
それを単独発動できる可能性があるとすれば、それは神か……ギフト【超越級魔法制御力向上】を二重に獲得している者だけである。
「ククク……クハハハハハ! なるほど、これが世界で初めて【超越級魔法制御力向上】を二重獲得し、個人での超越級魔法の行使を可能とした到達者エリス・ウォルファルトか、良いものを見せてもらった」
封印が始まり、大魔獣の体も、頭から突き出る人型部分も身動きができなくなっていく中、マレディエスは呵った。
だが、直後に、辛うじてまだ動かせた表情筋を総動員して、マレディエスは憤怒の表情を作る。
「だが、我がただで封印され続けるなど思わぬことだな。いずれこの封印を、静止した時間ごと食い破り、貴様を殺しに行ってやる。……それまで、せいぜい力を磨いているが良い」
その言葉を最後に、マレディエスは完全に静止した。
それどころか、周囲の空間の時間もすら静止していく。
最後には、その内に入った光すら静止し、以降は光すら入ることのできない空間と化した。
見た目で言うなら、超越級魔法の封印対象空間は、半球形のドームのような漆黒の空間と化したのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……フィ、《終了》」
エリスが荒い息を吐きながら、魔法の契約を終了した。
当然だ。並の超越級魔法ですら、個人で行使すれば、到達者であるエリスの意識を朦朧とさせるほどに消耗させる。
今回行使した《始まりを閉ざす時棺》は、そんな超越級魔法の中でもコスト度外視の効果重視で作られた最大規模のものだ。到達者であるエリスが使用すること前提という破格の魔法である。その負荷は尋常ではない。
今にも意識を失いそうだったエリスの体が、空中で揺れ……そのまま落下しかけた。
「あぶないな」
その落下しかけたエリスを、突然そこに現れた女性が抱きとめた。
耳の長い、エルフ族の美女だ。
「ありがとう、ございます」
「無事封印できたようじゃな。……そして、予想通りの消耗。今は寝ておれ、余がつれて帰ろう」
「ごめんなさい、お願いします」
エリスはそのまま、エルフの女性に体を預け、そのまま眠りについた。
「……すまんな、エリス。お主にばかり負担をかけて」
エリスが行使した魔法は強力だ。
だが、難易度が高く魔力消費が重いこと以外にも、大きなコストとリスクを孕む。
それは、その強力な効果を維持するのに、極めて特殊な術式を構築していることが原因だ。
魔法基盤の元来繋がらない箇所すらも無理矢理繋いで効果を増幅している術式であり、その基盤をつなぐために術者の魂の一部を使用しているのだ。
このため、この封印が解かれるまで、エリスの魂の一部も欠けている状態となる。その結果、エリスの魔力上限が下がってしまう上に、通常より長い睡眠を必要とするようになるのだ。
しかも、エリスが死ぬことがあれば、基盤を繋いでいた魂が消滅し封印が解けてしまうという問題もある。
そんな欠陥だらけの術式であるが、それだけのことをした以上、効果は絶大。
逆に言うと、それだけのことをしなければ、大魔獣と融合した到達者は封印できないと試算された結果だった。
エリスはそうしたリスクとコストを、一人だけで背負っている。
「……おにいちゃん」
エルフの長い耳が、小さなつぶやきを拾った。
どうやらエリスが寝言を言ったらしい。
「……そういえば、エリスは慕っていた兄が廃嫡され、放逐されたのだったか。……エリスの人生は苦難ばかりじゃな。ふむ、たまには余が楽しませてやるか」
そう言うと、彼女は緻密な魔法陣を構築した。
それは、最上級魔法による空間転移の魔法陣。
最上級魔法を、単独無詠唱で発動した。それはつまり、世界でも最高クラスに恵まれた組み合わせで二つのギフトを所持していることを意味する。
エリスと、彼女を抱えたエルフの姿は直後に消えた。
後には、何人も揺るがすことのできない漆黒の空間だけが残った。




