第十二話 少女の復讐
全身を氷に覆われ落下してくる巨体。
神秘式の力を借りてその近くまで飛ぶ。そして、速度が付きすぎない内から、《風》を複数出現させて、それで支えた。中央広場の元いた地点に誘導して、割れないように降ろす。
初級魔法は基本攻撃にしか使えない魔法ではあるが、自分の魔力圏内なら、弾が他の物体に触れようと密度維持できる。加えて、同じく魔力圏内であれば、物体に触れた状態の弾に速度付加を続けることで実質的に力を加えることもできる。……だから、氷の下部を魔力圏内に入れられる位置まで飛べば、《風》の弾で支えることができるのだ。
……なお、魔法の速度付加には反動がない。魔力制御の感覚としては、かなりの速度付加をかけ続ける必要があるという意味で、氷の重さ感じるが、直接的に重いとは感じない。同時に、飛行用の神秘式を操る感覚としても、重いという感じはない。これが地面に立った状態でも、足への負荷は皆無だ。……その代わり、今みたいに魔法に速度を与え続けるのは、魔力をガンガン消費する。
閑話休題。そうして、初級魔法の力で巨大な氷をゆっくりと降ろした。
氷に封じられた悪魔が、広場に横たわっている。
氷漬けになっても死なない魔獣は多い。この程度では殺せないだろうが、身動きもとれないはずだ。
あとはアステミリスの仕事だ。……いや、生み出された魔獣はまだ動いているな。こいつを倒してもこいつが生み出した魔獣は止まらないか。
目に見える範囲の魔獣を掃討していくが……かなりきついな。頭がくらくらする。
魔力量には自信があったが、流石にほとんど底をついた。今日はちょっと無茶をしすぎたな。戦闘でハイになっていた精神も戻ってきたし。
……周囲に被害を出さないように倒すというのは、やはり難しいものだ。
この巨体を氷漬けにして、周りの魔獣もひとまず蹴散らしたからか……広場に少しずつ人やってきて、様子をうかがっているようだ。
「た、たおしたのか?」
誰かの声が聞こえた。
まずいな……これでもし、敵を討伐できたと勘違いされ、騒ぎになったりしたら収拾がつかなくなる。
そうなるとアステミリスがトドメを差しにくいだろうし、トドメの一撃が一瞬で倒せるようなものでないとしたら暴れられるかもしれない。その場合、被害が出かねない。
「まだ終わってない! もうしばらく離れていてくれ!」
俺が声を張り上げると、様子をうかがっていた住民たちは怯えて遠ざかっていった。
そうして、周囲の安全確保をしていると、遠くで歓喜の気配を感じた。
城壁上の兵たちの歓声が聞こえてくるような気がする。
同時に、凄まじい神威を帯びた何かが、空を飛んでやってくる。
何か、というか……まぁ、アステミリス以外ないが。
「流石ですね、勝ちましたか」
空から声が降ってくる。
アステミリスの落ち着いた声だ。
結構距離があるが、張り上げてもいない声が何故かしっかりと耳に響く。
……これもおそらく神秘式の効果だ。
あらゆる神の神秘式が使えるっていうのは、やはり常識外れの便利さだ。
……便利ではあるが、わざわざそういう神秘式を使ったのかと思うと、少し心配になる。アステミリスもかなり消耗しているのが見て取れるのだ。
「ああ、トドメを頼む」
「わかりました」
俺の声も、特に張り上げてないがしっかりと届いたらしい。
俺の言葉に頷いたアステミリスは、持っていた槍を構えた。……投擲の構えだ。
槍が強い光を帯びる。
「聖光神ルクスレスティアよ、我が敵を、その内に巣食う呪いを、全て浄化し滅ぼす光をこの一撃に宿らせ給え!」
言葉と共に、槍から絶大な光が溢れた。
それを、アステミリスは投擲する。巨大な氷塊へ向けて。
槍は凄まじい速度で飛行し、氷を貫通。
直後、巨大な光の柱を作り出した。
氷の塊を丸ごと飲み込む、巨大な光。
それは氷を破壊し、内部の魔獣の塊を滅していく。
「ぐぅあああああああああ!」
ディムベスの悲鳴が響く。
ディムベスの巨体を構築する魔獣たちが、悉く消滅させられていく。
……とは言え、やはりこの巨体、一瞬では滅んでくれないらしい。
ディムベスはアステミリスが来ていることを察していた。浄化対策の改造も施していたのだろう。
だが、それでもなお、耐えきれないほどに圧倒的な光にディムベスは悶え苦しむ。
「クソ! クソクソクソクソクソォッッッ! ふざけるな! 私は、こんなところで、死ぬわけには! ああああああああああああああああ!!!!!」
ディムベスが叫ぶと、更に魔獣が生み出され……けれど生み出された端から消滅していく。
「魔獣たちよ! あの女を殺せ! 殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!」
ディムベスが叫び、光の中で魔獣たちがもがき、アステミリスへと首をもたげ、殺意を持って蠢くが……光の外に出ることもできないまま消滅していく。
叫びに伴い強力な魔獣も次々に生み出されるが、全て無駄。
そしてついに、体積を減らした巨体の内から、あの漆黒の宝珠が現れた。
宝珠もまた、みるみる内に体積を減らしていく。あたかも熱した鉄板の上に置かれた氷のように。
それを察したディムベスが、爛れ崩れゆく顔に焦りの表情を浮かべ……直後に決意を固めた。
これは、何かやるつもりだな?
「クルト、注意してください。……光の外に魔獣が漏れることがあれば対応を」
「ああ」
俺が頷いた直後、ディムベスが叫ぶ。
「呪宝珠よ! その内なる呪いの全てを以て! 我が力を顕現させよ!!!」
直後、漆黒の宝珠が、一瞬にして消滅し、莫大な量の魔獣が生み出された。
氾濫という言葉が相応しいだろう。
それは凄まじい勢いで消滅されながらも、光の柱の内を満たさんと次々に生み出されていく。
「おおおおおおおおおおおおおあああああああああああ!!!」
そしてついに、ディムベスの体を魔獣たちが覆い尽くし、更には光の柱の端にまで魔獣たちが到達する。
到達した魔獣を"弾丸型"で撃ち抜く。
撃ち抜く…………撃ち抜く……撃ち抜く、撃ち抜く撃ち抜く撃ち抜く。
溢れ出さんとする魔獣がだんだんと増えていき、苦しみを感じる。魔力切れが近い。
上空のアステミリスからもかなりの疲れを感じる。……王都の兵士や避難してきていた者たちにも神秘式をかけていたようだし、それも当然だろう。おそらく、最初からディムベスとの直接対決だったなら、もっと瞬時に消滅させられるような神秘式が使えたのではなかろうか?
ディムベスと俺達との戦いは、根比べの様相を呈する。
だが、その根比べの天秤はすぐに傾いた。
そもそもが、ディムベスとアステミリスでは、はっきり言ってアステミリスのほうが格上だ。
いくら大量の兵や民衆に神秘式を配って消耗しているとは言え……そして、ディムベス側にあの漆黒の宝珠のような凄まじいアイテムがあったとはいえ、この状況でディムベスがアステミリスに対抗することなど出来はしない。
光の柱に満ちていた魔獣の体積が減っていく。
魔獣が生み出される速度が落ち、消滅する速度が上回り始めた。
そして、段々と魔獣が減る速度が増していく。
決着だな。
俺がそう思った直後、ディムベスの絶叫が響いた。
「クソが! クソがクソがクソが! なら、貴様らも道連れにしてくれる!!!!」
直後、ディムベスの力を見てきた俺にはわかった。
ディムベスは、残る魔獣の中心部にいる魔獣に改造を施した。
何の改造かはわからなかったが、警戒し、臨戦態勢をとる。
直後──
ドォォォォォォオオオオオン!!!!
爆発した。
だが、爆発する直前に、アステミリスの盾の輝きとともに、残った魔獣の塊が光の膜で覆われた。ディムベスの力を外に出すまいと、ドーム状に。
爆発はその全てが光の膜の内側にとどまり、周囲に被害を出すことはなかった。
爆炎が晴れると、そこにはもはや残骸しか残っていなかった。爆発の影響により、クレーターこそできているが、それ以外の被害はない。
アステミリスの盾による光の膜は、光の柱の浄化の力は通すらしく、膜が残っているのに残骸はどんどん消滅していく。
数秒後、その場にはディムベスの痕跡は欠片も残っていなかった。
「我々の勝利ですね」
「ああ。……だが、生き残らせて尋問したりはしなくてよかったのか?」
「ええ。相手は到達者ですからね。尋問や拷問をする手間と、それまで生かしておくリスクを考えるなら。それよりは、確実に滅するべきです。……尤も、彼が本当に消滅するのはこの後ですが」
光の柱が消えていくのを見届けながら、アステミリスが意味深長なことを言う。
それは、ディムベスがまだ生きているかのような話だ。
「……どういうことだ?」
「そうですね……仮にそれが呪いに近しい感情なのだとしても……その機会を与えてあげなければ、あの子は前に進めないだろうと思ったのです」
「……そういうことか。……じゃあ、避難民ももう王都に入ったんだな」
「ええ、もちろん」
言葉で察した俺は、ある少女を思い浮かべ、続いて先程の爆発で抉られたクレーターを見る。ディムベスの悪あがきの結果だ。
その悪あがきの結果の末にあるものは、因果応報の結末らしい。
※※※
クラーデ王国王都の路地裏。
ディムベスは地を這っていた。
彼にはもはや下半身と片腕がなく、残る右腕だけで這いずっていた。
彼の後ろには、彼が先程なんとか這い出してきた穴があった。
彼は、光によって消滅されゆく中で、体の一部で地面に穴を掘り、地中から光の柱の外へと離脱したのだ。
爆発は、逃亡用に掘った穴を埋め、カモフラージュする意味もあった。
それによって、なんとかディムベスはアステミリスから逃げることができたのだ。
とはいえ、ディムベスの体は強力な浄化の光に侵食されている。
もはや体には一片の呪いも残っておらず、再生ができないどころか、むしろ体が端からボロボロと崩れていっている。
ディムベス自身もわかっている。
彼の命運はもはや尽きた。
生き足掻いてこそいるものの、あとは這い寄る死に飲み込まれるのを待つだけだ。
──だが、死ねない! こんなところで死ぬわけにはいかないのだ! 魔族の、そして我らが神々の未来のためにも!
ディムベスの意志は消えていない。絶望的な状況だとわかっていても、生きるのを諦めていなかった。
そんな彼の耳に、声が響いた。
幼い少女の声だ。
「あはっ! 流石私。私って勘も運もいいんだよね」
二人分の小さな足音とともにやってきたのは、二人の子供だった。
ディムベスはその二人を知っていた。
「おま……え、た……ちは」
「あはっ! お前ともう一人の男のせいで化け物にされた子供だよ」
言いながら、リルカはディムベスの頭を蹴り飛ばした。
「ごっ……」
ディムベスの口から変な声が漏れる。
「ねぇ、どんな気分? 自分よりずっと弱い子供に為すすべなく蹴られるのってどんな気分? ちなみに私はお前を蹴り飛ばせてすごく嬉しい! ようやく……ようやく! みんなの仇を殺せる!!!」
言いながら、何度もリルカはディムベスの頭を蹴った。
幼い少女の蹴りだが、それに抵抗もできないほど、ディムベスは弱っている。
その小さなダメージすら、致命的な程に。
蹴っているリルカの足からも血が出始めるが、彼女は気にせず蹴り続ける。
「ほら死ね! 死ね! 小さな女の子に蹴り殺されるなんて屈辱でしょ? お前にはお似合いね! だからほら、死んじゃえ!」
変な声を漏らしてたディムベスの頭からも、少しずつ出血が始まる。
既に何度かつま先が当たり、ディムベスの左目は潰れている。
「ちょ、うし……に、のるな、よ……こ、む、すめ……ぐっ」
ディムベスは、頭が沸騰しそうなほどの怒りを、そのまま言葉に乗せた。
しかし、嗤うリルカは意にも介さない。
「あはは! 何か上から目線で言ってるけど、そんな態度でいいの? 知ってるよ、お前呪いがないと化け物出せないんでしょ? 私も化け物になってたから、なんとなくわかるんだ。お前の体にも、私の体にも、今は欠片も呪いがないって! むしろ、呪いを消しちゃう光の力が残ってるって! ほら、だから私の蹴りでも痛いんでしょ? ほら! ほら! 死にたくないなら……命乞い? ってやつをやってみたら?」
言いながら蹴り続けるリルカ。
段々と、そのリルカの蹴りの威力が上がっていた。
……この瞬間まで誰一人として知らず、予想もできなかったことだが……リルカは格闘において天性の才能を有していた。
次第に、誰に習っていないにも関わらず、リルカ自身も気付かない内に、足が闘気を帯びていく。
「あはっ! コツ掴んできたかも! ほら、ほら! 死ね! 自分より弱い女の子に蹴られて、抵抗もできないで死んじゃえよバーカ!」
「ふ、ふざけ……る……なぐぁっっ!」
「ふざけてるのはお前だろゴミっ! やめてほしければさっさと命乞いしろよ!」
ディムベスの体はどんどん崩れていく。
顔中の出血箇所が増えていき、あちこちの骨が折れ、頭の形も変わっていく。
容赦なく続く蹴りに、次第にディムベスの中に屈辱以上の絶望が忍び寄ってきた。
ディムベスはこれまでの人生で、これほどまでに死に迫られたことはなかった。
その死が、一瞬の内に飲み込むのではなく、少女の小さな足という形で、体をじわじわと蝕んでいく。
一発ごとに痛みが増し、少しずつ気が遠くなっていくのがわかる。
そして、気を失えば、自分はそのまま、二度と目を覚ますことがないことも、当然ディムベスにはわかっていた。
意識の消失。
二度と目覚めない漆黒。
望みも果たせず、期待にも答えられず。
自分が見下す人間種の国の路地裏で、遥かに弱い少女になぶられ、惨めに死に絶える。
その未来への恐怖が、ついにディムベスの高いプライドを上回ってしまった。
「た、たす……」
「きこえませーん、もっとはっきり喋れよゴミ!」
言いながら、言葉を遮るように蹴り飛ばす。
一度心の折れたディムベスは、焦りながら必死に言葉を紡ぐ。
「たす、けて、もう、やめ……」
「敬語ってやつを使えよ!」
「がふっ……」
既にしっかりと闘気で覆われているリルカの蹴りにより、ディムベスの歯が折れ飛んだ。
「たすけ、て、ください……おねが、い、し、ます」
ついに言い切ったディムベスを、リルカが見下ろす。
そのリルカを、ディムベスは残った目で見上げ……絶望した。
そこには、愉悦に歪んだ笑みがあった。
「あはっ、あははははははは! 言っちゃった! 言っちゃったよこいつ! 私みたいな女の子に命乞いしちゃったね、化け物! でもね…………そんな命乞い、聞くわけないだろバーカ!」
その言葉とともに、リルカは大きく膝を上げた。
そして、今にもディムベスを踏み潰さんとする足に、全力で闘気を纏う。
愉悦から怒りに表情を変えたリルカは叫ぶ。
「お前は! 助けてくれっていうみんなを殺した! 逃げるみんなを殺して! たくさんの化け物を生み出して! たくさんの人を殺した! 許すわけがない! だから死ね! 死んでみんなに償え!」
リルカは足を踏み降ろした。
「やめ──」
ぐしゃり。
静止の言葉の途中で、ディムベスの頭は潰れた。
潰れた頭を、リルカは何度も踏み潰し続ける。
完全に死んだディムベスの肉体は、一気に浄化が進み、光の粒となって消えた。
それでも、リルカはその場を踏みつけ続ける。
セルマがそんなリルカに駆け寄って、後ろから抱きついた。
「リルカちゃん、もう、終わったよ」
リルカの足が止まった。
「セルマちゃん」
望みを果たしたにも関わらず、リルカの声は沈んでいた。
「リルカちゃんは、みんなの仇を討ったんだよ」
対するセルマは静かに語りかける。
「セルマちゃん、わたし……」
「ありがとう、リルカちゃん。みんなの仇を討ってくれて」
そういったセルマの手が震えていることに、リルカは気付いた。
声には歓喜の色はなく、けれど慈愛の暖かさがあった。
「私……私……うぅ……うわああああああああああん!」
リルカは声をあげて泣いた。
「ありがとう、ありがとうね、リルカちゃん」
リルカを慈しむように抱きしめながら、セルマも涙を流していた。
王都の路地、宿敵の消えたその場には、二人の少女が泣く声がしばらくの間響き続けた。




