新たな一歩
-Main story- 10-3
by Sigure
魔族の地から帰り、数ヶ月が過ぎていた。
その間には、年越しもあり、新年の儀式を行ったり、共存協定などの調整でバタバタと仕事に追われながらも私は有意義な日々を過ごしていた。
北の村では奈々美さんが、南の村では暁翔がみんなをまとめてくれていた。
今では彼らに触発され、導神族としての力を取り戻す者がちらほら出てきており、里で暮らす住人も増えてきた。
里に戻ってきた者達は一丸となり私と共に衣食住を整えるために懸命に働いてくれていた。
しかし、力を取り戻した者がみな、里に留まることを選択するわけではなく、新たな土地でそのまま過ごすことを望むものもいた。
それならそれでよかった。
各々、自分の選択で進む道を選べばいい。
場所は離れていても同胞だということには変わりないのだから。
そんな慌ただしい中でも、私にはささやかな楽しみがあった。
時折、共存協定の打ち合わせと称し、想輝様が訪ねてくることがあったのだ。
私たちは忙しい合間を縫っては、二人で過ごす時間を作り、互いの中を深めていっていた。
里をおとづれる彼は、いつも私を甘やかし、私は彼がくれる優しさに甘えた。
二人で過ごす時間はとても幸せに満ちていた。
様々な物事がスムーズに進み、いつかこの幸せがなくなってしまうのではと、怖くなってしまうほどに今の生活は満ち足りていた。
そして、ついに共存協定を結んでから初となる客人を迎え入れる日がやってきた。
寒さも和らぎ、太陽の日差しが気持ち良い暖かな日だった。
魔族側からはクラウド、人間族側からは颯真さんが選ばれていた。
クラウドは、医師として魔王城に勤務していた。
以前、ロイールと対峙し寝込んでいた私の診察をしてくれていたのが彼だった。
陸が検閲場まで彼を迎えにいってくれて、先ほど里に到着したばかりだった。
「シグレ、お久しぶりです。初めての方もいますね。私はクラウドと言います。共存協定を結ぶ大事な役を任されました第一号です。それで、人間族の一号さんはどちらに?」
「ごめんなさい。それがまだ到着していなくて。もうそろそくるかと。」
しばらく待っていると、血の気の引いた颯真さんを背に乗せ閤央が帰ってきた。
なかなか来ない颯真さんを閤央が迎えにいってくれていたのだ。
「ぐるぅー」 『連れてきたぞ。全く手間をかけさせよって。』
低音で唸る閤央に振り落とされた颯真さんは、地面に身体を打ちつけていた。
「うわ!いったぁ。おっ、遅くなりましてすみません。どうやら日付を間違えていたようで。ご迷惑をおかけしました。」
颯真さんは、尻餅をついたままの状態で皆に謝罪をしていた。
「ぐるぅー」 『颯真!ちゃんと時雨に事情を説明しておけ!陸行くぞ。』
っと、閤央は陸を無理やり背に乗せると、再び山の方へとかけていった。
「うわぁ、なんだ。急に俺をどこに連れて行く気だ閤央。時雨、どういうことだ説明してくれー。」
っと、叫ぶ陸の声があっという間に遠ざかっていった。
みんな状況が飲み込めず、ポカンと駆けていく閤央を見送るしかなかった。
そんな中、颯真さんが遠慮がちに声をあげた。
「あの…時雨さん。閤央様はなんと?」
「私に事情を説明しておけと言っていました。」
「あぁ、ですよね。はは。重ね重ねご迷惑をおかけしてすみません。」
っと、颯真さんは申し訳なさそうに頬をかいていた。
「颯真、その話は後ですよ。今は先に彼に挨拶なさい。」
空に促された颯真さんは、ここへ来た目的を思い出し慌てて立ち上がると、ビシッと姿勢を正していた。
「挨拶が遅れましてすみません。私は人間族代表の颯真です。よろしくお願いします。」
「どうも初めまして。私が魔族代表のクラウドです。」
っと、二人は握手を交わしていたが、なぜか颯真さんの視線はクラウドの頭にむけられていた。
「クラウドさんは、魔人なんですよね?見た目は普通の人間と変わりないようですが?」
「あぁ、角がないからですか?意図的に見えないようにしているのです。少しでも皆さんと早く馴染めるようにと術で隠しています。自由自在ですよ。」
クラウドは茶目っ気たっぷりに、角を出したり隠したりとしていた。
「それに私のことはクラウドと呼んでください。私もあなたのことをソウマと呼びます。それでいいですか?」
「もちろんです。あぁいい機会ですから、時雨さんも僕のことは颯真とお呼びください。ここで暮らすんです。長様にさん付けされると居心地悪いですから。」
っと颯真さんは、ニカっと屈託のない笑顔を見せたが、それはほんの一瞬で、今度は困った様子で頬をかきながら視線を泳がせていた。
「えっと、それでですね、時雨さん。こんな時にいうことではないかもしれないのですが…。」
っと颯真さんはちらりとクラウドの方を見て様子を伺っていた。
颯真さんの視線に気がついたクラウドが口を開いていた。
「私のことは気にせず話をしてくれて構いませんよ。席を外しましょうか?」
「いや、そんな大層な話ではないのでそのままで大丈夫です。実は、奈々美と瑛太も一緒に山を下っていたんです。その、それで…。」
颯真さんは、モジモジと恥ずかしそうに言い淀んでいた。
どんな話題が出るのだろうと話の続きを待っていると颯真さんは、意を結したのか姿勢を正し大きな声を張り上げた。
「な、奈々美と、けっ結婚することになりました!つきましては、この里で奈々美達と共に過ごさせてもらえないでしょうか。」
っと、ガバッと勢いよく頭を下げてきた。
大層な話ではないと言いながら、とんでも発言をぶち込んできた颯真さん。
意表をつかれた私は、一瞬思考が停止する。
それは仕斗も同じだったようで、2人ともポカンとした表情を見せていた。
「颯真、そういう大事なことはあらかじめ便りをよこすなどして報告するべきだぞ。」
固まった私たちの様子を見て、一緒にその場にいた想輝様が助け舟を出してくれた。
「へっ?想輝様!いらっしゃったのですか‼︎気づかず大変申し訳ございませんでした。その、そうですよね。手紙という手段があるのを忘れておりました。すみません。」
尊敬する想輝様にたしなめられてシュンとする颯真さんを励ますように、クラウドが明るい声で話し出す。
「めでたいことではないですか!いいですね。生涯を共にするパートナーを得られたのはとてもいいことです。」
クラウドは颯真さんの肩をバシバシと叩いていた。
「はぁ、そういえばお前は少し抜けたところがある奴だったな。」
っと、想輝様は額に手を添えやれやれといった表情を浮かべていた。
「すまないな、クラウド。私の部下が初回の顔合わせに遅刻し、その上、こんな話を聞かせることになってしまい申し訳ない。」
「構いませんよ。悪い話ではないですからね。それに、遅刻というほど遅れていないですから。」
魔人が寛容なのか、クラウドが柔軟な人なのかわからなかったが、とりあえず、最初の顔合わせが無事に終わりほっと胸を撫で下ろす。
そして次に、共存協定を始めるための確認事項などの説明を一通り済ませてから、私は二人が使う家へと案内することにした。
「では、クラウド、颯真さん。あなた達が生活する家へ案内するわね。」
私達は、先々を見越して共存協定で使用する家を広めに作っていた。
少しでも多く互いが交流ができるようにと、あえて棟はわけず、同じ屋根の下、共用スペースを広く取り、個室も何室か作ってプライバシーも確保できるようにと建築したのだ。
家に案内している道すがら、颯真さんは懐から一通の手紙を取り出した。
「いやぁ、手紙をもらって驚きましたよ。ほんと。魔物が出たって、村を飛び出して行ったと思ったら、いつの間にか魔族の土地にまで行っていて。その上、共存協定を魔族と結んだって書いてあるんですから。」
それは、想輝様が颯真さん宛に直々にしたためた手紙だった。
「ソウマ、あなたは、人間族なのにシグレのお手伝いをしていたとか。後でお話を聞かせてくれますか?」
「もちろんだとも。時雨さんの武勇伝を沢山聞かせてあげよう。その代わり、クラウドもそっちであったことについて話してくれるかい?」
「もちろんです。」
二人は拳と拳を合わせていた。
すでに二人は仲良くなっているようだ。
それにしても私の武勇伝って何かあっただろうか?
「颯真さん、私の武勇伝なんかありましたか?」
「〝颯真”ですよ、〝さん”はつけないでください。かっちょいい時雨さんの話はいっぱいありますからね!」
っと、豪快に颯真さんは笑っていた。
「あんまり話を盛らないでね。」
苦笑しながら、私はわいわいと話す二人を家の中へと招いた。
「ここが共用スペースよ。個室は何部屋かあるから、好きな部屋を選んで使ってください。一応キッチンはあるのだけれど、ここの生活に馴染めるまではしばらくの間、食事は屋敷でみんなで食べるようにしましょう。クラウド、魔族の土地で食べる物を色々と教えてちょうだい。この里でも出せるように準備するわ。」
「ありがとうシグレ。気遣い嬉しいです。」
っと、クラウドがギュッと私に抱きついてきた。
魔人はハグなどのボディタッチが多く、人との距離感を大切にする人間にとって馴染むのには時間がかかりそうだった。
その様子を眉間に皺を寄せた想輝様が眺めていた。
あの顔は機嫌が悪い時の顔だった。
私はさりげなくクラウドとの距離を取り、新たな話を切り出すことにした。
「颯真さん…えっと、颯真。奈々美さんと一緒にきたと言っていたわよね?閤央が陸を連れていったのって…。」
「多分、私の代わりに荷物持ちとして連れていったのだと思います。里で暮らせるように荷物をまとめて降りてきましたから。」
「そういうことね。空、陸に状況を知らせてやって。急に連れて行かれて困惑しているでしょうから。」
「はい。承知しました。」
空は頭を下げると、陸と連絡を取るためそのまま屋敷へと戻っていった。
「二人は夕飯まで荷解きしたりしてゆっくりしていてください。屋敷にきてくれても構わないわ。」
そう告げると、クラウドが手を上げた。
「私は、ここでどのような生活をして皆が過ごしているのか知りたいです。案内していただけますか?」
「えぇ、もちろん。」
そう、答えるとクラウドは私の手を握り〝ありがとう!”とにこやかに微笑んでいた。
「では、私も一緒に同行しよう。」
想輝様はさりげなく私とクラウドの間に入り、クラウドに向かって手を差し出していた。
「改めてよろしく頼む。」
「はい。よろしくお願いします。」
クラウドは私の手を離すと、今度は想輝様と握手を交わしていた。
想輝様は穏やかな顔で微笑んではいたが、私にはその笑みは引きつっているように見えた。
(もしかして嫉妬してる?)
想輝様と一緒に過ごす時間が増えるにつれて、私は彼の微細な動作から感情が読み取れるようになっていた。
私は心の中で子供っぽい想輝様の態度に愛おしさを感じていた。
その後、私は想輝様と共に、クラウドを連れて里の中を案内していた。
居住区や畑、田んぼ、家畜小屋など、人が増えた分、それぞれをしっかりと整えることができていたので、以前と同じような里の風景が戻りつつあった。
クラウドは子供達ともすぐ仲良くなり、一緒に里の中を歩いてみてまわっていた。
「お兄ちゃん、ここはね…。」
「そうなのか。教えてくれてありがとう。」
などと、会話を交わす姿をみて私はほっと胸を撫で下ろしていた。
「問題なくスタートできそうだな。」
っと、想輝様が皆からは見えない所でぎゅっと私の手を握った。
「えぇ、ほっとしたわ。」
私は想輝様に微笑み返し、握られた想輝様の手に自分の指を絡めた。
そんなこんなで、無事に共存協定は始動し、我々は新たな歴史の一歩を踏み出したのだった。
そして、それから数日後。
颯真と一緒に山を降りてきた奈々美さんと弟の瑛太くんがやっと里に到着した。
「時雨さーん。ご無沙汰してます。」
「長様、こんにちは。今日からよろしくお願いします。」
にこやかに挨拶をしてくれた二人の後ろには、息を切らし大きな荷物を持った陸がいた。
機嫌が悪そうにどすんと荷物を下ろした陸は、二人を出迎えていた颯真に叫んでいた。
「颯真!ちゃんと事前に連絡しておけよ。そうすりゃもっと楽に引越し作業もできるだろうが!!」
その言葉を聞き、奈々美さんが驚いた表情を見せていた。
「はぁ?颯真、ちゃんと連絡してくれていなかったの!!あなたが任せろって言っていたからてっきり話をしてくれていたと思っていたのに。」
奈々美さんが、颯真に詰め寄っていた。
「はは、うっかりしていてね。陸斗さん、ご迷惑をおかけしました。二人を里まで連れてきてくれてありがとうございました。」
ぺこりと颯真は、陸に頭を下げていた。
「うっかりしていたではすまないじゃない。すみません、時雨さん。」
「そうだよ、にいちゃん。しっかりしてくれよ。」
っと、颯真は奈々美さんと瑛太くんからつっこまれていた。
「はは、すまない。そこまで頭が回らなかったんだ。なぁほら、あそこみてみろ。今な、君たちが住む家をみんなで作っている最中なんだ。」
颯真は気まずくなったのかったのか、さらりと話題をすり変えていた。
二人の視線の先には、クラウドが力を使いながら、里のみんなと一緒に建築作業を進めている光景があった。
クラウドは建築当初から、〝結婚祝いです‼︎“と意気込み自ら指揮をとり動いてくれていた。
クラウドの朗らかな性格もあり、里の者達はすでに彼と打ち解けていた。
「さぁ二人とも、家が出来上がるまではこちらに。せっかくだけど、しばらくは颯真とは同じ屋根の下で暮らせないの。ごめんなさいね。」
共存協定のことがある為、颯真は奈々美さん達とは同じ家で過ごすことができない。
私は、夫婦となる二人を別々の家に暮らさせることに申し訳なさを感じていた。
「いいえ、そんな。事情はきちんと理解していますし。むしろ私たちがすみませんでした。急に帰ってきた形になっちゃいましたね。」
「大丈夫よ。確かに最初は驚いたけど、二人の幸せを祝福するわ。」
こうして里に新たな住人が加わった。
一歩ずづ着実に里に人が戻ってきている。
そんな里の様子を眺めていると、私は嬉しさで心が満ちていくのを感じていた。




