西の祠へ
-Main story- 9−5
by Sigure
私達が、玄関のホールへ向かうと一人の男性が待っていた。
「おはようございます。本日、案内役を任されました、ロイールです。よろしくお願いします。」
「おはようございます。ロイール、よろしくお願いします。」
ロイールは、身長も高く、割とがっしりとしている体型だった。
少し圧を感じる見た目だが、どうやら人望がある人のようで、先ほどからすれ違う人が皆、ロイールに笑顔で挨拶を交わしていた。
案内役の人がおどろおどろしい人だったらどうしようかと不安に思っていたので、私はホッと胸を撫で下ろす。
「そういえば、想輝様はきていないようですね。」
ロイールは、キョロキョロと周りを見渡していた。
「えっ。想輝様?」
私達3人で向かうのだと思っていたので、想輝様の名前が出て驚いてしまった。
そんな私を見て、ロイールは、〝伝達ができていなくてすみません。“と詳細を話してくれた。
「昨夜、想輝様の要望で、時雨様が心配なので一緒に着いていくと、魔王様にお話があったそうです。私は魔王様から一緒に案内するようにとおおせつかっています。そろそろ彼らも来るのではないかと。」
廊下へ視線を向けると想輝様と越志さんがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「噂をすればですね。お二人ともこちらです。」
ロイールは二人を手招きしていた。
「遅れたか、すまない。私達も君達に同行する事にしたからよろしく頼む。」
「いえ。私達も先ほどここにきた所なので大丈夫です。」
見知らぬ土地では、仲間が多ければ多い方が良い。
想輝様と越志さんが一緒に来てくれるとはなんと心強い事だろう。
「では、出発いたしましょう。」
ロイールが組んだルートは、魔王城を出てからしばらく街道を歩き、途中からは森の中を突っ切っていくというもの。
ずっと街道を歩いていくこともでき安全らしいが、そちらの道からいくと遠回りになり、帰りが遅くなってしまう。
そうなると、危険性の高い夜行性の魔物を相手することになり、苦労するらしい。
だから、最短距離で進むために少々危険はあるが魔物の住処である森の中を突っ切って祠へ向かった方が、結果的には安全だという判断だった。
話通り、昼間の街道に魔物の気配はなく、安心して歩くことができた。
道中、想輝様から聞いたのだが、ロイールは皆から慕われており次期魔王候補なのだそうだ。
ロイールは確かに温和な雰囲気で話し方も丁寧だった。
しかし、完璧すぎて、なんだか作られたもののように感じてしまい、私は彼に苦手意識を抱いてしまった。
「ではみなさん、ここから森に入ります。気をつけてください。毒を持つ魔物もいますから。何かあった時は言ってください。処置ができる様に準備は整えてありますので。」
ロイールは茶めっけたっぷりに親指をたて背中のリュックを指さしていた。
森の中は、暗く鬱蒼としており、いつ魔物と遭遇してもおかしくない雰囲気が漂っていた。
やはり何かしらの異変はあるのだろう。
そんな事を考え歩いていると、陸がロイールに話かけていた。
「なんかもっとやばい感じを想像してたんですが、なんか普通の森と変わりないですね。」
「はは、あなたにはそう、見えますか。まぁ、魔物が活発に動き回る様になって遭遇率が上がっただけですからね。森自体になんら変化はないのです。」
私は二人の会話に違和感をもつ。
これがこの森の普通なのだというのか。
太陽は燦々と昇っていたはずなのに、森に足を踏み入れた瞬間から辺りは薄暗くなり、それでいてひんやりとした空気感だった。
想輝様や越志さんの様子を伺ってみるが、二人とも気は張っているものの、切羽詰まった様子はみられない。
(私が気にし過ぎなのかしら?)
しかし、森の奥に進めば進むほど、森の空気がより重たいものとなっていく。
やはり何かが変だ。
陸に話かけたいが、ロイールへの不信感が出てしまい、迂闊に声をかけない方が良いと私は感じていた。
閤央がいれば念で気づかれない様に話ができるのに。
(ん?閤央?)
ふっと、以前の魔物騒動の事が蘇ってきた。
そういえばあの時は私以外周りの様子がおかしい事にみんな気がついていなかった。
もしかしたら、前のように森中に幻覚術がかけられているのかもしれない。
私はロイールに気づかれない様に陸と連絡を取り合う事に決めた。
「あの、ロイール、少し休憩してもよろしいですか。お恥ずかしい話なのですが、森の中を歩く事は滅多にないので少し疲れてしまって。」
ロイールに怪しまれないように自然な振る舞いをしなければいけない。
「えぇ、構いませんよ。魔物の気配も近くにはない様ですし。女性には歩きづらい場所でしたね。気遣いが足らず、すみません。」
私が休憩などと言い出して、陸はもちろん、想輝様や越志さんまで一瞬不思議そうにしていたが、彼らは何かを察してくれたのか、私に合わせてくれていた。
「悪い時雨。俺も気がつかなかった。水飲むか。」
っと、陸が私に水を入れた竹筒を渡してくれた。
受け取る時に、そっと陸に呪札を貼り付ける。
「ありがとう。」
表面上は繕いつつ、陸と連絡を取り合う。
『陸?聞こえる。森の様子がなんだか変なの。何か感じてる?』
『やっぱなんか感じてたのか。休憩とか言い出すからおかしいと思ったぜ。』
さすがの仕斗。
私の様子に気がついて話を合わせてくれていた。
『俺の方はなんも感じてないぞ。てっかなんで普通に喋らない。』
陸は森の中をぐるりと見渡していた。
『私、ロイールってちょっと怖くて。』
『怖い?いい人そうに見えるが。』
『それが怖いって思っているの。仮面をつけている様で。』
呪札越しに会話しながらも、ロイールに怪しまれない様、水を一口飲む。
『それにロイール、さっきも森の様子が普通だと言っていたし。』
『それの何が怪しいんだよ?』
『魔物がおかしくなるほどよ。何も異変がないわけないじゃない。』
想輝様達はどう感じているのだろうか。
チラリと様子を伺うが何も変わりないように見えた。
『まぁそれはそうかもしれないが。でもその原因を探りに祠に行こうとしてるんだろ?』
『そうなんだけど。』
ここまで話すとロイールが声をかけてきた。
「休憩は済みましたか。そろそろ出発しましょう。あまりゆっくりしていると帰りが遅くなり日が暮れてしまう。」
「あっ、すみません。もう大丈夫です。」
慌てて陸に水筒を返し、立ち上がる。
「では行きましょう。」
ロイールの先導で再び歩き出そうとするが、髪が何かに引っ掛かり痛みが走った。
「すまない時雨、俺の服のボタンに髪が引っかかってしまったようだ。すぐ解く。じっとしていてくれ。」
想輝様は顔を近づけて引っかかった髪を解こうとしてくれた。
しかし、それはただの口実だった。
想輝様は私の耳元でそっと囁いてきた。
「〝何か気がついたことがあったのか。そうなら軽く頷け。”」
私はいう通りに頷く。
っと髪がまた引っ張られ痛みが走った。
「動くなと言っただろう。もう少しだからじっとしていろ。」
再び想輝様の顔が近づいた。
「〝何か内密に連絡できる方法はないか。前の様に。聖獣の耳だったか。”」
そこまでいうと、想輝様は私の髪から手を離した。
「よし取れたぞ。ロイール、もう大丈夫だ。行こう。」
こちらの様子を眺めていたロイールに声をかけると、想輝様は、何事もなかったかのような素振りで歩き出す。
『時雨?』
陸が再び呪札で連絡をしてくる。
『想輝様が内密に連絡を取り合える方法はないかって。』
呪札での会話は、導神族の者同士でしかできない。
確かに聖獣の耳なら伝える事はできるが会話ができない。
『一方通行でも仕方ないだろう。何も情報がないよりいいだろう。つけてやれ。』
私は呪札に念じてから想輝様に近づき、
「想輝様、肩になにかついています。」
肩のゴミを払うふりをして呪札を飛ばし貼り付ける。
『想輝様、これは一方通行でしか会話ができません。陸とは別の方法で連絡を取り合って手段を探っています。少しお待ちください。』
想輝様は返事がわりに、
「あぁ、すまない。森の中だ。すぐ汚れる。わざわざ気にする事ない。」
「そうですよ。シグレさん。気にしていたらキリがありません。」
ロイールは訝しげにこちらに視線をむけていた。
「出過ぎた事をしました。」
ロイールに不審に思われないよう私は想輝様と距離を取った。
「それにしてもお二人は仲が良いのですね。やりとりがまるで夫婦の様だ。」
「そんな事ありません。ただの幼馴染みっといった所です。お互い上に立つもの同士交流する機会がよくあったので。」
想輝様がロイールから見られない様に陸の方を指差し合図を送っていた。
どうやら想輝様がロイールの相手をして関心を逸せてくれる様だ。
その間に私は陸と話を進めていく。
『陸それでね、この森に幻覚術がかけられているのではないかと思うの。』
『魔物騒動の時のアレか。』
『そう。だからあなたに真眼を付与してみたいの。さりげなくロイールの死角になる様にこちらを向いてくれる?』
陸があたりの様子を伺っていた。
『わかった。少し先に落石がある。お前が通るのに手を貸す振りをして、振り向くからその時に貼れ。』
陸が言う通り、道の先には大きめの岩が転がっていた。
「この前の大雨で、土砂崩れがあった様ですね。みなさん足元に気をつけてください。」
ロイールが私達に注意を促していた。
「時雨、ほら手。」
陸は予定通り、ロイールに背を向けこちらに手を差し出していた。
その手を取りながら、さりげなく陸の目に呪札を飛ばす。
すると、〝うわっ⁉︎”っと陸の方が足元をとられ転んでしまった。
「陸、大丈夫?」
「はは。すまない。」
陸が起き上がるのに今度は私が手を貸す。
「気をつけてください。昼間は比較的安全とはいえ、ここは、魔物たちの住処です。血の匂いでもすれば魔物はすぐよってきますよ。」
ロイールは、そう告げると再び歩き出していた。
『時雨。お前が正解だ。闇が広がってるな。お前はちゃんと全体が見えてるのか。』
『私はしっかりと見えてる。これも叔母様のおかげね。』
皮肉だ。こんな所で、狂瘴草のお茶を飲んだ事が役にたつとは。
『どうする?あの2人にもつけるか?』
『そうね。その方が安全かも。』
でも、今この流れで付与すると流石にロイールに気付かれてしまうかもしれない。
私は、注意を促すため想輝様に念を送る。
『想輝様、前回と同様にこの森にも幻覚術がかけられております。真眼を付与したいのですが、流石にロイールに不審に思われてしまうので、タイミングを見て実行します。それまでは今まで以上に注意を払ってください。』
想輝様は後ろに手を回し、親指を立て了解の合図を送ってくれていた。
しばらく歩いていくと、ガサガサっと葉の揺れる音がした。
音の方へと振り向くとそこには、熊の様な大きな魔物がいた。
私は咄嗟に後ろに飛び、呪札を取り出し防御にでる。
『盾となれ』
襲いかかってこようとした魔物の爪を呪札が受け止める。
音に気がつき想輝様と越志さんが振り向く、状況を確認した2人は剣を抜き応戦しようとした。
が、その時、突然目の前の魔物がボッと燃え上がり姿を消した。
「すみません。すぐに気がつかず。時雨さんよく咄嗟に動かれましたね。何か出てくる気配でも感じましたか。」
ロイールは意味深に問いかけてきた。
(しまった。咄嗟に動いてしまったが、幻覚術がかけられているのだから気が付かないふりをしないといけなかった。)
私は、誤魔化す為に瞬時にそれっぽい言い訳を考える。
「いえ、たまたま出てくる方を見ていたので咄嗟に動けただけです。」
「流石導神族の長様だ。運が良いのですね。」
ロイールは微笑んでいたが、目の奥が笑っていなかった。
やはりロイールは怪しい。
魔物が出てくるのもわかっていて、私が反応するまで手を出さなかった気がしていた。
「時雨大丈夫だったか。怪我はないか。すぐ気が付かず悪かった。」
私の前にいた想輝様が私を心配し近づいてきてくれた。
それに、越志さんも想輝様の後ろからこちらを心配そうに眺めてくれていた。
2人ともロイールに背を向けている。
今がチャンスだと、私は二人に真眼を念じた呪札を飛ばす。
「ぬわっ!」
しかし、何にも知らない越志さんが、呪札が目に張り付き驚いて声をあげてしまった。
「大丈夫だ越志。魔物を避けた際に軽く左膝をすっただけだ。水をかけて傷口を塞いでおけば大事にはならない。」
そういうと想輝様は、リュックから水筒とハンカチを出し手当てをしてくれた。
しかし、私の足は怪我などしていなかった。
「すみません。想輝様。長様に大怪我をさせたと思い少々焦ってしまいました。」
そういいながら越志さんは左目を擦る仕草をしていた。
「手当はできましたか。そろそろいきますよ。」
ロイールは大袈裟だと言わんばかりの態度で先に進んでいく。
どうやら想輝様は越志さんのフォローに回った様だった。
『ふぅーちょっと焦ったな。でも流石皇子様だな。機転が効く。』
『でも真眼をつけても、貴方達は、少し離れた魔物の姿が認識できるだけで、景色は足元程の距離ぐらいしか、はっきりと見えていないはず。どうしたらいいのかしら。』
すると、私の思考を遮るように、風に乗って遠くの方で騒がしくしている音が聞こえてきた。
不思議に思い空を眺めると煙がモクモクと上がっていた。
『くっそ、どこから出てくる。次から次へとキリがないぞ。時雨がいれば。』
っと、突然姿を消していた閤央の念が頭の中に流れ込んできた。
私は只事ではないと、意識を研ぎ澄まし、閤央へ意識を向ける。
すると閤央が大量の魔物に囲まれている光景が飛び込んできた。
無勢に多勢だった。
いくら聖獣でも助けに行かなければ時間の問題だと、私は思わず走り出してしまった。
しかし、ロイールは私の腕を取り行く手を阻んだ。
私の腕はそのまま後ろに捻りあげられ、ロイールに拘束されてしまった。
「痛い離して何するの。」
私はロイールをキッと睨んだ。
「あなたこそ急に走り出してどうしたのです。あそこに煙が見えるのがきになりますか?」
ロイールは、クツクツと笑っていた。
「煙?なんの事だ。どうして時雨を拘束した!」
想輝様がロイールに剣を向けていた。
ロイールはもう隠すつもりはないようで、本性を表していた。
「あぁそうだ、貴方達には見えませんでしたね。この森には術をかけてあるんです。人間の目には平和な森に見えているでしょう?でもね、彼女にはちゃんと現実が見えている。高貴な魔人の血が流れているから。王女であるアマネの血が。」
(は?なんで母様の名前が。それに王女って。)
私の不思議がる様子を眺めロイールは面白そうに笑っていた。
「おや、その様子。やはり貴方は知りませんでしたか。レインの顔をみても全く態度が変わらなかったので。もしやとは思っていたのですよ。」
っと再び草むらからガサガサっと音がし、今度はイロハさんが姿を現した。
私は神が味方についたと思い、イロハさんに助けを求める。
「イロハ、助けて。急いで城に戻って魔王様に知らせて。この騒動は祠が原因じゃない。ロイールが仕向けたことよ。」
イロハは一瞬キョトンとし目をしばたたかせていたが、今度は、ふふふっと笑い出していた。
「なんで私が貴方のいう事なんて聞かなきゃいけないのかしら。ロイ様。全て順調に事が進んでおります。聖獣は魔物の対応で悪戦苦闘していますわ。いくら聖獣でもあの量では時間の問題でしょう。こちらの者達ももう終わりですわね。」
イロハが腕を挙げると魔物達が草むらから顔を出していた。
いくら真眼をつけたとはいえ、彼らの視界も良好ではない。
これだけの魔物相手では命を落とす危険がある。
「やめて。なんでそんな事を。目的が私なら彼らは何も関係ない。」
まさか、イロハがロイールの仲間だったとは思ってもみなかった。
「ん?関係ない?お前を守る為についてきた奴らだぞ。関係なくはないだろ。皇子様も素直に城で待ってればこんな所で死なずに済んだのに。まぁ、城の中で死ぬかここで死ぬかの違いだけどな。」
そう告げたロイールは、私の髪を鷲掴み後ろへと引っ張り私の顔を覗き込む。
「あぁ、アマネにそっくりだ。その瞳、その気の強さ。」
そして、ロイは私の方へ顔を近づけると、唇で私の口を塞いだ。
「時雨!」
想輝様の叫ぶ声がする。
「大事な女が取られる気分はどうかね、ソウキ。私はな、大切な女をこいつの父親に取られたのだ。お前もその苦しみがどういったものか味わうといい。そしてあの世にいったあとは、自分が守るべき民達が痛ぶられ、泣き叫ぶ姿を指を咥えて見ているがいい! 」
はははっと声高らかに笑ったロイールは、〝イロハ!やれ‼︎”っと指示を出していた。
「はっ。ロイ様の仰せのままに。」
イロハが挙げていた手を下ろすと、魔物が一斉に想輝様達めがけて襲いかかっていく。
「やめて。止めて!」
目の前には、襲ってくる魔物達を次から次へと相手をするの想輝様達の姿があった。
助けに入りたくても、手は拘束されて呪札は使えない。
ならば、精霊の力を使い助けようとするが、うんともすんとも反応がなかった。
「なんで。どうして力が使えないの!」
「無駄だ。お前の力は先ほどの口付けで封印した。」
結局、私は目の前の惨事をどうすることもできず、ただ泣き叫ぶ事しかできなかった。
「さぁ、お前にはまだ役目がある。こちらへ来い。」
ロイールは私を縄で縛り担ぎ上げると、近くに待機させていた馬に飛び乗り、来た道を戻っていった。
「時雨!時雨ー‼︎」
想輝様の叫ぶ声がする。
しかし、その声もだんだんと遠くなり聞こえなくなってしまった。
ロイールは私をどこに連れていくつもりなのだろうか。
私はそっと目を伏せ、みんなの無事を祈ることしかできなかった。




