魔物騒動の真相
-Main story- 8-3
翌朝、問題の屋敷の住人を知るために、陸は屋敷の近くに住んでいる者と話をしていた。
手に入れた情報によると、屋敷には時志一家が住んでおり、叔母の妙子と従兄弟の廉時が住んでるようだ。
最近は出歩く気配はなく屋敷にこもっており、使用人らしき人物が食料などを届けているらしいが、その人物は村のものでは無いという事だった。
「一度訪ねてみるか?」
陸と相談し、思い切って直接確かめに行く事にした。
「そうね。想輝様達はここで待っててください。私と陸で行ってくるわ。」
屋敷に向かおうとすると、想輝様に腕を取られ引き留められる。
「私も一緒に行こう。」
何が起こるかわからない状況だ。
さすがに皇子である想輝様を危険な目には合わせたくなかった。
「想輝様はここで待っていてください。」
そう伝えても、想輝様は譲らなかった。
「流石に彼らも私の事は認識しているはずだ。私を邪険に扱うことはできないだろうから、屋敷にあげるしかなくなるだろう?中まで様子を探れるぞ。」
〝いい案だ。“と想輝様は言ったが、私は断固反対だった。
私は反論しようと口を開こうとしたが、想輝様がそれを制した。
「なに。大丈夫だ。自分の身は自分で守れるさ。私は手を貸す為に来ているんだ。使えるものは使っておけ。」
想輝様の意思は固いようだった。
「ついて来るなら何があっても自分の身はしっかりと守ってくださいよ。」
陸が想輝様に無愛想に告げる。
「迷惑はかけないさ。」
想輝様は陸の言葉を承諾と受け取り、私の手を取ると屋敷に向かって歩き出した。
門に備え付けられているベルを鳴らすと、くぐり戸から侍女が対応するために出てきた。
「はい、どちら様でしょうか。」
侍女は私の顔をみると驚いた顔をしていた。
「どうして時雨様がこちらに?」
「村で魔物が出たというから心配して様子をみにきたの。叔母様と話がしたいわ。会えるかしら?」
私に続いて想輝様も挨拶の言葉をかけていた。
「私は神ノ護帝国第一皇子、想輝だ。魔物が出たと聞き微力ながら、手伝えないかと思って尋ねてきた。奥方に村の様子を聞きたいのだ。」
侍女は私だけでなく、皇子までいる事に驚いていた。
「少々お待ちください。奥様に聞いてまいります。」
侍女の去り際にくぐり戸の隙間からチラリと見えたのは、手入れされた庭ではなく、やはり闇が広がっていた。
戸がしまり侍女の気配が遠くなるのを待って、小声で陸と想輝様に注意を促す。
「陸、想輝様、やはりここが発生源だと思います。今までとは比べ物にならないぐらいに闇が深いです。中に入ったら充分に気をつけてください。」
しばらく待っていると侍女が戻り、門を開けて私達を中へ招いてくれた。
一寸先は闇という諺の様に、周りの景色が見えないほど、闇は濃く広がっていた。
周りが見えず歩きづらかった。
かろうじで足元が見える程度で、所々に植物の蔓の様なものが這っているのが見えていた。
陸や想輝様は何も気にする様子もなく、スタスタと歩いていた。
(真眼でも見極められないほどの強力な術がかけられているのだろうか?)
私は想輝様の服の裾をギュッと握りしめながら、暗闇の中を慎重に歩いていった。
「どうぞお入りください。」
侍女の案内でどこかの部屋に通された。
屋敷の中まで闇は広がり、私には周りの状況が全く分からなかった。
「立派な応接室ですね。時雨、君は奥に座るといい。」
想輝様は私が見えていないのを気遣って、さりげなく手を引いて椅子の位置を教えてくれた。
そんな想輝様の心使いに感謝をしつつ、私はひっそりと念を使って閤央と連絡を取り合っていた。
(ゴウちゃん聞こえる?発生源はここで間違いないわ。部屋の中まで闇が広がっているの。だから私には周りが全く見えないわ。でも、庭に蔓の植物が植っているのは少しだけ見えた。)
『(蔓の植物か。なんだか嫌な予感がするな。時雨気をつけろ。)』
閤央とやりとりしていると、扉が開く音が聞こえた。
「あら、いらっしゃい。時雨さん。皇子様までわざわざお越しいただき感謝の言葉もありませんわ。」
顔までははっきりと見えないが、叔母妙子の声の様だ。
声がする方へ視線を向けると、角が生えた魔人独特なシルエットが見えていた。
これは一体どういう事なのか。
魔人が妙子のフリをしているのだろうか。
闇が邪魔してはっきりと周りが見えないのがとてももどかしかった。
「お疲れでしょう。お茶をどうぞ。」
妙子の声の後にテーブルに食器が置かれた音がし、うっすらとティーカップの形が認識できた。
「叔母様お久しぶりです。おかわりはありませんか。魔物の被害に遭ってはいませんか?」
叔母らしき人物に声をかける。
「私は大丈夫ですわ。ただ村人の何人かは魔物に襲われ怪我をしたと聞いているわ。時雨さんはどう?里の方は大分落ち着いたのかしら?お手伝いできないのがとても心苦しくて。そのかわりこの村の事は心配しなくても大丈夫よ。息子の廉時がしっかりと取りまとめていますわ。時雨さんは里の事だけに専念してくださいな。」
ふふふっと乾いた笑いが聞こえてくる。
「妙子殿、何か村で困った事はないだろうか。いざという時は物資の支援も考えていますし、魔物の出現の原因がはっきりとわかるまでは、兵士をここへ配置しようかと思っていますが。」
想輝様は私のフォローをするように間を繋いでくれていた。
「まぁなんと心強いお言葉でしょう。やはり国を背負う皇子様はしっかりされているのですね。」
その口調は、叔母が私へ嫌味を言う時の喋り方と同じだった。
きっと目の前にいるのは本物の叔母で間違いないのだろう。
でもなぜ叔母が魔人の姿に見えているのだろう。
「さぁ、お茶を冷める前に召し上がって。庭で栽培した植物の葉っぱを使っているのですよ。」
そういうと叔母がお茶を飲む音が聞こえてきた。
お茶に何か入っている可能性を考えたが、先にお茶に手をつけた叔母の様子に変わった所はないようなので大丈夫そうだ。
想輝様も私と同じ様な事を考えていたらしい。
妙子が先に手をつけるのを確認してから想輝様もお茶に手をつけたようだ。
「少し苦味の強いお茶ですね。」
そう告げる想輝様の声がくぐもっっていた。
「あら、皇子様のお口に会わなかったかしら。時雨さんはどう?」
里にいた時から私のことを見て見ぬふりをしていた叔母が、珍しく私に意見を求めていた。
「えぇ、確かに苦味が強いですね。どんな種類の茶葉なのですか?」
そう言った途端、私の心臓が激しく脈打った。
身体中が沸騰した様に熱いく、胸が苦しくなる。
手に持っていたカップが落ち、食器の割れる音が部屋に響く。
私は胸を押さえたまま、テーブルに向かって倒れ込んでしまった。
「⁉︎ 時雨、大丈夫か‼︎」
想輝様の慌てた声が聞こえ、陸は状況を確認しようと私の身体を支えてくれていた。
「あら大変ね。一口飲んだだけでこんなにすぐに効果が出るなんて。さすがは、雨音さんの血を引き継いでいるのね。」
「お前は何を言っている。何を飲ませた‼︎」
想輝様の声が怒りに満ちていた。
私は苦しみながらも大丈夫だと伝えるために想輝様の体にそっと触れる。
「あら、皇子様はまだ元気なようね。でもそれも時間の問題よ。これは、狂瘴草を煎じたお茶なの。聡明な皇子様ならこの草がどんな物か知っているわよね。」
『狂瘴草』
それは魔族の土地に生える植物で、人間が体内にとりこめば気が狂い魔人になってしまうと言われている代物である。
「一口飲んだだけでは魔人になったりしないわ。これはね、燃やした方がはるかに強い効果があらわれるのよ。」
うふふっと楽しそうに妙子は笑っていた。
「あなたたちには見えないでしょうが、庭には狂瘴草がびっしりと生えているの。これを全て燃やしたらどうなると思う?煙を吸ったこの村の者はみな狂い、いずれ魔人と化す。私の可愛い息子廉時が上に立ち、魔人となった村の者を導いていくのよ。いずれ神ノ護帝国も滅ぼし、私達がすべての民を導くのよ。」
〝やっとあのお方の望みが叶うわ。“っと、妙子は声高々だった。
「時雨。能力もないあんたが上に立ち人を導くなんてできやしないのさ。所詮は時義と雨音の子。あの方と比べたら大したことなんてないわ。この地はこれから、あのお方の子でもある廉時が上に立って導いていくのよ。」
妙子は理想の未来を思い描き、うっとりとしていた。
「なんでお前らはそこまで地位にこだわっているんだよ。毎度、面倒ごとばかり起こしやがって。」
陸が怒りに震えていた。
「地位?そんなものどうでもいいのよ。私は、あのお方のお役に立てることができればいいだけ。そうそう、まだ伝えてなかったわね。時義を殺すよう時志を差し向けたのは私。一連の出来事はぜーんぶ私が仕向けたことよ。しかし、時志は期待外れだったわ。態度がでかいだけで、あっけなく殺されてしまうんですもの。初めから、こうして私が動けばよかったわ。」
「それはどう言う意味だ。…う、ぐぅ。」
今度は陸が胸を押さえ苦しみ出してしまった。
「ちゃんと仕斗にも効くのね。ちょっと心配していたの。」
妙子は陸に近づき、陸の顎を持ち上げていた。
「安心しなさい。しばらく苦しくて動けないでしょうが、それだけよ。」
「陸!だいじょ…ぐぅ…」
陸を心配しそばへ寄ろうとした想輝様も胸を抑え苦しみだしてしまった。
「やっと皇子にも効き目が現れてきた様だね。」
妙子は想輝様に近づくと、〝いいことを教えてあげるわね。“っと話を続けた。
「魔物が出たのは私が実験して試したからよ。その辺にいる動物手当たり次第試したの。実験は大成功。あとは庭に火を放てば私の計画は無事成功という訳♡」
今度は私に近づいてきた妙子は、自分の方へ顔がが向くよう私の髪を掴み引っ張りあげた。
「お前達のような、力をもたない奴らなど不要なの。力を持つものが強い。力を持つ魔人こそがこの島を制するのが道理。弱い人間どもは魔人に仕えてあたり前なの。導神族?神?誰かの力を借りなきゃ生きていけないお前たちと、魔人となった私とは、もう格が違うの。」
お茶の効能のせいか私は徐々に感情の制御ができなくなってきた。
込み上がってきた怒りを私は吐き出していた。
「あなたの望みが何かは知らないけど、この世を平和に保ちたい。争いのない世界を続けていくことの何がダメだというの。始祖様が作り上げた愛のある世を続けていけていくために父も母も尽力していた。千年前の争いでは何も生まれなかったでしょ?憎しみが生まれ、その憎しみがどんどんと増えて無駄な血が流れていっただけ。始祖様が地をわけ共存できる環境を作り出したからこそ魔族だって人間族だってこうして平和に暮らせているじゃない!力を持っているとか持たないとかそんなの関係ない‼︎」
きっと妙子を睨みつけるが、妙子は動じていない様だった。
「言いたい事はそれだけかい?さぁ、仕上げといこうか。絶望をその目に焼き付けたままあなたを殺してあげるわ。」
妙子がパチンと指を鳴らすのを合図に、庭に火が放たれた。
狂瘴草が燃え黒い煙がモクモクと上がっていた。
そう今私は〝見えていた“。
闇ははれ、魔人と化した妙子の姿、庭にびっしりと生えた狂瘴草。
庭の片隅には、火を放った廉時の姿がはっきりと。
「叔母様、いえ、妙子。言いたいのはそれだけですか?」
私の様子が変わり、妙子がすこし怯む様子が窺えた。
「な、なに粋がっているのさ。皇子や仕斗も動けない今、あんたに何ができるって言うんだい。」
「私をみくびるな。私は導神族の長だ。時義と雨音の血を引く娘だ!」
私は妙子の手を振り払い、妙子の後ろで剣を構えていた想輝様の方へと突き飛ばす。
「うぐぅ。き、貴様!!なぜ動けているのだ。」
剣で貫かれた妙子の身体からは血が溢れ出していた。
「ふふふ、私が死んでもなんの問題も…ないの…。廉時が…私の願いを…叶えてくれる。…お前達に…この術は解けまい。」
叔母は力なく笑っていた。
「あなたもいっていたけど私は雨音の血を引いているのよ。あなたが私に狂瘴草のお茶を飲ませてくれたおかげで、廉時の姿もバッチリ見える様になったわよ。」
私は苦痛に耐えながらも、陸が投げた剣を受け取ると廉時の方へ走り出す。
「やめろ。時雨‼︎お前はまた…私達の邪魔をするのか‼︎許さん。死んでも死にきれん。あの世からおまえを呪ってやる!」
後ろから妙子の叫び声が聞こえてきたが、私には関係の無い事だった。
私が向かってくるのに驚いた廉時は腰が抜けてその場から動けず、恐怖で引き攣った顔で抵抗するまもなく私の剣に貫かれていた。
「なんで…ぼくの姿が…みえてるの。術をかけていたはずなのに…」
廉時は口から血を吐いていた。
「あなたのお母様のおかげで、私の魔族としての力がしっかりと覚醒したみたい。あなた達の目論みは失敗したの。村人達を魔人になんてさせない。だって私は導神族の長だもの。みんなを護るのが私の役目なのよ。」
私は、廉時に刺した剣を一気に引き抜いた。
廉時の身体からは大量の血が吹き出し、支えを失った廉時はその場に倒れそのまま動かなくなった。
その後、炎に巻かれる前に急いで屋敷から脱出した私達は、駆けつけた空に介抱されながら燃えていく屋敷を眺めていた。
屋敷は全焼。
妙子も廉時も炎に焼かれ遺体が残ることはなかった。
狂瘴草の煙は聖獣達が張った結界によって広がる事もなく、村人たちも皆無事のまま、魔物騒動に幕が降りたのだった。




