歪んだ愛
Introduction 8-2
千年も続いた平和が脅かされていた。
それは数十年前から練られていた魔人の男と妙子の策略だった。
「妙子、お前だけだ。私の寂しさをわかってくれるのは。」
妙子は山奥でひっそりと魔人の男と密会していた。
「私だって、婚約者を奪われた気持ちは痛いほどわかりますわ。あなたのためなら私はどんなことでもします。」
男と交わり正気を奪われた妙子は、すでに男の思うままになっていた。
「では、妙子。時義を失脚させろ。そして雨音を私の元に連れてこい。どんな手を使っても構わない。できるな。」
男は妙子を見つめ頬をそっと撫でた。
妙子は男の手を取り、愛おしそうに頬擦りをする。
「はい。もちろん。お任せください。」
「いい子だ。さあ、行け。次に会うときは雨音も一緒だ。」
妙子は男と別れるとひっそりと山を下り何食わぬ顔で里へと戻った。
戻るとなぜか里はお祝いムードで、村人たちは妙に浮き足立っていた。
何事かと近くの村人に話を聞くと、義兄の子供が産まれたようだった。
「妙子、どこにいっていた。兄上と雨音殿の子がついに生まれたぞ。お前も手伝いに行きなさい。」
「あらおめでたいことですわ。すぐにいってまいります。」
その言葉とは裏腹に、妙子は怒りの感情に支配されていた。
(本当は私が彼の子供を産む予定だった。雨音が突然現れて、私から時義を奪っていった。そして、時義も私と過ごした日々など忘れ、雨音との結婚をあっさりと決めてしまった。)
〝可愛さ余って憎さ百倍“
そんな相手の子など妙子には正直どうでもよかった。
しかし、愛する男から与えられた指示は遂行しなければならない。
その想いだけが妙子を突き動かしていた。
(関係を良好に保つ為にも表面上は仲良くしているふりをしなければ。なんとしても雨音をあのお方の元へ連れていくのだ。)
妙子はまず、自己顕示欲にまみれた夫である時志を使うのが手っ取り早いと考え、彼を徐々に洗脳していき、時義を殺させるように仕向けていった。
しかし、時志は時義だけでなく雨音まで殺してしまった。
妙子は焦っていた。
〝次に会うときは雨音も一緒だ。“
男が発した言葉が妙子の脳裏にこだまし、愛する男と二度と会えなくなるのではないかと恐怖に囚われていた。
妙子は自分を落ち着かせる為に、あの日、男に抱かれ宿った息子・廉時を抱きしめた。
(この子を本当の父親に合わせたい。そして私はあのお方と家族になり幸せを分かち合いたい。)
妙子の願いは、ただそれだけだった。
ある日、一通の手紙が妙子の元に届いた。
『妙子、なぜ雨音まで死なせてしまったのか。この愚か者が。お前に期待した私が馬鹿だったよ。』
そう手紙には綴られていた。
妙子にとってその内容は、男からの離別を示唆する死刑宣告そのものだった。
(このままあのお方と会えなくなるのは嫌だ。)
妙子はなんとしても名誉を挽回したかった。
『もう一度私にチャンスをください。なんでも致しますから。私を見捨てないで。私にはあなただけなのです。』
『ならば、導神族を破滅させろ。雨音が望んだ平和は間違いだったと証明しようではないか。私がこの島の頂点に立つ。妙子、次期長になる娘を殺せ。その娘さえいなくなれば、もう私が勝ったも当然。今度はしくじるなよ。』
こうして妙子は、導神族を滅ぼすために次期長である時雨の命を奪うための計画を立てた。
〝長を殺す。“
それは導神族が滅ぶということ。
でも、妙子にとって生まれ故郷など、すでにどうでもよかった。
時義に見捨てられたあの時から、妙子は故郷へ対する想いをとうに捨てていた。
今、妙子の中にあるのは、あの男への愛。
あの男に愛されたいという欲望しかなかった。
だが、妙子は二度目の失態を犯した。
時志が時雨を始末することができなかったのだ。
挙句には、反逆にあい命を落とす結果となった。
しかし、不幸中の幸いか、一族は分裂し力まで失った。
(あとは時雨をどうにかするだけだ。)
妙子は、男にもう一度会いたくて必死だった。
次こそ時雨を亡き者にするために、今度は己の手で時雨を殺すための新たな策を立て行動に移したのだった。




