空の本音
-Main story- 7-6
by Sorato
時雨様が去ったのち、村人達は再びざわめきだしていた。
「魔物ってどう言う事だ」
「一体何がどうなっているんだ。」
我々を産み出した主がこの島に平穏を取り戻してから約千年。
私は人間と魔人の戦がどれだけ激しかったかは話でしか知らない。
今となってそれを知っているのは、神々と聖獣達だけだろう。
御伽話としてしか戦の事を知らない彼らには、この状況がどれほど緊急性の高いことなのか理解できてはいないのだろう。
(しかし、魔物という言葉だけでこれだけ右往左往するとは、なんと情けない者達だろうか。なぜこのような者達を主も時雨様も大切にしているのか私にはわからない。)
そう思いながら彼らを眺めていると、とある会話が聞こえてきた。
「それよりもあいつがいるぞ。どうする?」
「後は任せたっていっていたわよね。」
「仕斗の中で1番厄介な奴を置いていかれても困るぞ。」
この様な状態でも時雨様の御身を案ずるものはいない。
ましてや保身のために私をどうするかと話を始める始末だ。
奈々美や颯真は、私がなぜ彼らから恐れられているかわからずオロオロしているだけだった。
(この2人もあまり役に立たないですね。)
名誉ある導神族として生を受けた者達も千年の間にここまで地に落ちてしまうとは。
呆れて思わずため息がもれてしまう。
このまま彼らの戯言をきいているのは時間の無駄だ。
「みなさん、お静かに。」
私が言葉を発しただけで、彼らは怯え黙り込んでしまった。
「先程の時雨様の話を聞いていましたね。先程の説明で納得できていない者は手を挙げてください。長の命です。私が話を聞き、その答えを出して差し上げます。」
ぐるりと彼らを見渡すが、誰も私と目を合わせようとしなかった。
「手が挙がらないということは、納得できたということでよろしいですか。」
彼らの反応を見ていると到底納得しているとは思えなかった。
しかし、私如きに怯え言葉を発せられない者は、再出発させる里には不要な人材だ。
「時雨様は心の広い方です。愚民の貴方方にも困っていれば手を差し出してくれるお方です。何か手を貸して欲しい事があれば里まで訪ねにくるといいでしょう。主である巡地守神もまた寛大な心で貴方方の命を助け、この村で再出発することをお許しになった。それを忘れてはなりませんよ。」
そして私は彼らに鋭い視線を向けた。
「この地の神、潤清神にも敬意をはらえぬ者達が、長に楯突くなどおこがましい。本来ならば、この様な話し合いですら不要な事です。文句をつけるだけで生きていく気力がないのならさっさと死んでしまいなさい。これ以上時雨様のお手を煩わす事は許しませんよ。身の丈をわきまえなさい。」
私の言葉に彼らは完全に怯えきっていた。
今だけではない。
先代の時義の時からこの者達は私の前で常に怯えていた。
私はただ当たり前の事を話して行動しているだけなのに、彼らは私には慈悲の心がなく冷徹な男だと常に言っていた。
私から見たら彼らの方が、慈悲もなく非道な輩である。
時志に騙されている事にも気づかず、時雨様を邪険に扱う彼らの方がよっぽど私よりも酷い人間ではないか。
時雨様が彼らの事を気にかけていなければ、私もここまで肩入れする事はなかった。
そう、私が彼女を助ける理由は仕斗だからという理由だけではない。
彼女が人を想う優しい心を持っていることを知っているからだ。
私にはジレンマを抱えていた時期があった。
愚かな一族の為に私が手を貸す必要があるのかと疑問を感じていたのだ。
それを当時の主人であった時義に伝えた事があった。
でも彼は、『一族を守る為なのだ。彼らもいつか気がつく時が来るから、見守る事に手を貸して欲しい。』と言っていた。
当時の私はそれでも彼らに手を貸すのが嫌で仕方なかった。
でも、主人の命に従うのが仕斗が存在する意義だと、自分の気持ちを押し殺して日々を送っていた。
しかし、私の我慢の限界を越える事件があった。
ある日、時志が長の座を奪おうと計画を立てている事を知ったのだ。
私は時義にその事を伝えてたが、時義は悲しそうな表情をみせただけで、『それが本当のことなら私の力不足からくるものなのだろう』と何も手を打とうとはしなかった。
私は長である彼が、そんな心持ちでいる事に失望した。
時義も主が望んだ導神族の姿を忘れてしまったのだと思った。
それからの私は荒れに荒れていた。
もちろんそんな事はお首にも出さないようにしていたが、同じ仕斗である陸や海は気づいていたようだった。
いや、もう1人私の様子がおかしいと感じ私の事を案じてくれる娘がいた。
それが時雨様だった。
彼女は私を前にしても怯えることもなく、〝空、どうしたの?“と気にかけてくれ、いつも私を元気づけようと笑顔で接してくれていた。
彼女は人の心根を見て、常に大きな愛を持って人々と接することができる。
そんな彼女を巡地守神となった彼の面影に重ねていた。
この先、この娘が成人を迎えたら、私は彼女に仕えることができるのだと思うと、心の底から喜びが湧き、心のモヤがスッと晴れていくのを感じた。
その時、私はこれからは一族の為ではなく、この娘を守る為に生きていこうと心に決めたのだ。
それなのに、時志のせいで彼女を側で見守る事もできなくなってしまった。
仕斗の使役権を持つ時義が死に、私はずっと動けずもどかしかた。
彼女の笑顔が曇り、日々1人で寂しく過ごしているのをただ見守るしかなかった日々は私にとっては苦痛でしかなかった。
彼女が成人を迎え自分が自由に動けるようになったとき、私は迷わず時志に刃を突き刺した。
大切な彼女を死なせはしない。
彼女に苦痛を、孤独を与えた奴が憎くてたまらなかった。
時志は己の欲望の為に彼女の笑顔を奪ったのだ。
そして、私は一族に対しても強い憎しみを抱いていた。
暴風が吹き荒れたあの時、彼女の尊さがわからない愚民共など死んでしまえばいいと本心では願っていた。
しかし、主の声が響き村人に慈悲を与えた時に私は気づいてしまった。
私もまた己の気持ちを抑える事ができず、欲望のままに時志を殺め、彼女が大切にしようとしている者達の死を望んでしまった愛のない愚かな自分がいることに。
私も長い間生きているうちに、主の望みを忘れていたようだ。
だから私はあの時誓った。
なんとしても時雨様を守り、巡地守神が望んだ愛の満ちた平和な世を守り続けることを。
「あの、空さん?」
奈々美の声に私はハッとした。
昔の事を思い出しいる場合ではなかった。
知らぬ間に広場には灯りがわりの火が焚かれていた。
「なんですか奈々美さん。」
どうやら奈々美はこれからどうするのか私に聞きたかったようだ。
「私がこの場にいる必要はなさそうなので、時雨様の後を追い南の村に向かいます。」
奈々美から視線を再び彼らに戻すと、彼らが身を固くしたがわかった。
「貴方方、巡地守神と時雨様のお気持ちを無下にせぬようにしなさい。各々よく考え自分の望む道を自分の責任で進みなさい。これから貴方方が歩んで行く道は誰かのせいで進む道ではなく自分が選んだ道なのです。」
ここまではっきりいえば彼らもわかってくれるだろう。
でなければ時雨様からまた笑顔が消えてしまう。
それだけは嫌なのだ。
聖獣にまで嫉妬するほど私は彼女を慕っているのだから。
「では奈々美さんこの後の事はお任せします。颯真さんもよろしく頼みました。」
そう告げると、私は時雨様を追うべく村を後にした。
既に日は落ち、月あかりのない空はとても暗いと感じていた。




