揺れる心
-Main story- 7−3
by Sigure
数日前から魔族側の様子がおかしいような気がする。
川辺の結界に魔物がかかる事が多くなってきた。
気になった私は閤央の背に乗り、川に沿って魔族側の様子を伺いにきていた。
(何かがおかしい。)
パッと見ただけではわからない。
しかし、魔族の土地に流れる気配が異様だと私の直感が訴えていた。
基本魔族は、我々、人間側の干渉を避けて生活していた。
始祖様が魔族と人間族の争いを抑える為に、島を川で分断し、住み場を分け、何十年と続いていた争いを止めたのだ。
その後千年もの間、何もトラブルも無く生活してきた。
なのになぜ今更、こうも嫌な予感がするのだろうか。
一度、西の祠の様子を見にいく程で魔族土地へと足を運び、様子を探りにいくべきだろうか。
でも、人間側に実害が出てもいないのに、我々が干渉すれば、争いの種になってしまうかもしれない。
不安は残るものの、今は様子を見守るしかなさそうだ。
このまま宮中へ向かい陛下へ現状報告にいこうとした時、海から連絡用の呪札が飛んできた。
『奈々美と颯真が戻ってきた。2人共待ってるから戻って来て。』
と書かれていた。
まだ里を出てから数日しか経っていないはず。
なぜこんな短期間で彼らは戻ってきたのだろうか。
魔族の様子がおかしいのと何か関係があるのだろうか。
「ぐるぅー」『手紙になんと書いてあるのだ。』
考え込む私を不思議に思った閤央が口を開いた。
「奈々美さん達が戻ってきたから帰ってきてとかいてあった。魔族の様子がおかしいことと何か関係があるかもしれない。急いで戻りましょう。」
念の為、川沿いに監視用の兵として、何枚か呪札を配置する。
多少の事なら、呪札の兵でも対応できるはずだ。
「ぐるぅー」『いい判断だ時雨。さぁ背に乗れ。戻るぞ。』
閤央は私を背に乗せると、大きな翼を広げ大空へと羽ばたいた。
閤央は颯爽と大空を駆け、あっと言う間に家の前に降り立っていた。
閤央の背から飛び降りた私は、足早に家の中へと駆け込む。
「戻ったわよ。いったい何があったの!」
玄関から声をかけると、颯真さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい時雨さん。またお邪魔してます。すいません。用事があって出かけていたんですよね。呼び戻してしまって申し訳ないです。」
頭を下げた颯真さんからは、緊迫した様子は伺えなかった。
とりあえず、緊急性はなく魔族とも関係無さそうだと思い、ホッと胸をなで下ろす。
「いいんです。とりあえず話を伺います。応接室で待っていてください。」
二人との話の前に現状報告として、想輝様へと文を送るために執務室へと向かう。
『想輝様 魔物が活発に動き回っている模様。しばらく警戒が必要です。 時雨』
簡単に文をしたため連絡用の鷹を飛ばしてから、私は奈々美さんと颯真さんが待つ応接室へと向かった。
「お待たせしました。」
応接室へ入ると奈々美さんは立ち上がり、頭を下げてきた。
「忙しい中、何度もすみません。実はお願いがありまして急いで戻ってきました。」
何やら深刻な顔をしている奈々美さんを一旦座らせ、話を聞くために私も向かい側に腰をおろした。
「どうしたの。こんなに早く戻ってくるなんて。道中で何かあったの?」
聞くと奈々美さんが、頭を振っていた。
「道中では何もありませんでした。一旦村まで帰ってから、みんなと話をしたんです。」
聞けば奈々美さんは、村の大人達の気持ちを知る為に話し合いをしたという。
そこで出た話に違和感を感じ、村人達に事の顛末を私に話して欲しいという事だった。
正直、他者に叔父との事は話をしたくなかった。
騙されていたとはいえ、叔父が里の事を思って動いていたのは確かだった。
死んでいても叔父の尊厳は傷つけたくないと思っている。
私の渋る様子をみて奈々美さんは困ったような顔をしていた。
その表情をみていると心が痛んだ。
「奈々美さんごめんなさい。この話はなるべくしたくないの。あなたの話を聞くと、私達は互いに思い違いをしていたようです。だからと言って真実を話すのにはためらいがあるの。」
奈々美さんの表情が沈んでいくのがわかる。
私はどう動くのが正解なのだろうか。
考えがまとまらず歯痒くなる。
「奈々美さん、一晩考える時間を頂戴。この話は私だけの問題ではないの。」
部屋の中は、重い雰囲気になっていた。
奈々美さんは顔を俯いたまま唇をキュッと閉じていた。
きっと言いたいことがあるのだろう。
だが、理性でなんとか気持ちを抑えているようだった。
奈々美さんの隣で颯真さんは彼女の事を案じていた。
「とりあえず今晩はゆっくりしていって。山を往復して疲れているでしょう。何か精のつくものを作るように言っておくわ。」
私はなんとか口実をつけ、部屋を出ることにした。
あのまま顔を突き合わせていても、何も進展はないだろう。
私は自分の気持ちを整理するため執務室へと逃げこんだ。
しかし、時間だけが過ぎ何も解決しないまま、夕飯の時刻となってしまった。
「しぐれー、夕飯できたよー。」
遠くの方で海の呼ぶ声が聞こえてきたが、今は2人と共に食事をとるのは気まずかった。
聞こえないフリをしていると、今度は扉がノックされ空が顔を出した。
「失礼します。夕飯ができましたよ。温かいうちに召し上がって…」
私の様子をみて、察しのいい空は途中で言葉を切っていた。
「食事はこちらにお持ちしたほうがよさそうですね。何かお力になれることはありますか?」
困り果てていた私は、空の言葉に甘え奈々美さんから言われた事を空に話した。
「…と言う事なんだけど、私はどうしたらいいと思う?」
「それはしっかりとお話しするべきですよ。時志は確かに村の事は案じてはいました。
だからと言って、長を虐げるようなことはあってはなりません。導神族と名乗るものは、私利私欲にのまれてはいけないのです。いくら身内とはいえ、彼の行いを長として許してはなりません。村人達は真実を知りたがっているのです。しっかりと、長として皆と向き合い真摯に話をするべきです。」
空から返って来た言葉は、私にとって想定外の内容だった。
私の目を見て諭す空の視線が今日は痛く感じた。
居た堪れなくなった私はそっと俯き空から視線を外す。
「夕飯はこちらに運びますね。今晩はゆっくりと考える時間をとってください。」
納得してない様子の私を見ても、空はそれ以上何も言わず部屋から出て行った。
どうやら私はまた自分が長であるということを忘れてしまっていたらしい。
空の言う通りどんな事情でも、皆が知りたいと思うことは、例え自分が不利になる内容でも真摯に伝えるのが上にたつものの役目なのだろう。
上にたつものというワードと共にふっと想輝様のことが頭によぎった。
成人の儀の時の想輝様の迷いのない誓い。
『この命ある限り民の為に全力をつくす。』
そうためらいもなく口にしていた彼に無性に会いたいと思った。
彼の顔を見れば勇気が湧き、なんでもこなせるような気がしたのだ。
(この気持ちはなんだろう。)
彼に対する尊敬の念からくるものなのか。
それとも、彼を好きだという気持ちがもしかしたらあるのかもしれない。
何年もの間、1人でひっそりと暮らしていたから、人に対しての気持ちが麻痺しているような気がする。
背もたれに身体を預け天井を見上げる。
気がすすまなくても、やらなければならい。
逃げ出すことは許されない。
それが長というものだ。
なんと心細く、そして、重い役目だろう。
想輝様は幼い頃からずっと民の想いを背負い続け、これからもその想いを背負いながら生きていくと誓ったのだ。
彼の凄さを改めて認識し、私は自分にも喝を入れる。
あの時、私も彼のようになると誓ったのだ。
弱音を吐いてる場合ではない。
(明日、奈々美さんともう一度話をしよう。)
私は腹を括り、村人達へ全てを話すと決意を固めたのだった。




