奈々美の心情
Main story 6-7
by Souma
物音で目が覚めた。
まだ早朝のようだが、奈々美さんは、出かける準備をしていた。
「早いですね。どこかに出かけるのですか?」
声をかけると奈々美さんはハッとして、私の方へ振り返ってくれた。
「ごめんなさい。起こしちゃいましたか?ちょっと祠まで祈りを捧げに行こうと思いまして。」
「祠?この当たりにも祠があるんですか?」
南の村での出来事を思い出してしまう。
「はい。ここから見える湖があるでしょう?あそこの近くにあるんです。この辺りを守護している“潤清“と呼ばれている神様が祀られています。」
彼女は少し間を置き、何やら悩む仕草を見せていた。
「実は、この村に住んでいるものは、皆、導神族の里にいたもの達なのです。色々事情がありまして今はここに住んでいるのです。神に仕え、神の御心を人々に伝えるのが我々の日常でしたから、祈りを捧げるのは私にとっては日課みたいなものなのです。」
にこりと笑い、靴を履こうとしていた。
大まかなことは時雨さんから聞いていたが、踏み込んだ話を聞くなら今がチャンスだと思った。
「なぜ、ここに住むことになったのか経緯を聞いてもいいですか?」
問うと、“話が少し長くなるけどそれでもいいのなら。“っと、話始めてくれた。
「お恥ずかしい話になるのですが、私達は長であるお方に、ずっと反抗的な態度をとっていたのです。導神族の長は、里で祀っている四神を束ねる神〝巡地守”の聖獣を呼び出せる唯一無二の存在なのです。あっ聖獣って言って分かりますか?」
私は大きくうなずいた。
「分かります。導神族の里では“閤央“と呼ばれている存在ですよね。」
「はい、そうです。それでですね、ある日、前長が突然の事故で亡くなってしまって、長の娘さん、時雨さんというのですが、確か当時は10歳だったはずです。彼女が跡を継ぎました。」
10歳なんてまだまだ子どもだ。
時雨さんがそんな頃から重責を背負っていたとは知らなかった。
「村のしきたりで次期の長に立つのは、長の第一子、聖獣を呼び出す力を引き継ぐものとされています。世代交代は15歳の成人を迎えた時。当時の時雨さんは世代交代前の年齢でしたが、長を中心としてなり立っている導神族にとって、長不在の状態は由々しき事態です。ですから里の者達は、遅かれ早かれ長となる時雨さんに里をまとめてもらう事にしたのです。それに、時雨さんは神童と呼ばれるほどの才をお持ちでしたから、成人を迎える前でもなんの問題はないだろうと考えていました。ですが、長についてからの時雨さんは、なぜか神童と呼ばれた頃のような才を見せなくなりました。皆、過度な期待をかけていた分、時雨さんに失望し、だんだんと冷たい態度を取るようになっていきました。それだけでなく、時雨さんが長の役目を放棄したっといい出し、前長の弟さんを長のように扱い、時雨さんを無視するようになりました。」
そんな状態がずっと続いていたという。
時雨さんの心情は測りきれない。
「この状況が変わったのは、時雨さんが成人を迎えたその日でした。ついに私たちは、神からの罰をうける事になりました。彼女を邪険に扱った態度を咎められ、里から追い出され、この地の祠を守りながら考えを改めるようにと命じられたのです。」
奈々美さんは、一点を見つめていた。
「村人のほとんどは、長の役目を放棄した時雨さんが悪い、自分たちが罰せられるのはおかしいと今でも思っています。」
ふっ、と奈々美さんは、自嘲するような表情をした。
「でもよく考えてみたら、神童と呼ばれていても10歳の子どもが1人で全てを背負いきれる役目じゃない。里の者達が一丸となって生活をしていれば、こんな事態にはなっていなかったと私は思っています。」
その言葉を聞き、再び南の村での出来事を思い出す。
あの者達も、ここの村人たちと同じようなことを思っていたのだと気がつき、時雨さんが言ってた事が理解できた。
「時雨さんは本当はお優しくて聡明な方なのです。実はお金を借りているというのは時雨さんからなのです。」
その情報は初耳だった。
時雨さんからそんなことは一切聞かなかった。
「畑を獣に荒らされ食料が取れず、子供たちも常にお腹を空かせた状態でした。食料を買おうにもお金がなくて困っていました。」
時雨さんが話していたのは彼女が言っていたことなのだろう。
「実は、少し前に時雨さんが村を訪ねてきてくれました。なのに、私達は、話も聞かず村から追い出しました。村から去る前に時雨さんはおっしゃっていました。〝いつかはみんなと里で過ごしたい”と。私はその言葉を思いだし、藁をも掴む思いで時雨さんを頼りに里へ行きました。正直、無礼な行動をした私達を見限って相手はしてくれないと思っていました。」
その日の事を思いだしているのか、奈々美さんはそっと目を伏せていた。
「なのに、時雨さんは私をあたたかく迎え入れてくれて、お金を恵んでくれました。だから、今私たちはなんとか生活することができているのです。でも、時雨さんは村の人達には知らせるなとおっしゃり、自分の善行を隠そうとするのです。」
時雨さんは、どこまでも思慮深い人なのだと感じた。
まだ若いのに、器の広い人だと改めて認識する。
「私はそんな時雨さんに恩返しがしたくて、自分にできることはちゃんとやろうと決めたんです。大人達はもう廃人のようで当てになりませんから。」
奈々美さんは、自分へ喝を入れるように笑っていた。
「だから、導神族であった誇りを忘れない為にも毎日神に祈りを捧げることにしてるんです。なので今から行ってきますね。」
〝ゆっくりしていてください”と奈々美さんは言ってくれたが、私は一緒についていくことにした。
山の様子も知りたいし、なにより南の村での騒動をみているので、その土地に入り込み我が物顔で狩りを行うのも罰当たりな気がしたからだ。
私は奈々美さんについて行き、祠に手を合わせた。
そしてその帰り道に、偶然遭遇した鹿を仕留めてから村へ戻った。
「にいちゃんすごい。鹿も狩れるんだ‼︎」
ちょうど良い教材が手に入ると思って仕留めたのだが、道中では奈々美さんから、帰ってからは瑛太くんに賞賛され気恥ずかしい思いをした。
朝ご飯は村人達と食べるため、広場で作るようだった。
手伝っているのは、子ども達だけで、やはり大人達は座り込んで眺めているだけだった。
「瑛太くん、大人達はずっとあんな状況なのかい?」
鹿を捌きながら、こっそり瑛太くんに尋ねてみる。
「ずっとって訳じゃないんだ。ここに来た頃はみんな元気だったよ。今僕達が住んでる家も建ててくくれたんだ。」
文句を言いながらだったけどね。っと付け加えた。
「導神族の一員だったってことがみんな忘れられないみたいで、里からこんな山奥に移り住むべきなのは俺たちじゃない、時雨の方だって、ずっと言ってるんだ。」
(導神族だと言うのなら、奈々美さんのように神を敬うことを忘れるべきではないな。)
時雨さんが、針のむしろの中で生活をしていた事が容易に想像できた。
朝の奈々美さんの話と合わせると、逃げ出したくなるのは当然だと、同情するほどだった。
そんな、大人達を横目に、瑛太くんと共に鹿の解体を続けていく。
手の空いている子ども達は興味があるのかいつの間にか集まっていた。
「さぁ、こんな感じだ。長持ちするように、燻製のやり方も教えてあげるよ。塩はあるかな?」
瑛太くんと話していると、作業の様子を眺めていた子供から質問が飛ぶ。
「くんせいってなに?」
「燻製はな、煙を使って食べ物を美味しくする術みたいなものだよ。これからやっていくから一緒にやってみようか。」
集まっていた子供たちも巻き込みながら、燻製にするために必要なものを準備していると、奈々美さんの声が聞こえてきた。
「みんなーご飯ができたわよー。」
そのかけ声に反応して子ども達が我先にと鍋の方へ駆け出す。
「慌てないで、ちゃんとみんなが食べられる分はあるから。」
奈々美さんは、手際よく子供たちへと配膳していく。
「颯真さんもどうぞ。瑛太もね。」
作業をしていた私と瑛太くん、廃人のような大人達にも食事を配っていた。
この村は、彼女が切り盛りして成り立っているようだ。
「先に食事にするか。燻製の準備が終わったら、昨日教えた皮のなめし方の復習をするぞ。」
「うん、わかった‼︎」
瑛太くんは大きく頷いでくれた。
「颯太、次は何やるの?お兄さん、僕達もまた一緒にやっていい?」
瑛太くんの声を聞き、他の子供たちが食べ物を頬張りながら、話に加わってきた。
「もちろんだ‼︎一緒にやろう。だけど、お行儀が悪いから口の中に食べ物が入っているときに、喋っちゃダメだぞ。」
「はーい。久しぶりにそんなこと注意された気がする。」
大人たちは、子供たちにまで関心をなくしているようだ。
(大人達の対処は私にはできなさそうだ。)
せめて子供たちには、生き抜く知識を与えてやらねばならないと強く思った。
その日から、子ども達は私についてまわり、教えたことをどんどん身につけていった。
別の日には、奈々美さんも一緒に山に入り、みんなで薬草探しに出掛たりもした。
山の中で見つけたきのこや山菜についても、食べらるもの、食べられないものを都度都度教えていく。
そして、山の恵みをいただくに当たり、必ず週1回は祠で手を合わせ感謝の気持ちを伝えることを、子供達と話あいルールとして決めた。
日を追うごとに、子ども達は生き生きとしていくが、大人達はただ座っているだけでなんの進展もなく、日々を屍のように過ごしているだけだった。




