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【2】-10-アメリア(3)

##アメリア視点


▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 文字列が現れた瞬間の静寂を初めに破ったのは、クロエだった。


「すごい!」

クロエは一瞬喜んでから、表示が全てエルフ語であることに気づいたようだ。

「ちっとも読めない!」


 マクシミリアンは文字に気を取られている間に、スプーンに載せていたプリンをテーブルの上に落とした。

 酷く悲しげに、彼は落ちた欠片を見つめていた。 


 ルファンジアはそっと席を立って、アメリアから二、三歩距離を取り、恭しく跪いた。

 そして、青い文字に向かって祈りを捧げ始めたが、その様子はアメリアを崇めているようにも見えた。


 一番驚いた様子を見せたのは、詠唱したザイオン自身だ。彼は飛び上がるように立ち上がって、椅子を倒した。何も起こるはずがないと思っていたのだろう。

 ユージーンが、椅子の倒れた音にビクッと肩を揺らした。彼は不安そうに、皆へ視線を巡らしている。


 文字の放つ光のせいで、その場にいる全員の顔が青ざめて見えた。

 アメリアは手を伸ばして頭上の文字に触れたが、実体のない光は彼女の手を素通りした。


「アメリア」

 ザイオンが立ったまま、幾分怒気を含んだ口調で尋ねる。

「これは、なんだ?」

 その疑問は、表示された文字列ではなく、魔法そのものについてのようだ。


 アメリアは考えることに忙しくて、反応が遅れた。

 状態表示というコンピューター由来のコマンドに、この世界はUIを伴った表現で反応を返した。

 これは、命令文を解析し、結果を視覚的に返す“処理系”が存在することを意味している。

(つまりこの世界は……)


 考えても意味の無い思考の沼に入り込む直前、アメリアは気づいた。

 今大事なのは知的好奇心よりも、この仕組みをどう使うか、ということだ。


 アメリアは冷静さを取り戻す。

「……私にもわからないわ。だって読めないんだもの……どうしてエルフ語なのかしら? 詠唱した貴方がエルフ王家の末裔だから? 何て書いてあるのか、教えてくださる?」


「……いいのか? お前のことが書いてあるんだぞ?」

 ザイオンは、口調は怒っているのに、気遣うような言葉を口にする。


「何が書いてあるかもわからないうちは、良いのか悪いのかも判断できないわ」

 アメリアはザイオンに向かって、挑むような笑みを浮かべた。


 その笑みを見返した後、ザイオンは不機嫌な表情のまま、一行ずつ指をさして読み上げた。


「……アメリア・カラドカス」

「女性」

「十九歳」

「人族。……この部分だけ色が緑色だ」

「肌基本色:真珠色」

「髪基本色:赤褐色」

「瞳基本色:鼠色」

「状態異常:なし」

「体力:80」

「魔力:1」

「最後に、変な四角に囲まれた言葉が二つ。『その他詳細』、それから、『閉じる』……本当に、状態を表示するだけの魔法のようだが」


 ザイオンは、自分の疑問に自分で答えていた。


 彼が変な四角と表現したのはボタン表示だ。『その他詳細』に指で触れたら、もっと詳しい情報が出てきて、『閉じる』に触れたら表示が全て消えるUIに違いない。


 この魔法が有効に働くとわかったので一旦閉じてもらおう──、と思ったアメリアは、すぐに考え直した。


「ここは、『人族』だと言ったわよね?」

 彼女は再び手を伸ばして、光文字に触れようとした。

 やはり触れることはできなかったが、文字列の中で四つ目の言葉だけ、緑色だ。

 何か意味があるに違いない


「ザイオン、ここを指で触ってみてくれる?」

 アメリアは、緑文字の部分に人差し指を行ったり来たりさせながら言った。


「いや……しかし」

 ザイオンは不安そうに言う。

「何か起こったら、どうするんだ……?」

 文字列が現れた時の衝撃をまだ引きずっているらしい。


「私の状態表示なんだから、何か影響があるにしても私にだけでしょう。いいから触ってみて?」


 アメリアに促されて恐る恐る差し出した指先に、数行の文字列が緑色の光を放ちながら浮かび上がったので、ザイオンは驚いた様子で手を引いた。

 新しく現れた緑の文字列は、状態表示の青い文字よりも少し上に位置している。


「種族名が縦に並んだ……」

 ザイオンが、怯んだ表情で眺めている。

 今進めていることの意味が、わかってきたのだろう。


 アメリアはこの状況を、パソコンの選択画面になぞらえて考えていた。入力画面の横にある小さな▼をクリックすれば出て来る、ドロップダウンメニューだ。

 同じUIは、フォームの住所欄にある都道府県名選択などで使われている。


「何て書いてあるの?」

 アメリアに尋ねられて、ザイオンが読み上げた。

「……上から、エルフ族、獣人族、竜人族、人族」


「エルフ族、と書いてある部分を選んで」

 緑色は変更可能を示す色だと確信して、アメリアは言った。


「俺を、ペンか指示棒ぐらいに思ってるな?」

 ザイオンが、苦々しい表情を浮かべた。


「──I AM A PEN!」

 クロエは小声でこっそり呟いて、一人で面白がっている。隣のマクシミリアンが不思議そうに彼女を見た。


「そう言われても……私では触れないんだもの」

 管理者権限さえあれば、自分で実行したいところだと、アメリアは思う。

(一時的に管理者権限を行使できるコマンドがあるはずだわ……)


「この魔法のことも、予知夢で見たのか?」

 ザイオンが、昼の会議室での会話を持ち出した。

「……そんなところね」

 転生者であることを『予知夢』という言葉で誤魔化す罪悪感が、ちらりとアメリアの胸を掠めた。いつか彼には説明しなければと思うが、それは今ではない。


 ザイオンが一番上の、エルフ族と書いてあると思われる部分に触れる。

 緑色が、その文字だけ今度は黄色に変わった。

(緑は変更可能、青は現在の確定値、黄色は……選択中の仮状態ね?)

 わざわざ口に出さなくても良いぐらい、そのUIは直感的だった。


「選んだ……何か出たぞ」

 ザイオンが少し目を瞠る。

 状態表示の文字列の上に、青いボタンが四角く浮き出ていた。

「確定、という意味の白い文字がある」


 確定ボタンが出るということは、都道府県名の選択とは意味合いが違って何らかの制約があるに違いない、とアメリアは気づくが。

 

「確定して」

 そう言うしかない。


「それは……」

 ザイオンは逡巡した。

「大丈夫なのか?」


「大丈夫よ」

 ここで引くぐらいなら、アメリアは初めからこの魔王城に来る選択はしていない。


「これを確定させたら、お前はエルフ族に変わることになるんじゃないのか?」

 ザイオンの心配は、アメリアの予想外のところにあった。

「ルファンジアがさっき言っていたじゃないか。エルフは子どもができにくいって。お前の望みは、結婚して子どもを産むことじゃなかったのか?」


 アメリアは驚いてザイオンを見返す。

 彼がそんな心配をするなんて、思ってもみなかった。


 ザイオンの言う通り、もしもエルフ族の特性を得るとしたら、普通の人生は歩めない。

 結婚して、子どもを産み育て、幸せな家庭を築き、時々は両親に孫を見せに行って……そんな風に想像していた幸せの形は、失われるだろう。

 動揺を気取られないようにしながらアメリアは、促す。

「このままでは、子どもを持つ前に世界がなくなってしまうわ。今後の戦いのために、これは必要なことなの……続けて?」


 アメリアの言葉に、ザイオンは指をそっと動かす。その指が、途中で止まった。

「……こんなつもりで、お前を巻き込んだんじゃないんだ」

 と、ザイオンは言った。

「どういう結末を迎えるにしても、俺が責任を取る」


「巻き込まれたとは思っていないわ」

 クロエがザイオンのことを、いい人っぽく推してきた理由が、少しわかってきた。

「大丈夫よ。心配するようなことは何も起こらないから」


 アメリアは、クロエがキラキラした目でこちらのやり取りを見守っていることに気づく。

 きっと彼女は、ザイオンの言った『責任』という言葉を勘違いしているのだ。


 微かに溜め息を吐いたザイオンは、ようやく『確定』と書いた文字に触れた。


 その途端、緑色の文字列は全て消えて、『エルフ族』と書いてあるらしい文字の色が青に変わり、他の青い文字列と同じ高さに収まった。

 効果音も光も、痛みも、何もない。

 アメリアは元の自分のまま、ただそこにいて、青い文字の並んだウィンドウを見上げていた。


 その後ザイオンが青文字に変化した箇所を指で触れてみたが、何も起こらなくなったので、変更は一度きりということだろう。


 つまりアメリアは、このステイタスオープン的な魔法が本物ならば、人族には戻れなくなったのだ。


 両親……それから、兄と、姉たちのことを、アメリアは思い浮かべた。兄や姉が結婚し、子どもを持ち、年を重ね、交流をする場にアメリアはいない。

 彼らとは異質な者となり、一人で生きていかなくてはならなくなったのだという疎外感が、哀しみと共に身体を浸した。


 けれど、今そんな感傷に浸って立ち止まっていては、年を重ねるどころか数年もしないうちに何もかもが失われてしまう。そんな未来を避けるためには、前に進み続けなくてはならない。


「閉じてくれる?」

 事務的な声を保って、アメリアは言った。


 ザイオンは疲れたような顔をしていた。

 彼が『閉じる』と書いてあるらしいボタン部分に触れると、文字列を表示していた窓が消え失せ、目の前には元通り、日常的な食卓の風景が戻ってきた。


 ルファンジアが、感動したような長い息を吐いて、立ち上がった。

「このような事例を、私は聞いたことがありません。アレシャトの導きにより、私たちは今、奇跡を目撃したのです」


 ザイオンや他の皆は、アメリアをじっと見ている。

 間違い探しのように、以前のアメリアとは違うところを探そうとしているようだ。

 けれど、アメリアの耳も髪色も、人族の時のままだった。


「私が本当にエルフ族になったかどうか、調べる方法はあるかしら?」

 とアメリアが尋ねた。


「簡単な魔法を使ってみましょう」

 ルファンジアはアメリアの隣に座ると、軍服のような服の胸ポケットからペンと一枚の白紙メモを取り出した。


「環境制御魔法です」

 ルファンジアがテーブルに置いたメモに書き始めたのは古代エルフ語だったが、真下に現代語翻訳を書いてくれた。


¶環境制御{要素:光;量:0.8;距離:1;時間:1;}


「これは……」

 文字列を眺めていたアメリアが、心の中で呟いた。

(プログラミングコード、みたいに見えるわ……)


 クロエが興味深そうに覗き込んで、質問している。

「初めについているこの記号は何?」

「魔法の呼び出しです」

 ルファンジアの説明に、クロエの瞳が面白がるように揺らめいた。


「呼び出し……『ユージーンくん、ちょっと職員室まで来なさい』みたいな」

「え」

 ユージーンは驚いた顔で妹を振り返った。

「そんな感じですね」

 とルファンジアが言ったので、ユージーンは驚いた顔のまま、今度は彼女を見た。


「今から魔法を使いますよ、と、アレシャトに向かって呼びかけて、この場合は、環境制御魔法を名指しして呼び出しています」

 ルファンジアのその言葉に、自分じゃないとわかって、ユージーンはほっとしたようだった。


「そのあと、括弧内でパラメータとその値を指定しているのね」

 と、アメリアが補足する。

 書式としては単純で、使いこなすのは難しく無さそうだ。

 でも、魔法を覚えるよりも先に、どうしてもやっておかなくてはならないことが一つある。


 ルファンジアが、環境制御魔法の上にエルフ語の発音を書き添えて、アメリアにメモを渡した。

「手をかざしてから読み上げてください。術者の利き手が基点になります」


 アメリアが手をかざして、書かれた通りに発語する。

 その一瞬、身体中を光のしぶきが流れていくような、奇妙な感覚が走った。

(これが魔力なの……?!)


 手の平の上に、小さな光が瞬いて、すぐに消えた。

 その瞬間の衝撃は、アメリアの中に淀んでいた仄かな郷愁や、焦りといったマイナスの感情を吹き飛ばした。


「魔法が……、使えたわ……!」

 子どものような歓喜と、感動に、アメリアは思わず声を震わせた。


 前世に生きる現代人が、どれほど魔法を夢見て、憧れたことだろう?

 詠唱し、強大な敵と戦い、傷ついた仲間を癒やす物語を紡いだ小説や漫画、アニメが、日本には溢れていた。

 その憧れの力を、アメリアは今手に入れた。


 クロエが、うっとりとアメリアを見ながら、今にも何か叫び出しそうだ。

 いや、……何か呟いている。

「抑えきれぬ鼓動、封じられし焔よ……今、鎖を断ち、我が血脈に眠る力よ目覚めよ!

解錠・深層解放リミットブレイク・アンリーシュ!!」


 マクシミリアンが感銘を受けたように彼女を見ているが、この世界の魔法──仮に演算原初魔法バイナリ・アーキマジカと呼ぶとして──は、厨二病的な詠唱では一ミリも動かないだろう。

 ただ、もっと単純で合理的だから、覚えやすいはずだ。


 煌めくアメリアの目が、ザイオンを捉えた。


「凄いわ、ザイオン!」

 アメリアは右手を高く掲げると、もう一度エルフ語を口にした。

 光が再び、手の平に灯る。


「……貴方って本当にすごい……人の種別を変更できるなんて!」

 そう言ってアメリアは、満面の笑みを浮かべた。


 凄いのはどっちだ。

 という顔で、ザイオンはアメリアを眺めていた。 











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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