【2】-11-アメリア(4)
##アメリア視点
##この作品には、一部暴力的な描写が含まれています。免疫のある方のみ、お進みください。
##本文の一部に、モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい番外編:バッドエンドの内容、及び、本編幕間編【セーブポイント】の一部が含まれます。
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「この魔法を、『すべての本質を照らす曇りなき言霊、真名開示』と名付けましょう」
とクロエが言った。
さっきの詠唱とは違ってるわ、とアメリアは思う。
「却下だ」
ザイオンが斬り捨てる。
「じゃあ……『虚構を斬り裂き……」
と言いかけたクロエは、ザイオンに睨み付けられて、省略する。
「真実照破』で」
「名前なんか要らん!」
ザイオンは倒れていた椅子を起こして再び座りながら、クロエを指さした。
「だいたい、なぜお前が当たり前のように命名するんだ!」
喧嘩しているように見えて、意外に仲が良さそうね、とアメリアはほのぼのとした気分になる。
「『丸見えの光魔法』はどう?」
マクシミリアンが参戦する。
「なかなかいいセンスね!」
と、クロエが煽てたので、マクシミリアンは嬉しそうだ。
「普通に『状態表示魔法』だ。それ以外は認めん!」
ザイオンがそう言ったので、何か口にしかけたユージーンが無言のまま口を閉じた。
「ええぇ、つまんない」
不満を漏らすクロエに、ルファンジアが言う。
「特殊な名前のある魔法は、あまり例がありませんね。共有して使うものなので、わかりやすい名前でないといけないのです。諦めてください」
「そもそも魔法っていうのは、面白がって使うものじゃない。パラメータを間違えば、手を失ったり、命を落とすことだってあるんだ。だからエルフ語は『古代』エルフ語なんだ。日常会話に使って不用意に魔法が発動すると危険だからな」
ザイオンの言葉に、アメリアは納得する。
「そういうことなのね」
エルフ語は会話するためのものではなく、この世界のシステムに働きかけるインターフェイス。入力用の言語だ。そして、術者の血統が鍵となって、権限を付加する。鍵が合わなければ魔法は発動しない。
なぜそうなっているのか考えることは、テレビの仕組みが気になってアニメを楽しめないのと同じだから、この際置いておく。
「わかったわ……『状態表示魔法』ね」
クロエが渋々認めた。
「それで、次は私でいい?」
どういう意味なのかは、訊くまでもなかった。ここまでの流れで、クロエが自分もエルフになって魔法を使ってみたいと言い出すのは当然のことだ。
クロエがエルフに種族変更すれば、マクシミリアンもユージーンも追随するだろう。
彼らは亡命してきた身で、しがらみもないから、エルフ族への変更にためらいはないはずだ。
「お前……」
ザイオンは頭痛を堪えるような顔をしている。
「お前はマクシミリアンと、……結婚するんじゃないのか」
弟夫婦に子どもができないかもしれない、と苦悩しているらしいザイオンに対して、クロエは気勢を上げる。
「今は戦う時よ! このままでは、結婚する前に世界がなくなってしまうわ! 今後の戦いのために、これは必要なことなの!」
「お前……アメリアと同じことを言えば俺が言いなりになると思ってるな? お前は魔法を使ってみたいだけだろう? 後のことなんて、何も考えてないよな?」
ザイオンの指摘に、クロエは一瞬黙ってから、言った。
「……違うわ!」
「クロエの次は僕!」
と、マクシミリアンが手を上げた。この子こそ何も考えていないわね、とアメリアは思った。
時間差で、ユージーンもそっと手を上げている。
「ザイオン様。エルフ族は、子どもができにくいのは確かですが」
と、ルファンジアが言った。
「それはエルフ族の寿命が数百年に亘るため、ペースがゆっくりになる、ということです。百年も待てばなんとかなります」
エルフ族にとっては百年なんて、あっという間らしい。
彼女は最後に、使命感に溢れた言葉を付け加えた。
「なおお世継ぎに関しては、お相手が多ければ多いほど可能性も高くなりますが……」
「そういうのは要らんと、前にも言ったはずだ」
にべもなくザイオンが答えた。
「ええ。確か、自立した女性がお好きだと仰ってましたね」
ルファンジアが満面の笑みをたたえて、アメリアを見る。
「……俺の事は、今はどうでもいいんだよっ」
ザイオンが妙に狼狽えた声を出した。
「問題は、こいつらだ!」
「もちろん、人型モンスターと戦うためには、魔法を使える方が有利だわ」
とアメリアは言った。
「でも、これ以上物事を進める前にどうしてもやっておかないといけないことがあるから、一日程度待って欲しいの」
アメリアは、ザイオンを振り返って尋ねる。
「そういうことでいいかしら?」
「そうだな」
ザイオンは頷いた。
「一生に関わることを今、勢いで決めてしまわない方がいい。よく考えてからにするんだ」
お前のことだぞ、と彼はアメリアに視線を送る。
アメリアは黙って微笑み返した。
「どうしてもやっておかないといけないことって何?」
クロエがアメリアに尋ねた。
「セーブポイントを作っておきたいのよ」
アメリアは、転生者にしかわからない言葉で答えた。
この世界が演算で動き、状態表示魔法が使えるのなら、おそらく存在するに違いない、セーブ機能。その機能を起動させる魔法を探し当てるつもりだった。
「ああ、そっか。セーブね。……って」
クロエが、しまった、という顔をした。
それから急に、わざと厳かな声音を作って捲し立て始める。
「……我が記憶、永遠に凍結せよ! 保存・世界刻印! っていうやつよね! 物語で読んだことがあるわ」
ザイオンが呆れたような目で彼女を見ていた。
あの様子では、いろんなところでボロを出して、何かおかしいと怪しまれているに違いないとアメリアは思った。
でも前世の記憶があるとバレたところで、現状に変化はないだろう。
アメリアはクロエを話し相手にしているつもりになって、考えを纏めようとした。
「セーブ用のスロットを先に作らなくてはならないのか、それとも名前を決めてやれば自動的に作られるのか。試してみるまでわからないわね。とにかく可能な限りセーブポイントを作りながら進めることがプレイヤーのセオリーだわ。その上で……」
アメリアは、悩ましげに付け足す。
「時間が巻き戻し可能か、検証しなくては」
状態表示や環境制御魔法とは次元が違う。
セーブポイントへの巻き戻しは、この世界全体に影響を及ぼす、安易には試せない魔法だ。
「時間の巻き戻し?」
ザイオンが聞き咎めて言った。
「そんな魔法は知らないって、何度も……。いや……一度も言ってないな……?」
そのまま黙り込んだザイオンを、アメリアは見つめた。
(まさか……)
アメリアは、しばらく前に見た夢を思い出す。
***
長い戦いは、敗北に終わり、辛うじて生き残ったアメリアとザイオン、マクシミリアンは、瓦礫だらけの大地に立っている。
仲間達の殆どは強大な魔王の力になすすべもなく倒れ、今は瓦礫と共にある。
時折魔王の放つ黒い炎が、瓦礫や遺体を襲った。
装飾品も、身体も鎧も、防護用に刻まれた魔法陣も全てが、その炎に触れると消えてしまう。魔王の消費するエネルギーに変換されているのだ。
召喚獣は、死力を尽くして主を守った。
立ったまま息絶えたその身体を、マクシーが愛おしげに撫でる。
「マシュ。熱かったよね。ごめんね」
「時を巻き戻して、初めからやり直さないと」
と、アメリアは言った。
「貴方ならできるはず」
「何度も言っているだろう! そんな魔法は知らないって!」
ザイオンが苛立たしげに彼女の方へ振り返った時。
薄暗い炎が、召喚獣の亡骸越しに襲ってきた。
とっさにザイオンを突き飛ばして炎から救ったのは、マクシミリアンだった。
「マクシー!」
悲痛な声が呼んだ。
鎧に刻まれた防御用の魔法陣が、ほんの一瞬だけ、炎に抵抗した。
マクシミリアンは炎の中で、微笑んで見せた。
あにうえ。
そう言葉を形作った口元が見えた気がした。
それきり、彼の身体は塵の一つさえ残さずに、蒸発した。
アメリアはザイオンの方を振り向く事ができなかった。
彼を、彼らをここまで連れて来たのは、彼女だ。
全てお前の責任だと責められる事が怖かった。
「……嘘だ」
現実を受け止めまいとする、ザイオンの呟き声が聞こえる。
「……こんなの。夢だ。嘘だ。……夢だよな?」
瓦礫の上に膝を突く音がした。
「嫌だ。こんな……こんなの。酷すぎる……マクシーが?」
ザイオンが、壊れていく。
力任せに、何度も地面を叩く。
「あああ。なんでだ! 酷すぎる。……マクシー! マクシー! 嘘だ! こんなの嘘だ! 酷すぎる!」
弟の名を呼びながら慟哭するザイオンに、アメリアは声を掛ける事ができないでいた──
***
あれは、ただの夢に過ぎない。
それなのにあまりにも不吉で、気持ちをかき乱される夢だった。
まるで本当に体験したかのように、記憶にこびり付いている。
肉の焼ける臭い。
無力感。
そして、ザイオンの悲し過ぎる叫び声。
あれは、この世界を動かしている何者かが見せた夢なのかもしれない。
世界の終わりを回避しろ、と──?
ザイオンは、同じ夢を見たのだろうか。
(あるいは……?)
恐ろしい考えが、アメリアの頭をよぎる。
彼女の隣で、ルファンジアが頷いていた。
「そうですね。聞いた事はないです。時間を巻き戻す魔法がもしあったとしたら……?」
彼女は数秒の間に過去のつらい記憶を呼び起こしたらしく、その目が少し潤んだ。
「多くの悲劇を事前に防ぐことができたでしょう」
アメリアは、テーブルに置きっぱなしになっていたルファンジアのペンを手に取った。
状態表示の術式が書かれたメモを裏返すと、アメリアはそこに新しい文字列を書き始めた。何が始まるのだろうと、クロエやマクシミリアンが期待に満ちて覗き込む。
システム.状態保存(名称."010101");
ルファンジアがそれを見て、息を飲んだ。
「まさか……」
時を巻き戻すための前段階だと気づいたのだろう。
アメリアが書いたこの文字列は、状態表示魔法の術式から類推して作ったものだ。
前世でプログラム言語を習い覚えるのに、アメリアはマニュアルや教科書を読んだりはしなかった。既存のコードをネットで拾ってきて、それを自分用に書き換える過程で覚えた。彼女はそのやり方を応用して、この世界の原初魔法を見つけ出せるに違いないと思っていた。
元の状態表示魔法の術式はこれだ。
システム.状態表示(対象.アメリア);
この術式の『状態表示』の部分を、『状態保存』に変えれば、セーブ用の術式になるはず。
パラメータの指定も、同じように類推と、アメリアの経験から作ったものだ。
間違っている可能性はあるが、修正しつつ何度か試せば正解に辿り着けるだろう。
アメリアは、二行目、三行目にパラメーターが間違っている時の修正案を付け足す。
システム.状態保存(名称.スロット1);
システム.状態保存(名称.010101);
システム.状態保存(名称."スロット1");
今後人型モンスターと戦う上で戦局が悪化しても、セーブさえしておけば、その時点に時間を巻き戻してやり直せる。
だから、できるだけ早く今の状態をセーブしておきたかった。
今この時にも、世界のどこかで取り返しのつかない事が起きているかもしれないのだから。
「これは……リセットブレスレットの、世界版というところでしょうか?」
ルファンジアが声に感動を滲ませながら言った。
「そうなるわね」
アメリアが頷いた。
その表現が、この場では一番わかりやすい。
マクシミリアンとユージーンは、何の事かわかっていないようで、大人しく成り行きを見守っている。
「これ、エルフ語に翻訳して詠んでもらえる……?」
アメリアはそう言って、ザイオンの方を見た。
「大丈夫?」
思わずアメリアがそう声をかけるほど、ザイオンは青ざめていた。
「なあ。……もしかして」
ザイオンは、微かに震える声で言った。
「俺たちは一度しくじってから、時を戻してやり直しているところじゃないのか……?」
「どういうこと?」
クロエが問いかけた。
「誰かに、『時を巻き戻して、初めからやり直さないと』って言われた記憶が……あるんだが」
ザイオンがアメリアを見る。
彼の潤んだ瞳に映っているのは……あの夢の中で皆を死地に誘った、アメリアだろうか?
「……ザイオンの言う通りかも知れないわね」
しばらく沈黙したあと、アメリアはそう答えた。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈




