【2】-08-ユージーン(3)
##ユージーン視点
一部、性的な描写や下品な表現があります。
耐性のある方のみ、以下にお進みください。
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##人物紹介
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』のモブ令嬢。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマーで死因はおそらく不摂生。
クロエ:
本編第一章『悪役令嬢は退場しました』主人公。コミュ障気味だが最近は改善。
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。
ユージーン:
クロエの兄でクロエ大好き。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
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冬の空が朱に染まり、地面に落ちるユージーンの影が長く伸びた。
拠点の坂を登る途中で、息切れがして何度か立ち止まったために、日暮れになってしまった。
時間はかかったが、完全に暗くなる前にユージーンは、魔王城の玄関に辿り着くことができた。
コートを着ていると暑いぐらいだ。少し汗をかきながらユージーンが扉を開けると、クロエが玄関で出迎えた。
その片手にはなぜか、一足のサンダルが鷲づかみにされている。
「おかえり! 遅かったね?」
ほっとした様子でクロエは、兄に抱き付いた。
「……遅くなってごめんね」
クロエの身体を抱き返したユージーンの右手には、絆創膏が三カ所貼ってあった。
目敏く見つけたクロエは、ユージーンの背後を探す。
「怪我したの? ルキルスはどこ?」
信じて任せたのに怪我をさせたのかと言いたげに、まなじりを上げている。
「ルキルスは、途中で軍の非常招集があって……」
ユージーンは無意識に、手紙を入れているズボンの後ろポケットに軽く触れた。
「僕は……実は今日、食堂にいたんだけれど」
「食堂!?」
クロエが大きめの声を出したので、ユージーンは思わず身体を竦めた。
声のトーンを戻して、クロエは尋ねる。
「怪物が出たっていう? だから怪我をしたの?」
「怪我は大丈夫……でも大騒ぎになって」
ユージーンの言葉を、クロエは強ばった表情で、でも急かさずに聞いてくれた。
「一斉に扉に殺到して、いっぱいの人が倒れて……食事時で、ほぼ満席だったから……大変な騒ぎになって。僕は逃げられなくて、座ってたんだ……」
(怪物に向かって行った話をしたら、クロエは呆れるだろうか?)
自分のこともままならないのに、人を助けようとしたなんて、とクロエは思うかもしれない。それとも、凄いって褒めてくれるだろうか?
判断が付かなくて、ユージーンは途中を省略した。
「そこにマックスが来て、助けてくれたので、僕もルキルスも無事だったんだ。……彼にお礼を言わなきゃ」
クロエは今にも、もう二度と外出はしちゃ駄目だと言い出しそうに見えた。
「無事で良かった」
クロエはふっと表情を緩めたので、ユージーンはほっとする。
「マックスは今、お風呂に入ってるわ。血だらけで帰って来たの」
「あーぁ、そうだろうね……」
ユージーンは少し遠い目をしながら言った。
「硬そうな怪物が、ぐしゃっ、ドカッって感じになってた……強いんだね、彼」
「ふふ。語彙力が終わってるわよ、お兄様」
マックスを褒めたのは正解だったらしい。
クロエは笑みを浮かべてそう言うと、ユージーンを洗面に押しやった。
「お兄様もできるだけ綺麗にして入ってきて! 友達が来てるの!」
クロエはサンダルを持ったまま居間に入っていき、誰かと賑やかに話し始めた。
(友達……? それにそのサンダルは……?)
不思議に思いながらユージーンは、絆創膏をできるだけ濡らさないように手を洗って、居間に入った。
そこでクロエから引き合わされたのは、貴族学園時代の同級生だという、とても上品な雰囲気のあるカラドカス公爵家の令嬢だった。
***
マクシミリアンが風呂から上がってくる前、ユージーンは食卓でアメリアに話しかけられていた。
「王国内で貴族同士として出会っていたら、私たち、結婚していたかもしれないわね」
ユージーンは社交辞令をさらりと流せずに、しどろもどろに言葉を繋いだ。
「えっ……、そう……かな。多分僕には、分不相応な話、だと思う……」
数世代前の王弟を始祖に持つルグウィン公爵家だが、先々代、先代の時代から没落の一途を辿っている。派閥も違うし、たとえ自分が普通の貴族令息として過ごしていたとしても、彼女とは釣り合わないだろう。
ユージーンが頭の中でそう説明を組み立てた頃には、テーブルでの話題は別のものに移っていた。
「あの第二王子がこの国でそんなことをするなんて……」
「最悪よ、あの男。お兄様は死ぬところだったんだから。あんなのと結婚する羽目にならなくて本当に良かったと思ってる」
「ドミリオお兄様に手紙を書くわ、国家としての賠償をしっかりするようにと」
気勢を上げる二人の女性の会話に、ユージーンが割って入る隙は全く無かった。
ザイオンも黙って食事を続けている。
ルファンジアが、追加用のパンを載せた皿と飲み水用のピッチャーをテーブルの真ん中に置きながら言った。
「手紙は拠点の行政窓口でも受け付けておりますが、私にご用命いただければ首都を経由せず直行便でお届けできますよ」
「それは助かるわ。情報の伝達は戦略の要ですもの」
アメリアは、ザイオンの隣の席に座っていた。クロエの正面で、ルファンジアがいつも座っていた場所だ。
それなのにアメリアは隣のザイオンとは目を合わせようともせず、クロエとばかり話していた。かつては義理の兄と妹の間柄だったと聞いたけれど、仲は良くないらしい……。
「クロエは東翼のどの部屋にいるの?」
「あー、えっと」
クロエが少し照れながら言う。
「三階の、マックスと同じ部屋に……」
「そうなの?」
アメリアは驚いたようだった。
「……王子はまだまだ子どもっぽくて奥手だと思っていたから、意外だわ」
「あ!」
浴室の方からこちらに近づいてくる裸足らしい足音を聞いて、クロエははっとした顔になる。
「マックスにサンダルを渡すの、忘れてた!」
「お腹空いた!」
勢いよく扉を開けて入ってきたマクシミリアンの髪からは、水滴が滴っていた。
「なんで、もっとちゃんと拭かないんだ!」
さっと立ち上がったザイオンの手に、ルファンジアがタオルを渡した。
その連携作業をアメリアが興味深そうに眺めている。
ザイオンはタオルでマクシミリアンを捕獲すると、さんざん擦りあげてから解放した。
その後、いつも通りザイオンの向かい側に座ったマクシミリアンに、ユージーンはようやく助けてもらった礼を言うことができた。
「今日はありがとう、マックス……」
「うん。危ないところだったね、あのチンチン!」
マクシミリアンは、ルファンジアに渡された風呂上がりのミルクを飲みながら、上機嫌に言う。黒無地のVネックシャツとベージュのズボンに、茶色のサンダルを履いている。さっきクロエが持っていたものだ。
ザイオンがフォークを握り締める姿を視線の端に捉えながら、ユージーンは時と場所を選ぶべきだったと後悔した。アメリアがマクシミリアンに向ける目も冷たい。
「ごめんなさい、僕……」
生殖器に似た怪物の長い触手を、マクシミリアンが阻止したことに間違いはない。あの時の切迫した雰囲気を、その場にいなかった皆に理解してもらうのは難しい。
マクシミリアンは、クロエに袖を引かれて小声でたしなめられたあと、言葉を換えた。
「あんなにでっかいアレ、初めて見た!」
「そう、その通り……その通りなんだ」
ユージーンは視線を泳がせる。
どうやって上品に説明したら良いのか、ユージーンには見当も付かない。
「食事中にする話題ではないわね」
アメリアが目を瞬かせてそう言ったので、ユージーンは自分が叱られたような気持ちになった。
「もちろん、情報伝達は大事よ? でも、もう少しこの場に適切な表現を選んでいただけるかしら、王子」
「ヨアン保安官にも、もっと客観的に話せって、さっき怒られた。それで、お腹が空きましたって言って帰ってきたんだ。また明日来いってさ。客観的に言うと、こんな感じ? 人なのに虫みたいで、全然日焼けしてなくて、あそこがびゅんって伸びたから、ぱっと掴んで、ぎゅっと捻って、ブチってちぎった」
客観的という言葉をどう捉えたのか、マクシミリアンは身振り手振りを加えて得意げに続けた。
「それと、客観的に言うとね、先っぽから何か変な汁が……」
ザイオンがフォークを振り上げた。
マクシミリアンはとっさに、ミルクのコップごと手を引っ込める。
ミルクが飛び散り、フォークが空を刺す。
「ザイオン……? 今本気だった……?」
マクシミリアンが涙目で、兄の顔を見た。
「食卓で下品な話をするな! そして、避けるな!」
ザイオンがフォークを振り回しながら、無茶ぶりをする。
「ええぇえ……」
マクシミリアンは本当のことしか言ってないのに、とユージーンは責任を感じる。
(本当なら、僕が説明しなきゃいけないのに……)
食堂にいた時、ハノクの侍従がやってきて、ルキルスの名前を使ってユージーンをどこかへ連れ出そうとした。そこにハノクが、怪物に追いかけられながら現れた。彼を守ろうとした侍従が倒れ、食堂は恐慌状態に陥った──。
つまり、あの場にいたハノクのことも話さなくてはならないのでは……と、ユージーンは怯んだ。
ハノクの父親であるラシエ侯爵は、ルグウィン公爵家の遠い親戚筋に当たっていて、ユージーンはルグウィン公爵の命令で侯爵の元を訪れることがあった。
そこでユージーンが何をされていたか、ハノクは知っている。だから、学園時代に理不尽な要求をされても断れなかった。
過去の記憶が、ヒンヤリとした恐怖を呼び込む。
スプーンを握った手がかすかに震えていることに気づいて、ユージーンはそっとその手を身体の後ろに隠した。震えはなかなか収まらなかった。
「フォークで刺すなんてやり過ぎだわ」
と、アメリアが咎めた。
「そうよ!」
クロエが同調する。
マクシミリアンが二度頷いた。
「こいつに俺の攻撃が通ると思うのか?」
むっとした口調でザイオンが言う。
「万一刺さっても、リセットブレスレットがあるからいいんだよ」
「それでも、痛みを感じた記憶は残るのよ?」
クロエが反論する。
「リセットブレスレットって何?」
アメリアの疑問に答えたのは、クロエだ。
「これはザイオンが作った魔道具なんだけど……」
自分の左腕にはまったブレスレットを彼女に見せながら、クロエは説明する。
「怪我をした時に、元の状態に戻してくれるの」
「ザイオン様のリセット魔法は、身体の損傷どころか、体力も魔力も元に戻せるのです」
ルファンジアが食後のデザートを配りながら、ザイオンを褒め称えた。
それを見てマクシミリアンは、遅れて食べ始めた夕食をあっという間に平らげていく。
ユージーンがマクシミリアンに礼を言ったことから始まった不穏な雰囲気は、元の和やかさを取り戻していた。
ハノクの名を伏せて話せば良いとユージーンは気づいたが、この雰囲気の中で、もう一度あの怪物の話を蒸し返すことなどできそうにない。
彼は軽い目眩を覚えていた。
手の震えといい、これはトリッシュ医師が言っていた前兆だろうか……いや、疲れが出ても不思議ではないくらい、今日は盛り沢山な一日だった、とユージーンは思い返す。
朝からルキルスと一緒に歩き回って買い物をし、昼には怪物に遭遇、自分としては勇気を出して戦ったつもりだが、医療センターで血を抜かれ、気絶した。
正直に全てをクロエに話したら、当分外出はさせてくれないかもしれない。
(熱が出るようなら、トリッシュ先生に言われた通りすぐ病院に行こう──今のところは大丈夫そうだけれど)
薬も取りにいかなくてはいけない。
あとでクロエにそれとなく、病院についてきてくれないか頼んでみよう、と彼は思う。
──溺れる者がひっそりと静かに深みへ沈んでいくように、事態は誰にも知られないまま悪化していった。
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