【2】-06-クロエ(1)
##クロエ視点
##人物紹介
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』のモブ令嬢。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマーで死因はおそらく不摂生。
クロエ:
本編第一章『悪役令嬢は退場しました』主人公。コミュ障気味だが最近は改善。
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。
ユージーン:
クロエの兄でクロエ大好き。
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魔王城の正面扉を開けて、クロエたちを迎え入れたのはルファンジアだ。
目元が赤い……泣いた痕のように見えた。
『なぜあんな者を生かしておいたの? あれが、貴方のお母様を誘拐した張本人なのよ?』
アメリアが保安官事務所でザイオンにそう言った時に、ルファンジアが激しく動揺していたことをクロエは思い出す。
これまで詳しく聞いたことはなかったが、おそらくルファンジアはザイオンの母親と面識があったのだろう。
だが今のルファンジアは、さっきの動揺は欠片も感じさせずに、これまでに見たことのないほど明るい顔をしていた。
「お帰りなさいませ」
笑顔で迎えた彼女を、ザイオンは軽く睨んだ。
「まだ何も決まってないからな?」
それはおそらく例の、選択肢になってやってもいいという発言のことだ。
エルフ王族の後継者問題に絡んで、ルファンジアはザイオンの『番』を見繕っては紹介しようとしていた。直系の血が絶えることは、エルフ族にとっては大問題らしい。
押しつけられる見合い話を全て断っていたザイオンが、今日初めて自分から求愛(?)した。
(あの微妙な選択肢云々の話は、プロポーズの類いだと思って間違いないはず……)
クロエは会議室での会話をもう一度よく思い出してみて、それが『結婚相手として自分も候補に入れろ』という意味になることは確かだと思った。
だが、アメリアはそれに対しては一切返事をしていない。
だからザイオンは、ルファンジアに対して『大げさにするな』と釘を刺したのだ。
(振られるとかっこ悪いもんね)
それにしても、何年も会ってなかった相手にいきなり求婚するとは。
昔から好きだったのかそれとも、久しぶりに会って好みのタイプだと気づいたのか……ふと後ろを振り返ったクロエは、アメリアの身体的な特徴に改めて気づく。
(もしかして……)
いつだったか、ザイオンが酒を飲んで酔っ払った時に、女性の胸の話ばかりしていたことをクロエは思い出した。
アメリアの胸は大きい。
(それだけじゃないとは思うけれど……)
アメリアが魅力的なことは確かだ。上品さに加えて、強い意志、今日会議室で見せたようなリーダーシップ、海を渡ってまで謝罪にくるほどの責任感。
ザイオンは馬鹿が嫌いだ。すぐに『この馬鹿』と悪態を吐くところからも、それは明らかだとクロエは考える。
つまり、馬鹿ではない相手は嫌いじゃない。賢い人なら……好きになる?
(……ということは、アメリアは肉体的にも性格的にもザイオンの好みに合うってことじゃないかしら?)
クロエはそう結論づける。
「承知しております」
そうザイオンに答えたルファンジアは、柔らかい笑みをアメリアに向けた。
ルファンジアには、尖った耳に緑色の髪で、低い背丈、エルフらしく整った目鼻立ち、という特徴があった。つまり、初めて会った人にとっては、彼女と他のエルフたちとの違いといえば、その背丈ぐらいだろう。
にもかかわらず、アメリアは言った。
「貴女が傍系のルファンジアね?」
ルファンジアは驚いた顔になる。
「私の名前をなぜご存じなんでしょうか?」
「さっきも会議室にいたでしょう? あの時の様子が少し気になったので、クロエに名前を訊いたの」
アメリアはさらりと嘘をついた。
ルファンジアの様子がおかしかったことにはアメリアも気づいたのだろうけれど、クロエは彼女の名前を口にしたりはしていない。
そんな暇あったか? と疑うようなザイオンの視線に晒されたが、クロエは知らないふりをした。
(これは、あれかな……?)
と、クロエは気づく。
(ルファンジアは、ゲームに出てくるキャラクターの一人なのかもしれない。だから名前を知っていたのね?)
そして、ザイオンがこのゲームの主人公だということは……
(アメリアが動かすコントローラーの指示通りに、ザイオンが飛んだり跳ねたりしていたわけで)
そんな風に考えると、少し面白い。
だが、ここはゲームの世界そのものではない。
だからこそクロエは自分の意思でこの国に来ることができたのだし、死ぬはずだったマクシミリアンは生きている。ザイオンだってゲーム内で主人公だったというキャラクターとは全く違った存在だろう……システムや、誰かの動かすコントローラーの指示に従って生きているのではなく。
(ゲームの道筋を大きく外れたこの世界は、このあと無事に存続するのかしら……?)
そんな疑問が、ふと湧いてくる。
このゲームの元プレイヤーで、その知識を利用して王太子のすげ替えまでやってのけたアメリアなら、その答えを知っているのかもしれない──と、クロエは思う。
「クロエはユージーン様とここに住んでいるのね」
アメリアは、キョロキョロと玄関の内側を見回しながら言った。
「お兄様はもう貴族じゃないから、敬称は要らないわ」
そう言ってから、クロエはルファンジアに尋ねる。
「ユージーンは帰ってきた?」
「まだのようです」
ルファンジアの答が、クロエの気持ちをざわつかせる。
(遅くない?)
「アメリア様の荷物はどちらにお運びしましょうか?」
二人のエルフを従えた、大柄な男性エルフが尋ねた。
「ザイオン様の隣の部屋に……」
と言いかけるルファンジアを遮って、ザイオンが言う。
「二階の西翼だ」
と、西翼側を指さす。
「西翼の部屋は全部空き室だから。今後は西翼を女性用にしよう」
「傍系のアンドレア」
ルファンジアがそう呼んだので、ようやくクロエは、その男性エルフの見分けが付いた。
最近ルファンジアのそばで彼の姿をよく見かけるし、今朝マシューの散歩を任されていたのも、アンドレアだった。
「西翼には寝具の用意がないので、準備をお願い」
「はい、母上」
爽やかな笑顔を浮かべてアンドレアがそう答えたので、クロエは数秒ほど動きが取れなくなった。
(……今、なんて?)
一瞬聞き間違いかと思ったが、コートを脱いでフックへ引っかけているところだったザイオンも、困惑した表情で振り返っていた。
彼も知らなかったのだろう。
(母上……? 子ども……?)
小柄な身体を精一杯伸ばして、ルファンジアはアンドレアの頭を……アンドレアの身長が高くて頭には届かなかったので肩を……平手で叩いた。
「無用な混乱を招くな、馬鹿者!」
そう言って怒る彼女は長命種のエルフ族で、実年齢は六十前後だというから子どもがいてもおかしくはない。
「申し訳ありません」
謝りながら、アンドレアはあまり悪いとは思っていないようで、相変わらず爽やかな笑顔を浮かべている。
「コートをお預かりいたします」
と言ってアンドレアは、アメリアに手を差し出した。
「お手数をおかけしますね」
アメリアがコートを脱いで託すと、アンドレアは、恭しく心臓に手を当てて言った。
「いえ、手数だとは思っておりません。これからは何でも私にお申しつけください。僭越ながら申し上げると、貴女様ほど気高く、そして優美な方にお会いしたのは初めてです。私が長年夢見てきた理想の番だと言えるでしょう。ルファンジアが息子、アンドレアです。以後お見知りおきを」
「あら」
アメリアは優しく微笑んだ。
「こちらこそ素敵な自己紹介をありがとう。よろしくお願いします」
ルファンジアの怒り顔を尻目に、アンドレアは何かを成し遂げたかのような満足そうな笑顔のまま、居間部分にある階段に向かって進んでいった。その後ろに、困惑した様子のエルフたちが、大きな旅行用の革鞄を二人がかりで抱えて続く。
彼らエルフたちの姿が居間の扉の向こうに消えると、ようやくクロエは衝撃から立ち直った。
「ルファンジア、子どもがいたの?!」
「……エルフ族は子どもができにくいので、傍系の血を繋ぐため、成人してすぐ番を得たのです」
ルファンジアは、渋い顔をして言った。
「あのようなできの悪い跡取りで誠に申し訳ありません。では私は、夕食の準備に戻ります」
ルファンジアは勢い良く、廊下を引き返していった。
彼女が扉を後ろ手に締めた直後、エルフ語の詠唱と共に何かの衝撃音がして、悲鳴が聞こえた……が、おそらく気のせいだろう。
「エルフ族は子どもができにくい……?」
ザイオンが呟いた。少なからずショックを受けているようなのは、自分もエルフ族だからなのか。
「長命種だから、子どもができやすかったら大陸がエルフ族で埋め尽くされてしまうでしょうね」
そう言ったのはアメリアだ。
二年に一人産むとして、百年生きれば五十人、二百年生きれば百人。一世代で百人に増えると考えると、三世代目には百の三乗になる。孫が1000000人。
「なるほどね!」
と、クロエは納得する。
「だが、ルファンジアに子どもがいるように、全然できない訳じゃない」
ザイオンが何事かプレゼンし始めた。
「ここには魔法障壁で守られているから安全だし、学校は……ないが、家庭教師を雇えば」
アメリアがそちらを冷たい目で見た時、玄関の扉が勢い良く開いた。
「たっだいま! ザイオン! クロエ! アメリアも!」
入ってきたのは、マクシミリアンだ。
コートもなく薄着だった。保安官事務所に預けっぱなしなのだろう。
「マックス! どうしたの、それ!? 怪我?」
クロエが思わず悲鳴を上げたのは、彼の髪の毛、服、靴など、身体全体に血の塊だと思われる赤黒いものがこびり付いていたからだ。
「これは化け物の血!」
そうマクシミリアンが答えたので、駆け寄ろうとしたクロエは立ち止まった。
「怪我はしていないのね?」
「うん!」
マクシミリアンはテンション高くアメリアに尋ねた。
「アメリア、ザイオンと結婚したの?!」
「時制が違うし、結婚の意味を理解しているとは思えないわね。ところで王子……」
アメリアの呟きは、ザイオンの大声にかき消された。
「マクシー! 止まれ!」
中に進もうとしたマクシミリアンを制止して、ザイオンが強い口調で続ける。
「……いいか、できるだけ隅っこを、ゆっくり歩け! まずは風呂に入れ! 服も靴も風呂場で全部脱げ! ちょっとでも家の中を化け物の血で汚してみろ、飯抜きだぞ!」
「ええっなんで?」
「きったねぇだろうが!」
羊を追い立てる牧羊犬のように、マクシミリアンをじわじわと風呂のある方向へ追い立てていくザイオンをクロエとアメリアで見送った。
長くなったので分けました<(_ _)>
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