【2】-05-アメリア(1)
##アメリア視点
##時を少し戻り、保安官事務所をマクシミリアンが出て行った直後からになります。
##人物紹介
アメリア:
カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』のモブ令嬢。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマーで死因はおそらく不摂生。
クロエ:
本編第一章『悪役令嬢は退場しました』主人公。コミュ障気味だが最近は改善。
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟。
ユージーン:
クロエの兄。
ルキルス:
ユージーンの同級生。ザイオンに多額の借金をしている。
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今日は冬月一日で、前世の暦では正月一日に当たる。
アメリアが今も日本で生きていたなら、コタツで焼き餅やミカンを食べながらサブスク動画サイトの映画を鑑賞していただろう。AIのアレクサにお薦めを訊いて、連携の端末経由で大画面液晶に表示させて……。
そんな懐かしい話をしたいのに、と思いながらアメリアは、対面に座っているアレクサンドラを見た。
(違うわ。今はクロエだから、間違えないようにしないと)
クロエは、マクシミリアン王子が出ていった窓の方を心配そうに見ている。
野生の王子が強いのは確かだが、相手はサムシングフェイルドだ。必ず勝てるとは限らない。
異形のモノ、なりそこない、などと呼ばれる人型モンスターは、二千年前に人体実験の限りを尽くしたダークエルフによって異界に捨てられた失敗作だった。
本来なら自然淘汰されて滅びる運命にある彼らが多種多様に進化しつつ生き伸びているのは、元になった人体がエルフで、少々の魔法と知能が残っているからだ……というのが、この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』、通称『ヤミヒカ』での設定だ。もともとこのタイトルは、サムシングフェイルドの存在を象徴しているのだと言われており、三作品全てに、姿形を変えながら倒すべき敵として出てくる。
サムシングフェイルドは魔法障壁を操りつつ、自然界ではありえない形態や形状をしている。雑魚でさえ強敵なのだ。
だからこそ、魔界から浸潤してくる前に黒幕を倒すべきだったのに……これから起きるであろう被害の大きさを考えたアメリアは、ザイオンを恨めしげに見た。
睨まれて、ザイオンは少し臆したような表情を浮かべる。
主人公としての、彼の美麗な容姿は、過去作の主人公たちとほぼ同じだ。
第一作、エルフの王子は、正義感に溢れたいかにも主人公らしい青年だった。
第二作目の主人公はエルフ王子の子孫であり、ザイオンの祖母に当たる、エリクシャナ──彼女は大陸の四種族をまとめ上げ、サムシングフェイルドの最強バージョンであるボスキャラを倒した。
そんな前作二人とは違う、陰のあるヒーローとして制作会社が模索した結果生まれたのが、第三作目の主人公、ザイオンだ。
彼はエルフ族の姫シャルシャとモスタ国王との間に生まれた子どもで、王国の城内にある離宮で幽閉されて育った。本来の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』であり、ヒロインに巡り会い、彼女の熱意に絆される形でこの世界を救う戦いに巻き込まれていく。
現実の世界でその流れをぶち壊したのが、離宮に迷い込んだマクシミリアン王子だ。
本来プロローグで死ぬはずだった彼は、死を寄せ付けない逞しさで、ザイオンを自分の人生に巻き込んだ。
結果ザイオンはキャラ崩壊し、自分が率先して戦うべきだと気づいてさえいない。
このままでは、少し前に見た夢の段階よりも早く、バッドエンドを迎えてしまうだろう。
(いったいどうしたらいいの……?)
座ったまま動こうとしないザイオンを前にして、絶望しかけたアメリアに、クロエの言った言葉が天啓を与えた。
「別にザイオンでなくても、戦うのならマクシミリアンや私で良くない?」
その通りだ。
ザイオン一人に戦わせなくてもいい、というのはもちろんだが。
ゲーム上では、ヒロインの戦いに巻き込まれる形で、ザイオンは世界を救おうとしていた。
同様に、マクシミリアン王子が戦えば、必然的にザイオンも戦列に加わるだろうとアメリアは気づいたのだ。
アメリアは思わず、顔の前で両手をポンと合わせた。
「その手があったわね?」
クロエは、王子とザイオンを同居人だと言った。この拠点が危機に陥れば、自分とマクシミリアン王子が戦うのは当たり前だと考えているように思える。今もマクシミリアン王子は、わざわざ自分から様子を見に行った。
ザイオンに戦う気があろうとなかろうと、マクシミリアン王子を主力に据える形で対サムシングフェイルド戦略を組めば良いのではないだろうか。
(私って、なんて腹黒なのかしら)
すがすがしい気分で、アメリアはそう思う。
「そうね、みんなで戦いましょう」
かつてアメリアは前世の記憶を取り戻したばかりの時、ザイオンのキャラ崩壊の原因だと思われるマクシミリアン王子を排除しなくてはと思い詰めて、彼の殺害計画まで立てた。
その頃の自分に教えてやりたいぐらいだ。
「マクシミリアン王子と、クロエと、私、エルフの皆さんに、この国の軍隊もいるわね、……主人公に全てを背負わせて、一人で戦わせなくったっていいんだわ」
表向き『貴方は戦わなくてもいいわよ』と言っているように見せかけて、実は真逆の圧力をかけていることに、気づいたのかどうか……隣で片肘を突いていたザイオンは、何か言いたげにアメリアを見ていたが、結局何も言わなかった。
なんとか見通しがついたとばかりに、アメリアは椅子を引いて席を立った。
「一旦宿に引き上げるわ。クロエ、一緒に来てくださる?」
ところが、ザイオンが立ち上がって、アメリアを引き留めた。
「待てよ。この状況で、あの頭のおかしな男と一緒の宿に帰るつもりか? 人型モンスターと遭遇したらどうする気だ?」
クロエは、机に手を突いて立ち上がりかけたまま、困り顔で二人の会話を見守っている。
「頭のおかしな男ってハノク様のこと? 王国の貴族令息なんてみんな、あんなものよ?」
ハノクは単純な男だ。下手に頭の良い相手と結婚すると、一緒に暮らしている間に転生者としての秘密に感づかれないとも限らない。その点でハノクは、アメリアにとって丁度良い勘の鈍さを持っていた。『まともな貴族令息には既にお相手が居る』などという、ハノクを貶めた発言にも気づかなかったぐらいだ。ある意味、その愚かしさに若干の愛着もあった。
そもそも貴族の結婚に愛情は不要だ。
王国育ちでそんな貴族の事情を知らないはずがないザイオンが、アメリアの結婚にケチを付ける意味がわからなかった。
(九年も絶縁状態だったくせに、今更なんなのかしら?)
ザイオンの『じゃあ、俺が、その選択肢の一つになるから』という言葉の傲慢さに、アメリアは呆れていた。
自分が結婚相手の候補になることが、まるでアメリアへの取り引き材料になると言わんばかりだ。
(貴方との結婚にそこまでの価値があるかどうかは、私が決めることだわ)
そう言えるものなら言いたかったのだが、アメリアは差し迫った問題として、サムシングフェイルド対策を優先することにした。結婚するにせよ独身を通すにせよ、この世界が無事に存続してくれなければ意味が無い。
「本気であんなのと結婚するつもりでいたのか? いかれてるな」
ザイオンが乾いた笑いを漏らした。アメリアに言わせれば、そんな物言いをする彼もハノクも似たようなものだ。
「とにかく、新種のモンスターがこの拠点内に現れたっていうことは、その宿は安全じゃない。あの男もお前を守ってはくれないだろう。滞在先はうちにしろ」
「私たちが宿に同行して、荷物を魔王城にお運びしましょう」
先回りしてそう申し出たのは、ザイオンの後ろに控えていた男性のエルフだ。彼も、その後ろに控えている二人の男性エルフも二十歳前後に見えるが、もっと年上かもしれない……ゲームの設定を熟知しているアメリアは、エルフ族の年齢が外見通りではないと知っていた。皆体格が良いので、護衛だろう。
彼らが付き従っているということは、ザイオンはエルフ族王家の末裔として認知され、守られているということだ。それなら彼の傍にいた方が安全だと、アメリアは判断した。
何よりも、テーブルを挟んで向かい側にいるクロエが、ニッコリしながら親指を立て、何度も頷いてみせている。
「ありがとう。では、そうさせてもらいます。荷物が重いので助かります」
アメリアは貴族らしい柔らかな笑みをエルフたちに向けた。
「……でも、魔王城って?」
「そう呼ばれているだけだ。本物じゃない」
ザイオンは、扉に向かう。
それから振り返って、立ち止まっているアメリアに尋ねた。
「どうした? 宿に荷物を取りに行くんだろう?」
(付いてくる気なの?)
アメリアはクロエと視線を合わせる。
転生者同士でこっそり話したいのに、なかなかその機会は訪れそうになかった。
***
宿にハノクは帰っておらず、アメリアは引き払う旨を伝言した。
今朝首都から魔導飛行船に乗って到着し、荷ほどきしたばかりだ。その荷物を再び荷造りして、エルフたちに運んでもらう。
中心地にあるハブ広場を横切り、坂を登っていって、拠点を同心円状に走る道の一つに入る。
北に向かって走るその道を遮るようにして建つ建物の、正門玄関らしい黒塗りの鉄の扉は、髑髏で飾り立てられていた。
黒レンガで形作られた屋敷は、全体的にトゲトゲしかった。
比喩ではなく、尖った爪や牙などのモンスター素材が塀や屋根の上など至る所に埋め込まれている。
鳥が羽を休める場所もない。
壁のあちこちに目玉が張り付いていて、生きているかのようにギョロギョロと動いていた。
その目は飾りではなく、監視装置の役目を果たしていそうだ。
荷物を運んできたエルフたちが扉の前に立つと、目玉の一つがそちらを向き、精査するように眺めた。そして、ギギギ……と音を立てて鉄の扉がひとりでに開いた。
冬の遅い午後の光がオレンジ色を帯びて、城の不気味さを照らし出す。
その有様にアメリアは、まるでホラー映画の冒頭を垣間見ている気分に陥った。
「まあ、これは」
アメリアは上品に微笑んだ。
「素敵ね。どなたの趣味?」
ザイオンが無言でクロエを指さした。
クロエは狼狽え、しどろもどろになる。
「私……、というか。マックスに昔、魔王と結婚するって口走ったらしくて。遠く懐かしい子どもの頃……例の病に冒されておりまして。ほら、十四歳ぐらいの子がよく罹る……。それでマックスが、退治したモンスターの素材を集めて魔王城っぽく作ってくれたの」
「例の病……十四歳……」
十四歳といえば、中学二年生。
中二……?
(所謂、厨二病ね……?!)
アメリアは暫く考えてから、頷いた。
それは日本人としての前世を覚えていないと、わかり得ない言葉だ。
「あれでしょう? 左目に包帯を巻いて、封じられたこの邪眼が今宵も疼く……っていう」
「うう」
クロエは恥ずかしそうに唸り、ザイオンが『またわけのわからねぇ話をしてやがる』と言う目でアメリアを見た。
「……クロエって、学校ではすごく大人しかったのに、意外ね」
アメリアが笑う。
「こいつは大人しかったわけじゃない。他人に無関心だっただけだ」
ザイオンの指摘に、クロエが傷ついた顔をした。ザイオンの意見なんて気にしなくてもいいのに、とアメリアは思う。
「遙かなる異境の地で同郷の貴女と巡り会い、幻とも言える古文化の片鱗を見ることができるなんて」
アメリアはクロエの手を取って、微笑みかけた。
何も知らない人が聞けばその言葉は単に、王国から共和国へ来て同じ王国育ちのクロエと巡り会った、という意味になる。
だがクロエにはわかってもらえるだろう。
日本から異世界にきて、同じ日本人同士、巡り会えた奇跡の話だと。
「思い切ってここに来て、本当に良かったわ」
アメリアとクロエは、潤んだ目で互いに見つめ合った。
ザイオンがそんな二人に、家の前で何をやってるんださっさと入れ、という無遠慮な視線を投げかけていた。
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